"よく寝て、よく食べ、よく糞をする"

2017.12.05 23:32|思ったこと・気づいたこと
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一昨日、電話がかかってきて
緊急のセッションご予約が入り
今日はそのご自宅訪問セッションでした。

先日、最愛の方を亡くされて
諸々の忙しさが少し落ち着いた今、
辛さが身体の症状にまで出てる…とのこと。

セッション中には、
故人のエピソードも聞かせていただけて
わたしも一緒に笑って泣いて。

人ってね、産まれたら
いつかは絶対死ぬじゃないですか。

それを充分知ってるつもりで
理解もしているつもりだけど、
たとえ人の死にこれから何度も触れたとしても
寂しさを感じなくなることはないかも…と
お話を聞いてて、ふと思いました。


今日お伺いした方は

「(私は今こんなに悲しいけれど)
 友人の○さんはお子さんを亡くされたから」と

自分の悲しさや辛さは、
子を亡くした親に比べたら大したことではないだろうと
自分を叱咤激励するかのようにされたけど…

でもね。

自分の悲しみや辛さは、
人のそれとは比較するものではないんじゃないかなぁと
わたしは思います。

自分は、今、辛い。
その辛さに大きいも小さいもないんじゃないかな、、と。

なので、

「自分は、今、辛い」「そうね、辛いね」

と、ただこれだけなんじゃないかな。



セッションで「睡眠はどうですか?」とご質問したら、
「そういえばね…」とお話を聞かせてくださいました。

ご友人のおひとりが
20年前に若くして旦那さんを亡くされたそうで、
「夫が亡くなって辛いです…」と
お坊さんにお話したところ、お坊さんは

「よく寝て、よく食べ、よく糞をしなさい」

と言われたそうです。

うはっ!!えらいツボ突いてるな!と
わたしは思わず大笑いしてしまい、
二人で一緒に笑ってました。

いやほんと、
「睡眠」「食事」「排出」が
ちゃんと出来てたら大丈夫だなーと思う。


眠って
食べて
出して。


これを日々繰り返して
わたしたちは生きてるもんね。

どう?あなたは眠れてますか?
食べられてる?
出してる?

(みながそうありますように☆)



セッションがほぼ終わる…という頃に、
ふっと「私が今なにを考えてたか分かる?」と
質問されので、分からないと答えると

「お昼に何を食べようかな〜って考えてたの」

!!!
これを聞けたのは最高の祝福でした。
そして、ご様子を拝見していたら、

食べるということは生きるということ
食欲というのは生きることへの欲

なんだな〜と
思いました。



"よく寝て、よく食べ、よく糞をする"

今週の心のお寺の御言葉ですー


【続】自分の弱さを認める。伝えてオープンにする。(わたしの場合)

2017.12.03 01:23|思ったこと・気づいたこと
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昨日の続きです。
いやー、昨日は気づきが多かった!
http://lalunadigiorno.blog.fc2.com/blog-entry-515.html


… … …

家電量販店ではボブの思う物がなく
結局買わずに帰宅しました。

そして、
ボブは家でネット検索をするのですが
わたしに日本語で検索してくれと
それ以降もお願いが続き。

わたしは途中で断ったら

「きみの物の言い方(の酷さ)は
 背筋が凍るほどのときがある!」

とボブは怒りもあらわにしました。

しょうがないな〜と思った。
ボブにとってはこれは真実であり、
きっとそうなんだと思う。
わたしの中にも冷酷さがあるから
それが表に出ても不思議じゃないなぁと。

そしてね、

「きみは、その物の言い方を
 正さなければならない。
 変えなければならない。」

と言うんですよ。


あなたなら、
人からこう言われたらどうしますか?
「〜〜しないといけない」と言われたら、
何と返事をしますか?



実は、以前のわたしは言葉を真に受けて、
例えば今回のことだと
「もっともっとまだこれ以上頑張って
 変わらないといけないのか?そんなの無理…」と、
もうあかん、疲れた。。と絶望的になり
感情的になって言葉が出ず、泣くしかできませんでした。


今では、反応は変わりました。
自分の意識の方向性がズレてたと気づいたんですよ。


以前の反応では「人に言われたこと」の方向に
向いてたのですが、ここがズレてました。


「自分はどうしたいのか?」と
「今の自分の状態を見る/認識する」


を見ないといけなかった!
具体的に書くと、


ボブはあんなことを言ってくるけど、
自分はどうしたいのか?
→自分の物の言い方を正したいのかどうか?
 したくない。
そして
今の自分の状態はどうなのか?
→これ以上は無理。うんざりしている


という感じです。
ちなみに、例として実際にボブに言ったことは、


「わたしは今まで最高最善を尽くしてやってきた。
 これ以上は無理。
 あなたが言ってるのは、
 わたしに『自殺しろ』と言ってるのと同等のことだから」

「わたしには残酷な面がある。がさつな面もある。
 それが出てくる時がある。
 あなたはわたしにとても良くしてくれていて
 あなたは聖人だろうけれども、わたしはそうじゃない。
 あなたと同じじゃないから、同じことはできない。
 わたしに聖人を求めないで欲しい」


と言いました。
あの、はっきり言わないと伝わらないことがあると
わたしは感じています。

で、ここまで人に言うには
まずは自分で自分を認めること。
自分の弱さをちゃんと見ることが先かなぁ、と。
でないと伝えようにも
認識できていないから、伝えられないんですね。


自分の弱さを認め、人に伝える。


伝えてオープンにしたことで、
弱さは弱さでなくなった感じがします。
なんて言うかなぁ。。
ただ「そうある」だけ、になったというか。

弱さ=ダメとかそんなんじゃなくて、
「(わたしは)そういう状態にあるだけなんだ」と。

間違ってる/他に正解の状態がある、とか
ダメな状態とかそういうのはないんだなーと
気がつきました。



…と、自分の弱さについて
どーんと書きましたが。

あの、実は書きながら
なんでこんなこと書いてるんだろう?と思ったんですよ。

昨日強烈に書きたくなったから書いてるのですが、
ふと思ったのが、
もしかしたら、むかーしのわたしに何か言いたかったのかなぁと。

むかしのわたしは超絶な頑張りやさんだったんですね。
頑張って頑張って、人の要望に応えようとしてました。

そんなことしてるから、
人からもっともっと要望がくるんですよ。
そして、もっともっと頑張って、
自分の状態が分からず(疲れてる自覚もない)
まして限界なんてちっとも分からなくて、
ある日突然「もうダメだ無理だ。疲れた…」となってました。


昨日も散々ボブの要望に応えてたうえに、
彼からまだ
「きみは、(中略)
 変えなければならない。」
と言われるということは、

わたしはまだ人の要望に応えようとするところがあり
(無自覚で)無理をしているから
心のどこかが悲鳴をあげて
変わらないといけない!…と言ってる(ボブに言わせたと)
ふと思いました。

これでもかなりラクになったと思ってたんだけど
もっとラクになれるのかも〜!嬉しい。



今回は、どーんとわたしの弱さを公開しましたが、
もし、

・小さい時に「いい子」だった
・いい人でありたい
・いい人がやめられない
・わがままが言えない
・人の要望に応えようとしてしまう
・困っている人がいると放っておけない
・頑張り過ぎてしまう

という方がこれを読んでくださって
なにかを拾ってくださったら
祝福だな〜と感じます。


もう頑張らなくてもいいよ。
人から何か言われたとしても
自分はどうしたいのか、です。

もう他人の要望は手放していいよ〜

そして、今は苦しかったとしても
絶対にラクにになるから大丈夫、
ということを
覚えていて欲しいなぁとわたしは思います。





* * * * * * * * *

よかったら、わたしに会いに来てください。

迷っていらっしゃるのなら、なおさら、会いにきてください〜!

12月4日のワークショップ
あとお二人ご参加可能です。
*今日お声を掛けてくださっても参加可能です。

今回は、
自分の意識のパターン、
行動パターンを認識して
自己破壊的な習慣を変える。という内容に
自己価値に関しても触れていくので
よかったら遊びにきてください。

「反応」についてや
「無自覚な行動」
「それを自覚できるように…」ということを見ていきます

ご一緒できることを楽しみにしています〜!

お問い合わせ・お申し込みは:
tomoko.it.IH@gmail.com まで



自分の弱さを認める。声に出してびっくり!わたしの場合

2017.12.02 01:39|思ったこと・気づいたこと
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Happy December!
いかがお過ごしですか?

沢山いただいているセッションのご感想を
シェアしたくて許可も頂戴しているのですが
またしても他に書きたいことがあるので
いつかまた…
(許可をくださったみなさま、本当ありがとうね)


さて。

今日、ボブと外出してた時の話です。

某家電量販店でボブが欲しがっていた物を
あれだこれだと吟味していたのですが、
ボブは漢字が読めないうえ、
店員に聞こうにも日本語語彙が少ないため
わたしにあれこれ聞いてきてました。

そして、定員にアレをたずねてくれなどと
わたしにあれしてくれ、これしてくれ、、、

で、次から次への彼の要望に応えるんですが、
ボブはわたしの説明を聞いてないし
段々と彼の発言内容が支離滅裂だったりして
途中で、どないやねん!ええ加減にせいっっ!!と

「あなたはわたしを怒らせてる」

と、わたしの口からぽろっと出たんですよ。
言っておきながら、自分でビックリ。
だって、そんなことは今まで言ったことがなかったから。

わたしね、

「あなたは、わたしを〜〜させる」という表現が苦手でした。

自分の感情や精神状態は自分のこと、
自分が管理することなのに
「あなたがそんなことするからでしょ!」と
他人のせいにしていると感じてたからです。

他人のせいにしちゃダメだ、
自分のことだから自分でちゃんとしないといけない、
自分がダメだから影響受けちゃうんだ…と
自分責めしてました。

でもね、今日は違いました。
ぽろっと口からセリフが出て感じたことは
ボブのせいにしていない、ということでした。

ただ単に、


「あなたはわたしを怒らせてる」。


これだけでした。

「自分の状態の説明をしている」だけであって、

今、この瞬間の自分の状態を伝えているだけなんだ!と
感じたんですよ。ただそれだけのことでした。

それなのに、自分が勝手に思い込んでる信念が

・他人のせいにしちゃダメだ
・自分のことだから自分でちゃんとしないといけない、
・自分がダメだから影響受けちゃうんだ…

なぁんてことだから、

→他人のせいにしている悪い私です
→自分のことをちゃんと出来ていない私です
→他人から影響受けちゃってるダメな私です

などと実際のところ思ってたんですよね。
核の部分はコレなんですよ。
こんな私は恥ずかしいーー!と思ってた。

だから「あなたは、わたしを〜〜させる」と言えない、
考えすらも出来ない。だって恥ずかしいもの。

「あんたの発言に振り回されるほど
 私は影響を受けやすい人間です。
 ダメでぐだぐだな私です」

って言ってるようなものだと感じてたんだから!
ひぇ〜〜〜




……

……

でもさ、考えてみたらそうなんだよね。
わたし、ダメでぐだぐだだ!


だって、実際に、影響受けてるんだもん。

だから、もう、それを認めろって話であって。

もう降参しなさいよ、ってね。

みーんな知ってんだから。

知らないのはわたしだけであって、

「みんな知らない」と思ってるのも

わたしだけなんですよ!



あはは〜〜、可笑しいね。
わたしゃ独りで何を頑張ってたんだ?!と思う。
何を守ろうとしてたのかなって。

…きっと自分自身なんだろうね。
自分を守ろうとしてたんだと思います。

自分は弱いから、
その弱さを出さないように
傷つかないように、と。

もういいじゃん、と思う。
周りはそんな恐ろしいところじゃないよ、と思う。
大丈夫よ〜〜



この話は続きがあるのですが、
長くなるので、一旦更新します。


また明日〜




* * * * * * * * *
12月4日のワークショップ
あとお二人ご参加可能です。

今回は、
自分の意識のパターン、
行動パターンを認識して
自己破壊的な習慣を変える。という内容に
自己価値に関しても触れていくので
よかったら遊びにきてください。

「反応」についてや
「無自覚な行動」
「それを自覚できるように…」ということを見ていきます

ご一緒できることを楽しみにしています〜!

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徒然に。生きるも死ぬも無いのかも、と。

2017.11.07 20:05|思ったこと・気づいたこと
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身近な人の他界に触れる度に、
死と生に関して考えてるように思うんだけど。。
何度考えても死に触れる度にまた考えてしまいます。

結局はわたしの思考の範囲内の話なので
思考の域を超えておらず、
究極な言い方をすると
本当のところは分からない、んだろうけど、ね。。


先日、友人ご夫婦の旦那さんが他界されました。

病気を持っていらしたけど、安定した状態で
先月お会いしたときもお元気だったんですよ。
それが突然、体調が悪くなり
あっという間にどんどんと崩れて
先生からは「一ヶ月持つかどうか分からない」と
言われたとのことで、旦那さんの家族に連絡取った…とのこと。
その二日後に旦那さんは他界されました。

なんかもうビックリした。

一ヶ月経ってないし!二日だし!!
と、寂しさや悲しさが怒りみたいになって
どうでもいいこと(一ヶ月とか)に八つ当たりしましたが、

人間がここで生きるには
肉体が必要なんだということ

そして、

その肉体は、頑丈そうであるのと同時に
繊細なつくりでもあるんだ、

ということをものすごく感じました。



普段は意識をしていなくても
心臓は勝手に動いてくれているし、
肺も横隔膜も動いてくれてる。

多少のことがあっても
自己治癒が発動するし
解毒作用もある。

でもですね、
突然に崩れることがあるんだなぁと。

肉体は、頑丈そうであり
でも、各部位はそれぞれ繋がっていて
一箇所でのことは全体に影響があり
肉体は繊細でもある、としみじみしました。



でね、死って何だろうって思ったんですよ。



肉体が動かなくなった(心臓が止まった)時点が
死だ、と定義するならそうなんだけど、でも。

それがどうなんだろう?と。

それで終わりということ?
そこでその人はいなくなったということ?



で、考えて・感じてみたらですね、
他界した旦那さんは、いると感じるんですよ。

あれ?と思って、
他界したわたしの祖父母を感じてみたら、
いると感じる。

(「肉体的にいる」という意味ではなく、
  存在を感じる、ということです)

祖父母は、遺伝子的にわたしの中にあるから
それも作用しているのだろうけど、
それだけでなく、
エネルギー的な様でいる感じ。

友人の旦那さんも同じように
エネルギー的な存在を感じるんですね。

じゃあ、死とは何だろう、と。



もしかしたら、

死というのは無くて、
生も無いのでは、と思った。

始まりもなくて終わりもない、という感じでね、
ある意味、わたしたちは

生まれもしていなくて
死んでもいないのかも。

ただ延々と移り変わりゆく中に
ひとつの彩として、
わたしたちそれぞれが肉体を持って表現している。

一般的にはそれが「生」と言われてたりしてて
肉体が動かなくなったら「死」と言われるけど、

その実、

「肉体の表現」が目で見えないだけであって
見えていない部分での表現は続いている…

そう、肉体の死とは、
ただ表現が移り変わっただけなのかな、と。

だから、ある意味、死んでいない(終わっていない)し
生まれてもいない(始まってもいない)。

ずーっと続く宇宙の表現の中にいるのかもしれない…



と、そんなことを思いました。




"他人のせいにして自己表現しない"わたし

2017.10.29 21:13|思ったこと・気づいたこと
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昨日、一緒に朝食を食べていたボブが
「歯のブリッジが取れちゃった」と。

あらら…。日本だったら土曜日でも
歯科医院開いてるかもとネット検索してみたら、
開いてるんですね!

近所の歯科医院の中から
最終的にはボブがサイトの雰囲気を見て
気に入った歯科医院に行ってきました。

するとね、そこでの受付は
「どのくらい待つかお伝えすることができません。
 かなり待つことになるかと…。」
「応急処置になり、また受診していただくことになります」
とおっしゃいます。

え?かなり待った後に診てもらえても、
応急処置になるんだ?うーーん、、
と、まぁ言われた内容も気になったのですが、
待合室で座っていると
違和感を感じ始めたんですね。

なんか違う…と。

そしたら、ふとイメージがぱっと見えて、それは
以前ボブがかかったことのあるクリニックで
何度か通ったけど、ボブに合わなかった医院でした。

うーーん。
いや、でも、ここはボブが気に入って選んだ歯科医院だし…
わたしの違和感はわたしのことでボブのことじゃないし、、

などと思い、
「ボブのためで、ボブが選んだ歯科医院だから」と
自分が感じたことを抑え込んだんですよ。

でも、違和感がどんどん募ってくる。
なにかが違うと、身体がそわそわしてくる。

そこでボブが
「あんまり待つのだったら、
 月曜日に予約取って出直そう」と提案してきました。

「出直す!?歯科医院を変えるのではなくて?」
「だってここ清潔そうだから、僕好きだもん〜」

うーーん、やっぱりここ好きなのか、、、と
しばらく待ってたんだけど、また、ふと
「あ、やっぱりここは、わたしたちには合わない所や」と
感じてね。
とにかく今はここを出たいと思い、
月曜に予約を取って出直そうとしたら月曜は予約がいっぱい。
わたしたちの都合もあり、木曜日になりました。

で、一旦クリニックを出たんだけど、
ボブは木曜日になったのが気になるらしく
二、三歩歩いたところで
「もうちょっと待ってみようよ」と言ってきます。

でもわたしはあそこを出た途端、身体がラクになったので
やっぱりあそこじゃないと思い、
歯科医院を変えることを提案しました。
そして、話しながら、もう数歩歩いて角を曲がったら
別の歯科医院の看板が目に入ったんですよ!

「もう別の所が見つかった!
 ちょっと階段上がって(ビルの2階だった)
 中の様子見てみて。
 あなたの感で気に入ったら
 ここにしたら?」


で、結果。
ボブは一目で気に入ったらしく
そこにしたら、
すぐに診察してもらえて

「とれたブリッジをくっつけるだけです。
 今からつけますね〜」

とすぐに始めてくださいました。

わーーい!と喜んで
くっつけてもらってたんですけどね、、
わたし、そばにいてて
微妙な違和感があったんですよ。

ちょっと心臓ドキドキみたいな感じで
身体的に落ち着かない。
でも、さっきの歯科医院とは違う感覚。

なにこれ?と身体を見てたら
「わたしは危ない」みたいな
危険なところにいる、という感覚でした。
ええーー何この違和感?!と思った瞬間、
ハッとした。匂いだ、匂い!!

薬品の匂いが充満していて、
空気があまりよくなかったんですね。
だから身体が"危ない"みたいなメッセージを
出してきてた。

なので「大丈夫。もうすぐここ出るし」
と身体に伝えるようにしていると、
不思議なことに?心臓バクバクとか
身体的違和感も収まり、
クリアになって落ち着きました。

ボブもブリッジを無事元どおりにくっつけてもらい、
しかも丁寧な対応で大満足で帰ってきました。

= = = = = = =


いや〜〜、昨日のことは
いろんな気づきがありました。
まずは、

「いかに自分が自分の感覚を抑圧させているのか」
(→自分は感じているのに、関係無いし…とか抑えつけていた)


そして

「違和感であっても種類があること、
 微妙な体感を感じ取る必要があること」。
(→違和感、と一言で片付けない。
  反射的反応をせず、恐がらずに、
  そこでの自分の身体の感覚をちゃんと見て感じてあげる。
  そして対応する。)


あと、一番大きくガツンときた気づきが、
「他人事だから、自分の感覚とは関係ないだろう」として
それを言い訳にして隠していた、


自 己 表 現 を し な い こ と。


ボブのことだから、とか
ボブが気に入ってるし、などと


それを「言い訳」にして


「他人事だから自分が感じてることは関係無い」と
自分が感じることを表現してこなかった。
自分が表現する勇気の無さを

「他人のせい(ボブがそれ好きだから)」にしてたんですね。


これって、、、


自分の行動の軸を他人にしてる。

「他人がそうだから、自分はこう動く」になってる。


こんなことしてると、いつまでたっても
自分が思ってること、感じてることを
表現しないままだ…。


でね、思ったんだけど、表現するにも


「自分はこう感じますが、
 あなたはどうですか?どうしたいですか?」

と、表現できるもんね。


自分は表現するけど、
相手の行動は、
相手が選択するのですから。





…… 


………と、ここに気づいて、ハッとしたんですよ。
わたし、無自覚でいつも相手の要望に
応えようとしてたかも、、って。


「自分は表現するけど、
 相手の行動は、
 相手が選択する」

の立場を入れ替えると


「相手は表現するけど
 自分の行動は
 自分が選択する」


になります。

そう、相手が何を言ってこようがどうしてこようが、
自分の行動は自分が選択するんですよ。

でも、もしここに余計な思い込みや信念、例えば

「相手が言うんだったら、それに従わないと…」
「相手を優先しなければならない」
「相手の要望に応えなければならない」
「相手の期待を裏切ってはいけない」
「いい人でいなければならない」

などというのがあれば
無自覚ででも、相手を優先してしまう(ことがある)。
そして、違和感感じたり、疲れてしまったり。
極端な言い方をすると、
相手の表現・要望が迷惑になるんですよ。

だから


自分は、相手からされて(意見を言われる・相手が表現してくることを)
迷惑に感じてしまい、

自分も同じこと(相手に意見を言ったり・自己表現)をしなくなる。



もうね、

これ嫌だと思った。



自分が感じることを表現しない、だなんて。
こんなことしてると

感じること(何がしたい、とか、してると楽しい・好き)が
分からなくなってくるのです。


。 。 。 。 。 。 。 

話が長くなったのですが、
今回、改めて自分に落とし込んだのは、


「自分の行動は、自分が決める」

「自分以外の何か…他人・物事・事情のせいにしない」

「自分を優先する(人の要望に応えようとしない)」


でした。

相手がどう表現してこようが、何を言ってこようが、
相手を満たそうとするのでなく、
自分で自分の行動を選択できるのであれば、

自分も、人に対して表現するようになるし
相手もご自身で行動を選択している。


こうなるとね、自由にもなってると思う。




 

"相手のため"とは自分が罪悪感を感じないため・自分のためにしている

2017.10.25 00:06|思ったこと・気づいたこと
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わたしね、以前からボブに

「普段のきみからは想像できないような
 超冷酷な話し方をするね!マジで恐ろしいから」

と、たま〜に言われてました。

自分でも冷酷さがあるのは感じて知ってたけど
そんな冷酷?というか何が恐ろしい?
と、自分では理解できてなかったんですね。

そしたら、

先日、久しぶりにまた言われたんですよ。
会話のきっかけは、わたしが外出する前に
ボブに用意した食事、しかも、
わたしも食べたいけど材料的に足らずに、
彼だけに用意した物を彼は食べておらず、
そんなことが何回か重なった後で
「あれ?食べてないの?」から始まりました。
そして、会話の最後の方では
わたしの発する言葉は超冷酷だったそうで。。

確かにね、話してる途中から、
自分でも剣でボブを刺してるような感覚があったんですよ。
ザックリいってました。

なので、こりゃいかんな、と、
自分の言動を遡り、
その時の感情・感覚を
遡ってみたんですよ。

そしたら、分かった!


「ボブは食べる」と言ったし
「喜んでた」から
「ボブのために」と思ってしてたけど、

その実

「自 分 の た め」だった。


彼のために用意している良い子になって
頑張ってる自分を感じて、満たされるため。

彼のためにしてるんだから、
いつかは、彼は自分のためにしてくれる、
(そう要求してもいいでしょ、という言い訳を得るため)
という妄想的投資な行動。

彼はいつもわたしのためにしてくれてるから
わたしも彼のためにしなくちゃという罪悪感を打ち消すため。

それとですね。
あともう一つ、大きかったことが


「わたしは食べたかったのに、
 食べずに我慢してまであなたのために用意したのに
 それなのに、あなたはなんで食べてないのよ!!」

という、

自分は我慢して犠牲を払ってまでしたのだから
あなたはそこに応えるべきだわ、と

そんな恐ろしいプラカード掲げて(我慢の押し付け)して

相手をコントロールしようとしてたな〜、と。


いやもう、、、
気がついた時は、笑ったわ〜〜〜
そして、自分に言ったよ。

「食べたいのなら、さっさと食べろ!」って。

何してんねん!って自分にツッコんだわ。


でね、

我慢をした上での相手のための行動(という思い込み)は、
相手が自分の思うように応えてくれないのなら
気づかないうちの超冷酷さで
剣を刺すかのように発言をすることあるんだな〜と
自覚できない潜在的なところの威力、影響を
ものすごく感じました。

うーーん。

無自覚的な行動、
反応的な行動に気づいていきたいな〜。

人間は、対応できる生き物だもの…ね。




向かい側から押し寄せてくる人波は…何を表してる!?

2017.10.21 20:58|思ったこと・気づいたこと
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セッション後の雨の帰り道。
ビルの中を通ったら、
出入り口で帰宅途中の人波が
向かい側からドドドーーと押し寄せてきました。

わたしは
右手に、音叉・書類が詰まった重たいキャリーケースを
左腕に、枕などが入った大きなカバン&傘を
持っていたので動きが鈍くなっており、なんとはなしに
出入り口の端っこに寄って人波が過ぎるのを待ったんですね。

待てど…待てど…。

人の波は絶えることなく、どんどん次から次へとやってきます。
「え?ちょっとこれ、、この調子やとわたしこのままここに、、」
と思った瞬間、ハッとしたんですよ!

これって、癖や習慣を変えたいのに
なかなか変えられない状態が表現されてるーー!!


「押し寄せる人波」は、
日常の癖や習慣や日課などを

「逆行する動きを取りづらいわたし」は、
変えたいのになかなか変えられない自分、、を表してる。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

日常の癖や習慣って、力強い波のようだと感じます。

自分がちゃんと意識していないと、
そこに飲み込まれてしまう。
惰性的に動いてしまう。
だって、身体にその動きが記憶されているから。
意識していなくても呼吸できるのと同じぐらい
勝手に動いてしまう。

だからね、癖や習慣を変えたいときは
意識していくことが必要だなぁと。

最初は難しいときもある。
習慣という大きな波に
一人で逆行して動いてるかのようで
なかなか上手く進めないように感じたり…

でもここで

背筋を伸ばし、呼吸を自然なリズムに戻し
進む方向へ視野を広く持って進むと、
ポツンポツンと進み安そうなポイントが見えてくる。
そして、慣れてくると、
そこに勝手に身体が動くんですね。

そう、

意識する、ということで
思考(マインド)も大切だけど、
そこから
感覚的、ハートにも落として
身体的、ハラにまで落とし込むのが大切だなぁと

そこまですると「新しい癖・習慣」となって
身体が勝手に動いてくれるから。


いや〜、いろんなことをここまで落とし込みたいなー


【お願い】iMassageでなく、メールでご連絡ください!

2017.10.21 00:38|思ったこと・気づいたこと
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ビックリした!!

さっきパソコンで作業してたらね、
突然画面の右側から小窓が開いて
「日付」と「空き…」云々の文字が見えて、
すぅっと消えたの。

え??今の何!?と思って、
メールや、facebookのメッセンジャーを開いたけど
そんなメッセージは無い。

気のせい…?いや、確かに見たけど…と思いつつ
しばらく放置したんですよ。

でもやっぱり気になる。

なので、あちこちクリックしてみたりしてたらですね、
あったよ、あった!見つけたーー!!

iMassage なるものでした。

ああ、もうビックリしたよ。
こんなのが存在しているとは知らなんだ。
しかも、複数メッセージが届いてたものだから、
これまた超驚いた!!

いやもう、、気づかないでごめんなさい。
わたしのiMacが初期設定で
iMassageの設定がオンになっていたようで、
それで受信していたようです。


あの、申し訳ないのですが、

セッションに関しての連絡・メッセージは
メール(tomoko.it.IH@gmail.com)を
利用しています。

なので、お手数なのですが、
連絡に関しては、メールでお送りくださいますよう
何卒よろしくお願い申し上げます☆

いつも温かいお心をありがとうございます〜!




 

ドタキャンされても“しょうがない”ではなく、“そうなのね”と気にならない訳。

2017.10.20 00:08|思ったこと・気づいたこと
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ドタキャンについて話してたときに
話の流れで

「自分もドタキャンしてもいいんですよ。
 すると、相手が自分にしてきても
 なんとも思わなくなるから」

とお伝えしたんですね。すると


「自分がしてるから
 (されても)しょうがない、となるのですね?」


と話してくださったんですね。
で、わたしはハッとしたんですよ。
そっか、そういう風にとっちゃうことも出来るんだって。
それと同時に
なんて素晴らしい指摘をしてくださったんだろうと
とてもありがたく感じました。


あのね。

「自分がしてるからあなたもしてる。お互い様ね」とか
「自分がしたからされた。因果応報ね」とか
そういう理解で納得される方もいるかも、なんですが、
わたしがお伝えしたかったのはそうでなくて


本 気 で 気 に な ら な く な る。


ということなのです。

「そうなの?しょうがないか〜。(以上。終わり)」
となるんですよ。

あの、ドタキャンされて怒りが出たら
怒ってもいいんですよ。

で、なんで腹立つのかっていうのが
往々にして、今まで

「自分は無理をしてまでやってきたから」

なのです。

例えば、自分は行く気なかったのに

・断ったら悪いと思って無理して行ってた
・(自分は)しょうがないと思って、無理して行ってた
・熱出た/体調悪かったけど無理して行ってた
・行きたくないけど行ってた。

今までそうやって私はずーーっと我慢してきたのに
なんであなたはそんなことするの!?

となるんですね。
極端な表現をすると

自分は今まで無理してまで頑張ってきたのに、
我慢してまでしてきたのに
相手からサクッと切り落とされたかのように感じる。。

のです。
だから、自分は報われないような感じもして怒ったり。
そんなのが腹立つんですよ。


あのね、そもそものところで
自分が嫌なこと・気が向かないこと・したくないことはしない。
しなくていいんですよ。
我慢して付き合わないといけないことなんてないのですから。

そして、ドタキャンですが、
人間って、考えが変わる生き物なんですね。
なので、約束しても気が変わることのは
当たり前のことなのです。
一度約束しても、気が進まなくなることだってある。

だから、キャンセルしてもいいんですよ。
で、キャンセルしたことに罪悪感を持たない。
だって「自分のそのときの気持ち」を優先したので
自分を優先してあげた=自分を大切にした、のですから。

そして、自分を大切にしたことから、
自分が満たされて、その満たされたことが溢れ出て
気がついたら、他人/相手も大切にしてる…んですね。

そう。今まで方向が逆だったん。


相手を大切にしてた(つもりだ)けど

その実、

自分に無理をさせ、自分を大切にしておらず

結局、

相手も大切に出来ない・しずらくなる…


だから、まずは自分を優先。
約束したけど、キャンセルしたくなったらする。
ドタキャンでも、する。

そうすると

相手がドタキャンしてきても
本当に、本気で気にならなくなります。


…ん??
そんなワガママなこと…していいの?って?

あの、あなたにとって、わがままって何ですか?
どういうことなのかな?
そこをしっかり見て欲しいなぁと思います。

ワガママはあなたの声ですよ☆
ちゃんと聞いて、
自分に優しくできるから、
相手にも優しくできるのです〜。




 

やりたいことを苦しさや迷いで辞めてしまう。でもそれは…

2017.10.17 22:08|思ったこと・気づいたこと
20171017.jpeg

ふと思ったんだけどね。


何かを「やりたい!」と思ったものの
なぁんか途中で「でも…」とか考え出して。

するのか?
しないのか?

悶々としてるそこに、何か妨げになるような
他の事・要因・事情が入ってきたら
心のどこかでホッとしたりして「辞めよう」となり。

もし何も入ってこなくても、
悶々としている状態が苦しくて、辛くて
「辞めよう」となり。

で、辞めるものの
やりたい「それ」は、なーぜーか
自分の中に渇望として残っちゃってて
しばらくすると疼きだす…

そして、また、最初に戻って繰り返す。

「やりたい!」
  ↓
「でも…」
  ↓
(エンドレス)

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

こんな経験ありませんか?

わたしは、あります。


あの、思ったんだけどね。


迷いや怖れを感じることって
本当に自分がしたいことだなぁ、と。

でもですね、途中で「でもさ、、」とか
いろいろ考えちゃうんだよね。

この「でもさ、、」というのは、
先のこと・将来を考えてるんですよ。
本当に自分のやりたいことだから
大切にしすぎちゃって、
まだ起こってもない将来のことを考えては
あーだこーだと心配したり不安になってしまい、

そして

怖れが出てくる。
迷いも出てくる。

で、分からなくなってきて、
怖れと迷いで苦しくなって
やり始めもせずに辞めてしまったりして。

でもね、辞めてもね、
それは本当に自分のやりたいことだから、
自分の中に渇望として残っちゃう。

だから、しばらくするとまた疼く…んだよね。


もしかしたら人間って、
何かを表現し続けていないと
生きていけないのかもしれないね。

だから、自分の表現したいことが
出来ていなかったら、
自分の内側から疼いてくる。

不安や迷いが出てくるのは
先のこと、将来のことばっかり気にして
「今」に居ないから。

んじゃあ、今にフォーカスして
今、自分がしたいこと、表現したいことを
純粋なまでにフォーカスして
やっていくといいのかな、、と思った。

ただ目の前のことをする。
ザブンッッと飛び込んでしまえっと思った。

やってみないと分からないこともあるから、ね。



 
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますことを
楽しみにしています〜!

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自分を見つめる。
自分を認識する。
したい・在りたい状態へと進む。
1Dayワークショップです。
詳しくはこちらをご参照ください

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日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
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