パターンを崩す。自己犠牲を止める。-わたしの場合

2017.08.28 04:09|わたしの場合
20170827.jpeg

8月最後の週末ですね!
いかがお過ごしですか。

わたしはですね、
まだいくつか来月にもあるけど、
大きなイベントごとは一段落した感じです。
今夏は暑かったわ、、、いろいろと。
沢山の人に会って、いろんな話して
いろんな気づきがありました。

昨日はうちに人が来てランチだったのですが、
これね、わたしは最初乗り気じゃなかったんですよ。

今夏は酷暑があって、身体が疲れてしまい
そこから体調が低調でした。
自分のことだけしてると楽しく過ごせるのですが、
買い出しとか料理とかベランダの掃除など
準備はできないわーと。

なので

「あなたがうちに人を呼びたい気持ちは分かるんだけど
 わたしの体調は本調子でなく、準備はできないよ。
 特に夕食となると、時間遅くなるし
 身体が持たないからほんと困る」

と、正直に伝えました。そしたらね

「きみは何もしなくていいよ。
 ベランダの掃除も僕がするし
 料理も僕が全部する。
 食事は、夕食じゃなくて昼食にしよう。
 それに、みんなダイエット中だから
 僕たちがいつも食べてるようなのでいいし〜」

とボブの返事。

ほほぅ!そうですか??と思ったのね。
「わたしは何もしなくていい」んだって!!
んじゃあ、何もしないでおこう、と思った。
ボブが全部するのならいいや、と。

で、本当に手伝いませんでした。

ベランダの掃除なんてね、
これ、大変なんですよ。
うちのベランダは大きくていつも風が吹いてるせいか
すぐに砂や塵みたいなのが溜まってしまい
毎回、テーブルや椅子などすべてを洗って
ベランダの床もごしごしと洗うのね。
これすらもしませんでした。

いや〜〜、手伝わない勇気が要りました!
ザワザワしたよ。

だってね、大変だと(自分は)思ってるんだもの。
手伝わないと、ボブは怒るんじゃないか、という不安。
そこから、怒られるんじゃないか、という恐れ。
ボブが不機嫌になることへの恐怖。

そんなことがザワザワと湧き上がってきたのですが、
ええぃっ!面倒臭いわ!と
手伝いませんでした。

手伝わない勇気。
何もしない勇気。
動かない勇気。
そして
自分はご機嫌でいる勇気。
部屋でのんびりしてご機嫌で居続ける勇気。

…そしたらね、

わたしは「大変だ」と思っていたベランダ掃除ですが
ボブは、計画を立てて(?)数回に分けてしていて
毎回、終わったあとは怒ってもいなければ
不機嫌でもないんですよ。

ベランダから部屋に入ってくる彼に
「おかえり〜。どうだった?」と
わたしはご機嫌モードで聞くと
「(ベランダを)見て!めちゃ綺麗でしょ〜」と
嬉しそうで疲れてもいないし。

あれれ…?
わたしが勝手に思っていた
「大変な」ベランダ掃除、というのは
ボブにとっては当てはまらない、
ただのわたしの妄想だった…??

しかもですね。
料理に関しても、今回は
ほんっと文字通り何もしなかった。
調理後の片付けもしなかった。
買い出しに関しては、日常の買い物と一緒に
買ってたけど、ある日の買い物は長くてわたし怒ったし!
テーブルセッティングもしなかったし、
食器や料理を並べることもしなかった。
食べた後の食器も洗わなかった〜

したことと言えば、
部屋の掃除@いつも通りの掃除と
残った料理を冷蔵庫に入れた。これだけ、でした。

これほどまで何もしなかったわたしですが
ボブは怒ってなかった。
不機嫌でもなかった。
みんなに手料理を振る舞い、
一緒に食べて過ごしたことは嬉しそうだった。

なんだ…わたしは勝手な妄想してたんか。

で、気がついたんだけど

「ボブは《大変なこと》をひとりでしてる。
 手伝わないと彼は怒るだろう」
「ボブが不機嫌になる。どうしよう、怖い!」

などという思いがザワザワ湧き上がってたときね、
ふと父を思い出し、父の姿がちらっと上がったんですよ。
それを見たとき

ああ、これはパターンだ、と思った。

わたしの父は自営業を営んでいて
いつも忙しそうだったんですね。
で、小さい時から父に迷惑を掛けてはいけない、とか
自分が(父に対して)できることがあれば
しなければならないと思ってました。

で、父(のイメージ)を見てると…
母と祖母の姿も見えてきてね。
こりゃー家系的なパターンでもあるな、と。

母は自分がどれだけ疲れてても父を手伝ってたし
祖母(母の母)も同じことしてました。
自己犠牲をしてパートナーを手伝うのは
妻としての標準装備というか、
普通なことだったんですね。
しかも祖母は「それが当たり前」というようなことを
幼い頃からわたしに話してくれててね、
わたしにとっては「それが当たり前」であり、
「その世界」しか知らなかった。

今はね「違う世界」があることを知りました。

あの、自己犠牲の上に成り立つことって
確固たるものじゃないと思うんですよ。

たまにね、自分で選択して自己犠牲をすることもあると思う。
でも、それってね、大抵一時的なことが多いと思うんですよ。

なので「あ、なんか我慢してる…」とか
「自己犠牲してるわ」とか「苦しい」と思っているのなら
それをずっとしていたいのか、自分に問うて欲しいなぁと思います。

で、大抵、パターンになってることが多いと思う。
自分の今までの経験を思い出してみてね。
そして、似たような状況で、親はどうしていたか、も
思い出せるのなら、してみて欲しいです。

パターンを崩す、ということは、
リズムを崩すことと似てると思います。
だから
全く違うリズムを入れるの。
今までと違うことをする。

すると、ガラガラとパターンが崩れますから。
パターンが崩れると、一気にラクになります。
だからね、勇気を出して欲しい。

しかもね、そのパターンがもし家系的なことだとすると
自分のとこで崩れるから、もうこれ以上
自分のラインでは引き継がれない方向になります。

わたしには子供がいませんが、
姪っ子にはなんらしかの影響はいくんじゃないかと
感じています。

あと、母にも影響はある。
家系的パターンを崩すことは、
きっと、放射線状的にも家系になんらかの影響を
もたらすことができるのでは、と感じます。

他には、個人的なことですが、
わたしは気づける範囲で
どんどん自己犠牲を止めてきているのですが
それによって、ボブも自己犠牲が減ってます。
お互いがそれぞれ自分のやりたいこと
居心地のいいことを選べるようになってきてる。

…とこんなこと書くと
なんだかスムーズに現状を得られたように
とられるかもしれないんだけど、違うよ〜

正直に話すと、
わたしが自己犠牲を止め始めたときは
ちょっとした修羅場は何度かありました。
今でもたま〜にあるくらいよ。
さすがに「今までとは違う」は言われなくなりましたが

「僕は我慢してるんだから、きみもしなよ!」
「何なんだよ!」

って言われてました。

ボブね、我慢するんですよ。
だから、つい「うっ、、」と昔のわたしの癖が
ざわめき始める。
でも「ボブは我慢してるんだから、わたしも…」
となるのは違うと体得してたので、ぐぐっと勇気。

これまた正直に書くと泣いたこともある。
苦しくてね。
でも、今までのパターンをずーっと続けるのか?と
自問すると答えはNOでしたから。

じゃあ、パターンを崩す必要がある。
断ち切って、違うことを入れないと。

するとますます自由になってます。

もし、あなたも何か苦しいと感じてたり
パターンがあったら、
わたしと一緒に崩していきませんか。

選択してね。


Comment

非公開コメント

プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

*Facebookしています。
アカウントはこちらで、
お友達申請ウエルカムです〜。

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

【メールフォーム】

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

QRコード

QR

ページトップへ