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自己犠牲を本当に抜け始めたと感じた日

2017.02.18 22:53|思ったこと・気づいたこと
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うーん。どこから書き始めたらいいのかのぅ、、
…と一瞬迷ってしまったくらい、
以前のわたしは「我慢・耐える」ことをしてました。
無意識の我慢をいれたら、
語りきれないくらい。

話はちょっとズレるのですが、

わたしたちは、生まれ育った環境から
大きな影響を受けます。
特に幼い頃なんて、外にひとりで出ていくことはないから
「家庭が世界」で、しかも、
自分を育ててくれる存在の親がいないと
生き延びれないので「親が世界」みたいになってくる。

なので

親がどうしているか、何を言ってるか、
親が自分に何をしてくるのか、何をどう要求してくるのか、

などの体験が、自分に大きく影響してくるんですね。

で、基本としては、これしか知らないんですよ。
「自分はその体験しかしてこなかった」から。

自分の世界=親がどうしてたのか、が、
基本となり、そして成長するにつれ、
他の大人と接して
別の大人の思考・行動を知っていくのです。
そうやって経験して自分の中が磨かれて
「独自」のものが出てくるんだけどね。

でも、そもそものところは「自分の親がどうしてたのか」が
自分の中に大きく影響してます。
特に、自分で疑問すらもたないような、
無意識でしてしまう(してた)行動なんかもね。

さて、わたしの話に戻るのですが。

わたしの母は耐える人でした。
とにかく我慢して周りを優先する人だった。
自分は二の次・三の次で、夫を立て
子供を優先し、親戚・家族にも応えて。

で、わたしの祖母(母の母)もそんな人だったのね。
まったく同じで、いや、それ以上だった。
歴史的なことや田舎という土地柄もあり
大家族で激動な人生でした。
耐えて耐えて耐え抜いて、
「女は食べられるときに食べないと、食べられない」
とよく言ってたのが印象的でした。

これは、忙しかったからというのもあるけど、なにより

「何か事態が発生すると、それに必ず対応しなければならない」
「目上や年上、男性から呼び出される・頼みごとをされると、
 何を置いてでもそれに対応しなければならない」

という信念が根底にあったから。
これは、曽祖母(祖母の母)も同じだったのね。

で、これらは、父方の家系の女性たちもそうでした。
父方の実家も田舎だったこともあるし
きっと日本の時代的なこともあるのでしょうね。

ということで。
わたしの中に上記そっくりそのままが
ベースにあったんですね。

・目上や年上の人を敬わなければ
・男性をたてなければ
・言われることを聞かなければ
・周りに応えなければ

などを「自分を犠牲にしてでも」しなければならない
と無意識で思ってました。
だって、親がそうだったもの。
そうしているところしか見たことがなかったから
他を知らなかったんですね。

なので、以前のわたしは、ボブに対して
「パートナーだから対等」という意識はあったものの
年上を敬わなければ、男性を立てなければなどという信念を
握ったままでした。

だから、当時は
自己犠牲してまでもボブを優先することは
日常茶飯事でした。

で、疲れちゃったりして、ね。

勝手に自己犠牲して
勝手に疲れて
勝手に不機嫌になって。

そして挙げ句の果てには

「わたしがこれだけ我慢してるのだから
 あなたもこれくらいは我慢できるでしょう?」

と、相手に対して期待(無言の要求)しちゃう。
だってわたしは我慢してるんだもん。

わたしが我慢してるんだから
あなたも我慢して当たり前、みたいな。

で、我慢してくれないと「なんでやねん!」と
まるで裏切られたかのように腹が立ち(ははは)。

勝手に我慢して
勝手に自己犠牲して
勝手に相手にも我慢を要求し
応えてくれないと、怒ってしまう

ああ〜〜、激しい一人芝居をしてました。

で、気がついたので、止めました。
自己犠牲・我慢・ボブ優先・自分は常に後回し・・・
これらをどーーんと止めたのね。

そしたら、ボブにしてみりゃ今まで「してくれてたこと」を
突然してもらえなくなったんだから、文句が出るわけですよ。
もう当たり前。しょうがないと思う。
わたしだって、今までしてくれてたのに、
してくれなくなったら「なんでー」と思うと思うもん。

でもね、やっぱり自己犠牲は息がつまると思ってね、
文句言われても、自分優先を続けてました。

そしたらね。

この間、わたしの我がままっぷりに笑ってたボブが
突然我がままを言いだしたので
「それワガママやで。
 あなたワガママですやん!」と言ったら

「君もワガママしてるやん!
 僕もワガママするんだ〜♪」

と嬉しそうに言いながら、笑って好き勝手してました。
これ聞けて、わたしはすごく嬉しくなってねぇぇ。

ああ、やっと、本当の意味での
耐える・忍ぶ・我慢・自己犠牲から
わたしは抜けることができ始めたんだなぁと。

あの、我慢・耐える・自己犠牲は悪い事じゃないと思います。
(良い事とも思わないけどね)
したかったら、したらいいんじゃないかな、と思う。

ただ、「しなければならない」という思いからの自己犠牲、
以前のわたしみたいなのは、
じわじわと自分を殺してたなーと思う。
自分の思いを抑圧して押し殺してましたから。

自分の思いをちゃんと聞いて、応える。
他人を満たす前に(他人に応える前に)、
自分をちゃんと満たしてあげる。

すると、勝手に、他人も満たされてるんですね。
自分が人を満たさなくても、
その人がご自身で満たしてるんですよ。

わたしは、自分がワガママになって、やっとそれが分かりました。

「内あるがごとく、外ありき」。
ボブが「僕もワガママする〜」と言うことは
わたしも「ワガママしてる」ということが反映されていると感じ、
やっと本当の意味での「自己犠牲・我慢・忍ぶ・耐える」から
わたしは抜け始めたんだ、と感じました。

ほんと、お互いが自由で
お互いが好きなようにしてて満たされています。

あなたはいかがですか。
あなたのパートナーとはいかがですか。

どうぞネコのようにふわりゆるりと
我が在るままに☆
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プロフィール

ともこ

Author:ともこ
みなさま、
ありがとうございました。
また2018年秋に
お会いできますことを
楽しみにしています〜!

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日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
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