FC2ブログ

【ご感想から】頭では解ってるけど行動できない…。

20171030.jpeg

わたしは「インテグレート・ヒーリング」という
キネシオロジーをベースにして、
「フィボナッチ・ヒーリング」という
音叉を使ったプロセスも組み合わせて、
他の音叉やスキャンリストなども使った
セッションをしているのですが、
毎回、スタイルが微妙に違います。

ある時には、カウンセリングっぽかったり
ある時には、黙々と情報収集をしていたり
またある時には、音叉や他の道具を黙々と使っていたり。

来てくださる方の年齢は、バラバラです。
10代の方から70代の方もいらっしゃるし、
普段何をなさっているか(職業など)もバラバラです。

でも、共通していることがあって、それは
みんな美しいんですよ。
魂がほんと美しい。輝きがある。

ただ、ご自身で感じられなかったり
抑圧されていたり、自信がなかったりして。。

あの、手遅れとか遅すぎるとか
そんなのは絶対無いですから。

どんな人生を送ってきてたって
絶対に大丈夫。

あなたが、今、どうしたいか
どう行動していくか、だけだから。


さて。
今日は、頂いたセッションのご感想を
シェアする許可も頂戴したので、
ご紹介させてください。


= = = = = = =

ともこさん、一昨日は長時間に渡るセッション本当にありがとうございました!
また昨日は早速レポートも送って頂き、ありがとうございました。

この歳になるまで、ずっとダメ出しばかりで自分を大切にして生きてこなかった私。
一番大切なはずの自分を表現してこなかった私。
気付いたら、自分は何を感じて何が好きで何を欲していてどうしたいのかも分からなくなっていて。
他人軸でいることが当たり前で自分を生きてる感覚がなく、心身はいつも緊張していて息苦しく(生き苦しい)。
そしてそうなったのは親のせい、パートナーのせいと人のせいばかりにもしてきました。
でも、このまま人生を終えてしまっては必ず後悔する!そう思い始めたここ数年、たくさんの本やたくさんの人の話を聞き、様々なヒーリングも受けてきました。
けれど長年そうやって生きてきたので、頭では解っていても、、、の状態から抜け出せず、それがまた更に自己否定に繋がって。
それでも少しずつ自分の中で変化していくものもあり、そんな中で出会ったともこさんでした。
ともこさんの温かいお人柄と深い愛を感じた今回のセッションでしたが、ともこさんの言葉の一つ一つが私の深いところに入ってくるような、そして表現するなら身体を通して自分を愛することの理解が少し進んだような、、、時間が経つにつれてそんな感じがしています。
そんな優しくも強力なセッションでした。
今が踏ん張り時ということで、愛する自分の為と、これからの大切な残りの人生の為に踏ん張ります。
その先には、しっかり自分の人生を自分の為に、自分の行きたい方向に歩いてる私がいると、、、。
そんな私を、いつかともこさんに見ていただけるような日が来るといいなぁと思っています。
ともこさんにお会いできて、本当に良かった。

ありがとうございました。


= = = = = = =

昨日もお話ししてたけど、
自己表現をしていないと、
自分の感覚を抑えつけているような状態だから、
自分の好き・どうしたいが分からなくなります。

ご感想をくださった方は
厳しい環境の中で様々な体験をなさってきたのだけど
現在のこの方からもんのすごい勇敢さを感じたぐらい、
ご自身でワークをかなりされていました。
だから、
ご自身で気がつかれていることが沢山あるんですね。

それでですね、
ご感想の中でも触れてくださっている内容でもあるのですが、
わたしの得意としていることが

「頭での理解を
 身体に落とし込む」

ことです。

これはエネルギーワークで
身体の細胞に浸透させるようにしているので
言葉でこうだと表現しきれず
あまり公言してこなかったので、
今回、感じ取っていただけたのは
本当にものすごく嬉しかったです。


頭で理解して、それを行動に移せることもあるのですが
難しいときもあるんですね。

よくあるセリフで、

「頭では解ってるんだけど、
 でも、、(できない)」

というコレです。

行動は、身体を使ってすることであり、
体験も、身体を使ってしますね。

なので、極端な言い方をすると、
何も考えずに、ただ行動する…ことができれば
そこで身体も体験して、身体が新しいことを記憶するのですが、

それができない時というのは、
今まで生きてきた(経験)記憶が
いろんな形(思い込み・信念などでも)で
レベル・場所(身体・エネルギー体など)に
残っている状態だと感じます。

なので、そこでもう要らない記憶・感覚を取り除き、
新しくしていく必要があると感じます。

それでですね、
新しく行動していく上で、

長年続けてきた生活、特に、
パートナーとの関係では
自分が変わったことによって
相手から何か言われたりすることもあります。
うちは、ありましたデスヨ、ハイ。


でもね、ここは踏ん張り時なのです。


特に、パートナーのせいにしてきた場合!

例えば

「パートナーがああ言うから、私は…」
「パートナーが嫌がるから、だから私は…」
「パートナーがこうだったから…」
「自分が(ちょっと)我慢すれば、うまく回るし」

みたいな、パートナーを軸にして、自分の行動の選択をし、
自分が思うようにできていない(満たされていない)原因を
相手のせいにしていた場合。

今までとは違う行動をして
パートナーからガーガー言われてしまい、
そうなると、痛みを感じるし、居た堪れなくなって
前と同じ行動をとってしまいそうになる。

でもね、また同じ行動取ると
また同じ状況になるんですよ。

というか、それよりもっと重要なことがあって、


そんなことすると、
自分を大切にしていないのです。


だからね、どうか、
自分を大切にして愛でて欲しいです。

古い癖を新しくしている真っ最中だ、ということ
そして、
古い癖であればあるほど、時間が掛かる場合もある…
ということも合わせて覚えていて欲しいと思っています。

大丈夫、大丈夫。絶対に大丈夫だから。

どーーんと新しい癖になるときが絶対にきますから。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


ご感想を寄せてくださって、そして
ここでご紹介することに許可をくださって
本当にありがとうございました。

自分が実際にできる経験というのは限られているので、
他の方のお話を聞けると、
そこから共通していることのヒントを得られて
とてもありがたかったのを覚えています。
なので、シェアさせてくださって本当にありがとう☆

以前のわたしも、
自分の行動はボブを基準に選んでいたところが
多々あり、でも、まったく気づいてなかったほどでした。

無自覚だったんですよ!!
(そういえば昨日の記事もそんな感じですね・汗)

だから、気づくまでにめちゃ時間掛かりました。
しかも気づいた時にゃー
「うわ、めちゃ狡いやり方でボブのせいにしてる」と
ショック受けたこともあるし。あはは〜〜

そんな調子だったけど、大丈夫。

新しい癖になっている日がきていますから。
そして、自分は輝きであり、
輝きの中にいる、ということに気づかれると思います。

あなたも、ね。


"他人のせいにして自己表現しない"わたし

2017.10.29 21:13|思ったこと・気づいたこと
20171029.jpeg

昨日、一緒に朝食を食べていたボブが
「歯のブリッジが取れちゃった」と。

あらら…。日本だったら土曜日でも
歯科医院開いてるかもとネット検索してみたら、
開いてるんですね!

近所の歯科医院の中から
最終的にはボブがサイトの雰囲気を見て
気に入った歯科医院に行ってきました。

するとね、そこでの受付は
「どのくらい待つかお伝えすることができません。
 かなり待つことになるかと…。」
「応急処置になり、また受診していただくことになります」
とおっしゃいます。

え?かなり待った後に診てもらえても、
応急処置になるんだ?うーーん、、
と、まぁ言われた内容も気になったのですが、
待合室で座っていると
違和感を感じ始めたんですね。

なんか違う…と。

そしたら、ふとイメージがぱっと見えて、それは
以前ボブがかかったことのあるクリニックで
何度か通ったけど、ボブに合わなかった医院でした。

うーーん。
いや、でも、ここはボブが気に入って選んだ歯科医院だし…
わたしの違和感はわたしのことでボブのことじゃないし、、

などと思い、
「ボブのためで、ボブが選んだ歯科医院だから」と
自分が感じたことを抑え込んだんですよ。

でも、違和感がどんどん募ってくる。
なにかが違うと、身体がそわそわしてくる。

そこでボブが
「あんまり待つのだったら、
 月曜日に予約取って出直そう」と提案してきました。

「出直す!?歯科医院を変えるのではなくて?」
「だってここ清潔そうだから、僕好きだもん〜」

うーーん、やっぱりここ好きなのか、、、と
しばらく待ってたんだけど、また、ふと
「あ、やっぱりここは、わたしたちには合わない所や」と
感じてね。
とにかく今はここを出たいと思い、
月曜に予約を取って出直そうとしたら月曜は予約がいっぱい。
わたしたちの都合もあり、木曜日になりました。

で、一旦クリニックを出たんだけど、
ボブは木曜日になったのが気になるらしく
二、三歩歩いたところで
「もうちょっと待ってみようよ」と言ってきます。

でもわたしはあそこを出た途端、身体がラクになったので
やっぱりあそこじゃないと思い、
歯科医院を変えることを提案しました。
そして、話しながら、もう数歩歩いて角を曲がったら
別の歯科医院の看板が目に入ったんですよ!

「もう別の所が見つかった!
 ちょっと階段上がって(ビルの2階だった)
 中の様子見てみて。
 あなたの感で気に入ったら
 ここにしたら?」


で、結果。
ボブは一目で気に入ったらしく
そこにしたら、
すぐに診察してもらえて

「とれたブリッジをくっつけるだけです。
 今からつけますね〜」

とすぐに始めてくださいました。

わーーい!と喜んで
くっつけてもらってたんですけどね、、
わたし、そばにいてて
微妙な違和感があったんですよ。

ちょっと心臓ドキドキみたいな感じで
身体的に落ち着かない。
でも、さっきの歯科医院とは違う感覚。

なにこれ?と身体を見てたら
「わたしは危ない」みたいな
危険なところにいる、という感覚でした。
ええーー何この違和感?!と思った瞬間、
ハッとした。匂いだ、匂い!!

薬品の匂いが充満していて、
空気があまりよくなかったんですね。
だから身体が"危ない"みたいなメッセージを
出してきてた。

なので「大丈夫。もうすぐここ出るし」
と身体に伝えるようにしていると、
不思議なことに?心臓バクバクとか
身体的違和感も収まり、
クリアになって落ち着きました。

ボブもブリッジを無事元どおりにくっつけてもらい、
しかも丁寧な対応で大満足で帰ってきました。

= = = = = = =


いや〜〜、昨日のことは
いろんな気づきがありました。
まずは、

「いかに自分が自分の感覚を抑圧させているのか」
(→自分は感じているのに、関係無いし…とか抑えつけていた)


そして

「違和感であっても種類があること、
 微妙な体感を感じ取る必要があること」。
(→違和感、と一言で片付けない。
  反射的反応をせず、恐がらずに、
  そこでの自分の身体の感覚をちゃんと見て感じてあげる。
  そして対応する。)


あと、一番大きくガツンときた気づきが、
「他人事だから、自分の感覚とは関係ないだろう」として
それを言い訳にして隠していた、


自 己 表 現 を し な い こ と。


ボブのことだから、とか
ボブが気に入ってるし、などと


それを「言い訳」にして


「他人事だから自分が感じてることは関係無い」と
自分が感じることを表現してこなかった。
自分が表現する勇気の無さを

「他人のせい(ボブがそれ好きだから)」にしてたんですね。


これって、、、


自分の行動の軸を他人にしてる。

「他人がそうだから、自分はこう動く」になってる。


こんなことしてると、いつまでたっても
自分が思ってること、感じてることを
表現しないままだ…。


でね、思ったんだけど、表現するにも


「自分はこう感じますが、
 あなたはどうですか?どうしたいですか?」

と、表現できるもんね。


自分は表現するけど、
相手の行動は、
相手が選択するのですから。





…… 


………と、ここに気づいて、ハッとしたんですよ。
わたし、無自覚でいつも相手の要望に
応えようとしてたかも、、って。


「自分は表現するけど、
 相手の行動は、
 相手が選択する」

の立場を入れ替えると


「相手は表現するけど
 自分の行動は
 自分が選択する」


になります。

そう、相手が何を言ってこようがどうしてこようが、
自分の行動は自分が選択するんですよ。

でも、もしここに余計な思い込みや信念、例えば

「相手が言うんだったら、それに従わないと…」
「相手を優先しなければならない」
「相手の要望に応えなければならない」
「相手の期待を裏切ってはいけない」
「いい人でいなければならない」

などというのがあれば
無自覚ででも、相手を優先してしまう(ことがある)。
そして、違和感感じたり、疲れてしまったり。
極端な言い方をすると、
相手の表現・要望が迷惑になるんですよ。

だから


自分は、相手からされて(意見を言われる・相手が表現してくることを)
迷惑に感じてしまい、

自分も同じこと(相手に意見を言ったり・自己表現)をしなくなる。



もうね、

これ嫌だと思った。



自分が感じることを表現しない、だなんて。
こんなことしてると

感じること(何がしたい、とか、してると楽しい・好き)が
分からなくなってくるのです。


。 。 。 。 。 。 。 

話が長くなったのですが、
今回、改めて自分に落とし込んだのは、


「自分の行動は、自分が決める」

「自分以外の何か…他人・物事・事情のせいにしない」

「自分を優先する(人の要望に応えようとしない)」


でした。

相手がどう表現してこようが、何を言ってこようが、
相手を満たそうとするのでなく、
自分で自分の行動を選択できるのであれば、

自分も、人に対して表現するようになるし
相手もご自身で行動を選択している。


こうなるとね、自由にもなってると思う。




 

"相手のため"とは自分が罪悪感を感じないため・自分のためにしている

2017.10.25 00:06|思ったこと・気づいたこと
20171025.jpeg

わたしね、以前からボブに

「普段のきみからは想像できないような
 超冷酷な話し方をするね!マジで恐ろしいから」

と、たま〜に言われてました。

自分でも冷酷さがあるのは感じて知ってたけど
そんな冷酷?というか何が恐ろしい?
と、自分では理解できてなかったんですね。

そしたら、

先日、久しぶりにまた言われたんですよ。
会話のきっかけは、わたしが外出する前に
ボブに用意した食事、しかも、
わたしも食べたいけど材料的に足らずに、
彼だけに用意した物を彼は食べておらず、
そんなことが何回か重なった後で
「あれ?食べてないの?」から始まりました。
そして、会話の最後の方では
わたしの発する言葉は超冷酷だったそうで。。

確かにね、話してる途中から、
自分でも剣でボブを刺してるような感覚があったんですよ。
ザックリいってました。

なので、こりゃいかんな、と、
自分の言動を遡り、
その時の感情・感覚を
遡ってみたんですよ。

そしたら、分かった!


「ボブは食べる」と言ったし
「喜んでた」から
「ボブのために」と思ってしてたけど、

その実

「自 分 の た め」だった。


彼のために用意している良い子になって
頑張ってる自分を感じて、満たされるため。

彼のためにしてるんだから、
いつかは、彼は自分のためにしてくれる、
(そう要求してもいいでしょ、という言い訳を得るため)
という妄想的投資な行動。

彼はいつもわたしのためにしてくれてるから
わたしも彼のためにしなくちゃという罪悪感を打ち消すため。

それとですね。
あともう一つ、大きかったことが


「わたしは食べたかったのに、
 食べずに我慢してまであなたのために用意したのに
 それなのに、あなたはなんで食べてないのよ!!」

という、

自分は我慢して犠牲を払ってまでしたのだから
あなたはそこに応えるべきだわ、と

そんな恐ろしいプラカード掲げて(我慢の押し付け)して

相手をコントロールしようとしてたな〜、と。


いやもう、、、
気がついた時は、笑ったわ〜〜〜
そして、自分に言ったよ。

「食べたいのなら、さっさと食べろ!」って。

何してんねん!って自分にツッコんだわ。


でね、

我慢をした上での相手のための行動(という思い込み)は、
相手が自分の思うように応えてくれないのなら
気づかないうちの超冷酷さで
剣を刺すかのように発言をすることあるんだな〜と
自覚できない潜在的なところの威力、影響を
ものすごく感じました。

うーーん。

無自覚的な行動、
反応的な行動に気づいていきたいな〜。

人間は、対応できる生き物だもの…ね。




向かい側から押し寄せてくる人波は…何を表してる!?

2017.10.21 20:58|思ったこと・気づいたこと
20171021.jpeg

セッション後の雨の帰り道。
ビルの中を通ったら、
出入り口で帰宅途中の人波が
向かい側からドドドーーと押し寄せてきました。

わたしは
右手に、音叉・書類が詰まった重たいキャリーケースを
左腕に、枕などが入った大きなカバン&傘を
持っていたので動きが鈍くなっており、なんとはなしに
出入り口の端っこに寄って人波が過ぎるのを待ったんですね。

待てど…待てど…。

人の波は絶えることなく、どんどん次から次へとやってきます。
「え?ちょっとこれ、、この調子やとわたしこのままここに、、」
と思った瞬間、ハッとしたんですよ!

これって、癖や習慣を変えたいのに
なかなか変えられない状態が表現されてるーー!!


「押し寄せる人波」は、
日常の癖や習慣や日課などを

「逆行する動きを取りづらいわたし」は、
変えたいのになかなか変えられない自分、、を表してる。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

日常の癖や習慣って、力強い波のようだと感じます。

自分がちゃんと意識していないと、
そこに飲み込まれてしまう。
惰性的に動いてしまう。
だって、身体にその動きが記憶されているから。
意識していなくても呼吸できるのと同じぐらい
勝手に動いてしまう。

だからね、癖や習慣を変えたいときは
意識していくことが必要だなぁと。

最初は難しいときもある。
習慣という大きな波に
一人で逆行して動いてるかのようで
なかなか上手く進めないように感じたり…

でもここで

背筋を伸ばし、呼吸を自然なリズムに戻し
進む方向へ視野を広く持って進むと、
ポツンポツンと進み安そうなポイントが見えてくる。
そして、慣れてくると、
そこに勝手に身体が動くんですね。

そう、

意識する、ということで
思考(マインド)も大切だけど、
そこから
感覚的、ハートにも落として
身体的、ハラにまで落とし込むのが大切だなぁと

そこまですると「新しい癖・習慣」となって
身体が勝手に動いてくれるから。


いや〜、いろんなことをここまで落とし込みたいなー


【お願い】iMassageでなく、メールでご連絡ください!

2017.10.21 00:38|思ったこと・気づいたこと
20171020.png

ビックリした!!

さっきパソコンで作業してたらね、
突然画面の右側から小窓が開いて
「日付」と「空き…」云々の文字が見えて、
すぅっと消えたの。

え??今の何!?と思って、
メールや、facebookのメッセンジャーを開いたけど
そんなメッセージは無い。

気のせい…?いや、確かに見たけど…と思いつつ
しばらく放置したんですよ。

でもやっぱり気になる。

なので、あちこちクリックしてみたりしてたらですね、
あったよ、あった!見つけたーー!!

iMassage なるものでした。

ああ、もうビックリしたよ。
こんなのが存在しているとは知らなんだ。
しかも、複数メッセージが届いてたものだから、
これまた超驚いた!!

いやもう、、気づかないでごめんなさい。
わたしのiMacが初期設定で
iMassageの設定がオンになっていたようで、
それで受信していたようです。


あの、申し訳ないのですが、

セッションに関しての連絡・メッセージは
メール(tomoko.it.IH@gmail.com)を
利用しています。

なので、お手数なのですが、
連絡に関しては、メールでお送りくださいますよう
何卒よろしくお願い申し上げます☆

いつも温かいお心をありがとうございます〜!




 

ドタキャンされても“しょうがない”ではなく、“そうなのね”と気にならない訳。

2017.10.20 00:08|思ったこと・気づいたこと
20171019.jpeg

ドタキャンについて話してたときに
話の流れで

「自分もドタキャンしてもいいんですよ。
 すると、相手が自分にしてきても
 なんとも思わなくなるから」

とお伝えしたんですね。すると


「自分がしてるから
 (されても)しょうがない、となるのですね?」


と話してくださったんですね。
で、わたしはハッとしたんですよ。
そっか、そういう風にとっちゃうことも出来るんだって。
それと同時に
なんて素晴らしい指摘をしてくださったんだろうと
とてもありがたく感じました。


あのね。

「自分がしてるからあなたもしてる。お互い様ね」とか
「自分がしたからされた。因果応報ね」とか
そういう理解で納得される方もいるかも、なんですが、
わたしがお伝えしたかったのはそうでなくて


本 気 で 気 に な ら な く な る。


ということなのです。

「そうなの?しょうがないか〜。(以上。終わり)」
となるんですよ。

あの、ドタキャンされて怒りが出たら
怒ってもいいんですよ。

で、なんで腹立つのかっていうのが
往々にして、今まで

「自分は無理をしてまでやってきたから」

なのです。

例えば、自分は行く気なかったのに

・断ったら悪いと思って無理して行ってた
・(自分は)しょうがないと思って、無理して行ってた
・熱出た/体調悪かったけど無理して行ってた
・行きたくないけど行ってた。

今までそうやって私はずーーっと我慢してきたのに
なんであなたはそんなことするの!?

となるんですね。
極端な表現をすると

自分は今まで無理してまで頑張ってきたのに、
我慢してまでしてきたのに
相手からサクッと切り落とされたかのように感じる。。

のです。
だから、自分は報われないような感じもして怒ったり。
そんなのが腹立つんですよ。


あのね、そもそものところで
自分が嫌なこと・気が向かないこと・したくないことはしない。
しなくていいんですよ。
我慢して付き合わないといけないことなんてないのですから。

そして、ドタキャンですが、
人間って、考えが変わる生き物なんですね。
なので、約束しても気が変わることのは
当たり前のことなのです。
一度約束しても、気が進まなくなることだってある。

だから、キャンセルしてもいいんですよ。
で、キャンセルしたことに罪悪感を持たない。
だって「自分のそのときの気持ち」を優先したので
自分を優先してあげた=自分を大切にした、のですから。

そして、自分を大切にしたことから、
自分が満たされて、その満たされたことが溢れ出て
気がついたら、他人/相手も大切にしてる…んですね。

そう。今まで方向が逆だったん。


相手を大切にしてた(つもりだ)けど

その実、

自分に無理をさせ、自分を大切にしておらず

結局、

相手も大切に出来ない・しずらくなる…


だから、まずは自分を優先。
約束したけど、キャンセルしたくなったらする。
ドタキャンでも、する。

そうすると

相手がドタキャンしてきても
本当に、本気で気にならなくなります。


…ん??
そんなワガママなこと…していいの?って?

あの、あなたにとって、わがままって何ですか?
どういうことなのかな?
そこをしっかり見て欲しいなぁと思います。

ワガママはあなたの声ですよ☆
ちゃんと聞いて、
自分に優しくできるから、
相手にも優しくできるのです〜。




 

やりたいことを苦しさや迷いで辞めてしまう。でもそれは…

2017.10.17 22:08|思ったこと・気づいたこと
20171017.jpeg

ふと思ったんだけどね。


何かを「やりたい!」と思ったものの
なぁんか途中で「でも…」とか考え出して。

するのか?
しないのか?

悶々としてるそこに、何か妨げになるような
他の事・要因・事情が入ってきたら
心のどこかでホッとしたりして「辞めよう」となり。

もし何も入ってこなくても、
悶々としている状態が苦しくて、辛くて
「辞めよう」となり。

で、辞めるものの
やりたい「それ」は、なーぜーか
自分の中に渇望として残っちゃってて
しばらくすると疼きだす…

そして、また、最初に戻って繰り返す。

「やりたい!」
  ↓
「でも…」
  ↓
(エンドレス)

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

こんな経験ありませんか?

わたしは、あります。


あの、思ったんだけどね。


迷いや怖れを感じることって
本当に自分がしたいことだなぁ、と。

でもですね、途中で「でもさ、、」とか
いろいろ考えちゃうんだよね。

この「でもさ、、」というのは、
先のこと・将来を考えてるんですよ。
本当に自分のやりたいことだから
大切にしすぎちゃって、
まだ起こってもない将来のことを考えては
あーだこーだと心配したり不安になってしまい、

そして

怖れが出てくる。
迷いも出てくる。

で、分からなくなってきて、
怖れと迷いで苦しくなって
やり始めもせずに辞めてしまったりして。

でもね、辞めてもね、
それは本当に自分のやりたいことだから、
自分の中に渇望として残っちゃう。

だから、しばらくするとまた疼く…んだよね。


もしかしたら人間って、
何かを表現し続けていないと
生きていけないのかもしれないね。

だから、自分の表現したいことが
出来ていなかったら、
自分の内側から疼いてくる。

不安や迷いが出てくるのは
先のこと、将来のことばっかり気にして
「今」に居ないから。

んじゃあ、今にフォーカスして
今、自分がしたいこと、表現したいことを
純粋なまでにフォーカスして
やっていくといいのかな、、と思った。

ただ目の前のことをする。
ザブンッッと飛び込んでしまえっと思った。

やってみないと分からないこともあるから、ね。



 

洗脳とか呪いとか。それって結局は自分が疎かになってる。

2017.10.14 00:23|思ったこと・気づいたこと
20171013.jpeg

セッションで使っているスキャンリストに
洗脳とか呪いなどという単語が並んでいます。
その言葉の意味を
分かってたつもりだったけど
この間、分からなくなった。

どういう状態のことを指すんだろう??
何なんだろう?って。

頭で考えてたせいか
どんどん分からなくなって、
友人と話してたときに
この疑問を言ったんですね。
そして、話の流れで

「わたしは何してたんだろうってハッとした」

と言うと、友人は「それそれ!」と、

「(洗脳、呪いとは)
 別のエネルギーに居るってこと。
 違うフィールド(場)に居るのよ。
 そこから抜けたから、
 何してたんだろう、とハッとしたのよ」

というようなことを話してくれました。
(ごめん、うろ覚えになってて、わたしの解釈になってます)
これがわたしにはめちゃ納得でねぇぇ。

でね。

じゃあ、なんで別のエネルギーに居るんだ?と思ったんですよ。
違うフィールドに居るのはナゼだろうと疑問が湧きました。

で、今回は、わたしにとって
「自分は何してたんだろう?」とハッとしたことがあったので、
その件に関して思い返して考えてみたらね。

「グラウンディングが弱くなってた」なぁと。
意識が、宙にあったかも…と。
少なくとも完全には地には無かったな〜と今思う。

そして、グラウンディングの弱さも関係してくるんだけど
「自分が疎かになってた」。
外(出来事・他人)に意識が向いて、
内(自分・自分の内側)に意識が向いてなかった。

なので、ここから関連して、
視野が、めちゃ狭くなってたなぁと気づいた。
視点がひとつしかなくて、そこ以外は見えていない状態。
逆にいうと「そこしか見ていない」。
そこしか見ていないものだから、
何が起こったとしても、そこに繋げて見ちゃうんですね。
そして「自分に都合の良いように(例:ポジティブに)見てしまう」。
何が起こっても、自分が見たいように、都合のよいように見てたなぁと。

で、なにかの拍子にハッとして、
「わたし、何してたんだろう?」となる。


…いやはや、もうなんだか。。。

自分で、自分を疎かにしていた、としか言いようがないデス。


あの、時々あるのですが

「洗脳・呪いをかけてくる方が悪い」とか
「洗脳・呪いのせいで、私はこうなった」とか
「洗脳・呪いのせいだから、私は被害者だ」とか。

うん、そういう考えもいいと思う。
誰かのせいにして、怒ったりしてね。
被害者でいて、誰かに慰めたり労わってもらったり。

それもいいんだけど、気づいてた方がいいなぁと思うのが

「いつまで被害者でいる(被害者でいたい)のか?」

ということ。

自分の人生は、自分が主導権を握る必要があるんですね。
誰かのせいにしてる、ということは、
その「誰か」が自分の人生を操ってるんですよ。


誰かのせいにしてもいい。けど、
でも、そこから、
誰さんと自分の間に境界線をしっかりと引き、
自分の感覚を取り戻し、
自分が主導権を握る。


これが大切だと思います。

呪い、だと、なんだかオドロオドロしてて
呪いをかけてきた相手にずっと主導権を
握らせることはないだろうけど、
洗脳ってね、案外、引きずってることもあります。

というのも、まず第一には気づかないから、
ということが多いんだけど
その次の理由として感じるのは、楽チンだから。

「自分で」感じたり、考えたりしなくていいんだよね。
洗脳のエネルギーの中にいると、
ただそこに同調していればいい。
そしたらそこで人生・物事が決まっていくから
いちいち自分の感覚を研ぎ澄ませなくてよくて楽チンで、、、、

あれれ??でもさ、これって、、

自分を生きていないと、わたしは思います。
他人や洗脳のエネルギーを生きてると思う。


思ったんだけどね、

自分の感覚を研ぎ澄ませて
自分を自分のエネルギーで満たし、
ちゃんと他との境界線を引いているのなら、
洗脳や呪いですらもバーンッッと跳ね返っちゃうと思う。
というか、そんなのが周りに漂うことに
気づかないくらい、自分はドーンとしてるね。

…さぁわたしはどうかしら?!
感覚研ぎ澄ませますーー!


キャサリン・シェインバーグ来日「フェアリーテール1」

20171011.jpeg

キャサリン・シェインバーグのワークショップ
「フェアリーテール1」を先週末受講しました。

今年のロンドンでも同じお題で受講していたのですが
いやいや、さすがキャサリン。
内容構成が、ロンドンとは異なると感じました。
核の部分は同じなのですが、
典型的日本人的信念や集合意識的なところに
働きかけるような構成になってると感じました。
すごかった!!

キャサリンのWSはインタラクティブ(対話)形式なので
参加者の発言からどんどん展開していく…ということを
今回は頭だけでなく身体でガツンと感じとれました
(今頃かっって感じですが。ひぃ〜)
ほんと、同じお題なのに違いました。
違う角度からも見ることが出来て参加して良かったです。

内容ですが、
キャサリンのWSは内容を知らないで参加して頂きたいので
いつものごとく触れないでおきますね、ごめんなさい〜。

で、そんな中お話ししたいことは、
今回の参加でハッとした気づきです。
沢山あるんだけど、その中のひとつは


「一瞬、湧き上がる感覚を
 癖で感じないようにしていることがある」


ということです。
いやもうビックリした!
全然自覚してなかった。

例えば、ですが
重要な会議に遅刻する…というシーンでね、
そこには上司やみんなすでに着席していて
自分だけ遅れて入るんですよ。
そこで言い訳をしますか?
どんな言い訳を考えますか?

わたしね、言い訳を考えなかった…と思ったのね。
でもさ、よくよく思い返す(感じ返す)と
遅刻して部屋に入るドアノブに手をかけた(というイメージが見えた)瞬間、
体感としてはぐわっと何かが動き、脳が超高速で動いてたんですよね。
でもそれを感じる間も無く、自覚無く即消してました。

というのも「わたしは遅刻した」のは事実だから
言い訳しちゃいけない、と思ってたから。
「遅れて申し訳ありません」と謝るだけ、と思ってた。
言い訳は悪いことだ、と思い込んでたんですよ。
ましてや嘘の言い訳はダメだ、と思ってました。

…と、こんな思い込み・信念で、
身体が感じることさえ自覚できないほどの癖で
無いこと、にしてました。

これに気がついたとき、ガツンときてショックでした。
自分の身体が感じることが自覚できないなんてね。。


あとね。


「自分が思ったことに正直であること」
「思うことの、核の部分に、正直になること」

にも衝撃的にハッとしました。

おとぎ話って、鬼とか悪者が殺されるじゃないですか。
で、こんないじわるな悪者を殺す…ということで
「今まで誰かを殺したいと思ったことがあるか?」ということに関して、
わたしは、瞬間的には「ない」と思ったのね。

でも、すぐに、小さいときに
お母さん死んじゃえばいいのに、と思ったことを思い出しました。

わたしが幼い時の母はものすごく厳しく、
わたしはもう嫌で嫌でしょうがなくて
母が死ねば嫌なことは終わると思ったんですね。

で、この「死ねばいいのに」という思い。
これってさ、殺したいってことだと今頃気がついた。

自分じゃ殺す勇気はないから
「死ねばいいのに」って思った。
これって、ただの弱虫だっただけじゃん、って気がついた。

結局は殺したかったんだなーと。

「あの人が死んだら…(自由になれるのに)」
「あの人がいなくなったら…(◯◯できるのに)」

などという思いも
結局は心で「あの人」を殺してるんだよね。

…とこんなことに気づくと、
わたしってなんて物騒なんだろうとか
わたしってこんなひどい人!?とか思って、
瞬間的にこの思いを消したくなるかも、だけど、いやいや。


自分に正直にならないといけない。
自分を誤魔化しちゃダメだと思うんですよ。


そこを認識することから始まるのですから。

今回、わたしも人を殺したいと思ったことがある、と
気づけたことは、とても大きなことでした。
今まで誤魔化してたこともやっと気づけた。
これは、キャサリンの存在のおかげでもあるなぁと
ほんと彼女のワークショップに参加できることが嬉しいです。

キャサリンのワークショップに関して
以前からブログに書いていたのですが、
今回、それを読んで参加してくださった方が何人かいらして
みんなから「参加して本当に良かった」と
言っていただきました。

わたしの方が「ご一緒してくださってほんとありがとう!」と
言いたいです。
みんながいてくれたから、あの「場」が出来て
あの素晴らしい内容になったのですから。

また来年もご一緒してくださいね。
そして、迷ってる方!
一度参加してみてね。
彼女の素晴らしさは、わたしが綴る文字だけでは
伝えきれないです。
あの生のエネルギーに実際に触れてみて欲しいです。

ご一緒できることを楽しみにしています〜!


追記:
キャサリンの本は、日本語でも出版されています。

夢見る力―カバラと内なるビジョンを生きる

というタイトルです。
わたしにとっては、お気に入りの本の一冊で
ものすごい智慧が詰まっていると感じています。

徒然に。辞退したこと、苦しさについてなど。

2017.10.05 23:13|お知らせ
20171005.jpeg


大阪に入りました〜!
ネットも接続し、おかげさまで落ち着き
大阪の日々を堪能しています。

先日、ボブの診察で病院に行ったのですが、
そこで偶然、数年前に入院した時に知り合った方が
また入院されていて、お会いすることができました。
奥さまに「ともこさん、綺麗になった!」と言われ
「そうですか!?ありがとうございます〜」ムフフと喜んだ瞬間!

「あ、きちんとお化粧してるからだわ」

と切り返されたよ!!
しかも、その通りだったから「確かにそうです!!」と返事して
二人で爆笑したよ!あははは〜

わたしゃ化粧テクニックが上がったようです。
今度会ったとき、チェックしてみて…
いや、それよりキチンと化粧して外出しないと(そこか)。


さて、ところで。

突然なのですが、わたくし、
ロンのワークショップに関するすべての
コーディネートを辞退いたしました。

理由や経緯に関して書き出すとグダグダになるし、
わたし以外の方達のことも書かないと説明が出来ないうえ、
それに、書いたとしても、わたし目線からしか書けない。

なので、そうやってまでこんな公の場で書く気持ちがしないので
経緯などは省略させていただきますね。

コーディネートしていく上で出会えた皆さま、
関わってくださって本当にありがとうございました。
素晴らしい方に出会えて、結局お会いできなかったのだけど
メールで言葉を交わせていただけて幸せを頂戴したので
ほんと嬉しかったです。

ありがとうーーー!



・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

今回のことは、いろんな気づきがありました。

辞退したのは、
ちょうどイタリア出発する直前でね。
自分ではスッキリしたと思って
日本に来たつもりだったんだけど
まだ引きずってたようで、
眠りの質が悪いのなんの。

最近は結構スパッと時差ぼけが治ってたのに
それもなく、寝てるんだろうけど、寝られない。
身体が怠い一週間を過ごしてました。

そんな中、苦しさがあってね。

苦しさって、その苦しさの対象への見方を変えると
苦しくなくなるのですが
「いや、でも…苦しい時って苦しいなー」などと
ぼんやり思ってたんですよ。

そしたら、ふと

「死んだらこの苦しさは無くなるのか?」

と疑問が湧きました。
するとその瞬間、パパパッといろんな沢山のイメージが
目で捉えられないほど早く瞬時に変わっていくのが見え、
そしてすぐに

「ああ、苦しみって無くならないんだ」

と気づき、即、めちゃくちゃラクになりました。
なんかね、ほんと、心底ほっとした。

というのも、思ったのが、
ここに居る以上、苦しみは無くならないから
苦しいのは当たり前なんだ、ということ。

なんだかある意味、絶望的な感じもするかも、だけどね、
いやいや、
死んだら苦しみは無くなるとかそういうことじゃなくて

「今、起きてることに対して、
 自分はどう反応しているか、
 何を思う・感じる・考えるのか」

だと思った。
だからね、もう究極なことを一言でいうと

「諦める」

だと思ったよ。
ここでは全ての感情を感じられるし
私達はそれを望んでやってきているわけだから
苦しみを感じるのは当たり前。
さぁそこでどうするか、
どう展開(選択)していくかなのだと思う。


でね、これは自分に対して思ったんだけど、

今、わたしは、日本に居ます。
安全な土地で、戦争は無いところにいて
動物に襲われるようなところでもないから
自分の命の心配をしなくていい。

水道も電気もある場所に居る。
屋根と壁がある空間で暮らしていて、
雨・風を防ぐ場所に居ることができて
清潔な下着と服を着て
これまた清潔で暖かい布団で眠ることができる。

食べ物は十分にあるし、
しかも選択することができるくらい。



……?

あ、わたし恵まれてて、、

あれ??わたし、暇なのかも。

暇で、あれこれ考える余裕があって
苦しさまで選択して味わえる暇と余裕があるんだなー

と気づきました。

いや〜、わたしの場合、
一生懸命になりすぎたり
真面目になりすぎると
視点が偏っちゃって、大きく見れていない。
そして、遊び心を忘れるから
楽しむことを忘れて、
息をすることすら忘れてる感じ。

そうなると、ドツボにハマってます!ひぃ〜…

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

長くなっちゃったのですが、

苦しさや辛さの中では
それらを無いことにするのではなく
見る(パターンがあるのならそれも認識)。
そして次の展開・選択をすること。

それか、、もうね、
諦める!もうしょうがないよ。
ここは苦しさがあって当然の場所だもの。

…ということを改めて体感した先週でした。

さぁ、今週末は京都にいきますーー!
日本滞在楽しみまーす。

お会いできる皆さま、楽しみにしてます〜



 
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
みなさま、
ありがとうございました。
また2018年秋に
お会いできますことを
楽しみにしています〜!

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

【メールフォーム】

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

QRコード

QR

ページトップへ