「我がまま・自分勝手」って、、何?!

2017.02.20 22:31|思ったこと・気づいたこと
20170220.jpeg

前回の記事(タイトルがしっくりこなくて変えただけで、内容は同じです)
メッセージをいただき
ブログ掲載許可も頂戴したので
ご紹介させてくださいね。

ー ー ー ー ー ー ー ー

今日のブログ、読みました。
掃除機をかけながら、私の母方も、
父方の女衆はずっと我慢し続けてたんだろうな。
私が私のわがままを許すことをしようって、
それが先祖やこれからの子どもたちも癒すことに
繋がるんだろうなって、思っていました。
なんかシンクロしてて、なんだか嬉しかったので、
メッセージしてみました

ー ー ー ー ー ー ー ー


ほんと、わたしも同じことを思います。

自分が、自分のわがままを許すことは、
横軸的な、パートナーなどの周りの人だけでなく
縦軸的(時間を超えた)人の癒しにも繋がるなぁと。

あなたは、我がままが、出来ますか?
「我がまま・自分勝手」って何だと思う?

ちょっとスペースを空けるので
(出た!いつもの空白!と、空欄とるたびに思います…)
よかったら、考えてみてくださいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
  
さて。

あなたは「我がまま・自分勝手」が、できてますか。
できてる??ふふふ〜、どうぞこれからも楽しんでくださいね。

では、出来てないあなた。
あなたにとっての「我がまま」とは何ですか?

持っていたらいけないこと?
和を乱すこと?
したら怒られること?
したら迷惑をかけること?
したら嫌われること?
してはいけないこと?

…だから、出来ていない、していないんだって?!

そっか、、じゃあね、次の質問。

「あなたのしたいことは、分かりますか」
あとね、
「好きな食べ物は何ですか?
 空腹時に食べたい物が分かる?」
 
…え?何の関係があるねんって?!
 まぁまぁ、よかったらお付き合いくださいよ〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

思いついた?!
 
自分がしたいことが分からない、であったとしても
自分の好きな食べ物、食べたい物が分かるのであれば
まだ自分の感覚を感じ取ることは出来てるかなと思うのだけど
もし、好きな食べ物・空腹時に食べたい物が分からないのであれば
自分の心を見過ごしていたり、
自分の感覚を感じ取れていないのかもしれないかな、、と。

で、なぜ自分の感覚が分からないのか。

傾向として

・真面目
・〜するべき/〜せねばの信念を持ってる
・正しいことをしようとする
・自己価値の低さ
・人の目が気になる
・我慢する

などを持っていることが多く、
それらが入り混じって
自分を許せてないんですね。
自分に許可を出せていない。

「自分が」楽しいことしていいよ、
「自分が」幸せに感じることしていいよ、

していいよ!って自分に言えていない。
いろんなことを、したらダメだって思っちゃってる。

昨日お会いした方は、ゲームで
「好きな食べ物を3つ言って」といわれるも
自分の好きな物がよく分からなかった…
とお話くださるほど、自分がどうしたいのか、
何が好きなのか、がはっきりと分からなくなっておられました。

こうなってしまった要因はいくつかあるのですが
そのひとつに「我がまま・自分勝手はいけないこと」という
思い込みがあったのです。

で、周りに合わせよう、周りを優先しようとしすぎで
自分は自分の行動の発端に入ってないんですね。
「自分」を見ていない。
「自分」はどうしたいのか、を感じようとしてないの。

だから「自分」が分からなくなる。
何がしたいのか、何が好きなのかさえも分からない。

他人に合わせて、自分を消してたら
そりゃー「自分」が分からなくなってしまうのもしょうがないんですね。

あのね。

我がまま・自分勝手って、
究極的な「自分がしたい」が詰まってると思うんですよ。

そこに「自分が在る」と思うんですね。

だから、

ちゃんと受け入れる。
見てあげる。
認めてあげる。

あの、

自分の我がまま・自分勝手を許すからといって、
突然、その我がまま:例えば
「暴れてやる!ウガガー」だと、
必ずしも暴れるわけじゃないんですね。

暴れてもいいんだけど、
その「暴れる」ということに対して
まずは、自分に許可を出す、ということなんですよ。
「暴れてもいいよ〜」って。

で、その後、実際に暴れてもいいし、
暴れなくてもいい。

大切なのが「暴れてやる」と感じた・思った自分を
ちゃんと受け入れる。

「見ないふり」とか
「そんなことしちゃダメ(と自分を否定)」とか
「まぁまぁそんなこといいじゃん(と達観、楽観)」とか
「無かったこと」になんてしない。

ちゃんと受け入れてあげるのね。
すると、そこで何かが変わってきますから。

この後で、自分に確認して

「暴れたい?じゃあ暴れよう!!」
「暴れたくなくなった?じゃあもういいか〜」

となるんですね。

我がまま・自分勝手には
「自分の思い」が在ります。

なので、

我がまま・自分勝手は
悪いことやいけないことじゃない。

ピュアな部分の自分が在る、だけ。

そして、そんな自分を許すことで
自由になるんですね。

それは、自分の癒しだけでなく、
先祖やこれからの子供達の癒しにも繋がっていると感じます。

自分を許すことで、
引き継がれてきた家系のパターンを断ち切ることになったり
気づきをもたらしてくれたことへの感謝などから
代々の先祖への癒しとなり
これからの世代の子供へも自由と癒しになると思うのです。

あとね、

自分の我がままの声をちゃんと聴いてあげる、
見てあげることで、
自分の中の「好き感度」「楽しい感度」が上がってきて、
自分の好きなことは何か感じ取れるし、
したいことも感じ取れる(分かってくる)しで、
日常の楽しさも上がってきます。

自分の我がまま・自分勝手を
両腕広げてウエルカムしてみてね〜

今までもこれからも癒されていますよう☆
 
 
 

自己犠牲を本当に抜け始めたと感じた日

2017.02.18 22:53|思ったこと・気づいたこと
20170218.jpeg

うーん。どこから書き始めたらいいのかのぅ、、
…と一瞬迷ってしまったくらい、
以前のわたしは「我慢・耐える」ことをしてました。
無意識の我慢をいれたら、
語りきれないくらい。

話はちょっとズレるのですが、

わたしたちは、生まれ育った環境から
大きな影響を受けます。
特に幼い頃なんて、外にひとりで出ていくことはないから
「家庭が世界」で、しかも、
自分を育ててくれる存在の親がいないと
生き延びれないので「親が世界」みたいになってくる。

なので

親がどうしているか、何を言ってるか、
親が自分に何をしてくるのか、何をどう要求してくるのか、

などの体験が、自分に大きく影響してくるんですね。

で、基本としては、これしか知らないんですよ。
「自分はその体験しかしてこなかった」から。

自分の世界=親がどうしてたのか、が、
基本となり、そして成長するにつれ、
他の大人と接して
別の大人の思考・行動を知っていくのです。
そうやって経験して自分の中が磨かれて
「独自」のものが出てくるんだけどね。

でも、そもそものところは「自分の親がどうしてたのか」が
自分の中に大きく影響してます。
特に、自分で疑問すらもたないような、
無意識でしてしまう(してた)行動なんかもね。

さて、わたしの話に戻るのですが。

わたしの母は耐える人でした。
とにかく我慢して周りを優先する人だった。
自分は二の次・三の次で、夫を立て
子供を優先し、親戚・家族にも応えて。

で、わたしの祖母(母の母)もそんな人だったのね。
まったく同じで、いや、それ以上だった。
歴史的なことや田舎という土地柄もあり
大家族で激動な人生でした。
耐えて耐えて耐え抜いて、
「女は食べられるときに食べないと、食べられない」
とよく言ってたのが印象的でした。

これは、忙しかったからというのもあるけど、なにより

「何か事態が発生すると、それに必ず対応しなければならない」
「目上や年上、男性から呼び出される・頼みごとをされると、
 何を置いてでもそれに対応しなければならない」

という信念が根底にあったから。
これは、曽祖母(祖母の母)も同じだったのね。

で、これらは、父方の家系の女性たちもそうでした。
父方の実家も田舎だったこともあるし
きっと日本の時代的なこともあるのでしょうね。

ということで。
わたしの中に上記そっくりそのままが
ベースにあったんですね。

・目上や年上の人を敬わなければ
・男性をたてなければ
・言われることを聞かなければ
・周りに応えなければ

などを「自分を犠牲にしてでも」しなければならない
と無意識で思ってました。
だって、親がそうだったもの。
そうしているところしか見たことがなかったから
他を知らなかったんですね。

なので、以前のわたしは、ボブに対して
「パートナーだから対等」という意識はあったものの
年上を敬わなければ、男性を立てなければなどという信念を
握ったままでした。

だから、当時は
自己犠牲してまでもボブを優先することは
日常茶飯事でした。

で、疲れちゃったりして、ね。

勝手に自己犠牲して
勝手に疲れて
勝手に不機嫌になって。

そして挙げ句の果てには

「わたしがこれだけ我慢してるのだから
 あなたもこれくらいは我慢できるでしょう?」

と、相手に対して期待(無言の要求)しちゃう。
だってわたしは我慢してるんだもん。

わたしが我慢してるんだから
あなたも我慢して当たり前、みたいな。

で、我慢してくれないと「なんでやねん!」と
まるで裏切られたかのように腹が立ち(ははは)。

勝手に我慢して
勝手に自己犠牲して
勝手に相手にも我慢を要求し
応えてくれないと、怒ってしまう

ああ〜〜、激しい一人芝居をしてました。

で、気がついたので、止めました。
自己犠牲・我慢・ボブ優先・自分は常に後回し・・・
これらをどーーんと止めたのね。

そしたら、ボブにしてみりゃ今まで「してくれてたこと」を
突然してもらえなくなったんだから、文句が出るわけですよ。
もう当たり前。しょうがないと思う。
わたしだって、今までしてくれてたのに、
してくれなくなったら「なんでー」と思うと思うもん。

でもね、やっぱり自己犠牲は息がつまると思ってね、
文句言われても、自分優先を続けてました。

そしたらね。

この間、わたしの我がままっぷりに笑ってたボブが
突然我がままを言いだしたので
「それワガママやで。
 あなたワガママですやん!」と言ったら

「君もワガママしてるやん!
 僕もワガママするんだ〜♪」

と嬉しそうに言いながら、笑って好き勝手してました。
これ聞けて、わたしはすごく嬉しくなってねぇぇ。

ああ、やっと、本当の意味での
耐える・忍ぶ・我慢・自己犠牲から
わたしは抜けることができ始めたんだなぁと。

あの、我慢・耐える・自己犠牲は悪い事じゃないと思います。
(良い事とも思わないけどね)
したかったら、したらいいんじゃないかな、と思う。

ただ、「しなければならない」という思いからの自己犠牲、
以前のわたしみたいなのは、
じわじわと自分を殺してたなーと思う。
自分の思いを抑圧して押し殺してましたから。

自分の思いをちゃんと聞いて、応える。
他人を満たす前に(他人に応える前に)、
自分をちゃんと満たしてあげる。

すると、勝手に、他人も満たされてるんですね。
自分が人を満たさなくても、
その人がご自身で満たしてるんですよ。

わたしは、自分がワガママになって、やっとそれが分かりました。

「内あるがごとく、外ありき」。
ボブが「僕もワガママする〜」と言うことは
わたしも「ワガママしてる」ということが反映されていると感じ、
やっと本当の意味での「自己犠牲・我慢・忍ぶ・耐える」から
わたしは抜け始めたんだ、と感じました。

ほんと、お互いが自由で
お互いが好きなようにしてて満たされています。

あなたはいかがですか。
あなたのパートナーとはいかがですか。

どうぞネコのようにふわりゆるりと
我が在るままに☆
2017021802.jpeg


SOI「ドリーム・オープニング」クラス

20170216.jpeg

先週末から三日間、
キャサリンの学校「スクール・オブ・イメージ(SOI)」のクラス:
ドリーム・オープニングを日本人のマキコさんから受講しました。

「夢には大切な情報が含まれている」ということで
夜見る夢が自分に伝えようとしていることを紐解き、
理解する方法を学んできました。

悪夢もね、「悪夢」になってしまうまで
自分が自分の内のなにかを放ったままにしたから、
悪夢になって「こんなことになってまっせ〜」と
見せてくれてるわけなので、悪夢はわるいことでなく、
そこまで自分を見てこなかったり、認識してこなかった自分ですよ〜、と。

夢がわたしたちに何かを伝えてこようとするとき、
その夢の伝え方は、
わたしたちが普段起きている状態で使っている意識や思考とは
ちょっと違う形で伝えてくるので、
なかなかちゃんと理解できない。

だから、悪夢も「悪夢」として扱っちゃって、
目が覚めたときに「ああ、夢でよかった〜〜」と安心し、
そのままになっちゃうんだよね。
本当は、その夢の中に何か直面している問題の解決方法が
示されているかもしれないのに。

クラスでは、そんな悪夢や
いろんな夢の種類、夢の解き方から始まり、
エクササイズでは、自分を整えていくという
さすがキャサリンが作り上げたクラス内容だわ、と
唸ってしまうほどの充実さでした。

参加者はわたしを含めて2名だったので
クラス中は二人ともたっぷりとシェアできて、とても濃密でした。

でね、クラス中のエクササイズのときに、
「自分が苦手な(嫌いな)人となって、自分をみる」
というのがありました。

そのエクササイズでわたしの前には、
この間出会った方(セッションとは全然関係無い方)が
(エクササイズのイメージで)出てきたんですよ。
わたしね、この方から欠乏感を感じ
自分の中のなにかが共鳴して居心地が悪かったの。
で、この方の目が苦手だった。わたしを見る目が。

エクササイズで実際にこの方になって、
わたしを見てみたらね、、、

わたしったら、ぷくぷくしてたんですよ!
まぁるい。幸せそうで豊かそう。

で、「この方」から自分に戻って(まだエクササイズ中)、
この苦手な方を見たらね、
ひょろひょろと薄っぺらい紙のような状態だったの。

そしたら

「ああ、こんなひょろひょろしてたらしょうがないか〜」
と思った。こんなに薄っぺらい紙のような状態で
ぷくぷく幸せそうな人見たら、欠乏感があったとしても
しょうがないか、と。

そんな感じで、納得しました…けどね。

すぐに、あれ??と思ったんですよ。
なんか違和感がもや〜っと残ってる。
なんだろう…とみつめると、すぐに気がついた。

自分の中での「なぜ」が完全に解けてないからだ。

このエクササイズでは、今回のわたしの場合に限っては
「相手はこうこうだからしょうがない」と
相手への理解は進んだものの、
自分の中の「なぜ共鳴してしまったのか」が
完全にスッキリしてないから、もやっと感が残ってた。

わたしね、ずっと、
「自分の中に欠乏感があるから、そこに共鳴してた」と
思ってたんですよ。
でもね、なんか違うと、このエクササイズの後で気がついた。

なんだろう、なんだろう、と
クラスが終わってから自分の内を見てたらハッとしたよ!

ああ、もう、衝撃的ですよ!

わたしさ、、
欠乏感をもつことは、イヤらしいことだと思い込んでました。

感覚的な例えでいうとね、
「性欲をもつことは、イヤらしいこと」みたいな曲がった感じ。
(※性欲を持つことは自然な本能的なことでもあり
  本当はイヤらしいことではないんだけどね)


10代の思春期の男子(女子もだけど)が性欲めちゃあって
ああもう性的パートナーが欲しい…はぁはぁ(息づかい荒い)みたいな、
そんなイメージが欠乏感と、わたしの中では重なっていました。
で、はぁはぁするのは恥ずかしいこと、いけないことだと思い込んでるから
人前でそんな感覚を感じると居心地が悪い、という。

だから、人から欠乏感を感じると、
特に、物質的欠乏感で具体的にあれこれ欲しいというのを感じ取ると、
なんだかその方から動物的欲求、肉欲みたいなのを感じ、
場合によっては、その方がご自身で性的欲求を満たしている最中な感じ…
まぁ平たく言っちゃえば、その方の自慰行為真っ最中を覗いたようで
なんとも居心地が悪かったのです。

…と、ここまで気づき「なんだ!そうだったのか!」と
スッキリしたものの、またすぐに

「人間の三大欲求は睡眠欲・食欲・性欲であり、
 睡眠欲・食欲は、人前で表現できて行為が出来る上、
 人様のを拝見するのもなんともないのに
(人前でも眠れる・食べられるし、人の行為も見れるのに)
 なぜ性欲に関しては、わたしは、性行為が人前で出来ないのか?」

と、考え込んじゃったんですよ。そこから思ったのは

やっぱりわたしは、性からはものすごく
動物的な欲を感じてるんだな、ということ。
そんな超動物的な欲望を晒し、表現していくことになるので、
自分の中の「人間である=理性がある」というような
プライドの高さがひっかかって、恥ずかしいのよね。

ああ、そっか。そこがわたしの中で
性とその表現でひっかかるのか…と。そんなことに気づきました。

 
ドリーム・オープニングの記事でありながら、
ドリーム・オープニングの内容とはまったく関係のない
性の話をずらずらと書いていますが(どういうことや)。

わたしの中では、薄っすらとちんたら続いていた
欠乏感の居心地の悪さの謎が解けて、スッキリし、
そして
性欲や性に関しての、わたしの思い込みにまた気付いたので
これもまた嬉しかったです。

キネシだと、わたしの場合は、感覚を言葉にしないと
解放が進めない・ヒーリングが進まないと感じているのですが、
イメージワーク(キャサリンのワーク)だと、
現れてくるイメージを展開させて、解放させていくので
言葉の枠に当てはめなくてもどんどんと展開させることができ、
やりやすさも感じています。

受講した「ドリーム・オープニング」。

これからどんな夢を見ていくのか、
そして、どんなメッセージを受け取り
理解していくのかが、とても楽しみです〜


ヒーリングを受けたら「性格が悪くなった」あなたへ

20170208.png
わたしのセッションに来てくださる方は
他のヒーリング・セッションを受けられた方も多く
そこで疑問を受けたことを
お話くださることも多いです。

今日ご紹介したいのは、他でセッションを受けた後に
性格が悪くなったと感じる…とおっしゃってくださった方。
そのお姿はあまりにも可愛らしくて(愛を込めての意味です)
思わず笑ってしまったほどです〜。

セッションから一ヶ月後のお便りを頂戴しました。
掲載の許可も頂いたのでご紹介させてくださいね。

ー ー ー ー ー ー ー ー

性格の悪さについてモヤモヤしてた私ですが、
光?陽?だけじゃなく、闇、陰も含めて
全てひっくるめて持っていくことで現実が動く。
どちらかだけでなく両方大切なのだと。
陰陽ひっくるめて全てなのだと。
だから、感覚が麻痺してた私が
ようやく私の闇、陰に気づけたことは良かったと。

というようなことを仰ってくださったことが、
自然に、いつの間にか身体に吸収されています。
これが腑に落ちるということかーと最近じわじわ思っています。
(腑に落ちるというのは、何かスッコーンと衝撃に近いことだと思っていました💧)

そしてこの感覚が私を楽にしてくれます。

それから、最近、気分が下がり気味で、
私のこれからの人生の選択について、
気持ちを確認することが何度もありました。

その度に不安や焦りや色々な思いが出て来て、
この前まで希望に溢れてた私はどこへ?という状態でしたが、
毎回、やっぱりIHをやっていきたいと思いました。

仕事…と思うと不安になりますが、IHの素晴らしさを深く体感したい、と思うのです。

上手く書けませんが、ともこさんにすごくお礼を伝えたくてメールさせていただきました。

ー ー ー ー ー ー ー ー



声を大にして言いたい!

「性格が悪くなったのは、素晴らしいのよ〜♪」

ほんっと、おめでとう♡♡
よかった〜。わたしはすごく嬉しいです。

…え?どういうことなんだ?って??

あのね、あなたにとって「性格が悪い」って何ですか?
どういうことですかね?

ちょっとスペース空けるので、よかったら考えてみてくださいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


さて。
性格が悪いって、どういうことだと思ったかな。

我がままを通すこと?
自分勝手にすること?
遠慮しないこと?
怒りっぽいこと?

いろいろあるんじゃないかなぁと思うんだけど、
大抵の場合、それらを突き詰めると
「周りに気を配らず自分が感じるまま思うままに振る舞うこと」が
性格が悪い、とされるんじゃないかなぁ、と。

なので「性格が悪くなった」と感じるのなら
「自分の中で抑えつけていたことが出てきた」
「自分に正直な反応が出てる」
ということなので、ああよかった〜と思うのです。

特に、今まで「いい人」でいた人は、ね。
やっと、出せなかった・出てこなかったことが
出てくるようになったねぇと思って
おめでとう!と祝福を感じます。

感想を送ってくださった方も「いい人」でした。
でもその「いい人」は、自分を抑圧した上で成り立っていたんですね。
人への思いやりが強すぎて、常に自分は後回し。
和が大切で、我がままを言えてなかった。

…となると、抑えている自分は、抑えつけられたまま残っちゃうんですね。

あのね、

置き去りにした自分は放りっぱなしにはできません。
いつかは迎えにいって、一緒に連れていかないといけないのね。

なので、ヒーリングやセッションを受けると、
その「置き去りにした自分」、例えば

「怒りっぽい自分」
「不満をぶーぶー言う自分」
「嫉妬深くメラメラする自分」
「ジメジメ暗ーい自分」
「もうダメだと落ち込む自分」

なんかが出てきちゃうわけです。

ええ、出てきていいんですよ。
というか、出てきて当たり前なんですね。
だってその一面も自分なんだもの。

「自分」という人間は沢山の面で出来ていて、
すべての面があるからこそ「自分」なんですね。

なのに

「ええーー、△□の面は嫌やーー」と
面の選り好みをして、受け入れないということは
その面を否定していることであり、
「自分を丸ごと受け入れていない(自己否定)」となるのです。
その面があるからこそ「自分」が出来上がるのに。

で、その実、

「自分が嫌だと感じる面」にこそ、
「本当の(今まで気がついていなかった)自分」が隠れてますから。

だからこそ、余計に、そんな嫌な面を受け入れる。

思うんだけどね、
「光」だけじゃあ疲れるなぁと。
例えて言うとね、一日中24時間太陽が出ずっぱなしで
これが365日続いていると想像すると、、、
なんかしんどくないですか?フル回転な感じがあります。
「闇」があるからこそ、休息しエネルギーを蓄えることができるんですね。
ということで、闇の自分を感じることができるから、
自分を休めてまた見つめることができるとわたしは感じています。

でね、

不安や焦りや色々な思いが出てくる、というのは
いいことだと思う。
自分の奥に残ってる「しこり(塊)」みたいなのが
溶け始めて、浮かび上がってきてる…とわたしは感じています。
で、そこ(闇の中)にある光を見出すのね。絶対にあるから。
そしてそれは宝だから。

なので、不安とかはある意味「超汚い宝箱」かなぁと思う。
開けてもドロドロしてるし、手突っ込んで物色するのも
なんか嫌だけど、でも宝を見つけられたらその輝きといったら!!
ああ、そっか、自分が置き去りにしてきたものだ…と気づく。

だからね、
不安になる、ということは自分と向き合ってるということで、
置き去りにして忘れてきた宝を取り戻してるところだ!と
覚えているのがカギかなぁと。
不安になりつつも「ラッキー♪また宝物見つけられる」と楽しんだり
「おいおい、また私不安になってる〜あはは〜〜」と笑い飛ばすのも
面白いかなと思ってます。
…どんな遊びや!って感じですが(ははは)

人間は常に揺れ動く生き物で、いつも一定しているわけじゃないです。
なので、浮き沈みがあって当たり前なんですね。
そのたびに自分を感じて、整っていく。

感想をくださった彼女はIHをしているとのことで、
色々な思いが出てきつつも、
毎回、やっぱりIHをやっていきたいと感じていらしてね、
こうやって自分の中が研ぎ澄まされていくのだと思います。

どんな思いが出ようとも、どんなことになろうとも
すべてはベストなことで、最高最善なんだ、とわたしは確信しています☆

さて、あなたはどうでしょうか。

揺れ動いてる?
我がまま言えてる?性格悪いかしら?!

え?わたし??
わたしも揺れ動くよ〜。
そして、我がままですから!
ボブにも「きみはワガママだね」と
しょっちゅう言われるほどの筋金入りです(ははは)
性格も悪いよ。
今回の日本滞在中の間だけで、ボブに何度か
「きみは自分のことしか考えてない」と言われたほどだから!

でもね、ボブは前より自分の好きなようにしてるし、
「きみはなんて素晴らしい夫がいるんだ!」と
自画自賛で嬉しそうにしてます。(わたしもそう思ってるんだけど)
しかもね、なぜか「ともこさん、親切ね」とか
「優しい」って言われることがあります。

…分かる?このカラクリ?!!
よかったら、考えてみてね。
今回はあえてわたしからは書きません〜(性格悪い?!)

どうぞあなたも、これからも性格悪く(!)
感じるままに、ワガママに振舞ってくださいませね。
サプライズが待ってるよ〜 
 
 

我慢する、ということは自分をジワジワと…

2017.02.07 00:19|思ったこと・気づいたこと
20170206.jpeg

眠かった〜!めちゃ眠い日々が続いていました。
みなさま、いかがお過ごしですか?
ここしばらく眠かった方いらっしゃるかしら?!

この間ね、新月があったじゃないですか。
時々、月の満ち欠けの影響を受けてるのかも、と
感じる時があるのですが、この間の新月の数日前から
夜になると眠くてしょうがなかったです。
で、寝てました。
そしたら!セッションレポートがどんどん溜まっちゃってね。
「眠くて寝てます。レポート遅れてます。ごめんなさい」と
お伝えしたら、みんな優しくてねぇ。。
おかげさまでスッキリと寝てました。ありがとうございます♡
(レポートはすべてお送りしました。
 もし届いていなかったらごめんなさい!ご連絡くださいませね)


なんで眠かったんだろう?!
なんだかよく分からないけど、
寝てる間の夢も結構深かったみたいで
しゃべってた(寝言を言ってた)らしく
朝起きると必ずボブに「夢見てたでしょ」と指摘されてました。

最初のうちは、なんで分かるんだろう?!と驚いてたのですが
たずねてみると、はっきり覚えているような夢、
特に印象的な夢を見たときには必ず
わたしはしゃべってるようです。

ここ最近の眠い日々の夢も沢山で、
気づきがあった夢やら
大泣きしてる最中に目が覚めた夢とか。
特に大泣きの夢は、なぜ泣いてたのか思い出せなかったのですが
何かが解放された感じがあり、終わったんだなぁと。

先日は、敬愛し信頼を置いている方が
「魂が欠けている感じがしませんか」と
質問してくださって、わたしは瞬間的にハッとしてね。
ほんと気がついてなかったんだけど、
突然質問受けてハッとするほどの図星でした。

一瞬、頭は理屈的思考になって
「あれ?過去にセッションしてもらった
 IHプロトコル:魂の統合100%は何だったの?!」
などと、正直なところ、思ってしまったのですが
あれはあれで「あのときの自分で」本当に100%だったんだろうな、と。

今だからこそ手に入れることができたと感じています。

おかげさまで、なんだか大きくなったような感じがして
これはフィボナッチを受けた後の感覚にも似てて
自分の中の部屋が増えたような感じもあります。
なんだかよく分からないけど強烈に眠かった日々は
もしかしたら調整期間だったのかしら〜?!

さてところで。
前置きが長くなったのですが
ここ最近のセッションでよく出てきてるのが
「我慢する」ということ。

中には「我慢しなければならない、と思ってました」と
話してくださった方もいて、その我慢ぶりに驚いたほどです。

日本は和を尊ぶ国でもあるせいか
「自分さえ我慢すれば…」というのが多いような気がします。

例えば、複数人で食事に行って
みんながAランチを頼むと

「自分はBランチが食べたいけど、
 みんなAランチを頼んでるから、
 同じのを頼むと一緒に出てくるので
 みんなを待たせずに済むから
 本当はBランチがいいけど、Aランチを頼む」

という選択をしたり。

誰かに頼み事をされたら、
本当はしたくないけど
自分がちょっと我慢してやれば
事は丸くおさまる(と自分は思ってる)から、
しちゃう、とか。

あのね、思うのだけどね。

「我慢する」ということは、
大げさな表現をすると
自分をじわじわと殺しているようなことと感じます。

気がついて欲しいなぁと思うのが、
我慢って、自分に無理をさせてることなんですよね。
自分を抑えつけて抑圧させて耐え忍んでる。

そういうことを日常的にしていると
自分の感覚が鈍ってきます。
「自分」が分からなくなってくる。

…ということで、ジワジワと「自分」を
殺しているようなだなぁと感じるのです。

でね、多いなぁと感じているのが
「ちょっとの我慢に気がついていない」という人。

「私、嫌なことは嫌と言ってます!」と話してくださって、
本当にそうなんだけど、
でもそれは「超絶に嫌なこと」に関してで
「普通の嫌」に関しては
無意識で我慢してて、気がついていないのね。

で、こういう方って
「微妙な嫌」も沢山我慢してて
その上に
「普通の嫌」を我慢して重ねて
だからこそ
「超絶に嫌」は耐え切れないから嫌と言えて
そうなると
「嫌なことは嫌と言えている」と感じるんですね。

ちょっとちょっと、忘れてますよ〜
普通の嫌を見逃してますよ〜〜

あのね、普通の嫌、も、嫌だって言っていいの。
したくなかったら、しなくていい。断っていい。
自分のしたいことをしていい。
無理したり我慢したりしなくていいのね。

どうか自分を大切にしてあげて欲しいなぁと思います。
自分を可愛がってあげて欲しい。

自分を大切にしてるとね、
その大切さが自分から溢れ出て
勝手に相手(人)も大切にするようになっていきます。
自分が「人を大切にしよう」とする・思う以前に、勝手に。

自分の声を感覚を聴いてあげてくださいませね☆
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますことを
楽しみにしています〜!

【ワークショップのお知らせ】
ブレてもまたバランスを
取り戻せばいい!
自分で自分を整えるコツをお伝えする
1Dayワークショップです。
詳しくはこちらをご参照ください

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

【メールフォーム】

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

QRコード

QR

ページトップへ