怒りって「私を分かってよ〜♡満たしてよ〜〜♡」という激しい甘え、なのかもしれない

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最近のセッションでは、みんなの変容の加速度が
ものすごく早くなっているなぁと感じています。

ほんと、セッションでご一緒する方全員に驚くのだけど、
この間は、一ヶ月後にお会いしたら、
がらりとエネルギーが変わっていて
まるで別人かのような感じさえする方がいらして
人って一ヶ月でここまで変容できるのか!と
驚いたほどでした。彼女にそうお伝えすると
「《石の上にも三年》っていうやつかしら?!」
と言ってらしたけど!
彼女はご自身でもいろいろワークをなさっていて
癒しってほんとご自身が起こしていらっしゃるんだなぁと感じました。

人ってね、癒されると行動も変化するから
関わっていく人へも影響が出るので、
「これは…伝染病ならぬ《癒し伝染》状態?!」
と勝手な想像をしていたのですが。
本当に最近のみんなの変容の加速度は半端なく、
個人が癒されて、それが大きく波及している感じがしています。
なので、自分を整える(愛でる)ことは
大きくみると、人や社会へも貢献してるなぁと。

さて、今日はセッションのご感想をいただいて
掲載の許可も頂戴したので、ご紹介させてくださいね。

ご感想をいただくのは、わたしにとっても「そうだったのか〜」と
気づきにもなるし、日数が経ってから頂戴するのも嬉しく、
そしてブログでシェアさせていただけるのは、
他の方への気づきにもなっているそうで
「楽しみにしています」とおっしゃってくださる方も
何人もいらして、ほんとシェアの許可を頂けるのがありがたいです♡
ありがとうございます。


ー ー ー ー ー ー ー

先日は一日セッションありがとうございました。
セッションが終わってからのこの自分の違いに、
こんなに頭がすっきりして落ち着いているのに驚いています。
あ~いつも私はまわりのひとの目が気になって落ち着かなかったなあ・・・
それが気にならなくて、心がとても楽になりました。
グラウンディングもできてなかったんだ・・・
そして、子供の頃の悲しい自分の気持ちに対して、
やっと向き合えたような、癒されたような、
あ~私がんばったんだねと愛しい気持ちになっています。
子供の頃の悲しい記憶に蓋をして生きてきたんだなあとわかりました。

セッションでともこさんに失敗ってどういうこと?と聞かれたとき、
怒られる、怒鳴られることだと思っていました。
怒鳴られることへの恐怖がずっとあったなと思います。
いつも怒鳴られないようにと生きてきたように思います。
失敗ってそういうことではないのですね。
人が怒っていても私とは関係ないんだと、今は感じられています。
セッションで愚痴についても聞かれましたが、
あれ愚痴ってなんだっけ?というぐらい私の中では封印していたことでした。
いつも夕食で母が仕事の愚痴を言っていて、
それを聞かされる私たちはうんざりしていて、
愚痴りたくはないと押し込めていたなあと気が付きました。

また、怒りについても、若いときからいろんなことに対して、
怒りがわいてきて、これはよくないと思っていたので、押し込めていたのかもしれません。
ともこさんのブログに書いてくださった「怒り」を読んで、なるほどと思いました。
私は正義感で物事を見ていて、怒りがわいてきていたんだなあ・・・と
怒りのその下の気持ちを感じることが大事なんですね。
そういっても、私は、自分の気持ちがわからなかったのですが・・・
これからは自分の感情を感じていきたいと思います。

今は、ことあるごとに、自分に問いかけて、自分の気持ちを確認しています。
「これ本当にやりたい?」「うん、やろう」という感じです。
今まで自分の気持ちを無視してきたので・・・

息子へのセッションもありがとうございました。
ホルモンのバランスが悪かったのですね・・・安心しました。
(本人はおねしょはホルモンのせいだ!というのがよかったみたいですが・・・)
息子の本当の気持ちが聞けて本当によかったです。
セッションで、目的のないかかわりってなんだろうと思ったのですが、
盆や正月に夫の実家に行くと、夫の兄と子どもがじゃれあって、
ふざけあってスキンシップしているのですがそういうのを
息子も夫としたかったのかなあと思いました。
(略)
私の子供の頃にしてもらえなかったこと、
してほしかったことを一生懸命に息子にしていたようで、
子供の頃の自分に対してしていたのかもしれません。
息子も私の影響をしっかり受けていて・・・私が楽になることで、
息子も楽になっていければとおもいます。
毎日、セッションのことをふと思い出しては、
いろいろ気づいたりして反芻しています。
なんだかうまく書けませんが、
今の私のやりたいことは、またともこさんのセッションを受けにいきたい!です。
本当にありがとうございました。

ー ー ー ー ー ー ー


遠方からいらしてくださるとのことで、
午前は彼女へ、午後は息子さんへの代理セッションでした。

彼女は、人の目が気になる、人の顔色を伺ってしまうということで、
「これを言ったら、あの人は気を害するかな」とか
「これしたら嫌かな」ということをいつも考えていたので
人は嫌いじゃないのに、壁を作ってしまってました。

これは、

《自分を守るためにしょうがなかった》んですね。

だって、いつも人の顔色を気にして
自分はどういう行動をとろうか心配してたんだもん。
で、そんなことしてると疲れちゃうんですよね。
なので、人と壁を作って距離を置き、自分を守る。

でも、

「そこから一歩踏み出したい」
「ラクに人と接していきたい」と思った。

ということは、

そろそろ、そんな「お守り(人と壁を作って距離を置く)」は
もう手放す時が来ていますよ〜というサインなんですね。

そもそもなぜそんなに人の目が気になるのか、
人の顔色を伺うようになったのかというのが、
幼い頃から親がキツいのが大きな要因のひとつでした。

親に何を言っても聞いてもらえない感じ。
理解してもらえない、受け入れてもらえない感覚。
幼い頃から頑張っても無理だった。
なら、せめて怒られるのをさけよう…と。

ここから、怒り(怒られる)に対しても歪みが出ちゃったんですね。
誰かから「怒られる・大声・怒鳴られる」ことが
恐怖にもなってしまいました。

あの、怒りってね、ただの感情表現のひとつであって、
ダメなこと、ではないんですね。

喜怒哀楽は、すべて同じ、です。
ただの感情の表現の違いであって、
ここには「いい」「わるい」はないのです。

でね、怒りって「自分の思い通りにならなかった」ことにより
「不満」がでて「感情が高まり大声出しだりする」ということをしてるんですね。

なので、

他人が怒っていても、自分とは関係無いんですよ。

あなたはその人を怒らせようとしたのかな?
怒らせようとしたのなら、自分と関係あるだろうけど、
大抵の場合は、そうではないでしょう?

「あなたをみて」その人の中で何かのスイッチが入っただけで
その人の問題であり、あなたには関係無いんですね。
なので、
人の顔色を見る必要も無いです。

でね、気づいて欲しいなぁと思うのが、

人の顔色を見たって、見るのは「わたし」であり
「その人」の意識にはどうやっても入れないので
「その人」の要望には完璧に答えられないのね。
だから、あるいみ無駄なことをしてると思う。
「わたし」目線はいつまでたっても「わたし」なので
「その人」の思う通りには動けない。
もしかしたら、何かを察して、応えられることが
あるかも、だけど。キリがないよ。無理だもの。

なので、人のことは人のもの、
自分のことは自分のもの、と区別をすること。

人の怒りは、その人のもの、
だから、自分は怒られないように…と先回りする必要もないんですね。

でね、さっきも書いたように
怒りは悪いことじゃないので、怒ってもいいのね。
…ということをお伝えすると
「でもそうすると○○さん(他人)に怒りをぶつけてしまうことになる」
と言われる方もいるのだけど、
あの、怒りって、繰り返しちゃうんだけど(ごめんね)

「自分の思い通りにならなかった」ことにより
自分の中で「不満」がでて
「感情が高まり大声出しだり」すること

なので、自分の思い通りになってないーーという、
「自分のこれが満たされていませんと他人に伝えている」こと
でもあると、わたしは感じています。
なので、甘えが入ってる部分もあるかなぁと。

なので、怒りとは
「他人」に怒っているのではなく
「自分の満たされていないことを表現している」のであって
「分かってよ〜♡満たしてよ〜〜♡」がひっくり返った激しい甘えに
なっちゃったのかなぁ、と。

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…なんか妙な可愛らしさというか、小っ恥ずかしいというか(あはは)

愚痴もね、似たようなもので
「自分はこうこうで満たされていません」と
人に言ってるようなものなのね。

で、言ってもいいの。
そして、言われたら、聞いてもいいし、聞かなくてもいい。
「自分が選択できる」ということを覚えておいて欲しいなぁ、と。


あとね「目的のないかかわり」に関して。
目的の”ない”かかわりって、何だと思いますか?
何が含まれていると思います?

逆の「目的の”ある”かかわり」だとね、
用事があるから、関わってるんですよね。
伝達することがあるから、関わってる、とか。
なんだか義務的な感じ。

これがね

「目的の”ない”かかわり」だと
あなたに会いたい、あなたと交流したいという感じで、
愛を感じます。

こういう「目的の”ない”かかわり」が
お父さんと(息子くんで)ありますか?とおたずねしたのです。

親と子供の間で交流があったとしても、
もしそれが「目的のあること」、例えば宿題を見てやるとかだと
子供にとっては、心が十分に満たされていない場合があるんですね。
愛を感じにくいから。

あと、よくあるケースですが、親にとっては
「休みの日は子供と同じ部屋で一緒にいる」から
子供と交流しているつもりの方もいるのだけど、
でもね、同じ部屋にいても自分(親)は
ずっとスマホをいじってたりすると、
子供にとっては「一緒にいる」という意味が薄く、満たされていないんですね。
だって「親の関心が向いていない」のだから。
愛を感じないのです。

なので、目的の無い、まったく意味の無いような
無駄で楽しいことを子供と一緒にして欲しいなぁと。

今までどんな感じで子供と接していたとしても、
これから変えればいいのですから、大丈夫。
そして、親がラクになれば、
子供も自然とラクになるので大丈夫です、ほんと。

親も子供もハッピーに♡
それがわたしにとっても喜びであり祝福で
こんな幸せは他に無いな〜〜ととても嬉しくなります。

心がとても楽になってくださって、本当にありがとうございます。
ここを読んでくださっているあなたもそうでありますように☆

 

ライアー作りから見えたわたしの癖

2016.11.29 01:04|思ったこと・気づいたこと
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先週末と先々週末、計四日間はライアー作りの
ワークショップ(WS)に参加していました。
楽しかったです〜!
上の写真は、弦も貼り終えたわたしのライアー。
(実際の色はもうちょい飴色)
ピカピカ・ツルツルです。

元々はキットの中のひとつとして
こんなカクカクした板が届くのね。

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そこから、角を削り落とし、
表面を紙やすりで磨き、
装飾をしたかったらして、ワックスを塗り
ペグ(弦を張るための金具)を立てて弦を張って出来上がり。

弦を張るのは超楽しく
手こずることもなくスルスルとできて
調律するのも至福の時でしたが、
ペグ立てはどうなるかと思った、、、
途中から腕が痛くて腕使うとガタガタしちゃって
ペグを斜めに立てちゃうんですよ!
板にはペグ用の真っ直ぐな穴が空いてるのに
斜めに立てられるわたしの器用さ。
休憩しても腕はガタガタ笑うし
ああどうしようと思い始めたら
講師の方が手伝ってくださいました!
ラッキーやった〜〜

ちなみに、もうひとりの参加者さんは、
ペグ立ては早く、おひとりで全て立てられていました。
個人差がかなりある作業なのかしら?!

さて、楽しかったライアー作り。
楽しさと同時に、ものすごく自分とも向き合いました。

装飾に関するデザインを考えたときから
気づきがあったのですが(ブログアップしたあれ)
先々週末にWSに参加して自分の中の古い癖に気づき、
先週はがっつりライアーの板と自分に向き合う日々でした。
今日はね、そのお話です。

ー ー ー ー ー

キットが家に届いてから、板の角は一応削っていました。
でも、先々週末のWSで、いざ講師に会い、
実際にライアーを目にしたり、他の方のライアーの写真を見ると
もっと削っていらしたんですね。

わたしは、ライアーそのものを目にするのも初めてだったので
「ここまで削っても良い(楽器に支障はない)のか!」と
そこで初めて知ったのです。

ライアーにもっと曲線が欲しかったわたしは、
WS初日にもう少し削ったものの
二日目には紙やすりで磨きをかけていました。

でもね、なんかモヤモヤしてるんですよ。
なんか違和感を感じてた。
でもでも「思考」が「わたし」に話しかけてきます。

「ほら、クラスが雰囲気的に仕上げに入るような感じになってるよ」
「もう時間ないよ。磨かないと間に合わないよ」
「講師もそれ望んでるじゃん(※勝手なわたしの解釈)」
「あの参加者さんはもうツルツルに磨けてるよ!」

…これらすべては、わたしの勝手な思考。
実際はそうでないのに、わたしは
モヤモヤを感じながらも、思考を優先してしまい、
紙やすりを40番→60番→80番→100番と
かけ続けました。二日目はこれで時間が終わり、

「次週の三日目までにサンドペーパーをかけ終えてくださいね」

と宿題。
でね、家に帰って、いざライアーを出して眺めると
やっぱりしっくりこないんですよ。
なんか違う。

「このまま続けるのか、わたし?」
「もっと曲線が欲しい、という感覚はどうなんだ?」

自問したら、体感は「やっぱりもっと曲線が欲しい」でした。
なので、また削り始めました。

そしたらね、、
削っていると自分の古い癖(パターン)がいろいろ見えてきたのです。

「物作りをしていると、途中から何か違うと感じても
 せっかくここまでしたのだから…などと続けてしまう」
「そして、続けて続けて、やっぱりやり直す(今回まさしくこれ)」
「そして、頑張った・苦労した…と、達成感倍増」
他には
「完璧主義」なのに「詰めが甘い」
「周りに合わせてしまう」
「講師の意向(と自分が勝手に察したこと)に沿おうとする」

いや〜〜、見えてくるのなんのって。
もう手放せていたと思っていたことも
まだ底の方に残っていたのが見えて、
チクチク刺さってくるようで痛くてしんどかった。

でもね、今回は「見る」と決めました。

こういう古いパターンは、
ちゃんと向き合わないといつかまた繰り返しちゃうんですね。
あの、
繰り返してもいいと思う。
でも、終わらせてもいいと思うのね。
もういいじゃん、新しいパターンを展開したいから、って。
なので、勇気を出す、見る。

…ということを
ライアーの板を削りながら、
紙やすりで磨きながら、続けてました。

するとね、また気づくんですよ。
完璧主義はまだ完全に手放せない時やな〜とか。
わたしにとってまだうっすらと残ってる完璧主義は、
キャサリンの言うところの「ちりの粒」なんですね。
ちりの粒が真珠を創るように、
これがあるから、前に進もうとするのです。
「不完全さが前に進めていく」んですね。

なので、これからも、
自分を苦しめない程度な完璧主義、で(どんなんや)。

今では「完全完璧」は存在しないと分かっているので
自分を苦しめるほどはないのですが、
この「バランスがとれた状態」を分かっていないと
ちりの粒が砂の嵐と変化して、自分を追い詰めてしまうんですね。
なので「ちりの粒」分だけ残しています。

あとは、ポジティプ思考をしないで、達観せず、ただ見る。

「そうだ、そんな自分いるわ」と認める。
認める勇気を出す。

ときどきね、あまりにもドロドロな自分がいて
認めたくないときがあるのね。
でも「そうかもね」からでもいいので認めてみる。
認めないことには、始まらないから。

そして「じゃあ、今、自分はどうしたいのだろう」
「居心地を良くするために、今の自分は何ができるだろう」と見つめる。

ライアーWSでは、小さい頃からの癖で
「講師の意向(とわたしが勝手に察したこと)に沿おうとしていた」
のですが、これね、ほんと「わたしが勝手に思い込んだ」だけで
実際に講師に強要された、とか、そんなんじゃないんですね。

これは四日目の出来事だったのですが、
ライアーに講師の屋号を焼ごてで入れるときに、
わたしが希望している場所には入れられなくて、
他の場所に…となりました。
でも、他の場所は入れたくなかったのです。
なので、正直にわたしがしたいこと;
「焼ごてはいれたくない」ということを
講師にお伝えしました。
すると受け入れてくださったのです。

一瞬、昔の癖の「良い子」パターンが展開しそうな感じで
「妥協して…ここら辺だったら…」などと思考が
わたしに語りかけてきたのですが、
体で「本当にしたいのは何なのか」と感覚を得ようとすると
「焼ごては入れたくない」だったので勇気を出したのです。

パターンを崩すとき、変容を起こすときは、
勇気が必要なこともあります。
でも、最初ええぃっ飛び込むと
あとはラクなんですね。
なので、ほんと最初だけ。

自分の状態を見る。認める。勇気を出す。

今回のライアー作りは、
物作りの楽しさとライアーを手に入れた喜びと
人との出会いの嬉しさと
たくさんの気づきと手放しがあった、
とても実りの多いものでした。

もし、ライアー作りに興味がある方は
よかったら、こちらのブログをご参考くださいね。
わたしがお世話になったところで、
講師の方も素晴らしかったです。
まったくの初心者のわたしにも丁寧に教えてくださって、
いろいろ質問してもいつも真摯に対応してくださるし
ライアーを包む絹のこととか、ご存知のことは
惜しみなく教えてくださいました。
ライアー好きな方とご縁がありますように☆

クライアントさんを信じて(信頼して)いますか?

2016.11.26 01:01|思ったこと・気づいたこと
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セッションのときに
「ともこさんに聞いてみたいんだけど」
と質問を受けることがあります。
今日もおたずねされたことがあって、
そういえば前にも何度か似た事を聞かれたな〜と思い出したので
そのお話しを。

ー ー ー ー ー

ヒーリング系のセッションをしている方から、

「クライアントさんが(自分が言うことを)理解していない」
「質問しても、クライアントさんは的を得た返事をしない」
「クライアントさんは問題の上部しか見ていない。
 どうやったら問題の芯を見てもらえるのだろう」
「自分がしたセッションが、なんかうやむやな感じがする」

など、セッションをしているときに感じることから
質問を受けることが何回かありました。

いろんなことが考えられるのですが
よくあることは、
クライアントさんと自分の言葉の定義の違いがあって
話や質問がちゃんと伝わっていなかったり、
そもそものところ、自分の表現力が低かったり、
クライアントさんの言葉の理解力などが関係することがあります。
(その理解力の調整のために来てくれてたり、ね)

でも、基本的なところで、自分チェックをして欲しいなと思うのが

「自分が正しいと思い込んでいないか」
「セラピストという立場に傲っていないか」

ということ。
「セラピスト」なぁんていってもね、
ただそのときセッションさせていただいてるだけなんですよね。
クライアントもセラピストも同じ人間だと思う。
しいていえば、セラピストはヒーリングの経験がある、というだけで
違いはただそれだけ、と感じています。
なので「自分が正しい」とか、ないと思う。

でね、
もっともっと大切なベースがあって、それは

クライアントさんを信じて(信頼して)いるか?

ということ。

あのね、
クライアントさんがどんな問題を提示してこられても
どんな辛さを目の前で抱えていたとしても、
クライアントさんという存在の上層部だけを見るのでなく、

クライアントさんの「魂(本質)」を見て欲しいなぁ、と。

するとね「ああ、大丈夫だ」と感じると思う。
どんな問題があったとしても、
それはプロセスのひとつであり、絶対に大丈夫だから。
クライアントさんにはご自身で癒していく力がある。
そこをね、信頼しているかどうか、なんですね。

で、そもそものところで「自分を信頼しているか」。

自分を信頼していますか?
自分を信頼せずに、クライアントさんを信頼できるかな。
自分を信頼せずに、自分のセッションを信頼できるかな。

ここだと思う。
ここをクリアにするのね。

そして

「自分にとってヒーリングとは何か」
「自分にとってセッションとは何か」

ここをちゃんと掴んでおくことが大事だと感じています。
するとブレないから。

え?わたしにとってのヒーリングとは、セッションとは何かって?
あの、ここではあえて省略させていただきますね。
まずはご自身で感じ取ってもらいたいから。
自分で感じ取り、言葉でも表現できると
しっかりとしたものになってくるので。

今日はヒーリングのセッションをしている方からの
質問のお話しでした。
セラピストやヒーラーでない方、ごめんね。

わたしのセッションへ来てくださったときに
時間があればお答えしているのですが
いつも時間一杯セッションしてるもんね、、、
よかったら、12月4日(日)お話会にいらしてね。
疑問・質問承ります〜(詳しくはこちらのページ)。
あ、セラピストさんじゃなくても、誰でもウエルカムです!
スッキリして、年を閉じて、新しい年をスタートさせましょう♡

あなたとご一緒できますことを楽しみにしています〜

【続】今日も「面倒臭い」発言、そして「ひとでなし」について教えてもらった!

2016.11.25 00:40|わたしの場合
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今日、家に帰って

「ただいま〜。
 今日一日どうだった?どんな楽しいことしてたの?」

とボブに聞いたら、
もじもじしながら笑みを浮かべてました。

「えっ!そんな楽しいことしてたん?!何?」

なんか楽しそうだったので、どんな面白いことしてたんだろうと
超楽しみにして聞いたらね、、、

「昨日教えてもらった写真の編集が分からないんだよー」

ですって、奥さん!!どないや!
わたしゃビックリしたがな。

「え?!あなたメモ取ってたやん!」
「それがさ、メモ通りにしたのに小窓が開かないんだよ」
「どないや!面倒臭いな〜」
「あはは〜〜」
「あはは〜」

と、今日もボブ(夫)に「面倒臭い」発言をしても
やっぱり二人で笑ってました。
そして、わたしもボブも落ち着いてる。

これね、ひと昔前までは、こうは行かなかった。

昨日の記事にも書いたのだけど
ボブの反応は

「僕は君のために沢山のことをしているのに!
 なんでこんなことで面倒臭いと言う/思うの?)」

という言葉を怒りと共に表現してたのです。
すると、わたしは

申し訳ない、罪悪感、期待に応えなければ、
わたしも同等に同じことをしなければならない、
夫の願いは叶えなければならない、
夫を粗末に扱ってはいけない

などという思いや信念が瞬時に出てきてたんですね。
で、何も言えなくなって、言われた/お願いされたことを
やりたくなくても、わたしのすべての感情を抑圧して黙ってしてた…という。

すっごい自分に無理をさせてました。
自分に嘘ついてた。
出てきてた感情を無視して。

今はそれを止めて、
自分の感情やふと出てくる思いを拾ってます。
で、見るの。ああ、わたしそんなこと感じたんだ〜って。
そして認める。

その繰り返しをしています。

そうするとね、自分は何が嫌で
何が好きなのか、楽しいのか、もっと分かるようになります。

セッションでお会いする方で
「自分は何が好きなのか分からなくなりました」
「してて楽しいことが何か分からなくなりました」
とお話しくださる方も多いのだけど、それは
ほんとは嫌なのに、自分(の内なる声)を無視して
無理やりさせてる事が多すぎて、
「好き」が分からなくなってるのね。
「好き」への感度が鈍っちゃってる。

なので、瞬時に湧いてくる自分の感覚を見逃さない。
ちゃんと拾ってあげる。見る。認める。

で、お薦めしたいのが「いい人は止める」こと。

いつまでも「良い子」ではいられないのね。
キャサリンも言ってたけど、
ほんと、良い子ではいつづけられない。
自分が壊れちゃう。

でね、昨日の記事で
「わたしは人で無し(な面がある)」と認めた、と
書いたのですが。

そこで、同じくIHプラクティショナーの
NY在住しんちゃん

人でなしとは"人で無し:人の価値観で生きていない"と言う事で、周りの意見よりより深く自分の内側の神様の声を聞いているのかも知れませんね。

と教えてくれました。
ほんまやな〜〜。
そういう見方がある!と目からウロコでした。

ね?こういう視点だと「ひとでなし」も
くるっと引っくり返って、なんだか楽しい生き方なような感じ。

わたしは「自分は人で無し(な面がある)」と認めました。
なんかジタバタしちゃって中々認められなかったけど、
一旦認めると、ラクよ〜〜

よかったら、あなたもどうぞ「 Teamひとでなし」へ♡


追記:NY在住しんちゃんのブログはこちらです。
NY ゲイヒーラー物語
http://ameblo.jp/lomiyoganyny/
しんちゃんね、ハートがオープンでいつも自由を感じます。
でね、セクシャリティーに関しては達人!
セックスでなんか気になってたら、
しんちゃんのブログを見てみてね。


夫に「それ面倒臭い」発言(わたしの場合)

2016.11.24 01:14|わたしの場合
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わたしね、同じことを同じ人に何十回もお話するのが苦手です。
数回だと全然苦じゃないのだけどね、
それが10回くらいになると段々苦手になってくる。

そんなわたし。
今日もボブにパソコンでの写真の編集作業を
「やって欲しい」とお願いされたのですが
「あなた、メモとったらこれから自分で出来るから、メモ取ってよ」
と言いました。

写真の編集作業ね、ここ数日連日でお願いされてます。
特に今回は同じ写真を何度も作業するように言われて嫌になってきた。
で、口頭でも何度か説明したの。こうするのよって。
でも、あかんのですわ。
口頭だけじゃ覚えられないみたい。
なのでメモ取るように言ったら「そうやな!」と
今後は自分でやる気満々。

「こうしてこうして…」
「ふむふむ(メモ)」
「じゃあ、自分でやってみて」
「え…(ポカーン)」

どないや!と思ったものの
メモを見つつ、ボブは出来るようになったので

「良かったわ〜。何度も同じこと言うの面倒臭いねん。
 写真の編集も、面倒臭いねん〜〜」

と、わたしゃポロリと発言してしまいました。
そしたら笑ってたボブの表情がみるみるうちにこわばり

「なんでだよ!僕は君のために沢山のことをしてるってのに!
 (なんでこんな写真編集だけで面倒臭いと言うの?)」と。

なので、わたしが思うことをすべて言いました。

「そうね、あなたはわたしに沢山のことをしてくれてるわ。
 ありがとう。感謝してる。
 でも、わたしはそんな人やねん。自分勝手なん。
 それに、同じこと何度も言うのはわたしの苦手なことだって
 あなたも知ってるでしょう?
 その写真の編集も、同じ写真を何度もしてきてもう面倒臭いねん〜、ははは」

そしたら、ボブもつられて笑って

「あははは〜〜、きみって人はまったく!」

最後は二人揃って笑ってました。
で、思ったのがね。

「わたしって、ひとでなし(な面がある)」と
さっさと認めたらラクやなぁと。

なんかね、自分は人で無しって嫌な感じしない?!
わたしはそう思っちゃって、なかなか認められなかった。
どんなに酷い人間やねん…とかも思ったりして。

でもね、
やっぱりわたしの中にはそんな面があるんだなーと思った。
だから、ええぃっと「人で無しな(面がある)自分」を見た。
認めました。そしたらなんかラクになった!
ふぅ〜っとパンパンに張った風船から空気が抜けた感じ。

後から気がついたのだけど
きっと自分のことを見張ってたんだろうな、と。
「いい人でいるように」「良い人な行動をするように」って。

そこを「わたしは人で無し(な面がある)から」と認めたので
良い人でいるように自分を見張る(気を張る)必要がなくなったから
ラクになれたのだと思う。

あとね、

やっぱり自分が心地良くあることが一番だなぁ、と。
心地良くいると、余裕が出てくるんですね。
なので、嫌なことに遭遇しても
「嫌です」と冷静に言える余裕がある。

これが、余裕がないと
「怒り」で「嫌だ」と表現しちゃうんだよね。

「なんでやねん!またかよ!」
「なんで自分でしないのよ!」
「なんで覚えられないのよ!」

なぁんてね。

なので、まずは、自分の心地良いこと・悪いことを
ちゃんと感じて知ること。

そして、自分が心地良い状態でいることが大切だな、と。

あのね、

もし、ずーっと心地悪いことをしてきて
急にそれを止めたら、パートナーや家族から
あれこれ言われるかもしれないけど、
それは当たり前なのね。

だって、今までの状態から急に変わったのだから。
誰にでも起こりうる化学反応みたいなもの。
わたしもボブに何度もあれこれ言われました。

でもそれもいつかは過ぎることだから、
「自分の居心地良さ」を
「自分に正直に」いることを大切に。

すると自分に余裕が出てくるし、
なにより、
自分が自分勝手でいることにOKが出せると
他人が自分勝手でいることにもOKが出せるんですね。

自分に優しくなると
他人にも優しくなれる。

きっとこういうことなんだろうなぁ。

時間の無駄だった?!本当に無駄なのか見つめてみる。で、無駄だったのなら、

2016.11.19 00:55|思ったこと・気づいたこと
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一時は寒かったのに、また気温が高めですね。
今週末の関西は気温が高いままなのかな。
わたしは、明日から楽しみにしてたことのひとつ、
弦楽器「ライアー」製作ワークショップ(WS)があります。

ライアーね、以前から手作りしたくてねぇ。
去年からドイツでのWSに参加することを試みてたのだけど、
創作者さんとわたしの都合が合わずに断念。
きっとわたしのタイミングがくればドイツに行けるだろう…と
思っていたら、ふとしたことから、今回のWSを見つけました。
わたしが最初作りたいと思ってたライアーとは
タイプが違ったのだけど、でも逆にそれが良かったのです。

でね、ライアーの表面にデザインを入れられる
(彫刻か絵を描くか)そうで、
そのデザイン作りも楽しんでました。
そもそもデザインすることは好きだったし、
大好きで念願のライアー。
どんなデザインにしようかな?!と
あれこれ考えてたの。

「両面デザインにしようかな。
 あ、大きさはこれだと大きすぎるかも…
 え?ちょっ…これ彫刻で掘れるか、わたし!」

という感じで、いくつも案を作っては配置を考え、
大きさも微妙に変えてしっくりくる物をデザインしてました。

でもね、なんか微妙にカッチリはまらない感じでね。
近いのに違う感じがして、
「これだーー!」としっくりこないんですよ。

んじゃあ、しばらくすべてのデザインは置いといて
後で決めるか、、としてね、今日取り組んでたのだけど。

結果。
デザインは、なーんも入れないことにしました。

これが一番しっくりきた。
サイズ測ったりしてあれこれしたけど、
どれも「デザイン」だけでみると心が躍るけど、
いざライアーと組み合わせると
ダンス中の心が曇ってくる。

なので、もういいか、と、すべてのデザインはゴミ箱へ。

そしたらここで
「あれだけデザイン考えてた時間は何だったんだろう?」
という思いがふと湧き上がってきた。

「時間を無駄にしたんじゃない?」と。
「忙しい時間をぬって、デザイン考えてたのに」
「最初から(デザインは入れないと)気づいていたら、
 デザインに費やしてた時間は他のことに使えたのに」って。

でもすぐに思ったのが
「え?わたしは《本当に》時間を無駄にしてたのか??」という疑問。

「デザイン考えたとき、めちゃ楽しかったやん!」
「あれもこれも考えて、サイズも変えてみたりしてさ、
 あんな楽しい思いした時間は、無駄なのか?」と自問自答。

そしたらね、無駄じゃなかったな〜と。
ほんと、デザイン考えてたときは楽しかったから。

でもね、ここでハッとした。

「時間を無駄にしたんじゃない?」と
質問すること自体がヘンだって。
すると、あっ…と思った。

わたし、まだしたくないことしてるんだって。

無意識で、したくないけど
・我慢しながらしてること
・するべきだなどと思いながらしてること
・しょうがないから妥協してしてること
これらを惰性でしてしまってる、、と気がついた。
無意識で習慣化するほどの惰性!
でも感覚で違和感をキャッチしてるから、
「無駄なことしてる」と感じて
《時間の無駄だ》という思いが湧いた…と。


あのね、話は変わるのだけど
「無駄」というのは、厳密にいうと無いと思うのね。
すべては必要なプロセスであり、気づきのステップのひとつだから。

でね、無駄って、創造性をもたらしてくれます。
代表的なのが、遊び。
目的の無いような無駄なことが「遊び」やん?
そんな遊びがあることで、創造性が高まり、
生活にも色がどんどんついて、カラフルになる。
そして人生が楽しくなるんですね。

なので、「無駄」という無駄はないのだけど、
でも、
自分が「無駄だ」と感じたのなら、
どこかで何かがズレてるのだと思う。

今回のわたしみたいに
「したくないのに(無意識で)している時間がある」
みたいにね。

楽しさや喜びを心底感じたのなら、
それが何であったとしても、無駄なことじゃない。
だって「自分の魂」と一致してることなんだもの。

でも、無駄だと感じたのなら
・本当にしたいことが他にあるのでは
・したくないことをしてるのに気がついていないのでは
というのが、あるかもしれませんね。

ああ、わたしももっと
自分がしたいこと、してて楽しいこと、喜びがあることで
時間を過ごしたいなーと思っちゃったよ。。
自分に「時間の無駄じゃない?!」って質問するなんて!
でもね、そんな自分にもOKをだしてます。
これから「したいこと」へ研ぎ澄ませばいいだけだもんね。

ということで。

明日は「したいこと」のひとつ
ライアーの製作ワークショップへ行ってきます〜!
ふふふ、楽しみ。

あなたもどうぞ楽しい週末を☆



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
よかったら、遊びに来てくださいね。

「疑問・質問・スッキリ・笑ってお茶会」
 日時:12月4日(日)11時30分〜13時30分
 場所:大阪・心斎橋のカフェ・個室
 どなたでもウエルカムです(IHプラクティショナーに限らず)
 ご案内はこちらのページ

「IH受講したけど、筋反射が取れない/しっくりこない…
 IH初心者さんへブラッシュアップ・クラス」

 日時:12月10日(土)10時〜17時
 場所:大阪府八尾
 パスウェイまでの受講者さんもウエルカムです
 ご案内はこちらのページ

あなたにお会いできますことを楽しみにしています♡
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

IH受講したけど筋反射が…/や/放りっぱなしな方へ、IHブラッシュアップ・クラスのご案内

20161116.jpeg

先月に「IHブラッシュアップ・クラスをします」と
書いてから時間が空いてしまいました。
案内をお待ちくださってありがとう♡ (え?待ってなかった?!)

IHを受講したけど

「筋反射がスムーズにとれない」
「なーんか置きっぱなし」
「しばらくしてない」
「なんか、、IHとまだ仲良くなれていない」

というIH初心者さんへ
ブラッシュアップ・クラスをします。
(「ブラッシュアップ」とは、磨き上げるという意味です。
 ※IHはお教えしません。


IHってね、ほんとにシンプルなん。
慣れてないと、特に、キネシ自体が初めてでIHを始めたのなら
セッションしててちょっとでも筋反射取れない(と感じる)と
ドキドキしたりしてね(わたしでした・ははは)。
まして、プロトコルとなると「ああ、どうだっけ?!」と
混乱したり焦ったりしちゃって!(これも昔のわたし!)

いやいやいや。
IHはシンプルなんよ!
(焦ったりなどして)複雑にしてるのは「自分」。
そこに気がついて、IHの真髄を再確認し、
ちゃんと気がつくとなーんも心配要らない。

わたしは、IHクラス(パスウェイ)を受講した後、
「こんなに面白い(興味深い)ものはない!」
などとえらいエキサイトしたのですが、
筋反射がスムーズに取れていませんでした。
幸いにも同じ関西方面で受講者仲間がいて
練習会を開いてくれてたので、
そこで練習を重ね、仲間に教えてもらったり
情報交換したりして、一緒に磨いてきました。

筋反射は誰でもとれると思う。
ただ、慣れが必要な部分もあると感じています。

でね「慣れる」のに、身内、
パートナーとだけで練習するのは、難しいかなぁと。
特に女性の場合は、男性パートナーで筋反射の練習をするのは
難しい傾向になりがちだなぁと感じました。

何度も経験(練習)したら取れるようになるだろうけど、
でも、そこまで至らなくて
「自分は筋反射に向いていない」などと思い始めて
止めてしまったり。
向いていない、とかではないんですね。
コツがあるのですよ!

わたしも、最初は夫で筋反射を取るのは難しかったです。
ほんっと難しかった。
ボブを練習台にしてセッションしてて、
最初は筋反射を取れてても、途中から取れなくなってしまったり。
わたしは焦ってしまい、ボブは「腕痛い…」「ゔぅ…」とか言い出して、
わたしゃ余計に焦って身体中の毛穴という毛穴から汗出てきたりして!
あはは、ほんとそんなんだったの。

「セッション途中でなぜ筋反射が取れなくなるのか」が
分かってなかったんですね。
ちゃんと分かると、セッション中の対応も分かるようになります。

IHって、プロとしてお金を頂いて仕事としてやっていく、
というイメージがあるような感じがわたしはしているのですが、
プロじゃなくても(仕事として使わなくても)いいじゃん、とわたしは思う。

家庭で手軽にIH。
もっともっとお家の中で広がっていったらいいなぁと思っています。

何度も繰り返しちゃうんだけど、IHはほんとシンプル。
マチルダのクラスを受講していると、
その辺をしかと体感します。
だからね、そのシンプルさを活かして、
家族に、なにより自分に
「手軽にIH」が普及したらなぁと思っています。

IHを受講したけど
「置きっ放し」
「馴染めてない」
「筋反射がスムーズに取れない」
などなどなんでもいいです。
ブラッシュアップ(磨き上げ)して、
あなたのIHに輝きを戻らせませんか?

パスウェイだけの受講の方もウエルカムです。

マチルダにはクラスのことは話していて
了解と祝福をいただいています♡
「日本のみんなに私(マチルダ)の愛を届けてね」との
メッセージ付きです。
ほんとマチルダの愛はどこまでも広くて深い。

あなたもIHの輝きを取り戻して
「家庭で気軽にIH」
「私が《自分専属ヒーラー》」
「家族や友人とふわりと癒しを」
シンプルIHキネシオロジーを楽しみませんか。

あなたとも一緒にIHを楽しめたら、
わたしも最高に幸せです。
お待ちしてます〜!

「IHブラッシュアップ・クラス」
【日時】12月10日(土)10時〜17時
【場所】大阪府八尾、近鉄八尾駅から徒歩約5分
【料金】11.110円
【クラス内容】
1)IHの筋反射の取り方
  ・筋反射を取れるようになる
  ・セッション中、スムーズにとれない時は?
2)微細な筋反射にチャレンジしよう!
  ・筋反射は難しくない!微細な筋反射にも挑戦
3)原始反射について
  ・反射を持ち続けていても病気じゃない。
   でも反射が残っていることが、生き辛さの要因のひとつになる場合も
4)疑問/質問タイム
  ・モヤモヤをスッキリに
5)実践
  ・さぁ実際にお互いにセッションしますよ〜〜

以上です。

クラスに参加ご希望・ご質問など
「IHブラッシュアップ・クラス」の件名で
tomoko.it.IH@gmail.com
まで、メールをお送りくださいませ。

あなたと一緒にIHエネルギーに包まれる時間を楽しみにしています〜♡


 

質問・疑問・スッキリ・笑ってお話会《12月4日》

2016.11.14 23:30|クラス
2016111402.jpeg

今日は二つ目の記事更新です。
(どうしたんだろうね、急なこの書きたい意欲!あはは)

昨日の記事に思いつきで「お話会は面白そうかも」と書いたら
さっそく興味を持ってくださった方がいらして(ありがとう♡)
開催することになりました〜!

お問い合わせがあったのですが、
どなたでもご参加いただけます。
(IHとか関係なく、誰でもウエルカム♪)

「こんなことが気になってる」
「こんな疑問があるんだけど…」
「これ、頭では分かってるんだけど身体がついてきてない」
「こんなん思ってるんだけど、どうなんだろう」
「ちょっときいてみたいことがある」
などなど、他には
「ともこさんに会ってみたい/会いたい」でも!

お越し下さるのに理由がなくていいです。
質問も疑問もなかったら、なくていいよ。
ただ、行ってみたいから、気になったから〜もウエルカム。
ちょっとでも気になったら遊びに来てね。
一緒にお時間を過ごせたら嬉しいです。

きっとね、

「え?そんな考えしていいの?!」
「あれ?みんなも同じようなこと思ってた??」
「うわ、そんなことやったんかーー!」

と、目からだけでなく身体中からも(?!)
ウロコがポロポロ落ちてスッキリ身軽になって、
みんな笑ってるんじゃないかなぁと思います。

セッションだと、一対一でじっくり向き合う良さもあるけど
お話会(複数の方とご一緒)だと、他の方の考え方や
意見も聞けるので、視点もどんどん広がることと思います。

お話会にはオラクルカードもいくつか持参しますので、
カードからのメッセージを
あなたの身体から(筋反射で)ひかせていただきます。

ではでは。
あなたに会えること、一緒にお時間を過ごせることを
楽しみにしています〜〜♡

あ、そうそう。
カフェの個室ね「パーティールーム」って呼ばれてた!!
楽しそうじゃないですか?!パーティーだもん〜〜
お待ちしてまーす。

ー ー ー ー ー ー ー ー

「質問・疑問・スッキリ・笑ってお話会《12月4日》」

日時:12月4日(日)11時30分〜13時30分
場所:大阪/心斎橋のカフェ・個室
料金:5.000円(ワンドリンク含む)


(ただ、カフェの個室利用最低人数があり、
 あと3名集まらないと、あの個室は利用できない場合もあることを
 ご了承いただけたら幸いです)

ー ー ー ー ー ー ー ー

あなたに会えるのを楽しみにしています〜♡

自分って何なんだ?ーコントロールされていると感じるのは…《クラス・セッションのご感想より》

20161114.jpeg

先週開催したクラスのご感想、
そして、セッションのご感想をいただき
掲載許可も頂戴したのでご紹介させてくださいね。

ー ー ー ー ー ー ー ー
2日間、本当に本当にありがとうございました。
2日目はセッションもしていただいて、とても感謝しています。

昨日は、新しい場所に変わったことも手伝って、
いつもより明るい気持ちでいられる時間が長くて、
職場の人からも私がこんなに笑っているのを初めて見た!と言われました。
取り繕う必要はないけれど、
やっぱり笑顔でいることは人を安心させるんだなぁと感じました。
あくまで自分優先ですが、笑顔でいる時間を増やしていけたらと思います。

今の職場で、人の悪意のようなものを感じることが多くて、
人の幸せを願いハートで生きている人がいる世界を忘れていました。
2日間、ともこさんや他の方たちと過ごして、
やっぱり私はハートで生きたいし、
それを伝えていきたいと自分の気持ちを確認出来ました。
これも素晴らしい空間をつくってくださったともこさんのおかげだと思います。
本当に感謝しかありません。

これから先、たとえどこかに行ってしまうことがあったとしても、
愛のある世界に戻ってきたいと思います。

ともこさんに出逢えて本当に嬉しいです。
そして、またお会いできる日を楽しみにしてます。
ありがとうございました♡
ー ー ー ー ー ー ー ー


彼女とはクラスの日が初対面で
会った瞬間に意識がここにいないという感覚を受け(※わたしの勝手な感覚です)
ちょっと気になったのですが、でも「彼女」を感じてみると
愛が深く、軸もあるのを感じたので大丈夫だろうと。
きっとクラス中になんとかなるだろうなぁと思っていました。

話しはちょっと変わるのですが、
クラスの参加人数は、最初は6名の偶数だったんですね。
でも二日目はお休みする方がいて5名。
「実践(二人一組セッション)があるのに奇数だなー」と
思ったのですが、まぁなんとかなるだろう、と。

そしたら、結局は両日とも参加人数は5名となり
でも
一日目は、仕事の都合で実践の時間から帰られる方がいらして4名となり
二日目が、5名の奇数となったのです。
でね、実践でどういう組み合わせになるかと筋反射をとったら、
彼女がひとりになり、じゃあどうするのか、とまた筋反射をとったら
三人一組になるわけでもなく…、わたしと組む、と出て
筋反射を取り続け、わたしが彼女へのセッション、と出たのです。
(なので、毎回のクラスで参加者が奇数になると、
 わたしがどなたかにセッションするわけではないです。
 今回はこういう流れだったのだろうなぁと)


彼女が「自分って何なんだろう」と何度か言ってたのが印象的で
本当に分からないという感じがビシビシ伝わってくるほどでした。

さて、実際に彼女の身体にきいていくと
「物わかりがいい」「人の気持ちが分かりすぎる」
「人の気持ちや立場を考える」「いい人でいる」…

ほんっと「いい人」でした。
でね「自分勝手を受け入れない」もあると、
行動がますます他人軸傾向になっちゃうんですね。

というのもね、

・物わかりがいい→《他人の気持ちを汲み取る》
・人の気持ちが分かりすぎる→《他人の気持ちを汲み取りすぎる》
・人の気持ちや立場を考える→《他人を考える》
・自分勝手を受け入れない→《自分を押さえる》

ということだから(大雑把に表現したらね)。
すると、自分からの自発的な行動を(無意識にでも)しなくなる。
相手に合わせて、行動しちゃう。

こうなると不思議なもので
自分軸からの行動をしない人、
自発的な行動をしない・できない人の前には
コントロールしてくる(と感じる)人が現れることもあるのです。

そうなると、自由を奪われてる感じもするし
じゃあ自分はどうしたいのか?…というか、、、
そもそものところで自分って何なんだ??
となっちゃうこともあるんですね。

こうなる要因としては、いろんなことがあるのだけど
育った環境もかなり大きく響いてきます。

・小さい頃から親から否定されてきた
・親が過保護だった、何でも親が決めていた
・自分を表現(感情表現も)すると怒られた・注意された・否定された
・物わかりが良かった、いい子だった

などなど、こんなことから思考癖が出来てきちゃったりも。
なので、まず「いい人(良い子)」を止める。
そして、自分勝手を受け入れる。自分を優先する。
自分の「したい」を感じる。

自分が望む世界、居たい世界は目の前にあるんですね。
もう自分は「そこ」に居る。
でも感じられないだけ、なのです。

思うんだけどね、
生きることは、大きな図書館の中に居るようなことだなぁと。
いろんな本(世界)があって、
そこにはわたしの興味のない本(世界)もある。
でも、存在してるんですよね。
でもでも、わたしはその本は選ばないだけ。
時々、表紙を見たり、
ページを開くこともあるけど、
わたしはわたしがその時読みたい本(居たい世界)を選ぶ。

でも「自分軸」でいないと、
自分はどの本(世界)を選びたいのか・選ぶのかが
分からなくなってしまう。
だって、他人を優先してきたのだもの。
「人はこう思っているだろうから」
「人はこうして欲しいだろうから」
そうやって、他人が望むような本(世界)を選んでしまう。
すると「自分」は居心地がよくないんですね。
それは「他人が望む本(世界)」であるから。

なので、自分の望み、したいという感覚を
感じることが大切だな、と思います。

ご感想で、彼女が「したい」とはっきり書かれていて
それを「確認できました」と書いてくださったのは
ほんと嬉しくて、喜びであり、祝福だなぁと。

あとね、長くなったのですが(いつものこと?!)
ヒーリングのクラスだったということで、
わたしが思うことを。

これは、クラスの中だけでなく、
これからヒーリングをしたいという方からも聞くのですが
「こんな(問題がまだある)自分がヒーリングしていいのか」
「自分がクリアでないのにヒーリングしていいのか」と。

わたしが思うのはね、そもそものところの
「ヒーリングって、癒しって、何なのか?」ということを
思い出し、しっかりと掴んで欲しいなぁと。
すると見えてくると思いますから。
(あえて、わたしの思うとこは今日は書くのを控えさせていただきますね。
 ご自身で感じて欲しいなぁと思うので)

完全完璧な人間っていないと思うんですね。
人間って不完全な生き物だと思うのです。
それが「人間」。
わたしもまだいろんなこと持ってるし(あはは)
でもそれでOKなの。

キャサリン(スクール・オブ・イメージ創始者)のクラスを
受講したときに話してくださったことなのだけど、
「ちりの粒が必要だ」と。
「ちりの粒が真珠を創るのだから」。

ちりの粒というのは、わたしたちにとって「問題」と
表現されるようなことだけど、でもそれが
わたしたちを進ませてくれるんだって。
「不完全さが前に進めていく」と。

なので、問題を「問題」として捉えるだけでなく
「ちりの粒」として、わたしたちを前に進ませてくれる材料として
生きていけたらいいなとわたしは思っています。

今回のクラスは、ほんと祝福でした。
クラスでの空間はほんと素晴らしくて、
でもそれは「わたしが」作ったのでなく、
参加してくださった方みんなのおかげで
みんなと作り上げたものなんですね。
ああ、ほんとありがたかったです。
みなさんに会えたことで沢山のギフトを頂戴しました。

自分がしたいことをしていること。
喜びを感じ、楽しいことをしている、
そのことそのものが祝福なんだ、と今回体感しました。

さて、次回の楽しいことは、
どなたでもご参加いただける(IHプラクティショナーだけでなく、誰でも!)
題して「質問・疑問・スッキリ・笑ってお話会《12月4日》」です。
またご案内を書きますが、
こんな疑問がある、ちょっと聞いてみたいことがある、など
みなさんの質問・疑問からお話をして、
スッキリして楽しい時間を一緒に過ごそう♪というお話会です。
オラクルカードもいくつか持参しますので、
カードからのメッセージを
あなたの身体から(筋反射で)ひかせていただきます。

日時:12月4日(日)11時30分〜13時30分
場所:大阪/心斎橋のカフェ(個室)
料金:5.000円(ワンドリンク含む)

(ただ、カフェの個室利用最低人数があり、
 あと3名集まらないと、あの個室は利用できない場合もあることを
 ご了承いただけたら幸いです)

一緒に楽しい時間を過ごせることを楽しみにしています〜♡

感謝を込めて。

ー ー ー ー ー
追記:
IH初心者さんクラスは、12月10日(土)です!
これも記事書いてる途中です〜。

「わたしがIHセッションをどんな風にしているかクラス」開催しました

先週の週末の二日間でクラスを開催していました。
同じくIHプラクティショナーのお友達が
「ともこさんから、IHに関する講座を受けたいんだけど」
とお声を掛けてくださったのがきっかけとなり、
わたしがどんな風にIHセッションをしているのか、
目標設定や問題の掘り下げ、筋反射についてのクラスを
みんなの力をかりて開催させていただくことができました。
(マチルダの了承は得ており
 日本のみんなへの愛と祝福も頂戴してました〜♪)

会場は最高なロケーションで居心地も良く
みんなのヒーリングへの想いに触れることができたし
楽しくて、わたしにとっては喜びと幸せでいっぱいでした。
ほんと、ご参加くださったみなさんありがとう♡
感謝の気持ちでいっぱいです。

で、今、祝福を感じると同時に、この記事を書いていて
「うわ!そもそもはIHに関する講座やったんか!」と
今になってビックリしてます(おいおい…)

いや、驚きがちょっとひいたら確かにそうだったのだけど
クラスでは、そもそものヒーリングに関してや
施術をすること、その際の意識の在り方や
話の流れから「失敗ってなんだと思う?」とか
お昼休みにはお金(豊かさ・存在価値)の話をしてたりなど、
なんだか「The IH」という感じなクラスではなかったような、、
(ご参加くださったみなさ〜ん、いかがかしら?!)

ということで、掲載許可も頂いたので
ご感想を紹介させてくださいね。

ー ー ー ー ー ー ー ー
この2日間、ありがとう&お疲れさまでした!
楽しかったよ〜〜。
這ってでも行ってよかったです(笑)。
ともこさんのヒーリング観やIH観、
「わかってるけど私はこうしてるんだよ」という部分など、
わたしの感覚と同じなので安心してました(笑)。
お金の部分は自分でもめちゃくちゃなのは知ってたけど(笑)
みんなも楽しんだみたいで、
それぞれが何かを満たして帰ったようなので、わたしもうれしいな。
ありがとうございました!
明日のセッション、楽しんでやるよ〜〜。
ー ー ー ー ー ー ー ー


「這ってでも行ってよかったです(笑)」と書いてくださったのは、
これは、彼女はクラスの前々日の晩から体調を崩してしまい
もしかしたら参加できないかもしれない状態だったからでした。
それが、クラス当日の朝は起きれたということで
遅れて来てくださってね。でも、
午後に実践をしましょう…という時点では
見ててヘロヘロな感じが伝わるぐらい。
そして実践の相手を筋反射で選んだら、
わたしが想像していた組み合わせと違っていたので
ちょっとサプライズだったのですが
きっと最高最善のことなのだろう、と。

そして、帰りの電車を彼女とご一緒させてもらったら
体調的にはしんどそうなのが感じるのだけど、
なんだかエネルギーが軽かった。
ベラベラと電車の中で一緒におしゃべりしてたので
身体的なデトックスがあるかもしれないけど
大丈夫だろうと思っていたら!
なんと次の日にはスッキリしたお顔でいらしてくださったのでビックリ。
お昼にもベラベラとお金に関して話してたくらいで、
帰り際なんて、超元気。
今から山登りくらい容易くできちゃうんじゃないか…と思ったほどでした。

クラスに参加するということは、
学ぶ以外にも
自分が調整され、癒されて、整う場でもあるんだなぁと
彼女を見ていて改めて気づきました。
そして最高に嬉しかったのが
「セッション、楽しんでやるよ〜〜」というお言葉。
もうそれが一番だなぁと。

さて、同じ方からもう一通いただいたのでそちらも。

* * * * * * * *
ともこさんのヒーリングの世界観が、
「本当はなにもする必要がない、居るだけでヒーリングは起こる」という
前提があって、愛をもって、楽しんで、ツールとしてのキネシオロジーを使う、
というところが一貫していてぶれていないところが、おおいに刺激になりました。

また、素晴らしい場作り方もとても参考になった!
(わたしは四隅にキャンドルを置いていたのですが、
現代日本ではちょっと心配…(笑))
数々の臨床から得られた「ともこポイント」を
こちらが尋ねるとなんでも伝えてくれて、これも参考になりました。
* * * * * * * *


場作りで、四隅にキャンドルを置いてるのに
ちょっと心配になるほどの現代日本には何があるんだろう?!
と、そちらに興味津々なのですが(今度聞こう)、

ほんと、キネシはツールだと思うんですね。
特に、IHは、わたしにとって最高なツールです。
シンプルで、ヒーリング初心者でも使えるような
安全装置が組まれてて、手順通り進めば大丈夫だし、
筋肉反射は、顕在意識では気づけないとこを教えてくれる。
それぞれのプロトコルは、細やかに作られてて
パスウエイのクラスで学ぶハンズオンヒーリングはパワフルだし、
コンセプツのクラスでのプロトコルは
細部への心配りがある最高な様々な手順が学べ、
ボディのクラスは、解剖学に長けていなくても
調整ができる方法を教えてくれるし、
マインドのクラスは、NLPのテクニックが入った
調整法を学べます。
ほんと、長年のマチルダとニックの研究と活かされてる。
そして、なにより彼らの大きな大きな愛も感じるのね。
いろんな見えないようなところからのサポートも感じるし
最高最善のセッションが行われるようになってる。

でもね「癒しが起こる」という点で見ると
IHじゃなくても、癒しは起こると思うのね。
もっと言うと、キネシじゃなくても起こる。

癒しは「誰」が起こしているのか、
「どうやって」起こっているのか。
そこに気づけば、何もせずとも癒しは起こると思うんですね。

ヒーリングに関してしたいのであれば、
荒い言い方をしたら、
IHじゃなくてもいいと思う。
自分がしっくりくる、喜びや幸せを感じる方法が
最高だと思うのです。

なので

「キネシオロジーは凄いと聞いたから」
「キネシオロジーは潜在意識にアクセスできると聞いたから」
「IHはキネシの中でも最高のツールだと聞いたから」
「尊敬している方がIHをすすめてたから」

というのは、キネシやIHを始めるきっかけでもいいと思うのだけど、
だからといって「キネシじゃなきゃダメ」というわけじゃないし、
まして「IHじゃないと!」なんてこともないと思う。

自分がしっくりくるヒーリング方法、
していて喜びを感じる、幸せだと感じる方法が
自分にとってのピッタリなヒーリング法なのだと思います。

で、IHであったとしてもね、
「そのIHの仕方」が自分に合っているかどうか、も
日々観察してみるのね。
経験を重ねることによって、変わってくるかもしれない。
そこは創造性をもって変えてみる。

「マチルダが○○と言ってたから、ずっとそうする」
「大先輩が○○してるから、そうする」
「尊敬しているプラクティショナーが○○しているから、そうする」

のではなく、試してみて、しっくりこなかったら、
そこから自分の創造性をもって、展開してくことも
大事だなぁと思うのです。

ひとつのやり方が、すべての人に合うとは思わないのね。
ましてや、同じ人へのセッションでも変わってきます。

なので「誰さんが言ってたから/やってたから」に捉われない。
自分をチェックする。
クライアントさんを見る。
大いなるひとつ(ハートでも神でも宇宙でも)と居る。

こういうことかなぁと思います。

ー ー ー ー ー ー ー

と、こんなこともクラスでお話してました。
なんだかさ、、IHのクラスじゃないじゃんね。
ヒーリングのクラスな感じがします。
わたしはそれで楽しかったのだけど!!
ご参加くださったみんなが楽しんでくださってたのなら
もうそれ以上の喜びと祝福はないなぁと感じています。

ご参加くださったみなさま、ありがとう☆
もしブログなどでご感想を書いてくださっていたら
お教えくださいね。遊びに行きます〜〜!

次回は、12月10日(土)です。
「IHを習ったけど、放りっぱなし」
「IHの筋反射がまだスムーズにとれない」

という、IH初心者さんや久しぶりさんへの
「IHとしっかり仲良くなろう!IH使おう!」というクラスです。
内容は、
IH流の筋肉反射はもちろんとれるようになってもらいたいのだけど
微細な筋肉反射を取る練習も入れようかなぁと考えていて、
あと、わたしが用意できそうなら原始反射についてのお話も
してみたいなぁ、と。

近日中には、ちゃんと決めてお知らせしますので
ご興味を持ってくださった方は、12月10日空けておいてくださいね〜☆

今回のクラスでご一緒してくださったみなさま、本当にありがとうございました。
おかげさまで、最高に幸せでわたしにとっては祝福でした。

感謝を込めて

プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

*Facebookしています。
アカウントはこちらで、
お友達申請ウエルカムです〜。

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

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