ホ・オポノポノと理解と

2016.06.25 03:56|思ったこと・気づいたこと
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シャンポルックから帰ってきてからは
いろんなことが「ああ、このこと言ってたんだなー」と
気づきや理解が深まったことが多いです。
点だったことが線で繋がったりとか。

面白いのが、脈絡も無く唐突に
頭の中に何かがふと湧いてくることでした。
そこから「はて?これは何だろう?」と
いろいろ探していくのがこれまた楽しくて。
そうしていくと、いろんなことが繋がってくるんですね。

今回、そのひとつがホ・オポノポノの言葉でした。

ご存知の方も多いと思うのですが、
ホ・オポノポノの言葉は

「ありがとう」「ごめんなさい」
「ゆるしてください」「愛しています」

の4つですね。
これがね、突然頭の中に湧いて出てきて
なーんーか気になってました。

わたしね、「ホ・オポノポノ」という名前そのものと
4つの言葉ぐらいしか知らなくて、
ホ・オポノポノとは一体どういうことなのか
知りませんでした。
「4つの言葉を唱える」ぐらいしか知らなくて。

でね、わたしにとって、この4つの言葉は
何かに対して言うことだ、と思い込んでいたようで
何か対象物/人、例えば、
災害地やそこに関わる人だとか、マザー地球や宇宙とか
そういう「自分の外」の対象に対して唱える言葉だと
思い込んでたんですね。

それが、突然プライパンで殴られたように
パカーンと頭の中にライトが光って
「うわ、これ、自分に対しても言う言葉だったんだ!」と
気づきました。
(*本来のホ・オポノポノを学んでいないので、個人の理解です)

もうビックリでしたよ!!
今までずーっと「自分以外」だけに言うものだと思ってたよ、、、

でね、自分に対して・自分のためでもある、と気がついて
どこからくるのか分からん確信も感じるのだけど
「でもなんで?」と思ったのね。

なんでわたしはそう感じたんだろう?
そもそも「わたしのため」という「わたし」って何?と。

そしたらふとキャサリンのクラスの内容を思い出しました。

それは自己価値を見ていくというワークだったのですが
そこで、わたしたちは肉体以外の「体(ボディ)」がある、ということでね
聞いたことがある方もいらっしゃると思うし
それこそいろんな種類もあるのですが、大きく括ると

「魂(体)」
「メンタル体」
「感情体」
「肉体」

ということで、
わたしは「ともこ」という「肉体(物質)」だけの
存在じゃないんですね。
そこには感情や思考、そして魂(本来の自己/真我)をも
すべてを含んで「わたし」なんだ、と。

で、この「すべてを含んだわたし」に対して
ホ・オポノポノの言葉を言うんだなぁ、と気づいたのです。

例えばね、

いつも楽しく過ごして「ありがとう」
したくないこととかしちゃって「ごめんなさい」
魂が望むことからズレたりして「ゆるしてください」
そして、どんなわたしであっても何をしでかしたとしても(!)
わたしはわたしを「愛しています」

こういうことなんだ、、、と。

で、「すべての体のわたし」が共鳴し
調和している状態が、最高な状態なんだろうな〜と感じています。

ホ・オポノポノを学んでおらず、
個人的な気づきと理解なのですが
ホ・オポノポノの素晴らしさにやっと気づけたと感じたので
お話させてもらいました。

ホ・オポノポノ、すごいね。

怒りと不満とわたしと

2016.06.24 04:19|思ったこと・気づいたこと
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6月も終わりに近づいているのですが
今年のイタリアの天候は安定していない感じがします。
まだ例年の太陽ギラギラを感じず
夜も窓を閉めたまま寝ています(涼しいから)
そろそろ暑くなってきそうかな〜
日本は蒸し暑い日もありそうですね。
いかがお過ごしですか。

さて、今日は
ボブの怒りから影響を受け
気づいたことに関してです。

ボブの怒りに関しては、
以前にも扱ったテーマで
軽くなっていたのですが、
また浮き彫りになってました。
あと、彼の不平不満のボヤき。
この二つが入り混じってドロドロになってました。

シャンポルックから帰ってきて
熱が出て、ひいたものの
身体にかなり響いたので
怠さが半端なくて中々動けません。

こんな状態で寝室に篭っていたのですが
ボブがしょっちゅうボヤいてました。
(*わたしに対してじゃないです!!)
もう些細なことでも不満タラタラで
一日中ボヤいてたんですね。
そして、怒ったりも。

わたしへの心配からイライラが出て、
それが日常の些細な事への不平不満を高めているとは
分かっていたのですが(ボブはかなりの心配症なので)
不満のエネルギーから影響を受けてしまい、
吹き出物や胃腸の消化不良が出て
こりゃーアカンわ、と、
不満と怒りのエネルギーと向き合うことにしました。

「ボブが不平不満をタラすことの何が苦手なんだろう?」
「ボブが怒ることの何が苦手なんだろう?」

今回は、キネシでセルフセッションではなく、
とことん自分の内を「見て」いきました。

正直な話、向き合っているとものすごく自分の中が
ザワザワして居心地が悪かったです。
途中で恐怖も出てきてね、見たくないとも感じたし。
でも恐怖も幻想なんですよね。
自分が作り出してるから。
これを思い出して
「見たくないー、けど見たいから見るわーー」と。

こういうとき、わたしは
視点を二つ持つようにすることがあります。

「どっぷり浸かってる自分」
「ちょっと離れたり(一歩引く)違う角度からも見る自分」

ちょっと離れることにより、息がしやすくなるし
一歩引いたり、違う角度から見るようにすることにより、
今まで気づけなかったことが突然見えたりするからです。

向き合っていると
いろんなことを感じたり、思ったりするのですが、
いまいちスッキリしないのであれば、まだ核に着いてません。
核の部分に触れたのなら、わたしの場合、
どっしり重い曇り空が突然晴れて
スコーンと抜けて軽い感じがしています。

でね、分かったこと。今回のことに関しては

「わたしが、不平不満を言えていなかったから」
「わたしが、まだ怒りを十分に表現していなかったから」

だから、ボブが不平不満を言ったり怒ってたら
自分が同じことを出来ていないから居心地が悪いんだ、と
気がついてスッキリしたものの、
なんだろう?何か引っかかる、、と思ってたら
キャサリンの指摘:
「あなたは良い人であるようにと育てられてきたね」
が突然出てきて、スコーンときました。

そして、走馬灯のようにわたしの過去の数々の行動が
自分の中に映し出されて、いろんなことが見えてね。。

わたし、無意識で
「自分の不平不満・怒り」を無視してたと気づきました。
自分から不満が出てきたら瞬時に
他のことに擦り変えてました。
反射的で、気づく隙がないほど。
「無意識」なので、意識なく行動してたし
余計に今まで気づけてなかったんだなーと。

そしてこれまた無意識で
良い人であるべき=不平不満・怒りはダメなこと
との刷り込みプログラムがランしてたなぁと。

この間のキャサリンとのセッションで
母とのネガティブなエネルギーコードを切ったのですが
そのおかげかな、と、ふと。
というのも常に良い人であるように、と
育ててくれたのは母であり、
母という人そのものが良い行いをし続けるような人でしたから。

そして、不平・不満のエネルギーが苦手、
特に、他人よりボブの不平・不満が苦手というのが
興味深いなと自分でも思ってたのですが、
これもね、母が関係していました。

わたしが幼い頃、
母が精神状態が不安定な時期が一時ありました。
当時のわたしは母の精神状態を常に気にしていて
とりあえず良い状態を保とうとしてたんですね。
母に不満が出たり、怒ったときは
(当時のわたしにとっては)狂気そのもので
怖くてしょうがなかったので。

ボブは、現在のわたしにとっては
家族の中で一番身近な存在なので
そこが過去の母の姿と被ったようです。
「母(ボブ)の機嫌が良いように」
と無意識でしていたようです。

今はね、不満が出てくるのが分かるようになった、というか
感じるようになりました!
不満が出てくる瞬間ですよ?それが分かるの!!嬉しい〜
(なんかちょっと変なこと言ってるような感じが今、、でも嬉しい)
あとね、ボブが怒ったり文句言ってたりすると
「なんでまた怒ってるねん!うるさいわ!!」
と自分の中に出てきたら、正直に思うようにしてます。
今までは無意識で捉われないようにしてた、
(不満が怖くて感じないようにしていた)と気づいたし。
で、ここで「ウガーー(怒)」と自分の中に怒りが出たら
怒ったり、ね。

思ったんだけど、「怒り」もいろんな表現があるなーと。
相手などの対象(ボブ)に「うるさいわ!」などと
怒りの表現をするのもひとつだし、
自分独りで「ええかげんにしろよ、ボブ!」と
独り表現するのもひとつの方法だと思うんですね。
で、もうひとつは、表現しないというのもあるかな、と。
大切なのが
「怒りを無視しない、否定しない。ちゃんと感じる」ことであり
その後で、表現する・しないの選択があると思うのです。

今までは、無意識とはいえ
大切なステップ「不満・怒りが出たと認識し、感じる」ことを
していなかったなーとしみじみしました。

ー ー ー ー ー

あとね、もうひとつ気づいたことがありました。
前述もしたのですが、
ボブの怒りが苦手ということで
今まで何度かセッションをしてもらったり・
セルフでしたりもしてたんですね。
で、今回もまた出てました。
「まだわたしは怒りを十分に表現していない」と。

以前は「怒りの表現をしておらず」。ここから
 ↓
「怒りの表現をするようになる」も
 ↓
「まだ十分に表現していなかった」んですね。

ひとつのことに複数の要因が絡んでいる場合、
セッションが何度か必要になる、とは
このことだなぁと改めて感じました。

時々、セッションで以前扱った(解決済みと思われていた)
ことと同じことが出てきて
「えっ?!またですか?!」と
ショックを受ける方がいらっしゃるのですが、
ステップを踏んで、進んでいるので
以前と同じ状態ではないということなんですね。
ここに気づいて欲しいなぁ、と。

ケース(内容)によっては
一回のセッションでスパーンと解放されることもあるのですが、
深い内容によっては、やっぱり何度かのセッションや
ワークが必要になってきます。

これはわたしが感じたことですが、なんかね、
「安全装置」みたいなのもある感じです。
だから、何度かステップを踏むことがあるのだなぁと。
でないとね、
いろんな要因が絡んでいるような深いことだと、
一気にいくと今まで蓋していたのが突然開いて
圧力鍋のようにプシューーー!といろんなことが出てきて
好転反応(デトックス)がめちゃひどいことがあり
落ち着くまでに辛すぎる、、というような。

シャンポルックから帰ってきてからは、
しばらくきつかったです。
行く前にフィボナッチをしたのもあったのですが(!)
キャサリンのクラスとセッションでは
深いとこに触れた感があったし、
その分、沢山の気づきと解放があったので
まぁこれでいいかとも思うのですが。

でも、この辛さはどうにかならないかな、と
あれこれ研究したりしてしまいます(ははは)
ああ、これがキャサリンが言っていた
わたしの「もっともっとと満たされない」という部分なのですが!
そして「進み続けてしまう」のです〜

キャサリン・シェインバーグ【2】

2016.06.21 04:34|思ったこと・気づいたこと
昨日のブログをアップしたら
「地球にいたんですね、よかった」というメールを
頂いたりして!!あはは〜、みんなメッセージがステキすぎる!
ありがとうございます♡

キャサリンのクラスでのお話の前に。
シャンポルックで撮った写真を少し
紹介させてくださいね。

まずは、唐突なんだけど、ゴミ分別。

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ビン・プラスチックなどで分別されていたのですが
捨てるところが、大きなコンテナになっていて、
地下に溜まるようになってるんですね。
で、ちっとも臭わないんですよ。
気温が上がっていないというのもあるのだろうけど、
コンテナの周りも綺麗だし、住人のマナーもあるのだろうなぁと。

ちなみに、ガラスのコンテナを開けたらこんな感じ。

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ちょっと見えにくいのですが、地下に溜まっています。
どうやって収集するのか分からないのですが
(聞くのを忘れた!)
フランスで見かけた同じ仕組みのコンテナは
地下から収集できるようなシステムになってました。
だから同じようなのかな、、と想像。
こういうのいいな〜〜

次は、ホテルから町中への道。
道は二つあって、車が通っている大通りと
森の中を通っていく道がありました。
町とは逆方向の道は、川にも続いていたりして、
この道は散歩に最適でした。
町への方向には木を削った彫刻が沢山あって

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こんな感じで立っています。
ここは冬になると雪が積もって、
クロスカントリーをしたりするそうです。

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ね?スキーの板を持ってる〜

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カラフルな色が塗られた彫刻もあり、で、
沢山あったのですが、その中でわたしが一番好きなのはこちら

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ただ道を歩いていると気が付かないかも、というくらい
見る角度によってはただの倒木な感じもするのですが、
中にウサギがいるのです。
もうちょいアップで

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自然の中に溶け込んでいるようなさりげなさが
とても好きで、わたしのお気に入りでした。

ー ー ー ー ー ー

さて。
キャサリンのクラスでのお話です。

クラスの最中に行われるワークに関しては
キャサリンが誘導してくれて
各自で、それぞれに出てくるイメージを見る…
という感じで、
そこでのワークで、わたしにとってものすごく
興味深いことがもありました。

そもそもわたしにとって「見る」ということは
文字通り「見ている」だけで、体感的であり、
感覚なんですね。
そこから人とシェアするためには
感覚を言葉に変換しないといけません。

あのワークでは

1)周りのみんなが(何かを)もらえているのに
  自分だけがもらえていない

2)自分だけがもらえて
  周りのみんながもらえていない

という状況で見えたこと、感じたことを
(キャサリンは過去形でなく「見る」と現在形を使うようにと言ってましたが)
シェアしたのですが、
二つの状況で共通していた感覚がわたしにはあり、
それは「公平でない」ということでした。
「わたしだけないのは公平でなく
 わたしだけもらうのも公平でない」と。

それが、いざ言葉に出そうとすると
口から出てきた言葉は

「non è giusto che...(...は正しくない)」でした。

これまた興味深いのですが、
「正しくない」と自分が言っていることに
あの時は気がついてなかったのです。
(これについては後ほど)

わたしのシェアが終わったら、
キャサリンが問いかけてくれました。

「あなたはアパートに住んでいるとしましょう。
 大きなお部屋があって、それがあなたの家であって。
 でも、建物を出ると、あなたのお家の下に
 ホームレスの人がいます。
 これは『正しい』ですか?」

うーーん、ごもっとも。
わたしは大きな部屋を持って住んでいるけど
でも、ホームレスの方を招待して一緒に住もうとしないもの。
ここから展開してね、キャサリンがみんなに質問してくれました。

「『正義』って何でしょう?」

あなたは何だと思いますか?
ちょっと空白をあけるので
よかったら考えてみてくださいね。


























クラスの参加者の中には弁護士の方もいらしたし
いろんな意見が行き交っていました。
でね、わたしが思うとこは、
正義とは人間(わたしたち)が作り出している、ということでした。

正しいかとか正しくないとか
視点(立場とか)が変わると、
「正しい」と思っていたことが「正しくない」に
変わったりすることもあります。
そして「これは絶対に正しい」ということも
存在しないと思うんですね。
枠、例えば日本とか、そういう枠から出ると
「絶対に正しい」ことであったのも
正しくないこともありうるし。

じゃあ正義はわたしの視点であり、
わたしの物の見方だったんだなぁ、、と思いました。
でね、ここで視点を広げると、
正義というのは三次元的でもあるなと感じるのです。
神とかそういう域には、正義とかは存在しないだろう、と。
だから人間が作ったと感じたんだろうなとも思ったのですが、
でも、今、実際に生きているのは「ここ」であり
「人間」として生きているのであり。
なんだか答えがあるようでないような感じですが、
バランス、そして、自分の感覚を研ぎ澄ますことが
必要なのでしょうね。

さて、「公平でない」と感じていたのに
口から出てたのは「正しくない」という言葉だったことに関して。

以前のわたしは正しいことをしようという思いが強かったんですね。
何か行動するときは、常に正しいことをしようとしていました。
かなり解放してきたのですが、まだ無意識で残っていたこと
特に豊かさに関しては、正しいとか正しくないという見方を
していたところがあったと気づきがありました。

でね、このワークに関しては、
まだ興味深いことがありました。
今回「わたしだけがもらえない。わたしだけがもらう」
という状況のイメージを見たわけですが、
後になって、あれ?と気づいたんですよ。
実際にわたしの身にこんな状況がふりかかると
いつもだと、
「わたしだけ無い?ま、そんなこともあるか〜」
「わたしだけもらう?ラッキー♪ありがとう〜」
となってたんですね。めちゃ軽い感じ。
それが、誘導で沸いて出たイメージが
「わたしだけ無い&もらうのは公平でない」という感覚、しかも重い感じ、
まして、口から出てきたの(無意識)は
「正しくない」という言葉。

これらに気がついた瞬間はビックリしたけど、
即座に思考がフル回転してハッとしました。
うわ、わたし、無意識で思考で解決させてた部分あったな〜〜と。

感覚では「わたしだけもらえないのは悲しい」とかがあったのに、
瞬時の思考でポジティブに捉えようと
「ま、そんなこともあるか」と被せてしまってたんですね。
以前のわたしは強烈なポジティプ信者だったので
その残りと、思考の速さも手伝っていたようです。
無意識でそんなことをしてたと気づけたのは、大きなギフトでした。

他にも、クラスの中で犠牲について上がったりして、
みんなの話を聞いていると、わたしの視点は偏っていたと
気づきがあったり。

今回のクラスとセッションからは
いつもにも増して、わたしの無意識部分の癖が
浮き彫りになり、いくつものハッとなる気づきがありました。
おかげですっかりスッキリ。
スコーンと抜けました。

キャサリンはとても頭が冴えていて
明晰さは凄かったです。
クラスの中での指摘や誘導は素晴らしかったです。
地にどっしりと足が着いている感じも、ものすごかった!
笑顔が時々魔女っぽいキュートさがあってラブリーでね。
サバサバしているのだけど、
彼女からは深い深い愛を感じていました。

キャサリンのクラス、
何をするのかよく分からないまま参加したのですが
「見る」ということはここまで情報が詰まっていたのか、と
感心しました。新しい発見でした。

駆け足で書いちゃったので、
読み辛い部分があるかもしれない、、と
今ちょっと思っちゃったんだけど、このままアップします(おいおい)
お話に付き合ってくださってありがとうございました!

キャサリン・シェインバーグ【1】

なんかふと気になってメールボックスを開いたら
メールが届いていて
「地球に居ますか?」だって!
モールス信号で「つつつー…」も入れてくれてて
あまりの可愛いメッセージに
大笑いと幸せでいっぱいになりました。

…ということで、まだ地球にいます〜
お久しぶりです、こんにちは。
ブログを開いてみたら前回更新したのは
一ヶ月以上前でビックリ!
こんなに時間経ってたとは!
みなさま、いかがお過ごしですか。

わたしは先月末にキャサリン・シェインバーグの
クラス参加のため、イタリア北部に位置する
アオスタのシャンポルックへ行ってきました。

2016061901.png
GoogleMapからお借りしました)

シャンポルックは、赤いボタンがある位置です。
スイスにものすごく近いでしょう?!
トリノの空港からシャトルバスを用意してくれたので、
それを利用しました。
車で一時間半近くかかります。
スイスのフランス語圏に近いせいか
町中の標識はフランス語とイタリア語の表記を見かけました。
標高は1,568 mで、山頂にはまだ雪も残っていました。

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ここはスキーで有名らしく、
その時期になると沢山の人で賑わうそうですが、
5月はオフシーズンなので、閉まっている施設も多く
町で開いていたレストランはひとつだけ。
そのせいか、土曜日の混みぐあいはすごかったです。
(土曜日は家族で外食する習慣があるのかしら?)

さて、キャサリンのクラスの参加者は
世界中から集まってきてて
イタリアはもちろんのこと
オーストラリア、インド、
ドイツ、イギリスなどなど
国際色豊かでした。

キャサリンのクラスの今回のテーマは
「豊かさと繁栄」。
わたしはキャサリンのクラスは初めてで
どんなことをするのかなど
検討がつかないまま、参加したのですが、
キャサリンは「The School of Images」の創始者で
「見る」ということがここまで情報が詰まっているのか、と
感心し、ものすごく深かったです。

そして、今回のクラスのテーマ:豊かさと繁栄についても
いろいろな見方を大きく広げてもらいました。
クラス参加前は、
自分(わたし)は豊かさを感じていたし、
満たされてたんですね。
で、繁栄にはあまりピンとこないというか、
興味がない感じで、このタイトルを初めて聞いたとき
あまりピンとこなかったのです。
ですが、以前からキャサリンのクラスを受けたいという思いと
スケジュールも合うし「行きたい」という思いで参加したのですが
豊かさと繁栄とは、こういうことなのか、と
目からウロコでした。

繁栄って、今まではどこか「自分だけのこと」という
意識があったと気づきました。
でもそうじゃないんだとはっきり腑に落ちてきました。

自分が繁栄している、ということは、
例えば事業であれば、人手が必要になり(雇用が増え相手の収入となる)
もし金銭面であれば、消費も増えたり(相手の収入が増える)して
周りの繁栄にも繋がっていますね。
そもそも「繁栄」という日本語自体が
「繋がる栄」と書くんだなとようやく気付いたし!

豊かさも、クラス参加前のわたしのように
「豊かさを感じているまま」でいいと思うんですね。
で、そのままで、もっと豊かさが巡ってくるのなら
手に入れてもいいし、入れなくてもいいんだ、と。

もしここで
「豊かさを手にいれることに抵抗がある」もしくは
「豊かさがない(感じない)ことに抵抗がある」のなら、
そこになにか要因があるんですね。

なので、豊かさや繁栄が良いとか悪いとかでなく
自分がしたいことなのかどうか、ということなんだなぁと。
そこで、なんかモヤモヤしたり、進めない…というのであれば、
その抵抗をみていくんだな、と。

今回は豊かさと繁栄がテーマでしたが、
そのワークの中から、自分の中にあったことが
浮き彫りになって出てきたのもとても興味深かったです。
長くなるので、次の記事でシェアしますね。

さて、クラスが終わった次の日。
朝目覚めて、窓のカーテンを開けると、、、

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雪が降ってました!
大きなふわっとした雪粒が
次から次へとドンドン空から降りてきて
その量と勢いは、まるで音が聞こえるかのようでした。

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あっという間に
辺り一面真っ白!!
道路も白くなっていて、庭の歩道も見えないくらい。
それでもまだ降り続いててね、
次の写真で、途中、どのくらい積もったか
分かってもらえるかな。

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結構積もったでしょう?
車道には除雪車が走っていたのを見かけました。

前日までは人が座っていたのに

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この日は雪が積もったSnow Party.
雪も楽しめるほどの「豊かさと繁栄」クラスだなぁと
雪景色を楽しみました!

実はこの日。
クラスが終わってからもう一日滞在し
シャンポルック周辺を観光する予定でいたんですね。
どころがこの雪で移動もままならず、どこにも行けません。
何しようかなーと思っていたら、この雪で、
キャサリンの個人セッションのキャンセルが相次いだと聞きました。

キャサリンがセッションをこの日に受け付けているのは
事前に知っていたのですが
受けてみたいという思いがちらりとありつつも
なんかピンとこなくて申し込んでいなかったのです。
キャンセルが相次いで空きがあるし
この雪じゃあすることもないし、あれ?ご縁かしら?!
何しかキャサリンのセッション受けたい〜という思いが
ふつふつ湧いてきたものの、でも、特定のテーマが浮かびません。
これはどうかなーとか思ったけど、えいっと
セッションを申し込みました。

で、セッションを受けてみて。いや〜、ほんとよかったです。
自分で気がついていなかったこと、
思い込んでいたことを指摘してもらいました。
例えば、
「あなたは impatient(せっかち・気が短い)ね」と
言われたんですね。
言われた直後は「あれ?違うと思うんだけど…」と思ったの。
「他人にもいつもpatientって言われてるし、
 どこが impatientなんだろう??」と頭をフル回転されたら
瞬時に「あっ!!」と気がついた。

そうそう、わたし、気が短い。
でも、むかーしに「気が短いのはよくない」と思っちゃって
矯正(訓練)したんだった。
気が長い、忍耐強い、辛抱強いことが良いことだと思い込んでたから。
(今は違います〜。そこに良い悪いを見出していません)

なので、他人にもよく言われるわたしのpatientは
後天的で、後から訓練して手に入れた洋服みたいな被せ物で
その実、基本はせっかちだったりするんですね。
これに自分で気がついた後にキャサリンに言われたことが

「 impatientは悪いことじゃないのよ。
 でね、あなたは頭の回転がものすごく早い。
 もっともっと、となってるでしょう?
 満たされていないでしょう」と。

いやーー、わたしの深いところを
ガッツリとつっこまれた感じがして、思わず
大きな声であはは〜と失笑してしまいました。

「それもね、悪いことじゃないの。
 良いことなのよ。
 満たされていないことから、
 あなたは次へ次へと進んでいくからね」

満たされていないことを肯定されただけでなく
まして良いことだ、と言われて
なんかパァァーーっと目の前が明るくなったようでした(あはは)
で、その実、本当なんですね。
なんか満たされていない感じがあるものだから
次へ次へと、何があるだろうと進んでいるのですから。
満たされてなくて良いんだと妙に嬉しくなりました。

もうひとつ、キャサリンに言われたことで
そうだったのか!と目からウロコだったのが

「あなたはヒーラーね」

ああ、わたし、そうだったのか、と。
言われて気がついた、という。。。
言われるまで自覚が無かったのです。
確かに今までセッションをしたりしてましたが
セラピストという感覚はありましたが、
ヒーラーということは気づいていなかったというか。
「今頃気づいたんかいな!!」
とこれを読みながら思った方もいらっしゃるかもしれませんが(汗)
わたしとしては、把握していなかったようです。

いやはや。今回のクラスやセッションでは
わたしがいかに概念形成が苦手なのかを
はっきりと感じることができました。。とほほ。

さて、セッションで出てきたことのうちのひとつが
わたしの自己評価の低さ。
これは、クラスの中でもちらりと出てきてたことなのですが
セッションでも出てきていてワークをしてもらいました。

そしたら、幼いわたしと母と妹が見えて、
母にわたしがものすごく叱られていました。
妹とわたし、二人で何か悪いことをしたようなのですが
わたしだけが怒られているのです。
どれだけ母に説明しても分かってもらえなくて。
分かってもらえないという悲しさも感じたのですが
うわ、、わたし、ダメなんだ、、ダメな子なんだという思いもあり。

「母親とのネガティブなエネルギーコードがあるわね」と
そのエネルギーコードを切って、セッションは終わりました。

セッション時間は短かったのですが
いろんな気づきでみっちりという感じでした。

でね。
家に帰ってから熱が出ました。
「あれ?なんか喉がピリピリするかしら?」と思ってたら
あれよあれよという間に熱が上がり、高熱に。
でも熱だけなんですね。
クラスとセッションのデトックスやなーと思い
数日寝てたら、これまたあれよという間に
熱が下がったのですが、久しぶりの高熱もあったのか
身体にひびいてダルさがありました。
まるで細胞のひとつひとつが更新しているかのよう。

そして、身体だけでなく、内側もかなりのデトックス。
深いところでの気づきが多かったのもあり、
前までは玉ねぎの皮をむくような感じで進んでいたのが
今回は玉ねぎの芯を触った感覚がありました。
今まで自分の中にあった視点や考え方がゴロリンと回転し
根底にあった物が剥き出しにされたよう。

そして、前世(のエネルギー)が出てくる出てくる。
キャサリンとのセッション中のワークで
幼いわたしが出てきたのでインナーチャイルドかと
思ったのですが、これが前世のことにも繫がってました。

神に神官として仕えていたエネルギー、
神を裏切った(と感じている)エネルギー、
堕天使(と感じている)エネルギー、
もういろんなエネルギーと幻想の影響をここしばらく受けてました。

前から思っていたのですが、
インナーチャイルドを癒すということは、
過去世を癒していることがあると感じるんですね。

大人を今(現世)という視点からみると
インナーチャイルドは過去(過去世)と見れるんじゃないかなぁと。
でね、これはわたしに関してのことなのですが、
わたしのインナーチャイルドの数々は、
過去世でのエネルギーとリンクしていることが多いです。

過去世で癒されていないことを
インナーチャイルドとしてまた経験している、という。
(わたしにとっては過去世のこともビジョンとして見えています)
インナーチャイルドと向き合っていると、
もれなく過去世での癒していなかったエネルギーが
ドンと出てきて、こちらも癒す、と。
なんかね、こういうことを何度も経験していると
ちゃんと向き合っていないと、
いつかは、それこそ転生を何度もしてまでも、
向き合う日がくるんだなぁとしみじみしてしまいます。。

あ、あのね。
「そんな経験をした過去世」が問題ではなく
そんなエネルギー(過去世)の影響を受けていることが問題なんですね。
そもそも幻想なのですし、そこの
「影響を受けてしまっている」という点が問題なのです。

…と、話はそれちゃったのですが、
クラスとセッション後、あれこれいろんな抵抗あり、
デトックスあり、で、調子がいまいちだったのですが、
それが数日前にスコーンと抜けた感じがありました。
それと同時にパワーアップしたというか、
次へのステップを踏めたような感じです。

まだ細々したのが残っているので
自己ヒーリングで、さらに変容を続けます〜。

キャサリンの記事、次回に続きます。
よかったらお付き合いくださいませ。
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

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日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
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