セッションを受けるのが怖い、受けた後に変わらないと感じたあなたへ

20160122.jpeg

日本は寒くなりましたね〜!
京都や兵庫に住んでいる友人からも
「雪が降った」と聞きました。
大阪市内は、わたしは見かけなかったのだけど、
雪が舞うくらいは、あったのかしら?!

さて。
以前からたまにお聞きしていたことで
ちょっと気になっていたことがあり、そしたら
ちょうど先日、率直なご感想をいただいたので、
その中からお話させてくださいね。

あのね、
セッションを受けるのが怖い、
と思われる方もいらっしゃるようですが、
セッションで上がってくる・出てくることは、
あなた(クライアントさん)が許可したことしか
上がってこないとわたしは感じ、確信しています。

あなたが主導しているんですね。

わたし(プラクティショナー)じゃないです。
あなたが主導し、
あなたが許可した以外の部分には
絶対に入れないです。
なのでどうぞご安心くださいね。

目標設定も、あなたの顕在意識も納得しないようなことは
絶対に設定されませんから。

そして、セッションで上がってくることに関して
「え〜、自分ってそんなだったの?!」
「…なんか、、見せつけられる」
と、ショックを受けられる方もいられるようですが、ね。

あの、正直言うと、わたしも初めてセッション受けた時、
どどーーんといろんなのが上がってきて
自覚していたこともあったのですが、それ以外のもあり
「うわ〜!わたしってそんなん持ってたや!!」と
ショックを受けました(あははは〜)。

でもね、それも一時だけのことで。

やっぱりね、自分が持っていることを認識しないと
解放できないんですね。
そして、それは、持ってて「悪い」ということではなく、
今の自分にとって「もう必要で無いこと」。
ただそれだけなのです。

そして、セッションで上がったということは
「手放す時期がきた」ということ。
なので「わたしの中の何かが別れの挨拶に来たんだなー」
という感じかな、と思います。
 
 
さて。ふたつ目のこと、
「セッションを受けた後に変わらない、
(自分を)変えられないと感じた」ということ。

セッション後の変化の現れ方はいろいろあり、
人によっては一度のセッションで変わる方もあるのですが、
徐々に変わる方もあるのです。

でね。
やっぱり、自分でワークしていかないといけない部分があるんですね。
ヒーリングというと、セラピストが起こしているように思われるのですが、
その実、皆さんがご自身で起こしているのです。
皆さんがご自身のヒーラーであり、
みんなそんな力をお持ちなのです
(もちろん、これ読んでるあなたもですよ!!)

IH創始者のマチルダもこう言ってるんですね。

ー ー ー ー ー ー ー
クライアントさんを癒せるのは、
ご自身と、神か宇宙のようなものの存在だけで、

プラクティショナーが誰かの人生を変えるわけではなく、
ただの器であるだけ、
強いて言えば普段は得られない素晴らしい
情報を得られる方法を知っているだけで、
実際はくそのようなことしかしていません、
自分が何かしてると思ったらそれは自分の枠にはめたエゴ。

素晴らしいのは宇宙の叡智と
クライアントさんがもつ計り知れない力。
ー ー ー ー ー ー ー

こちらのページから

ほんとそうなんですよ。
わたしたちプラクティショナーがしていることは
取るに足らないことなのです。

わたしが個人的に感じていることは、
方向性を一緒に見出して、わたしは付き添っているだけ…
というような具合なのですね。

で「そこに進むかどうか」は、皆さんご自身なのですね。
皆さんご自身の人生なので。

ちょうど今日、ボブと
「知識を知恵に変容させるには、体験や行動が必要。
 ただ知っているというだけでは、図書館に並ぶ本のようだ」
と話していたのですが、「自分からの行動」も必要となってくると思うのです。

偶然にもさっき開いたページに
マチルダがちょっと似たようなことを言ってたので
これもコピべしますね。

ー ー ー ー ー ー ー
“attraction” 引き寄せの法則、というけれど、
願っただけで何もしない、なんて、
待ってるだけじゃ何も来ない。

“attraction” の中には “action”が入っている、
つまり、
「欲しいものがあれば自分で動く」こと。
ー ー ー ー ー ー ー

こちらのページから

セッションを受けることも「行動」のひとつとは思うのですが、
その後も、自分で動く必要があるんですね。
「行きたい方向があるのなら、そちらへ自分が進む」。

わたしは毎回のセッションは一期一会と思っており、
毎回、最大限出来ること(わたしのその時の最大限のセッション)を
させていただいています。
でも正直なところ、3時間ですることは限られているんですね。
でもでも。あなたに内在する癒しの力を信頼しているし、
神や宇宙などの計らいも信頼しているので、
その時に起こる最高最善は起こっているとも信頼し、確信しています。

なので、セッションを受けて
「何も変わらない」という状態は絶対になく、
一回だけのセッションだとしても、何らしかの変化はあるので、
「以前の自分」と「今の自分」は、絶対に同じではないです。
何も変わっていないようで、変わっているんですね。

実は、ボブは変化を全く感じない人でした。
わたしのIHセッションだけでなく、
違う方からのセッションなども受けたことがあったのですが、
彼の言葉はいつも
「僕はそんなこと(ヒーリング)は効かないんだ」でした。
それがね。変わりました。
「僕は時間がかかるタイプなんだ」という言葉になりました。
「一年経って分かったもん」って言ってます。
一年ですから!
わたしもね、受けたIHセッションは、数ヶ月後や
一年くらい経ってからふと
「ああ、このことを言ってらしたのか!」と
思い出したことがいくつもあります。
出てくる変容の形はいく通りもあるのです。

でね、最後にひとつ。
「自己愛」だけは、出来るだけ保ってください。
先日の記事でも「ありのままの自分を受け入れる」ことについて
書いたのですが、自己愛はほんと基本中の基本なのですね。
これがあれば、ちょっと自分が揺らいでも、戻ってこれますから。

逆に言うと、これがないと、
基盤がないと家が建てられないように
いろんなことも結局上手くいきづらくなりがちなんですね。

なので、どんな面の自分でもジャッジせず(ダメじゃんと言わず)
そのまんまを受け入れてくださいね。

落ち込む自分も、やけ酒飲んでも、禁煙してるのにタバコ吸っても
「落ち込んでるのね〜、そっか(終わり)」。
「今日はお酒飲むのね〜、そっか(終わり)」。
「タバコ吸うんだ〜、そっか(終わり)」。です。

落ち込んでいいんですよ!
やけ酒飲んでいいんですよ!!
禁煙しててもタバコ吸っていいんですよ!!!
オッケーを出してあげてくださいね。
それが、「ありのままの自分を受け入れる」ということなのです。

「ありのままの自分を受け入れる」=「自己愛」ですから。

わたしのセッションを受けてくださる方の中には
崖っぷちにいらっしゃる方も多く、
これを読んでくださってる方の中にも、
もしかしたらそんな方がいらっしゃるのかな、と思います。

「ヤバイ人」というのはいないんですね。
絶対大丈夫ですから。
もう手遅れ、とか、遅すぎる、とか、
間に合わない、とか、そんなの絶対にないです。
絶対の絶対に大丈夫ですから。

自分ひとりでは、どうしようもない時というのもあります。
なので、信頼できるセラピストを見つけたのなら
その方の手を借りるのもいいと思う。
即、方向性を見出してくれるのでは、と思います。
で、その後は、自分が進むんですね。

どんな状態であろうとも、
自分の中には絶対に消えない輝きがあることだけは
覚えていて欲しいなぁと思います。

すべての人が自分の中の輝きを感じられますように。

「ありのままの自分」って?

2016.01.19 22:35|思ったこと・気づいたこと
20160119.jpeg

「ありのままの自分」という言葉をよく聞きます。
思ったんだけど、
「ありのままの自分」って案外つかめていないのかも…と。

最近のセッションで思ったんだけど、
把握できていない場合は、本当つかめていないなぁと。
ポジティブ思考であったり自分のエゴ(我儘・勝手)を受け入れていない場合は
自分の弱さや闇を受け入れていないことがあるし、
完璧主義がある場合は、自分はまだまだなどと
自分が出来ている・していることを受け入れていないこともあるし。

「できている・している自分」も
「ありのままの自分」なんですね。

その「できている・している自分」を
つかめていない場合が結構あるんだなぁと。
で、
ありのままの自分を受け入れることは、
自己愛でもあると感じています。

そして、自己愛があると、自己価値にも繋がりやすいと
わたしは思います。

自己愛や自己価値が低い場合、
自分が出来ていないこと・していないことに関しては
しっかりと把握しているのですが
「自分がしていること・出来ていないこと」に関しては
「えっと…(真っ白)」とあがってこない場合が多いです。

というのも、
いつも「自分が出来ていないこと・していないこと」に
意識が向いてしまっているから。
していることに関しては、全然見えていないんですね。

なので、

「自分が出来ていること・していること」に
意識を向けてみてください。
それも「ありのままの自分」なのですから。
そしてそれ(出来ている・している自分)を受け入れるんですね。

そうすることによって、自己価値もあがるかも、という具合なのです。

時々、「何も出来てないんです」と言う方もいらっしゃるのですが、
それは大抵の場合、自分の中に比較している対象があるんですね。

比較の対象は、自分の理想像であったり、
人物(気になる人・目指してる人など)であったり。
で、その「対象(理想像や人物)のように、自分は出来ていない」と
思っている、ということなのです。

なので、ここは冷静(?)に。
自分がしていることを、把握してください。
完璧主義をお持ちの方は特に「できていない」と思われがちですが、
視点をひとつ落として欲しいんですね。

例えば、主婦の方で料理が出来ていないという場合。

三度の食事をちゃんと作れていない
 ↓ (視点をひとつ落とす)
夕食は作っている
 ↓ (しっくりこないのなら、もう一歩踏み込んだ表現をする)
土日の夕食は、作っている

という具合に。
「土日だけだったらダメじゃん〜」などという
ジャッジはしないんですね。
淡々と「していること」を認識し、受け入れるということ。
そこから始めるんですね。

他の例として、
目指していることがある場合。

例えば、
イタリア語の同時通訳者に成りたいなどであれば。
現在、その勉強中なのですから、
そのレベルで出来ていないのは当たり前なんですね。
なのに、そこまで出来ていないことから
「自分はダメだ」と否定しちゃうのはどうかな、と。
出来ているレベルをちゃんと把握するのね。
今現在、自分が出来ていることを
感情・ジャッジ無しに、そのまま淡々と見つめるのです。

同時通訳出来るほど伊語が理解出来ていない
 ↓ (視点をひとつ落とす)
日常会話は出来ている
 ↓ (しっくりこないのなら、もう一歩踏み込んだ表現をする)
日常英会話は、コミュニケーションがとれるほどは、できている

という具合です。

例え、勉強し始めたという場合でも
「イタリア語がちょっとは分かる」というのでも
出来てることの一つなんですね。

他人と比較したり、上を見るとキリがないのです。
そこに気がついて、
自分がしていること・出来てることを把握し、
そのありのままをジャッジすることなく・比較することなく
受け入れて欲しいな、とわたしは思っています。

それが自己愛にもなるし、
自己価値にもつながっていくのです。

苦しみの中にいたり、居場所がないと感じるあなたへ

2016.01.16 23:22|思ったこと・気づいたこと
この間、オランダ在住のお友達が
「あなたの国(日本)の映画を観たの。良かったわよ〜」と
その映画のトレイラー動画リンクを送ってくれました。
題名は「OUR LITTLE SISTER」でね、こちら


いざ観たら共鳴してしまい、ポロポロと泣けてきて。
トレイラーだけでこんな泣いてて
映画観てたらどないなことやねん、、、と思いつつも、
この状態はやり辛いなぁと。

実はトレイラーを観る前の数日間、
セッション中もエンパスがちょっと強いなと感じていて
いつも以上にポロポロ泣くことがあり、
泣きながらもいつも通りに冷静な自分がいて
セッション(情報収集)をしていたのですが、
その中で一度、横隔膜がしゃくりあげそうになったことがあって。
後で、これはエンパスが強すぎるんじゃあ?と思ったのですが、
トレイラーを観た泣き具合で、
こりゃーやり辛いとやっと気づけました。
セルフセッションし、今では落ち着いたのですが。

あのトレイラーのどこに痛みを感じたのかというのが
・ここに居てはいけない感じ
・居場所がない感じ
・孤独感
・自分が存在することへの思い
などでした。

話はちょっと変わるのですが。

時々、いつも前向きの人や向上心が高い人の中には、
生まれた意味を見出そうとしたり
人生の困難を乗り越えてこそ意義があるとか
苦しいことも成長のためだとか
成長をしていくことこそが人生だ、
それが生きるということだ、など
そんなことを思われている方もいらっしゃいます。

それも人生だし、それもあると思います。
でも、視点を変えると、
向上や成長は、苦しみ・辛さの中だけで
得られるわけではないんですね。
楽しさの中でも成長はあるのです。

でもきっと、苦しみや辛さを乗り越えた時のほうが
成長を実感しやすいし、苦しみや辛さの中では
そう思わないと乗り切れないからかもしれませんね。

でね、そんな苦しみの中にあっても
自分の成長のためだ、とか
これからも乗り越えて自分の成長にしていきたい、とかで
苦しみの中に居続けて、意味を見出そうとされたり、ね。

それもあると思う。
苦しみに意味があるのかもしれない。

でもね、「ただそこに居合わせただけ」という
考え方もあると、わたしは思うのです。
「苦しみの中に、自分が成長しなければならない部分があるから」とか
「辛さの中に、自分のための何らしかの意味があるから」とかなど
【意味があるから苦しみや辛さに自分は居る】というのでなく、
事故に居合わせた、みたいな
「ただそこに居合わせただけ」という感じで。

思うのだけどね。
もし、今、苦しい・辛いのなら。
「自分は辛いんだ」と自分に言ってあげようよ〜。
「自分の成長に…」なんて言い訳、もう要らないと思う。
今まで頑張ってきて、今、自分は辛いのですから。
人生の意味なんてもうどうでもいいじゃん、
今の自分を可愛がってあげようよ〜、とわたしは思います。

いかなる状況に居合わせたとしても、
「ただそういう状況がある」だけで、
「自分がたまたまそこに居た」だけで、意味などなく。
だから、あなたが負わないといけない責任や罪、
成長の糧など、ないということもあると思う。

「ただ、そこに居合わせただけ」なの。

そして、そこから抜けたかったら、
いつでも抜けられるんですね。
そこに居る必要はないのです。
自分で選択出来る、ということを思い出して欲しいなぁ、と。

でね、

「なんだか自分は居てはいけない感じがする」という方が
時々いらっしゃるのですが、
「居てはいけない人」なんて一人もいないのね。
みんなここに居ていいし、ここに必要な人ばかりなのです。

そして、居場所なのですが、
「あ、ここ、自分の居場所かも…」と
うっすらでも感じたのなら、本当に、そこが
あなたの居場所かも、なのです。

それでね、

「自分の居場所かも…(想定)」から「自分の居場所。(断定)」にするには
自分が創っていくんだ、とわたしは思います。

「ここ、いいかも…」と思ったのなら、
そこで自分が居心地が良いように創っていくのね。
それは、
「ここに居ていいんだよ」と自分に許可を出すことだったり
「自分はここに居る」とコミットすることだったり
自分を表現しながら居場所を作ることだったり。
そしてそれは、時には、勇気がいる場合もあるのね。
ほとんどの場合、数秒間だけですから。勇気が要るの。
ええぃっと飛び出してみてください。
面白い楽しい世界があることと思います。

で、作ってる過程でやっぱり違った、とか、
居心地が良かったのに悪くなったら
「なんだ、やっぱり自分の居場所無いじゃん」と
思っちゃうのではなく
・そこと似た感覚の、もっと自分に合う場所が他にある
・次のステージに進む時期(引っ越しの時期)で、自分に合う場所が他にある
・自分で居心地良く作れていない
(自分の居心地の良さが本音で出ていない・ズレている)
などがあるのかもしれませんので、
自分をしっかりと感じてみてくださいね。

自分の居心地の良いように。
手足を伸ばしてみたり、自分の好きな感覚で包むように。

20160116.jpeg

今日は、トレイラーなどから感じたことの
ちょっと(かなりかしら?!)漠然とした表現だったのですが、

苦しみは、意味があるという見方だけでなく
「ただそこに居合わせた」という見方もあるのでは、ということ。
そして、そこから抜け出せること、
自分で選択できるということ。

ここに居てはいけない人などいなく、
ここに居る人(居ていい人・必要な人)であり、
自分の居場所は、自分で創っていくことでもあるのでは、ということを
お伝えしたかったのです。

すべての人に、居場所はあるのです〜

IHマスタークラス1とマチルダと

20160113.jpeg

IHマスタークラス1を受講してきました!
ひゃ〜、久しぶりにマチルダに会えて最高に幸せでした。
久しぶりなせいか、わたしが変わりすぎたせいか、
マチルダは最初、わたしが誰だか分からなかったそう。
「かなり変容したわね!ヘアースタイルも変わった?!」って。
髪型まで覚えててくれてたんかいな!とわたしはそっちに驚いたのですが。

そして、クラスのランチブレイクでマチルダとご一緒させてもらって、
イタリアでのIHコース開催に向けての話もしました。
ますます現実味を帯びてきた感じがして楽しく、嬉しかったです。
わたしね、NYでマチルダに会った時、
テキストをイタリア語に訳すことを持ちかけて、
コンセプツまでのテキストをイタリア語に訳しました。
でも、マチルダは最初あまり信じてなかったと昨日話してくれて。
というのも、わたしはテキストの電子ファイルを要求しなかったからだそう。
なので「きっと翻訳しないのだろうなぁ」と
マチルダは思っていたそうですが、
ある日、わたしが完成した物をメールで送ったものだから驚いた、と。

「あ、そうか。電子ファイルを要求すればよかったのか」と
今頃気づいたのですが(遅い!)
わたしとしては、マチルダがわたしが翻訳することを
任せてくれた(信じてくれた)ということが光栄で嬉しくて、
他のことは何も考えず、持っていた紙のテキストから、
同じ様な書式設定をし、テキスト(PDF)を作り上げたのでした。
驚いてくれて良かったな〜

さて、クラスの内容ですが。
メインのプロトコルは、
受けた放射線の影響の細胞の環境をクリアにするというものでした。
放射線というと、なんだか大きなことのような感じもするのですが、
飛行機に乗っても微小に被曝してるんですね。
日常的なことだと、スマホやパソコンにテレビ、レンジなど。
病院だと、CTスキャンやマンモグラフィー、癌の放射線治療など。
結構いろんなところで影響を受けているので、
その影響の細胞の環境をクリアにします。

放射線のシンボルを使うのですが、
シンボルが与える影響はここでも使えるのだなと感心。
他の聖幾何学模様やシンボルも何かに使えるかしら…と
想像してみたり。
そして、このプロトコルでは、
影響する感情もスキャンしたりして
肉体的(細胞)にも精神的にも調整できる
いつもながらの多次元的IHプロトコルだなぁと。

そして、調整として習ったのが「矛盾する信念体系の解除」。
チャクラに対応していて、声明文を実際に声に出して言ってもらうのですが
これはご自身で気付いてもらいやすいだろうなぁ、と。

他の内容は、
「パーソナルホログラムポイント」と「変容の手順」でした。

「パーソナルホログラムポイント」は、
日常生活においての自分専用の絆創膏みたいな感じと
マチルダは表現していましたが、ほんとそんな感じです。
チャクラや丹田、アラームポイントや
食事からのビタミン・ミネラル、色、音などなど
様々なことから合うものを選んで
日常でちょっとした時にそこからエネルギーを注入する、と。
テーラーメイド的でとても良い感じでした。

「変容の手順」は、目の動きとアファメーションを使うのですが
この手順をしている時は、聖なる空間に居る感じと
自分が守られているという感じもわたしはして、
とても心地良い時空間で癒しと変容があるなぁと。

他には「ネガティブ・エンティティ」への対応のお話でした。
この際に、コンセプツの時に習う「侵略エネルギー」の話も
合わせてしてくれたのですが、その比喩表現がおもしろかったです。
侵略エネルギーの中には、すぐに対応した方がいい場合と
後で対応(調整)した方がいい場合があるのですが、
後で対応した方がいい場合の存在を「ヒッチハイカー」と
マチルダは表現。あははは〜〜!これすごい良い表現!!

「ヒッチハイカー」の存在は、セッションそのものに影響はなく、
ただ、その時に居合わせているセッション内容が、
ヒッチハイカーにとって必要な内容なだけで、
調整に入るとこちら(わたし)もすっきりするし、
行くべきところへ行くのです。ただそれだけなのね。
(だから「ヒッチハイカー」なのです)

そして、存在に関してはクライアントさんに一々伝えない、とマチルダ。
わたしもお伝えしてません。
(身体が伝えろと言ってきたら、別なのですが)

こういうエンティティに慣れていないと
最初は驚いてしまうかもしれませんが、
セッションで上がってくることに関しては、
自分が対応できないことは、絶対に上がってきません。
上がった、ということは自分ができることなので、
落ち着いて対応すればいいだけのことなのです。

最近のわたしのセッションでは、
エイリアンなどが上がってくることがちょくちょくあります。
初めての時、一瞬ドキッとしたのですが
「自分が対応できないことは、上がってこない」ということを
思い出し、落ち着いてセッションを進めたら
なんともなかったです。


さて、話は戻り、受講中の実践でのことなのですが、
セッションを受ける側になりマッサージベッドで横になっていると、
皆の周りを回っているマチルダが機会をみて
みんなそれぞれの足にしばらく触ってくれるんですね。
これ、すごかったです。
マチルダは手を置いていてくれてるだけのような感じなのに
途中でビリリとして、その後スッキリしてました。
いや〜、さすがマチルダだなぁと。凄かったなー

でね。
ブログ(本でも)などを読んだりして
気になる人、好きな人、いいなと思った人には
会いに行ってみてくださいね、と
折に触れてお話しさせてもらっているのですが
今回、マチルダに久しぶりに会って、
改めて「会う」ことの良さを感じました。

「会う」こと、同じ時空間を共有するだけで、
一緒に居るだけで、自分が整ってくるんですね。
引っ張りあげてくれるような、
つるんと皮が剥けるような、そんな感じもわたしはあります。

ブログなど文字だけでは伝わりきらないことが
本人の存在に触れるだけ(時空間の共有)で、
伝わってきて、相手の波動と自分の波動が共鳴する感じ。
生で会う醍醐味だとわたしは思います。
なので、会いたい・気になる・好きな人には
是非とも会いに行ってみてください。

あと、もうひとつ。
時々ご相談(?)をいただくのですが、
マチルダからIHコースを受けるのはどうか、というお話。
(特に日本でIHコースを受講した後)

わたしは日本で雪乃さんから受講し
NYでマチルダから受講しました。

両方を受講してわたしが感じるのは
雪乃さんには「雪乃さんの良さ」があり、
マチルダには「マチルダの良さ」があり、
どっちとも味わえるのは最高だな、と。

わたしとしては、雪乃さんから受講したのであれば、
もし機会があるのなら(海外旅行したい・そのついでに…なども)
マチルダのクラス(モジュール1パスウェイ・2コンセプツ)も
是非触れてみて欲しいなと思います。
マチルダの存在から得られることは、ものすごい大きいです。
彼女のお話がためになるのはもちろんのこと、
ヒーリングとは何か、信頼するというのはどういうことか、
そもそもの核の部分を、言葉だけでなく
彼女の有り様からも教えてもらった感じが
わたしはありました。

マチルダからクラスを受けることは、
彼女のエネルギーを受けることでもあると感じているので
彼女の恩恵を得ることでもあるとわたしは感じています。
これは、大きかったな〜

アメリカのロサンゼルスのIHコースは、
日本人のいずみさんがオーガナイズなさっているし、
いつも日本人の方も多く受講されているそうです。

IH仲間でロス在住の友人がいるのですが、
お話しを聞いていると、ロスのIH仲間と楽しそうだし、
とてもエネルギーがいい感じが伝わってくるんですね。
なので、いきなり外国語を話す外国人ばかりのクラスは
気が引ける…などであれば
ロスだと行きやすいんじゃないかなぁと思います。
よかったら、是非行ってみてくださいね。

そのうちイタリアでもIHコースをする予定なので、
イタリアにも来ていただけたら嬉しいです〜。

マチルダの有り様、愛にたっぷり触れられますように。

「生きること」「自分を表現すること」「責任を取る」ということ

2016.01.11 23:50|思ったこと・気づいたこと
20160111.jpeg

前回の記事の続き、でもあるような
生きている、自分を表現する、についてです。

セッションでも時々
「自分を表現できていますか」
という質問をするのですが、
「自分を表現する」とは、
絵を描いたりとか、踊ったりとか、
芸術的「表現」に限らないんですね。

自分をそのまま
虚栄せず・無理せず・理想を演じず。
ありのままの自分を生きていること(出すこと)が
自分を表現していることでもあるかな、と、
わたしは思います。
そして、そうやってただ単に生きているということが
人の心に何かが届いたり、響いたりすることがあるのです。

話はちょっと変わるのですが、
この間お友達が貸してくれた書籍、
著者:如月マヤ、「魂の目的」を読んでいたのですが、
その中にわたしが同じように思っていたことが書かれてあり、
とても共感したので、その部分をご紹介させてくださいね。

自己責任という言葉には、何でもかんでも自分ですべてを背負って、
強く自立していかなければならないというイメージがありますので、
そのイメージに捉われて腰が引けてしまっている人は多いと思います。
けれど、次の例えで安心してください。

私はこういう魂の性質を持っている…。その魂の性質を、
こんな風に活かして生きたいと思う。そのことに私は一生懸命になろう…。
勇気が必要な時も、思い切って、ほんの少しだけ頑張ってみよう…。
自分にできないところは、それができる人に頼んでみよう。
(中略)
今日も一日、私が私で在りますように…。


正直に申し上げますと、
自分が望まないのであれば、
魂の性質を活かさなくてもいいかな、と
わたしは思っています。
その性質を持っているということ、
それを受け止めるのが大事で、
自分が生きたいように(活かしても・なくても)
すればいいと思っています。

ただ、持っている性質というのは、
活かしやすいんですね。
自分にとって表現がしやすい。
なので、自分を表現するのに
その点を活用するのはとてもやりやすいのです。

でね、わたしが思っていたのが、

自分そのまま・ありのままで生きることが
自分を表現していることでもあり、
自分への責任を取る、ということかな、と。

自分の生き様は、自分で決めるんですね。
誰かに言われたからする、など
「誰かに決めてもらおう」とするのは、
他人軸だと思います。
そして、責任転嫁もしてる場合があるかなぁ、と。
自分で自分の生き方に責任を取りたくない、
だから、人に決めてもらって、
後でなんかうまくいかなかったら、あの人のせいにしよう…
みたいな。

確かに、自分では自分のことがよく見えなかったり、
分からないこともありますが、
突き詰めたところ、
自分ほど、自分を知ってる人は、他にいません。
自分の中に「答え」がすべてあるのです。

人は、その人のフィルターを通して物事を見るので、
その人のフィルターを通した「わたし」は、
「その人のフィルターを通したわたし」であり、
もしかしたら、実際のわたしとはズレているのかもしれないのです。

人の意見は、あくまでも意見で、参考程度に。
そして、決定するのは自分です。
「あの人に言われたから」でなく、
「あの人に言われた。検討してみて、自分でそうしようと思った」
と、自分で決定しているんだ、ということ。
自分で自分を信頼し、決定していくんですね。

自分で自分を信頼することも
自分に責任を取れているか、ということかな、と。

あのね。

他の誰かが魔法の杖を持っていて、
自分(自分の人生)を変えてくれる…
というようなことは、ないと思うのね。

もし、魔法の杖があるとするならば、
それは、自分が持っているのだと思う。
で、自分で使っていかないといけない。
それは何も難しいことでなくて、
ありのままの自分/虚栄せず・無理せず・理想を演じず、を生きていくこと。
それは自分を表現していることでもあり、
そしてそれが、自分に責任を取るということだと思います。

さて。
今ね、マチルダが日本に来ています。
明日はIHコースのマスタークラス1を受講しに行ってきます!
大好きなマチルダに会える〜 ひゃっほー!!

みなさまもどうぞステキな一週間を☆

IHキネシオロジーの感想から。頑張りやさんと完璧主義と

20160109.jpeg

最近、同じような要因が上がってきたセッションがあり、
ちょうど感想をいただいたので、
今日は、その頂いた感想をご紹介させてくださいね。

昨日は本当にありがとうございました。
レポートもありがとうございました。

昨夜は何だか疲れてしまって早く休みました。
今朝の寝覚めは良かったです。
気持ちが昨日と変わったという感じはしなかっけど
今日は
お客様と意識せずにいつもよりコミュニケーションが取れたような気がします。

ともこさんからのレポートを読んでいて思いだして
3年前の心理学の卒業レポートを読み返してみたら
昨日のセッションでともこさんが言われたようなことを
自分でも感じてレポートに書いていた!
(決して忘れていた訳ではなかったけど)

小さいころから「いい子」で親の言う通りにしてきたこと
人から褒められたことを素直に受け止められないこと
「~しなければ」「~するべき」ということにとらわれていたこと
母からの影響が自分の潜在意識に残っていて自分の性格や行動に
影響を及ぼしていることなど。
何も考えずに一気にレポートを書き上げて
書いているうちに気持ちが整理されていき
これで前に進めると思っていたし、
その時は自分が変われたと思ったのだけれど・・・。
日々生活しているうちに、また気持ちが後戻りしていった。

明日は会社の勤務です。
これから、毎朝目標を声に出して言ってみます。
そして、これからは自分自身を信頼して
いやな私も失敗する私も、ぜーんぶひっくるめて
愛おしい!って思ってあげたい!!

なんだか嬉しくなってきた(^^♪
ともこさん、本当にありがとう


わたしのセッションを受けに来てくださる方は
頑張りやさんが多いのですが、
この方もそうで、かなりの頑張りやさんでした。
でもご本人はお気づきでいない、というか
周りに言われているのだけど、自分では認識できない。
完璧主義もお持ちで、向上心も高く、
常に精進、常に向上という気持ちを持ってらしたんですね。

完璧主義って、組み合わせによっては、エンドレスなとこがあるのです。
少しでも自分が思い描いていた「完璧」に近づくと、
「常に向上」な心が「もっと上を、もっと完璧を…」と
持って行くんですね。
で、「頑張りやさん」な部分が、
「もっと頑張れ、完璧へと辿り着けるよう頑張れ」と
自分に鞭を打つかのように、もっともっと頑張ってしまう。
でも、「完璧」は常に上へ上へと進んじゃうので、
いつまで経っても達成できないんですね。
なので「達成していない感」を感じてしまうこともあります。
そうなると「自分は頑張っていないんじゃないか」と、
自分では頑張っているとは認識できないのです。

セッションを受けてくださったこの方は、
ご自身で3年前にもお気づきでいらしたそうで、

>これで前に進めると思っていたし、
>その時は自分が変われたと思ったのだけれど・・・。
>日々生活しているうちに、また気持ちが後戻りしていった。


と感じられていたそうですが、
「後戻りした」と感じたとしても、でも、
「以前とまったく同じ」ではないとわたしは思っています。
少なくとも「自分で気づいた」ということがあるのですから。
気づきがありつつの戻っちゃった感かな、と思います。

でね、気づいていながらもなんか戻っちゃったなーと感じるのは
「自分は◯◯という点がある」と気づきながらも
「なぜそうなるのか」が調整されていないから、
ということも有りえるかと思います。

気づきだけで解放がある場合もあるのですが、
「なぜそうなるのか」を調整しないと
根本的な解決にならない場合もあり、
似たようなことを繰り返している…こともあるのです。

そして、今回のような
・頑張りやさん
・完璧主義
・自分はまだまだ
・達成していない感
などの場合、
自己価値や自分への信頼が低いことが関連していることもあります。

自己価値や自分への信頼が低かったり欠如していると
自分ができていないことへ意識が向いてしまうんですね。
自分がしていること、できていることが分からないこともあります。

自己価値・自己信頼の低さや欠如は、
幼い頃の育った環境などでのインナーチャイルドや
その他いろんなことが関連してくるので一概には言えないのですが、
でも、そもそものところ、
人は存在しているだけで価値があるんですね。

自分の存在価値;
ただ存在しているだけ、
ただ自分を表現している(生きている)だけで
価値があるということに気がついて欲しいなぁ、と。

自己価値は、ほんと基本中の基本かな、と感じます。
これがあれば、いろんなことも整ってきますので。
自分で自分を信頼し、自分そのものを認めてあげてくださいね。

生きている、自分を表現するということについては
また改めてお話ししたいと思っています〜

「目標」って?

2016.01.03 23:20|思ったこと・気づいたこと
20160103.jpeg

あけましておめでとうございます〜!

お正月をいかがお過ごしですか。
日本のお正月もすっかり変わったような感じがします。
わたしが小さい頃は、お店も三が日までお休みだったのに
最近はもう二日から開いているところが沢山ありますね。

ボブと一緒に出かけたのですが、
そこで彼は何やら思い出したらしく、
先月、天王寺(大阪の南あたり)を
ウロウロした時の話をしてくれました。
その中のひとつが特に面白かったです。

それは、ボブが行くとこ行くとこ、
同じ女性がそばに居ると、ふと気がついた時の話で
ものすごい偶然だな〜と思ってたら、
何度目かで会った時に、その女性に日本語で話しかけられ
「神戸へ一緒に…、ホテルを一緒に…」
と誘われたそう。

ボブの日本語の理解がまだ完全ではないので
どんな風に誘われたのかがいまいちはっきりしないのですが、
これは面白いなぁと。
で、ボブが返事したのは

「日本人がするように、手を顔の前で(左右に)振って
 『ダメデス!』って(日本語で)言ったんだ」

と。いや〜、ボブは面白い機会を逃したかも?!
彼はてっきりセックス目的のナンパだと思ったようですが、
わたしは、体だけが目的だと、
わざわざ神戸まで誘ってなかったのでは、と。
大阪、しかも天王寺界隈はホテルがあるだろうし。
「面白いチャンスを逃したかもよ〜〜」と
大笑いしながら話してたのですが。
人生、どこに楽しいチャンスが転がってるか分かりませんね。

…と、大笑いもあった外出以外は、
家で掃除とデスクワークのお正月を過ごしてました。
日本語でメールの返事をすることに関しては楽しいのですが、
英語とイタリア語となると、ちょっと億劫さを感じ、
忙しいとつい後回しにしてしまってたんですね。
これが溜まっちゃって、、
ああ、調整しないといけないな〜
(って、まだしてないのですが。どないやねん!)

あとね、イタリア語のIHサイトも作ってるところです。
(マチルダの許可をもらっています)
今年のやりたいことのひとつは、
イタリアでもIHを広めたいことと
ゆくゆくは、イタリアでのIHクラスの開催ができれば、と。

そういえば、日本では新年に目標を立てたりすることが
あったような記憶があるのですが、どうかな。
立てたりしましたか。

目標ってね、いろんな見方があると思うんだけど、
あなたにとって「目標」とは、なんですかね?

わたしがお会いした人の中で
「目標は貫徹です!」と言い切ってくださった方がいて
それはそれで、そのエネルギーがすごいなと思ったのですが。

わたしにとって目標とは「方向性」です。

目標を達成出来たらそれもいいのだけど、
大切なのは、その方向性とプロセスかな、と。
なので、目標は変えていいんですね。

人という生き物は、生物(なまもの)であり、
常に変化しています。
だから、思いが変わるのは自然なことなのです。
なので、目標は変えていい、ということ。

で、変えるだけでなく、
止めてもいい、ということ。

自分がしていて、なんか違うと思ったら、
止めてもいいと思うのね。

一度決めたら、絶対それを貫かなければならない、
というのは、ないから。

目標というのは、方向性であり、
そのプロセスが重要なのであって、
目標を達するがために
その道中であるプロセスがおろそかになるのは
本末転倒でもあるかな、と、わたしは感じています。

「プロセスがおろそかになる」とは、わたしにとっては:
・プロセスを楽しまない
  →目標達成することしか目に入っていない
  →手段を選ばなくなってしまう
   (自分を大切にしない、とか)
・自分を大切にしない
  →目標達成するがために、いろんなことを抑圧する
  →無理をする
  →したくないことまでする
  →疲労困憊になるまでしてしまう
といった感じです。

目標達成とは手段であり
そこへの過程が目的なのでは、とも
わたしは思います。

目標達成ってね、
達成してもまた次のが出てくるんだよね。
だから、ゴールじゃないんですよ。
次へのステップでもある。

だから、わたしは、
目標とは方向性であり、
「自分はどこへ進みたいのか」
「どんな状態で進んでいるのか」
ということが大切だと感じているのです。

目標は、進んでいる道中で変えていいんですよ〜
そのプロセスをどうぞ楽しんでくださいね。

新年がみなさまにとって
ステキな冒険と発見でありますように☆

リンゴの話

20151231.jpeg

2015年も大晦日となりました。
昨日、今年最後のセッションが終わり、
先程セッションレポートもお送りしたので、
今は、新年がやってくるなーという感じがしています。

今年も沢山の方に会えました。
みなさま、本当にありがとうございました。

去年から会いに来てくださっている方。
勇気を出してきてくださった方。
崖っぷち状態だった方。
ネットで検索して見つけてくださった方。
面白そうだときてくださった方。

ほんとみんなそれぞれで、
でも3時間ほどの冒険の旅(セッション)では
どんな状態であったとしても、
みんな勇者であったことは同じでした。

身体が目標設定で伝えてくることは、
できることしか伝えてこないんですね。
できないことは絶対に伝えてこない。
なので、目標をお伝えした最初のインパクトが
「ええーー、できるん?!」と
一瞬お思いになられるようなことであったとしても、
ご説明するとほぼ納得してくださって、
いつも「やっぱりみんなそれができるタイミングなんだな」と思うのです。

ここ最近のセッションで続いてあがっていた要因は
・自己否定
・自信のなさ
・自分を信頼できない
などがありました。
これらの問題の場合、欠乏感も持ち合わせていることが多く、
そうなると、自分が持っている資質や性質にも
気づけない・見れないんですね。
「私は○○がない」という
「欠けている」ことに意識が向いてしまっているので。

あのね。

話は変わるのですが、リンゴと言えば、
「赤いリンゴ」を思い浮かべる方が多いかなぁと
わたしは思うのだけど、
その実、青いリンゴや黄色いリンゴもあるんですね。
姫リンゴ(小さいリンゴ)もあるし
香りや形や味が違うリンゴがある。

ところが
「リンゴ=赤いリンゴ」とだけ認識していると、
青リンゴや黄リンゴは、リンゴと認識できない。

「わたしには、リンゴの資質がないわ…」

なんて思ってても、その実、
リンゴをちゃんと持っているんですよ。
ただ、それが、自分が認識している「赤リンゴ」とは違うだけ。
「青リンゴ」をちゃんと持っている。

そこに気づいて欲しいなぁと。

そして、それは「オリジナル・リンゴ」なんですね。
世界中、いや、宇宙の中を探しても
同じのを二つとして見つけられない
「あなたのオリジナル・リンゴ」なんですよ。

「あなたリンゴ」はどう逆立ちしたって「他のリンゴ」に成れない。
そして、
「あなたリンゴ」は、「あなたリンゴの資質」を持っていて、
表現の仕方や得意としていることが、
他のリンゴとは違ってるんですね。

だから、他の人と比べることはできないし、
比べる意味がないなぁとわたしは思います。

そして、
どれだけ他人に「あなたもリンゴ持ってるじゃん」と言われようが
自分でちゃんとそれを「リンゴだ」と認識して
受け入れないと、自分の中にしっくりこないんですね。

自分を信頼するのは、やっぱり「自分」なの。

どんな色であろうが、
どんな味であろうが、
虫に喰われて欠けていようが、
それは「あなただけのオリジナル」であって、
その色・味・形があって最高なんですね。

そこには「良い・悪い」「間違ってる」
「規格外」などは、ないんですよ。

すべてを認めて受け入れてあげて欲しいなぁと思います。

もし、自分だけじゃあどうしたらいいか分からない、とか
ニッチもサッチも行かなくなった…などの場合、
セラピストの手を借りるのもいいと思います。
その道のプロですから、ささっと道案内してくれるんじゃないかな。

ひとりで頑張るのもいいんだけどね、
身体が悲鳴をあげる前に、誰かに助けを求めたりしてね。
あなたのことを想ってくれてる人は絶対いるのですから。

あ。ブログを書いている間に2016年。
新しい年がやってきました。

今年は誰に会えるかな?!
楽しみにしています〜♪

新年も全ての人が祝福を感じられますように☆

今年もどうぞよろしくお願いします〜!
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますことを
楽しみにしています〜!

【ワークショップのお知らせ】
ブレてもまたバランスを
取り戻せばいい!
自分で自分を整えるコツをお伝えする
1Dayワークショップです。
詳しくはこちらをご参照ください

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

【メールフォーム】

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示

QRコード

QR

ページトップへ