運動と身体と美と健康と生きること

2015.09.23 04:13|経絡・身体
谷田先生のところで昨年受講した「経絡ストレッチ」。
受講後からずっと続けています。

このストレッチは、もちろん身体を使ってのストレッチだけど
「経絡を流すストレッチ」でね。
わたしに合ってたのかな、と思うのだけど、
するとスッキリするし、大好きで続けています。
(ご興味のある方は谷田先生ブログでチェックしてね)

スッキリする…だけでなく、面白いことが
暴食した後の脾・胃経のポーズは身体が伸びないの!
こんなことも感じさせてもらえ、
ほんと身体は素直だと実感させてもらってます。

で、日々続けていくうちにね、
ポーズを取るときに、身体の構造的からの
コツがあることに気がつきました。
身体のパーツの動き易い位置や
そのポーズの前に、ひと動きすれば、ポーズが取りやすくなる…とか。

もしかしたら、
セミナー中に先生にすでに教えて頂いてたのかもしれず
(すいません、覚えてなくて…)
しかも、わたしの身体の癖だけのコツかもしれないのだけど、

例えば、脾経のポーズ。
両腕は、心持ち曲げているように意識してポーズをとると
(*腕はピンと一直線にしない)
身体を支えやすくて、経絡の流れるイメージをしても
ブレずにポーズが取り易いとわたしは感じています。

腎経のポーズでは、
いきなりクルンとポーズをとるのではなく、
一旦、腰を上方に持ち上げ、両肩の位置をズズッと(片方ずつ)
自分の居心地の良い位置へと軽く動かし、
そこから、足をのばし、床に着いた足をククッと頭の方へ近づけて
かかとを床に着けるように引っ張って
肩から背部にかけてクルンと丸まるようにすると、
ポーズが取り易いと感じました。

…と、こんな感じで、いろいろコツを見つけたのですが。
でも「経絡」を流すストレッチなので、
こんなの必要無いといえば、必要無いのだけど、
わたしにとっては、ポーズが取りやすくなるし、
身体がのびるのも同時に気持ちが良いのでそうしています。

でね、経絡ストレッチで目覚めた
身体を動かすことの楽しさと良さ。
そして身体構造的な見方からの発見の楽しさ。
これが面白くてねぇぇ。
今まで運動にはあまり興味がなかったのだけど、
何か他にしてみようかしら…と思ったときに
たまたま見かけたプランク(Plank)とスクワット。
何気なく始めたのですが、これが!
続けたら、結果がありました。

まずはプランク。
椅子に座ってても疲れにくくなりました。
今期のイタリア滞在はデスクワークばかりだったので
椅子に座る時間が長かったのですが、
プランクを続けてたある日、ふと気がついたら
姿勢を保ったまま(背中が丸くならないまま)、
疲れてなかったの!

あと、見た目(肉体の外見)の効果としては
腹部、特にサイド部分に引き締まった感があり、
身体のメリハリがはっきりした感じです。
ああ、数値でビフォー・アフターを
お伝え出来ず、こんなあやふやな表現でごめんなさい。
わたし、プランクを始める前に
自分の身体のサイズを測ってなかったんですよ、、

そして、スクワット。
これも、ちゃんと続けると結果出ます!
太ももが引き締まった感じで、
お尻も重力に反する状態になってました。
(こちらもビフォーをとっておらず…)

でね、思った。

肉体って、本当に形が変わるものなんだって。
そして、愛でば愛でるほど、ちゃんと反応してくれます。
自分のボディラインが、こんな簡単なエクササイズで
変わるとは思わなかったな〜

あとね、つくづく実感したのが、
筋肉は身体を支えているんだな、ということ。

話はちょっと変わるんだけど、
以前、知人の50代の女性が体調を崩して以来、一日中、
ベッドで寝て過ごすような生活をされてらしてね。
体調が良くなってきて、ドクターから「動くように」と
言われても、つい、そのままベッドで寝て過ごしてたそう。
そしたら、ある日、座ることすら辛くて、
「座る練習」から始めることになったって!

これ聞いたとき「座る練習?!」と思ったのだけど、
なんでもドクターいわく

「横になりっぱなしの生活で、筋肉が弱りきっている状態。
 なので、座位状態を筋肉が支えられないだけでなく、
 座ると、内臓が重力に従って動いて(下がって)きて、
 それが身体に響いて辛いのでしょう」

…とのこと。なるほどな〜

で、筋肉は身体全体についてるんだけど、
その中でもわたしが凄いなと思うのが、腹部。

ちょっと骨格標本をお借りして
2015092202.jpeg

骨格標本を横から見ると良く分かるの思うだけど
(赤い丸でも囲みました)
ね?お腹の部分、骨もないでしょう?
筋肉が支えてくれてるんだなぁと
骨格標本見て、しみじみした。

で「腹筋」といっても、種類があって
大きく分けて4つに分けられます。
(また画像をお借りしてきました

2015092203.jpeg

1が身体の表面(一番上)にある筋肉で
1→2→3→4と身体の中に入ってゆき、
4が一番身体の内部にあります。

それぞれに動きがあってね、
4番は、背骨の方にまである筋肉なの。
これを見てると、腹筋って、
ほんとコルセットみたいだなと思います。
「自分専用・テーラーメイドなコルセット」
内臓を守ってくれて、身体も上下左右にと動かしてくれる。
鍛えれば、形も変わって、くびれが出たりするし。
人間の身体は、ほんと上手く出来ているなぁ、と。


…と、今回は特に腹筋についてお話ししたのですが、
筋肉は、ほんと鍛えれば応えてくれるなと思います。
逆に言うと、使わないとほんっと衰えてくるな、と。

友人に84歳の男性がいるのですが、
彼ね、若いときから運動を欠かさず、
今でも泳いだり、ジムに行ったりしていて、
坂道を自転車で立ちこぎするくらいなの。

だから、身体を動かすようにして
筋肉をちゃんと使えば、
いくつになっても、衰えたりせず
使っていけるのだと思う。

いつもは意識の話をしているのですが、
意識や魂は、容れ物である「身体」がなくては
ここ地球では存在できません。
(身体がない魂の存在が見える方がいらっしゃるかも、ですが!)

「身体があるからこそ生きていける」のだと思う。

意識も大切ですが、その容れ物である身体も同様に大切だ、と
エクササイズをするようになってから、ますます実感しています。
身体の手入れは、その持ち主であり使っている自分自身で
していかないといけないのだなぁ、と。
でね、愛でば愛でるほど、ちゃんと応えてくれるので、
ほんと面白いです。
身体のラインも、粘土細工みたいに変わってくれる感じです。

今の時期、涼しくなってきていると思うので
エクササイズもしやすくなってきているのでは、と思います。
みなさまも、どうぞお体を愛でてあげてくださいね。

IHプロトコル「世代的なプログラム解除」とわたしと

20150920.jpg

先日、朝からボブに
「これ買うの?!ぼくは嫌だよ、止めとけよ」
「これNYに持っていくの?!重いんだから止めとけよ」
という感じで「◯◯するの?止めておけ」というようなことを
一日中言われてたんですね。
特に買い物先では、ことごとく何度も。

なんか変だな、、、と。
しかも、わたしの中でなにかが引っかかってくる。
で、自分に「じゃあ、こう言われてどうなのよ?」と質問すると
「わからない」んですね。
ただモヤモヤするだけで、ボブに返事する気持ちも起きない。
だからと言って従順に言われたことに従うわけでもなく(!)。

これはおかしいな、と思いながら、ただボブに言われるまま
自分が何を感じているのか…。感じきってみたらね、
言葉にできたのが「抑圧されてる」と感じてる、でした。

これが精一杯で、とにかく変だ、としか言いようがなく、
落ち着いた時間がとれたときに自分にIHヒーリングしたら
身体から出てきた情報が女性性に関して、でした。
で、そこからは女性オンパレード!
・女性は損をする
・女は自由でない
・女は耐えなければならない
・女は自分がどんな状態であっても他を支える存在である
などなど。
あれ?まだこんなことあったんだ?!と思ったら
調整で選ばれたプロトコルは
「世代的に受け継がれたプログラムの解除」でした。

それぞれの家庭には、それぞれに受け継がれていくことがあり、
そこで得たことや家族が自分の中で模範となり、
大人になってからも、自分の価値観や物事の捉え方、信念、
生き方の基盤になっているとわたしは感じています。

IHのプロトコル「世代的に受け継がれたプログラムの解除」は
自分の中に受け継がれた、必要でないプログラムを解除していきます。

でね、自己ヒーリング中に
このプロトコルからのスキャンリストから選ばれた情報が

「あなたは自分で自分の世話を出来ない/世話しきれないので、
 その関係に居続ける必要があります」

でした。
これ読んだとき、なぜか分からないけど
底から湧いてくるように泣けてね。。。
そして、わたしの母方の女系家系ラインや
父方の伯母を思い出しました。
この辺の話は、わたしでなく家族の話が入ってきて
かなりプライベートな話にもなるので
省略させていただくのですが(あやふやでごめんね)
自分の中にストンと落ちてきた。

母方の女系は、みんなすっごい頑張ってきて苦労してた。
でも、大正や昭和の日本の田舎だと、
女性はみなそんな傾向なのでしょうね。
家のこと、大家族の目上の存在を常に優先させ、
自分のことは二の次、三の次。。。
自分が何を感じているのかもよく分からず、
ただただ動いて、家族を支えていく。

ああ、でも今はそんな時代じゃないのだろうなぁと。

男性も女性もみな、それぞれが自分を大切にし
犠牲になることなく、お互いの存在を認め、
協力し合い、支え合う。
そんな時代なのかな、と感じています。

わたしの中の女性性。
一段落した…と思っていたのですが、
「世代的に受け継がれたプログラムの解除」で
またポロンと出てきて、解放されました。

今日お話したことは、
昨日お話しした「『自分が今何を感じているのか』という感性が
わたしは弱かった」ということにも繋がっています。

小さいときから、母や祖母をみてきて、彼女たちと同じように
人に尽くすような行動を無意識的にしていました。
わたしにとっては、それが当たり前のことだったから。

当たり前のこと、なうえに、
『自分が今何を感じているのか』の感性が弱いため
「自分がしたいかしたくないか」さえも分からない(知らない)まま
感じないまま、ただ行動してたのね。
で、ますます分からないまま、、、と。

ですが、
今回の気づきと自己セッションで大きな一歩を踏めた感じがします。
でもね、問題が深い場合(いろんなことが絡んでいる場合)、
何度かのセッションが必要な場合もあり、
まだわたしの意識の解放が必要な部分がありそうかな…と感じています。
とりあえずは、統合期間で観察してみます。どうなるかな?!

さて、最後に。
今回出てきた「世代的に受け継がれたプログラムの解除」プロトコルで
感じたことがありました。

今回は、わたしの母方の女系家系でしたが、
わたしたちは肉体だけの存在ではなく、
いろんな多次元的に存在しているので、
今回の調整は「わたしの家族」に関係していることだけでなく、
日本的に受け継がれてきたこと、そして、
世界的にもどこかで受け継がれてきた女性に関する抑圧的なことへの
変化に触れたような感じでした。

セッションをさせていただく場合、
その方の意識が変化して、その方の人生が豊かになる、
というかんじですが、もっと深い意識で感じていくと、
ひとりの意識の変化だけでなく、
たくさんの意識の変化や解放にと繋がっている感じがあり、
今回、そのようなことをはっきりと実感させてもらえたようです。

人の意識と変化とヒーリング。
ほんと興味深くて、興味が尽きないです。

パートナー間の問題は、お互いに気づくことがあるという…パンチな体験

2015.09.20 04:20|思ったこと・気づいたこと
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結構前…でも先月かな?にパンチをくらったような
ハッとする気づきがありました。
それを思い出したので、そのお話…の前に。

いつもボブのほんの一面、しかも偏った面だけを(!)
ここでお話しているので、今日は本題に入る前に
ちょっと違う面をご紹介させてください。

ボブね、画を描いたりもするの。
2015091902.jpeg

2015091903.jpg
(薄暗い上に窓からの反射、ごめん〜)
そして、最新作はこちら。アップでドン。
2015091904.jpeg
こんな面もあってね、
怒りんぼだけじゃないです〜
(って、わたしがここでそんな話を何度かピックアップしてるのだけど!ひぃ〜)


さて、本題。

先月、ボブに「僕のipadどこ?」と聞かれて、
わたしはどこか知らないので、そう答えたのだけど。
その後、ボブから変な誘導質問みたいなのを受けるうち、
わたしが家の中をipad探しで動き回る…という状況になりました。
これは何か変やな〜と思ってね。
「最初から『どこそこ行って探して』と言ってくれたら
 わたしは探しに行ったので、ちゃんと言って欲しい」と伝えたの。

そしたら

「なんだよ、『言ってくれ』っての!
 自分から(わたし・ともこの方から)思い立って動いてよ!!
 僕はきみのためにいろんなことを沢山してる!」

ボブね、ほんとわたしのためにいろんなことしてくれてる。
で、たま〜に何かの折(今回みたいなの)に触れ、
上記のセリフが出てくるのね。
でね、『これはボブの問題だ』とずっと思ってたの。
ボブが「ぼくはこれだけのことをしてるのに、してもらえていない」
と被害者意識を持ってる、彼の問題だ、と。

で、今回もいつものように

「あなたがわたしのために沢山のことをしてくれてるのは知ってる。
 あなたにはほんと感謝してるわ。
 でも『ぼくはしているのだから』と見返りを要求してくるのは
 いかがなものかしら?
 そんなふうに言われるのは、沢山のことをしてもらっていても、
 嬉しくないよ。
 で、ごめん。わたしはあなたと違うから、なんでもかんでもしないわ〜」

…とこう返事したんだけどね、なんかモヤっとしてねぇぇ、、
掘り下げたの。

そしたら、はっとした。ガツンとパンチくらった感じした。。。
「あ、わたし、以前までなんでもかんでもしてたじゃん」って。

以前のわたしね、
無意識で、結構いろんなことをしてたの。
それも「わたしがあまりしたくないこと」までしてた!
相手(ボブ)のためであれば、喜びそうなことであれば、
自分で「したくない」と気づいていないまま、
顕在意識で感じないまましてました。

例えば、自分が疲れてても、ボブも疲れているのであれば
家のことや、彼の分の身の回りのこともする、とか、
彼に頼み事をされたら、自分が仕事中でも、
それを差し置いてでも、彼の頼み事をする、とか。

ただ、無意識で反射的に動いてました。
小さいころからずっとこんなふうなことをしてきたので
当たり前のことになっていて、気付けていなかった。

これは、自分の感性が鈍ってたから。
自分が今何を感じているのか、感じきれていなかったのね。
だから、自分軸でなく、
他人軸で(他人がどうなのか、で)動いてた。

わたしにとってこれは、
・育った環境(親の影響・親がそうしていた)
・人に喜んでもらいたい
・物分かりのよさ
・ポジティブ思考

などの影響がありました。

特にポジディブ思考。
これね、ほんっと内観を隔て、
自分が「今本当に感じていること」を感じにくくもさせ、
自分の闇を見えなくすると感じた。

あの。
はっきりさせておきたいのだけど、
「ポジティブ思考は、悪いことだ」と言ってるのじゃないのね。

ポジティブ思考には良い点もあって、人生がラクになるときもある。
わたしも助けてもらったし、成長もさせてもらった。
ただ「場合によっては、逆効果になるときがある」ということ。

というのもね、
なにがあってもポジティブにとらえ、
物事を自分が見たいように見ていくと、
自分の弱さを見ずにいられるのね(ああ、わたし、してましたから!)
そして、
なんかモヤモヤ…してても「ま、いっか」と流していると
自分がそのときに感じていることを
ちゃんと感じないまま、流してしまうのね。
結果、モヤモヤがどこかに残っててストレスになってる…と。

「自分が感じきれないほどのことだと、ストレスじゃないのでは?」
と思われるかもしれないけど、
ストレスになってるんですよ、これが!
ビックリするよ。身体はほんと正直だから。

とくに、小さいときから無意識で動いていた場合、
当たり前のことになっているので、なかなか気づけません。
だから、ストレスになってるのにもまったく気づかないのね。

わたしもそんなひとりでした。
ちっとも気づいてなかった。
でも、なんか変な歪みを感じてたのね。

ここ数ヶ月、無意識での行動に、やっと
ちょっとずつ気づけるようになってきたかなぁ、と。
で、以前にも増して、したくないことは、ますますしなくなりました。

ああ。今までボブの問題だ、と思ってたけれど。
ボブが「ぼくはこれだけのことをしてるのに、
してもらえていない」と被害者意識を持ってる、
だから、ボブの問題だと思っていたのだけど。

その実、わたしもこの問題に関係してましたから!!
そりゃー、以前までいろんなことをボブのためにしてたのに、
しなくなったのだから「してもらえていない」と思うだろう…

は、、ははは、、、わたしも関与してましたです、ハイ。

あの。ここでもはっきりしておきたいのだけど、
「わたしが悪い」とか「ボブが悪い」とか、そんなのは無いのね。

物事はただ起きているだけのこと。
そこに、各自の内面が投影され、問題が見えたりしているだけ。
で、そこが調整されると、問題もなくなるのね。

だから、誰が悪いとか、そんなのは、無いのです。

今回のことに関して、
ボブにとっては、ボブ自身気づくところがあり、
わたしにとっては、わたし自身気づくところがある。
ただそれだけのことです。

わたしにとっては、
わたしの「自分が今何を感じているか」という感じる力が弱く
やりたくないことすら、やりたくないとは自分で知らずにしていた、と…

ひゃーー!サイコ・ホラー映画みたい!!(ちょっと違うかしら?!)

ほんと、「自分が今何を感じているか」を感じるということは
大切だな、としみじみ思いました。
そしてポジティブ思考の落とし穴。
これは内観を隔て、自分の弱さも見なくなったりするし、ね。

そしてそして今日の本題。
「パートナー間の問題は、お互いが関与している」ということ。

「パートナー」と表現したのだけど、
これは、夫婦間や仕事のパートナーなどの間の問題だけでなく、
人と人の間に問題がある場合(問題を感じた場合)、
「相手の問題だ」と思ったとしても、
自分が問題を感じるのであれば、なんらしか自分も関与していると思う。

もちろん、問題の無いところに問題を無理やり創り出すのは
どうかと思うのだけど、自分の弱さやシャドウを見ないようにする…のも
いかかがものかなぁと。
(そうなったとしても、それもプロセス(過程)なのだろうけどね)

いやほんと。今回のことは、ガツンと気づかせてもらえました。
「自分が今何を感じているか」を感じるということ。
そして、ありのままの「自分」を見る、ということ。
恐怖や卑下や傲慢や美化などのフィルター・ごまかし無しで、
そのまんまの「自分」を見る。

よかったら、あなたもやってみてくださいね。
かーなーり面白いですよ。
人の意識はほんと興味深い。
そこらのサイコ・ホラー映画より面白いかも?!
いろんな発見があると思います。

食べ物と身体と二時的利益と満たされていないことと

2015.09.14 03:25|思ったこと・気づいたこと
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ボブと「男性もエストロゲンを分泌してる…」と話してたら
ふと自分の月経を思い出しました。

そういえば、7月のフランス滞在では毎日、
白砂糖が含まれている物や甘い物を食べてたけど
その後の月経はいつもどおり軽かった。
(PMSも痛みも何もなしで、さっと始まりさっと終わる)

で、8月。食べた物に関しては、
白砂糖が含まれている物はほとんど食べてなくて
いわゆる「身体に良い」と言われてるような食事を
していたのだけれども。
寝不足(ボブ術後だったので夜何度も起きてた)と
酷暑もあって身体の疲れを感じていたのですが、
そしたら、PMS的症状が少々有り(軽い頭痛など)、
月経が始まったら身体がだるかったのを覚えています。

で、思ったの。

食べ物の質は確かに重要ではあるのだろうけど、
どれだけ食生活を整えてても、
それだけではあまり意味はないんだなーと。
そして、食べ物を「どう食べるのか」が、
ものすごく身体に影響するんだな、としみじみした。

というのもね、7月のフランス、特に友人宅では
ほんと、かなりの白砂糖を口(くち)にするような日々でね。
こんなのを珍しく続けたのですが、月経はいつもどおり軽かった。

むかーしのわたしは、白砂糖系の甘い物を
こんなに食べてると、PMS有り(頭痛などオンパレード)
月経痛ありなどでひどかったです。

じゃあ、何が違ったのか。

フランスで食べてたときは、
みんなと笑いながら毎日最高に楽しかった。
もちろん甘い物も美味しかったのだけど、
「みんなと一緒」がほんと楽しく
甘い物はおまけ、みたいな状態だったのね。

で、むかーしのわたしは
「甘い物」が食べたいという意識。
食べ物の方に意識が向いてました。しかも
「食べたらいけない、身体に悪いんだろうな〜。
 でもちょっとならいいか…(で「ちょっと」でないときも多々!)」
と「身体に悪いんだろうな」という思いが
頭によぎりつつ、食べてたのね。

こんなん思いながら食べるのってどう思う??

人間の身体はほんと緻密で、
自己治癒力や解毒作用もある程度持ち合わせてる。
だから、食べ物に執着せず、罪悪感も持たず、
幸せな気分で食べて(もちろん適量摂取で)いると
身体に必要で無いものは排出されて、
必要な栄養成分は必要なところへ届くんじゃないかなぁと。

あとね、むかーしむかーしの
日本で激務中のわたしを思い返して気がついたのだけど、
「今日は頑張った〜(甘い物を自分へのご褒美に)」
「はぁぁ、、疲れたわ〜(甘い物で回復を)」
などと、甘い物で自分を釣って、
仕事を乗り越えてた部分もあったな、と。

これは「甘い物が食べられるから、仕事も頑張ります」
と、二次的利益(甘い物)を得るために、
激務すらポジティブにとらえて…というような状況に
はまっていることに気がついてなかった(なんてこったい!)。

これね、結構してる方が多いのではないかなと感じます。
で、なぜしてしまうのか。

「したくないこと(仕事)をしてる」
「一応したいことだけど、優先順位を間違っている」
「したいことだけど、力の使い方(方向)が間違っている」
「したいことだけど、やりすぎてる(楽しめる程度を超えている)」
「満たされていない」

この辺じゃないかな、と。
特に「満たされていない」というのは影響が大きいと思う。
食べ物は手に入れやすいし、特に、甘い物を食べていると
幸せホルモンとも呼ばれている「セロトニン」が
一時的に増加されて、幸せと思えたり落ち着いたりもする。
でもね、食べ物からの幸せ感は、一時的なんだよね、、、
でもでも、あの幸せな感覚を手っ取り早く味わいたいがために
また甘い物を…と依存的になってしまう。

満たされていないときにね、その根本的なとこを調整しないと
なにか他のことで埋めようとしちゃうのね。
それは食べ物(甘い物・アルコール)や
セックスやギャンブル、薬物とか、ね。いろいろある。
で、ひどくなっちゃうと、依存症になってしまう。
そうしないと、辛すぎて生きていけないときもあるから。
だから、依存症って、ある意味、生き延びるためでもあるなと思う。

でね、この「満たされていない」ということ。
人それぞれの要因があると思うのだけど、
そもそもの核の部分は、分離感と孤独感と恐怖だと
わたしは感じています。

母親から産まれて出てきてから始まった分離。
自分の身体を「自分」と認識し、
「自分」は「すべて」から切り離されているという感覚。
孤独感。恐怖。

ほんとは分離や孤独はなくて、恐怖も自分が作ってるんだけどね。。。
まずは、自分で自分を分離せず(自分のここが嫌い、とかなく)
丸ごとの自分「すべての自分」を認め、
愛してあげてくださいね。


話は変わるのですが、
「依存症」で思い出しました。
昨日、お友達に教えてもらった
ジョハン・ハリさんの「依存症」ー間違いだらけの常識
動画がとても興味深かったです。

ジョハンさんは、ご家族に薬物依存症の方がいらしたそうで、
だからこそ感じられた、核の部分からの
依存症の克服の捉え方を
提案してくれています。

彼の考え方には共感する部分が多く、
恐怖(依存症)を
別の恐怖(依存症から抜け出せないのなら、罰…他人との繋がりを切るなど)で
完全に克服することは難しいのでは?とわたしも思う。
こういう手段は、別の依存症へと移行しがちで、
根本的解決ではないんですよね。。

ジョハンさんの捉え方は、ほんとしっくりしました。
これは「依存症」だけでなく
いろんなことの根本的な事に繋がるんじゃないかな、
とわたしは感じました。
よかったら、一聴してみてくださいね。

白砂糖の話から依存症の話となり
自分でも思いつかなかった締めくくりと
なったのですが、このままアップします〜

すべての人に祝福を☆

怒りと「灰色の雲」と自分も加担していることと

2015.09.13 04:20|思ったこと・気づいたこと
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ボブね、瞬間沸騰・瞬間冷却な性格で
超激怒しても、即、落ち着きます。

でもね、この時にボブから発せられる波動が
わたしにとっては、たまらなくて。
もんのすごい大きな空気の波のような球が、
それも、ギザギザしてて突き刺さるような感じで
突然グワッと猛スピートでパンチしてきて
覆いかぶさってくる感じ。

こうなると、わたしは自分の状態を保てなくて、
乱れてしまい、整えるためにザワザワしたり
疲れたりしてしまうことも。

これねぇ、、わたしは自分が変なんだと思っててね。
「なんとかしなきゃ」とか思い、頑張ってたこともあるのだけど。

ある日、わたしのATIHのティーチャー・ヴァレンティーナの
言葉でものすごく救われた。
わたしはこのことについて彼女に話したことはなかったけど、
彼女も同じタイプ(?)の人だったみたいでね。
しかも、彼女の言葉が聞けた時、それはボブに対してだった!
話の流れから偶然出た彼女の言葉だったんだけど:

「あなた(ボブ)が怒るときのエネルギーといったらね、
 こっちにダメージを与えるほどなのだから。
 あなたはその怒りを放出して、即、スッキリしてるけどね、
 その放出されたエネルギーをくらった
 わたしたちはクラクラしてて、後が大変なのよ。
 だから、あなたは
 『きみ(ヴァレンティーナorわたし)に怒ったんじゃない』と
 言ったとしても、わたしたちにとっては、ダメージを受けてるの。
 ねえ?Tomoko?(そうでしょう?)」

これ聞いたとき、ほんと救われたな〜
しかも、わたしたちが敬愛するヴァレンティーナから、
ボブに直接言ってもらえたのだもの〜(なんてラッキーだったんだろう!!)

でもね、わたしの考えとしては
他人の状態がどうであれ、
受け止める自分の状態(の変化)は、
自分の問題と捉え、自分と向き合って対応するもの。
そして、感情(怒り)は溜めるものではなく、
その時々で表現したらいいじゃん、と思っているので
ボブが怒るのは妥当のことと思ってて、
ボブが怒ってるときはわたしは別の部屋に行く…など
そんなことしてました。

でね、「ボブが」怒る→「怒って余波がわたしに来る」と
ある意味「被害者意識」でいたのね。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

さて、話はちょっと変わるのですが。

昨日、フェイスブックを開いたら、
真っ先に表示された投稿の中に、
わたしも知っている方に対して
「かなり馬鹿」と表現された一文を見かけてね。
読んだときは「投稿者さんはそう思われてるんだ〜」と
特に何も思わなかったんだけど。

今朝目が覚めて、なぜかふと、この一文を思い出してね。
なーにーかーが、自分の中で引っかかるんですよ。
で、見つめたら、、、

あっ…!と思った。

「もしかしたら、『かなり馬鹿』と、わたしが言わせた部分があるのかも」

って思ったの。
わたしの意識も入っている『集合意識・集合無意識』が、
言葉を発した方に影響を与えたんじゃないかって。

わたしね、馬鹿呼ばわりされた方に対して、
『馬鹿』と思ったことはないのだけど、
この方の仕事内容がわたしと合ってなくて疑問を持ってた。
そして、お金の稼ぎ方にも、わたしが勝手に疑問を持ってたの。
でも、言葉に出して言ったことはなかった。
「わたしが勝手に疑問を持ってる」と思ってたから。

でもね、発した想い、というのは、目に見えなくても
エネルギーであり、波動であり、場(フィールド)を形成し、
存在するんだよね。。。
知人はこんなモヤモヤした集合意識/無意識を
「灰色の雲」と名付けて呼んでます。

灰色の雲は磁力みたいなのを発しててね、
似た波動を持つ人のところに行っちゃう(引き寄せられる)んだと思う。
で、その人はますますそんな行動(言動)をしちゃう、と。
だから、そんな行動をしちゃうのは、ある意味、
同じような意識を持った人も関わってるんじゃないかなぁ、と。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

で、ここで、話は「ボブの怒り」に戻るのですが。

ボブの瞬間沸騰な激怒もね、
彼が自分から湧いてくる怒りで、
他人の「怒りの灰色の雲」も呼び寄せ、
ある意味、他人の分も怒ってるんじゃないかなぁ、と。
で、それにはきっと、過去のわたしの分も含まれてるんじゃないかしら、と。

わたしね、むかーし、怒りはネガティブな感情だと捉えてて
(*今は、感情にはネガティブも、ポジティブも無いと捉えています。
  その時感じたことを表現している、ただそれだけのこと、と捉えてます)
「怒る」ことはダメなこと、だと思ってたの。
だから滅多なことでは怒りを表現できなかった。

そんなことしてたからね、
今ボブが激怒を表現してくれてるのも
わたしが怒れなかった分も怒ってくれてるのかも…と捉えて、
ボブが激怒中に発してるエネルギー球を観察してみたら。
(ちょうど今日、怒ってたんですよ〜)
なんかね、今まで突き刺さってきてたのが
マイルドになってて、そんなにダメージを受けなかった。
で、なんか気もラクな感じ。
「わたしの分も怒ってる〜・笑」って感じで、ね。

でね、思ったの。

「ボブが怒って」わたしにその余波がきて、
ある意味わたしは「被害者的」だと思ってたけど、違ってた。
ボブの怒りは「わたしの過去で表現できてなかった怒り」であるかもしれず、
わたしも怒りに加担してるんだな〜

…と、こんなこと思ってました。

あの、誤解のないようにちょっと注意書をしたいのですが、
基本的には《他人の感情は他人の責任で、他人の問題》であると捉えてます。
例えば、わたしがボブを怒らせようとして彼が怒ったのなら、わたしの問題ですが、
わたしの意図がない場合、ボブが怒っているのは、ボブの問題です。
で、今回は
「ボブが怒っていることに対して、対応しきれていなかったわたしの状態」
に関してであり、
「ボブの怒り」にわたしは責任を取ろうとしてるのではないです〜。


なんかね、スッキリしました〜
今までボブに「どんだけ怒るねん!」と思ったことあったし、
正直うんざりしたこともある。
ほんとしょっちゅう怒る人だから。
でも、今回の気づきのためだったとはな〜

「かなり馬鹿」と書いてくださった方、
かつ、馬鹿呼ばりされた方にも感謝しています。
わたしとは合わない仕事内容&お金の稼ぎ方をしてくれて!

ほんと、わたしにとっては大きな気づきを与えてもらえました。

長くなったのですが(いつものこと?!)
最後に、わたしの好きな言葉をご紹介して終わりますね。

Wherever I go, I meet myself. -unknown-
「どこへ行こうとも、わたしは「自分自身」と出会う。−出所不明−」

ほんと、そんな感じがする。
どこに行っても、人は「自分の内側」を見せてくれる鏡で
自分と会ってる感じがわたしはしています。

「すべては完璧」に触れさせてもらえたこと

2015.09.07 03:33|思ったこと・気づいたこと
20150906.jpeg

「すべては完璧」という言葉がありますが、
先日、まさしくそのような、
不思議なパズルのかけらを触ったような
何とも言えないような体感をしました。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「フラワーオブライフ」で知られている
ドランヴァロ・メルキゼデク氏が創り上げた
「Awakening the Illuminated Heart」
(アウェイクイング・ザ・イルミネイティッド・ハート)という
ワークショップがあります(略してATIHと呼ばれています)。

わたしね、この間の記事で
「IHと出会って人生変わった」と書いたのだけど、
もうひとつ、今のわたしに多大なる影響を与えてくれたのが
このATIHのワークショップだったの。

ドランヴァロの長年の集大成ともいえるATIH。
教えてもらったことが興味深かったのはもちろんのこと、
受講時での参加型の内容では
孤独感や分離感を大きく覆してもらい
どこから来たのか、というようなことなど
ほんと根っこの部分から整えてもらえました。

でね、わたしにとってはあまりにも良かったので
このワークショップをシェアできるような立場、
ファシリテーター(ティーチャー)になりたいと思うときが
今まで何度かあったのね。
でも、わたしのティーチャーであるヴァレンティーナが
ほんと素晴らしくて、あそこまでジャッジでない判断と
深くて大きな愛をもってATIHを開催出来るのか?と
自問すると、やっぱりまだやな〜と。それで、
「ファシリテーターなりたい熱」は下がっていたのですが。

それが、今年に入って、その熱が続いててね。
ファシリテーターになるには、まず、
ATIHを2回受講していなければならないのですが、
わたしはヴァレンティーナから一度だけの受講。
もう一度彼女から再受講したかったのですが、
今はヴァレンティーナはATIHをお休みしています。

どうしようかなぁと思っていたら、
セドナ在住でATIHファシリテーターのお友達が
「11月に京都でATIH開催予定」と偶然知ったの!!

11月だとわたしは大阪に居るし受講出来る〜!と
将来的にはファシリテーターになるとコミットメントし、
京都開催の詳細を楽しみに待ってました。

…で、時間が経つにつれてね。

少しずつ、違和感を感じ始めてきた。
あれ?なんだろう??なんかわたし逃げてる…?
という感じがしてきてね。

ずーーーっと見つめてきたら。分かった。

やっぱ逃げてましたわ〜〜

わたしね、ATIHの内容の良さはもちろんのことで
ファシリテーターになりたいと思ってたのだけど、
もうひとつ理由があった。
ATIHだと、一度に複数の人に会って時空を共有出来るのね。
そこに良さを見出してた。

というのも、IH(インテグレート・ヒーリング)だと、一対一。

わたしね「人」が大好きで、
一対一も好きなのだけど、複数の人と同時に時空を共有し、
いろんなことをシェアできるのがとても楽しくて幸せだった。

でもね、まさしくここで逃げてました。

「一対一」ということは、
自分と向き合うということでも(わたしにとっては)あってね。
それも「ひとつのこととじっくり向き合う」ということ。

わたしね「ま、いっか」が多いのと
気分転換が結構早いので、気になることがあっても
あんまり執着しないのですが、これが、ときには、
自分の闇をちゃんと見ないことになるのです。
(自分の闇は見づらいというのもあるしねぇぇ)
しかも性格的に大雑把。
ざっくりとしか自分を見てない部分があったなーと
気づきました。

いや、ざっくりとしか「見たくなかった」のかも。
恐怖があった、と気がついた。

でも、今は「ちゃんと見たい」から。
ステップアップの時期だろうなー
とことん自分を見る、と腹をくくり、
コミットメントして。真正面から自分を見据えました。

でね、気づかせてもらえたのがね、
「複数の人と楽しくて幸せ」は居心地が良くて、それもいいのだけど、
時には、コンフォートゾーンにどっぷり浸かり過ぎてて、幸せで
魂が本当にしたいことが見えないときがある(ズレてるときがある)と。
今のわたしにとっては、ATIHではなく、
一対一でガッツリと(?)なIHがしたいんだなーと気がついた。

すると「ATIHファシリテーターなりたい熱」が
すーっと引き、違和感もさっぱり消えました。

そしたらね。

先日、サイトをチェックしたら
ATIH京都開催は無くなってました!!!
なんでも主催者さんの都合によって、だそうですが。

これ知ったとき、なんかゾクッとして
ああ、これが「すべては完璧」ということなのだ、と。

実際のわたしの行動としては、何もしておらず、
ただ、偶然に得た情報(ATIH京都開催予定)から
「ATIHファシリテーターなる」とコミットメントしただけ。

そこからパンパンパンッと
いろんなことが浮き上がってきて、気づきがあり、
すべてが整ったら。
ATIH京都開催は、なかったことに…。

ほんと、宇宙の計らいというか、すべては完璧だなぁ、と。

今回のことは、自分の中が整理されただけでなく、
セッションの感覚も変わりました。
「自分と、とことん向き合う」としたことで、
セッションで見ていくことも、深くなった感じがします。

「内に向けてしていることは、外へ向けてもしていること」。
このことをものすごく感じさせてもらえました。

10月には講座受講もあるし、
11月からの日本でのセッションのご予約も頂いているし。
ものすごくタイミングがいいです。
自分をますます整えて、みんなに会えそう!
ああ、これも「すべては完璧」なんだとしみじみしています。


さて、長くなったのですが、
今回のことで、思い出したことがあるので、
よかったら、もうちょっとお付き合いくださいね
(ああ、シェアしたい病かしら?!)

もう随分前の話なのだけど、知人がね、
旅行するということで、最後の一席の航空券を購入したの。
「空席はひとつだけだったの!ラッキー!!」と
喜んでいたのですが、その後、行けなくなって
キャンセルしました。
「何だったんだろう。最後の一席をやっと手にしたってのに」
と知人は言ってたんだけど、わたしがそのとき思ったのが
知人があのとき購入したおかげで、
世界のどこかであの航空券が一番必要だった人のとこに
渡ったんじゃないかなぁ、と。

えっと、別な言い方をするとね、
神さまが、知人にチケットを預けていた、ということかな、と。
世界のどこかに、そのチケットを必要とする人がいるのだけど
まだ気がつくタイミングでない。
なので、時が熟すまで、知人に預けていた、、と。

知人は、神さまから「すべては完璧」のこの時の
行動する人チームに選ばれてたんだろうなぁと思った。

あ、知人だけでなく、
わたしたちすべてが「すべては完璧」に
なんらかの形で組み込まれていて、日々生活しているのですが。
気づいていようがいまいが、ね。

生きていくって、やっぱり面白いなぁとつくづく思います。

人それぞれに役割があって、
瞬間瞬間に精一杯生きてきて、
時には「何だったんだろう」と
思うときもあるかもしれないけど、
その実、世界のどこかでは、完璧なことであり、
あなたが「何だったんだろう」と
疑問に思いながらしたようなことが
わたしにとっては「最高のギフト」である
こともあるんだなぁ、と。

今回のATIH京都開催のお話は
形にはならなかったけど、
わたしにとっては、
気づきと調整と恩恵をもたらしてくれた
最高のギフトでした。

どんなことが起こったとしても
それらは「すべては完璧」を感じさせてもらえたお話でした。

《追記》
先日、11月からの日本(主に大阪)での
IHセッションのご案内記事をアップしました。
さっそくご予約を頂いていて、
お得な日も出てきましたので、
随時更新でアップしていきますね(こちら
もし良かったらご覧くださいませ。
お会い出来ますことを楽しみにしています☆

IHとヒーリングに関して思うことと《IHセッションのご予約案内》と

2015090301.jpeg

わたしにとってIntegrated Healing(IH)
(インテグレート・ヒーリング)は、
シンプル、かつ、最強なツールです。

今まで身につけてきたこと全てが活かせることが出来て、
(身につけたことが一切無駄にならず、
 IHセッションの中に組み込ませることができ、
 クライアントさんにとって最適なことが選ばれて
 施述出来る)
優しくて、とてもしっくりきています。

自分に対してのIHセッションに関しては
(セルフだけでなく、していただいたセッションも含め)
自分で自分をがんじがらめにしていた
様々な信念体系を手放せたし、
バランスが崩れてたのを整えてもらったり、
気づきを与えてもらったり、
新しい見方を教えてもらったり。
ラクにしてもらった〜
IHと出会えて人生変わりました。
毎日ほんと楽しいです。

でね、そんなIHなのだけど『治療』じゃないのね。
以前「ともこさん、わたしは◯◯があるのだけど
IHで治してもらえるかな」というご質問を
時々頂いていたのだけど、
IHは『治療していく』んじゃないのね。
そういう症状を持たらした根本のところに
働きかけていくのです。

どんなのか、というと(わたしの場合ですが)
今回のセッションのテーマとなったこと
(気になること・症状など)を持たらした
根本のところ、そして、
それが関連しているところをみてゆき、
そして、クライアントさんはこれから
「どうされたいのか(目標設定)」を
身体からも聴き出して、設定し、調整していきます。

例えばね。
「仕事に行くのがツラい」でセッションとなった場合。
ここからこの日のテーマを身体に聞いて選びだし、
それに関する情報を集めていきます。
情報は人によって違ってくるのだけど、例えば:

・人間関係が上手くいっていない
(人と深く繋がることができない、人を信用していないなど)
・自己表現ができていない
(思っていることが言えない、感情表現ができていないなど)
・他人に同調しすぎてしまう
・責任感が強すぎる
・きちんとしなければいけない、などの◯◯すべしが強すぎる
・他にしたいことがあるのにしていない/出来ていない
などなど

こんな感じで必要となる情報を集め、
目標設定をし、
調整をしていきます。

でね、わたし(IHプラクティショナー/施術者)が
クライアントさんの状態を整える…というより、
わたしは、クライアントさんの身体が伝えてくることを
聴き、指示に従っている…というような状態で、
いわゆる「癒し」は、
クライアントさんご自身がなさっていると感じています。
わたしたちプラクティショナーは、ただ、
クライアントさんの中にある本質を引き出してるだけ。
IHは、ほんとそれを強く感じさせてくれて、
毎回のセッションで、クライアントさんの素晴らしさ
美しさを見せてもらっています。
ほんとにね、みんな大きな大きな輝きと力をお持ちです。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

ヒーリングってね、
「不調があるから」という動機だけでなくてね、
「調子良いし、もっと楽しいことしてみたい」とか
そんな感じでも広まったらいいのに、と思う。

というのもね「ヒーリングは祝福だな」と感じるから。

一般的には、ヒーリング=癒し、ということで、
疲れてるとか、ツラいとか、バランスが崩れてるから
ヒーリングする…という感じで使われてる感じがするのだけど、
同時に、わたしは祝福を与えてくれることでもあると思うのね。

うーん、なんて言ったらいいだろう…

ヒーリングは、生活の中の音楽、アートな物、
アルコール的な存在に例えられるかな、と思う。

極端な言い方をすると、
それらは、無くても生き延びていけると思うのね。
(中には生きていけない方もいらっしゃると思うけど!)

でもね、あったら、生活が全然違う。
自分としての存在に影響を与えてくれる。
活力を与えてくれ、
生活に潤いを与えてくれて
楽しいときは、ますます楽しさをも与えてくれる。

ヒーリングは、そんな存在でもあると思う。

だからね、
音楽アルバムを買う、とか
展覧会を見に行く、とか
ビール(ワイン)を買う、とか
そんな気軽さで楽しさを得るという感じでも
ヒーリングをセルフでしたり、
受けられてみてくださいね。

きっとサプライズが待っていることと思います。

さて、わたしの日本でのIHセッションのご案内は以下となります。
ご興味の無い方は飛ばしてくださいね。

どうぞこれからもヒーリングを楽しんでくださいまし〜〜!



= = = = = = = = = 

《セッションをご希望くださっている方へ》

わたしのセッションをご希望くださって、ありがとうございます〜!

10月は、のりこさんのキネシ上級講座の受講のため
10月15日からNYへ行き、
帰ってくるのが10月末で、
その後、11月初日に日本へ行きます。
日本に着いたら、ネット環境が整うのが
いつになるか分からず…
(もしかしたら即繋がるのかもしれないのですが!)

なので、お問い合わせやご予約メールは、
10月11日(日)までにお送りいただけると嬉しいです。
これ以降も受け付けておりますが、
お返事や対応が遅くなることをご了承くださいませね。
(NY滞在中は、講座に集中したいものですから。ごめんね。
 そして、10月末以降のお問い合わせのお返事は、
 すごく遅れる可能性大、ということも合わせてご了承ください!)

= = = = = = = = = 

セッションは11月 7日(土)から賜わります。
下記をご参考に、ご希望の日を第三希望までお書きの上、
tomoko.it.IH@gmail.com
までお送りください。
お会い出来ますことを楽しみにしております〜〜!

《セッションに関して》
セッションに要する時間は、2時間半〜3時間
ときには、3時間半くらいかかるときも。
なので、お時間には余裕を持ってご予約頂けると嬉しいです。

セッションは、レンタルサロンを借りてしております。
もし、マッサージテーブルをお持ちの方で
お部屋をお借りできるのなら、私がそちらへ出向くこともできます。
その際は、交通費、
そして、もし電車での移動時間が往復一時間半を超える場合は
移動代として1.000円頂戴いたしますことをご了承ください。

セッション料金は、12.000円(+レンタルサロン代金)
セッションレポート付き
です。

以下が11月のレンタルサロン空き日のご案内です。
ご参考になさってください☆

************************
レンタル代金:2.000円
(シェア:ご希望者がいれば、ですが、午前か午後で/1.000円)

最寄り駅は、地下鉄四つ橋線:肥後橋駅、他(大阪市立科学館のすぐ近く)
・11月 8日(日)
・11月 9日(月)
・11月11日(水)
・11月13日(金)
*11月15日(日)朝9時から:レンタル1000円
・11月16日(月)
・11月17日(火)
・11月18日(水)
・11月19日(木)
・11月20日(金)
・11月24日(火)
・11月25日(水)
・11月26日(木)
・11月27日(金)
・11月29日(日)
・11月30日(月)


レンタル代金:平日3.000円。土日祝5.000円
最寄り駅は、地下鉄御堂筋線:中津駅
11月は、毎週火曜日と
27(金)・28(土)・29(日)
上記以外、すべての日において空いているようです。
ですが、確認してみないと分からないので、
ご希望の日を第三まであげて私までメールをお送りくださいませ。


レンタル代金:3.300円
最寄り駅は、JR学研都市線:放出(はなてん)駅
上記日付に関係なく、
あなたのご希望の日を第三くらいまで書いて私へメールをお送りください☆
その後、レンタルルームへ空き状況を確認いたしますので。

************************

以上です。


ご予約・ご質問・お問い合わせなどお気軽に
左側のメールフォームか
tomoko.it.IH@gmail.com
までお送りくださいね。

あなたにお会いできることを楽しみにしています~♪

ピザ屋で「寿司食おう」と誘うようなことと、自分の受け取り方と

2015.09.01 03:49|思ったこと・気づいたこと
20150831.jpg

昨日は満月でしたね。
バスルームから満月が見え、
寝る前にも「おやすみ〜」と堪能し、朝起きたら。
キッチンから青い空に朝の満月が見えてました。
(上の写真です)
ひゃー!夜の間、ずっとうちの真上に
居てくれてたのかと思ったら、
ものすごい幸福感でいっぱいに。
幸せやな〜

さて。おかげさまでボブも元気です。
なんかまだ波があるんだけど、、、そのうちかな?
でも、元気でほぼいつも通りの生活です。
この間は、友人たちがお見舞いに来てくれてね。
わたしが初めて会う方もいらっしゃいました。

その方は、わたしたちがクリヤヨガを伝授してもらった、と
話の流れで知った途端、いろんなことをお話くださってね。
話は興味深くなりながら、アナンダ・コミュニティーの話へ
と移り、そこで古い友人が
「あそこのやつらって、ヨガナンダの話ばっかりだぜ」と。

アナンダ・コミュニティーは、
パラマハンサ・ヨガナンダの直弟子、
スワミ・クリヤナンダによって創立されたのですが、
わたしの記憶では、ヨガナンダの話だけでなく、
特に日曜ご講話では、
バガヴァッド・ギーター(ヒンドゥー教の聖典のひとつ)や
聖書やブッダの話、インドに伝わる民話や
それこそ日常生活からのエピソード話などもあり
多種多様でした。

彼とは同じ時期にコミュニティーに行ってたのに
記憶が違うのは面白いなと話を聞いてたのですが
そのうち

「でさ、あいつら(コミュニティー住人&ゲスト)に
 ヨガナンダ以外のこと、例えばオーロビンドとか
 クリシュナムルティのこととか持ちかけても
 興味持たないんだぜ!」と。

これ聞いたとき、興味深いこと言うなーと
思ったわたしは思わず

「それって、ピッツェリア(ピザ専門店)に
 自分から入っておきながら、そこの店の人や客に
 『寿司はどうだい?寿司食おうぜ』って誘うのと似てない?!
 みんなピザが食べたくて来てるのに、
 そこで『寿司食おう』と誘っても、
 みんながノッて来ないのはしょうがないんじゃないかなー」

と言ったのですが、、、
例えが変だったのか、失笑を買いました。。
そこから、別の友人の話も入り、
数人の友人の意見が一致したのが

「いろんなとこに行ってみたけど、
 どこに行っても、結局、
 いつも彼らが同じことばかり言ってるのが
 嫌になって、やめちゃうの」

これ聞いたとき、
パターンになっちゃってるんじゃないかなぁ、
と思った。

人の話ってね、
聞く側によって違ってくる。

ひとりの人の話を
100人が聞いたら、
それぞれが掴んだ内容は違ってくる。
人それぞれ、感銘を受ける部分や
気づきを得られる部分は違うから。

だから「彼らが同じことばかり言ってる」と
感じながら聞いている自分に、なんらしか気づくことが
あるんじゃないかなぁと思ったの。
それは例えば:

・内容に抵抗がある
・薄々感ずいている図星をつかれていて痛すぎて聞けない
・少し聞いただけで「知ってることだ」と達観してしまう

などなど。
特に達観は、耳も心も塞がっちゃうからね、、

自己啓発とかスピリチュアリティとか
結局はみんな同じ方向を向いた内容のことを
話しているけど、表現はみなが同じではないのね。

なので、得られること、気づくことは、
違ってきます。

そして、

ひとつのことを、
何度も何度も同じ言葉で繰り返し
「言葉のシャワー」として浴びて
自分の中に落とし入れる、という方法もあるし、

ひとつのことを、
沢山の様々な違う表現方法(いろんな所から)を聞いて
やっと自分の中に入ってくる、という方法もある。

知識は自分の中に落とし込んで
智慧になると思う。
自分に落とし込まないまま、
「知識」のままでいくと、
収集(コレクション)になってしまうんじゃないかなぁと。

でも、それも良いと思う。
人それぞれのプロセス(過程)があるし、
人によっての役目があるとわたしは思う。

知識収集(コレクション)でもいいじゃんと思う。
もし、自分が知識収集で居心地が悪い、とか
飽きてきたのなら、
智慧への変換への行動を取ればいいだけ。

話はちょっと変わるのですが、
Facebookでお友達が時々、
心屋仁之助さんのブログ記事をシェアしてくれます。

そこで以前見かけたのだけど、
心屋さんね、身直にいる人を「神」と例えていらしてね、
いろんなことを見せてくれる、気づかせてくれる存在だ、と
(わたしはそう解釈したのですが)
表現なさっていて、言い得て妙だなぁと思った。

なので、別に自己啓発やスピリチュアリティなど
そういうとこから気づきや学びを得ようとしないでも
家族や同僚、普段いく店やカフェで会う人など
話をしないでも、その人たちから自分が感じることから
いろんなことを気づき・学ぶことができます。
身直な人は、ほんっと神。

わたしにとって、
今回、一緒にお話ができた友人たちのように、ね。

友人の中には遠方からわざわざ
「ボブへのお見舞いに」と来てくれた方も
いらしたのですが、わたしにとっては
いろんな気づきも与えてくれた
祝福な時でした。

そんなこんなで8月も最終日。
いよいよ9月でわくわくしますーー!

あなたもどうぞステキな9月を☆
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

*Facebookしています。
アカウントはこちらで、
お友達申請ウエルカムです〜。

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

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