十数年以上経って、突然分かったこと

2015.01.28 21:50|思ったこと・気づいたこと
昨日のそもそものお話です。

あのね、パラマハンサ・ヨガナンダをご存知ですか。
ヨガナンダは、西洋にヨガと瞑想をもたらしたことで有名で、
書籍では 『あるヨギの自叙伝』 というタイトルで彼の生涯が綴られていて
世界中の沢山の言葉に訳されて出版されています。

でね、イタリアの真ん中あたり、アッシジ方面に、
パラマハンサ・ヨガナンダの直弟子:スワミ・クリヤナンダが
設立したコミュニティーセンター 『Ananda(アナンダ)』 があります。

このコミュニティーセンターに初めて行ったのが
十数年以上前なのですが、そのときに
スワミジのご講話で何度か繰り返し聞いた話があるのね。

そのお話は、こんなのでした。

*****************************

それは、まだヨガナンダが存命中で
スワミジがお仕えなさっていたときのこと。

ヨガナンダは、数人のお弟子さんたちに
当時のコミュニティーセンター内に
スイミングプールを作るように言いました。

お弟子さんたちは、毎日丁寧に土を掘り、
枠組みを固め、やっとプールができて
「マスター!おっしゃるとおりにプールができました」
とお見せしたそうです。

すると、しばらくしたら、同じお弟子さんたちに
「では、あちらの方にスイミングプールを作り直してください」
とおっしゃったそう。

お弟子さんたちは
「せっかく作ったのに!やっと出来たのに!
 また作り直すとはどういうことか」
と思いつつ、また作り直したそう。

そしたら、ヨガナンダはまたまた同じように
「では、あちらの方にスイミングプールを作り直してください」
と言いました。。。

*****************************

このとき、スワミジは
「なぜマスターは作り直すようにと言ったのでしょうねぇ」 と
疑問系で話されました。
はっきりとしたことは言わないのね。
『なぜでしょうねぇ』 とだけ。

ねえねえ、今ここを読んでくださってるあなたは、なぜだと思う?
なぜ、ヨガナンダは、作ったばかりのスイミングプールを
また新たに別の場所に作り直すようにと言ったのか。

もしよかったら、わたしの思いを読む前に、
ちょっと考えていただけませんか。
なんか発見があるかも?!

つづきは下に、、、
 

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狂おしいほどの嫉妬

2015.01.27 21:19|思ったこと・気づいたこと
今日ね、わたしにとってえらい昔の疑問がやっと繋がって
「うわー、これは凄いわ、鳥肌もの!」と自己解決に感動してたんだけど、(また今度シェアするね)
そのまま掘り下げてワークしてたら、なんかどんどん展開していって、、、

気がついたら、狂おしいほどの嫉妬が出てきた。

もうね、胸が苦しくて、居たたまれなかった。

なにがどう展開したのかもう覚えていないけど、
『わたしの大好きで憧れてる人が、
 わたしの大好きで憧れてるセラピストの施術を受けて喜んでいる』
ということからだった。

嫉妬の矛先は、セラピストの才能へ。
なぜあんな施術ができるのだろうか、とか。
なぜわたしはあんな施術の才能を授からないのだろう、とか。

いつもだと、そもそも嫉妬は感じず、
こんな思いも出てこず、サラッと
「んじゃあ、わたしはわたしの出来ることをのばしていくー」と
気の切り替えができていたのだけど、
今日に限っては、狂おしいほどの嫉妬。
ああ、これがジェラシーなのか、と。
こんなん味わったことないよ!!

そして、とことん向き合ったら、出てきたのが
『愛されたい感』。

ええーー、もうビックリ。
だって、わたし、自分のこと大好きだもの。
・・・あ、まだ愛してない部分・愛せる部分があるってことか。
もっともっと深く愛せるってことだったり。

わたしにとって『愛されたい』という思いは、
自分で自分のすべてを充分愛していないから、出てくると思ってます。
そこを勘違いして、外側、つまり、他人に愛してもらおうとすると
執着になって、恐怖がでてきてしまうことがあると思う。

例えば、
・この人がいなくなったら、私はもう愛されないのではないか
・また孤独になるのか
・私は愛される存在でないのか
・私は愛に値する存在でないのか

そんな思いがぐるぐるして、外側(他人)からの愛で埋めようとしてしまう。
でも結局は 『他人から』 だから、自分が思うようには愛が埋まらないのね。

自分で自分を愛してあげないと。

・・・ということで。
わたしも、もっと隅々まで自分を愛するようにするわ。

なんかね、今日のことね。
IHセッション中のクライアントさんのことを思い出したの。
時々言われるのが
「私、もう○○は手放したと思ってたんですけど、、、
 まだ残ってるんですか?!ショックー」
という感じで、もうすでに手放した/解決したと思ってらした。
その実、ほんとにクライアントさんの言うとおり、もう手放してたのね。
ただ、もっともっと手放せるということ。
次のステージに向けて、もっともっといける、ということ。

なので、ショックじゃないんですよ~
新しいステップを踏み出したのです。

なんか嫉妬で掘り下げてたら、もう一個でてきたのが、
むかーしに、ものすごく憧れて大好きだった人がいたけど、
始まりもしなかった恋だったので、終わりもしなかった恋が
終焉を迎えた感じを、ほぼ確実に体感できました。

いや、前々から終わったな、って思ってたのだけど。
なんかね、始まってないものを終わらせることはできないもんで
なーんーか細いのが残ってた感じがしてたの。
一時は「呪縛か、、」とまで思ったことがあったほどのことだったから。
あははは!

ああ、スッキリ。

どうもここ最近恥さらしっぽい記事が続いてるのですが(!)
こんなジェラシーを感じたことがなかったので記念に。

みなさまも、どうぞ自分で自分に愛を

ジャッジする(裁く)とは、どういうことなのか

2015.01.22 20:58|思ったこと・気づいたこと
陰陽五行的にみると、『裁く』 という要素は金に属するそうです。
あー、わたし、、、。

すべての人は、五行のすべての要素を持ち合わせているのだけど、
わたしは、その中でも、金の要素がちょっと強いのね。

以前から 『裁く(ジャッジ)』 を持ってるのは自覚してました。
自分でワークし、かなり外れたのだけど、
まだどうしても持っていたジャッジメントが、
『キリスト教会の教え』 に対してでした。

「なんか違うよ!そんなことをジーザスは伝えたかったんじゃないって!」
みたいな、怒りにも似た感情が沸々と出てくることがあったんですよー。

いや、わたしは、キリストの教えで育ったわけじゃないんですよ。

わたしが育った環境は、仏教・浄土真宗で、両祖父母宅も仏教。
しかも、高校・短大・勤め先(同じ短大の研究室にいました)揃って
仏教校という学校なものですから、思春期の頃から
朝礼に始まり、仏教の行事が年中目白押しな
バリバリの仏教の環境に身を置いていたのですが
なーぜーか、イエス・キリストの教えには敏感に反応してしまうのです。

教会で教えていることは、
教会関係者にとって都合よく曲げられている感じがして
イエス・キリストが本当に伝えたかったこととは違う感じが
わたしはしていてね、「違うのよ!」 と。
「もっと本質をみて欲しい!ジーザスが言いたいのはそこじゃない!」 と。
そこから教会に対して、バッサバサと裁くことをしてしまい。。
ああ、わたしゃ金の要素が強いですからねぇ。
むかーしは、大岡越前なみに裁いてましたよ。。。

でね、この 『裁く(ジャッジする)』 ということ。
スコーンと抜けたの。バーソロミューの本を読んでたら。


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いやーー、裁きに関してのくだりは、
めっちゃわたしに刺さってきましたよ、ほんまに。

『わたしが裁いてた剣』 で
『わたしが裁いた分だけ刺して』 もらえました。
ありがたい。スッキリしてもらった。

『裁き』 は、相手(人・物・こと)を批判していることだ、と
本当の意味で、やっと身体で分からせてもらえました。

『バーソロミュー』 から
わたしを刺してくれた部分を引用しまーす。
(太字になっている部分は、著書も太字でした)

**************************************

『バーソロミュー』 P.172-P.174

自分の心のどこかで他人を批判するものは、自分自身をも批判しているのです。そして、この点こそが-他人を批判することで他人に優越感を感じる必要を持つ、そういうあなたの部分こそが、あなたがしっかり吟味すべきところなのです。
 人を批判するたびに、自分がしていることを理解してください。そういうとき、あなたは他人の上に立って、その分少しでも高くなろうとしているのです。「高い」というのは、この場合、世間の基準ではなく、自分にそう思えるということです。批判するとか裁くというのは、人間が持つ性質のなかでも、人とのあいだに最も対立を起こさせるものです。なぜなら、裁く心は何としてでも、自分の方がすぐれていると証明しようとするからです。けれども、ここであなたがしようとしていることは、本当は、自分が相手と対等だと感じたいということにすぎません。自分が本当に相手よりすぐれていると知っているなら、その人は慈悲の心を持つはずです。そういう人は、人を裁くことによっては何事も癒されない、ということを知っているからです。

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 裁きの心は、どんなときにも、誰をも何事をも、癒しません。裁きの心は人を殺します。自分のまわりの人々をあれこれ批判する人は、自分自身に対する批判の心を、見えないところにおし隠そうと必死になっている自分に気づく必要があります。人の心理構造のなかには、自分の内面を見つめたくない部分があって、代わりに外界に目を向けるよう仕向けるのです。人を裁く人は、慈悲の心を持ちません。この二つは共存できないのです。慈悲の心を持つ人は、人を裁くことができません。その人は、自分の前にいる人が今、それ以外のどんな行動もとることができないということを、慈悲の心で理解しているからです。さらに、あなたの意識のなかには、他人の目から見ると、間違っていると判断できる部分が必ずあるので、あなたは自分のやり方を他人に強制することもできません。

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 人を裁くというのは、なぜそんなに重要な問題なのでしょうか。それとエネルギーとどんな関係があるのでしょうか。人を裁く心が裁く人を殺すのは、それがその人の肉体のなかに閉じこめてしまうからです。人を裁いているときに、人はその行為を自分の意識のなかや肉体のなかに感じることができます。ハートのセンターに、重石がのっているような気がすることがあります。裁きは、別の表現をすれば、愛の欠如です。そして、この愛の欠如はその人のエネルギーを奪い、その人を自分自身のなかに閉じ込めます。
 エネルギーには拡張と収縮の二つの動きがあって、外側へ出ていくか、内側に破裂するかのどちらかです。人を裁くことによってエネルギーが内側で破裂しているときには、その人は自分自身のなかに、すべてのパワーを閉じこめてしまっています。もしこのパワーを解き放つことができていたら、その人の問題が何であれ、その本質を知り、理解する助けになったはずです。けれども、自分自身のなかで他人に対する批判にしがみつき、エネルギーが自分のなかを自由に流れるのを妨げているために、自分の問題の本質を理解することが不可能なのです。

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(引用終わり)

**************************************

あー、わたしのことだった。

『裁き』 =批判だ、ってほんと分からせてもらえた。

わたしね、『裁く』 ということが一体なんなのか、
なにをしていたのか、ちゃんと分かっていなかったのだと思う。

そして、『裁く』 ことで、自分が優越感に浸りたかったんだろうね。
「わたしは正しい」 とか
「わたしは真実・本当のことを知っている」 みたいな思いで。
でもそれも、その実、相対的で、
『わたしにとっては正しい・真実』 かもしれないけど
『あなたにとっては正しくない・真実ではない』 かもしれない。

じゃあ、何なの?と。
わたし、何してたんだろうと思った。

でね、気がついた。
『優越感に浸りたい』 ということは、『劣等感がある』 ということだ、と。
わたし、劣等感を持ってたんだ、、、とやっと気づかせてもらった。

そして、『慈悲の心』 とはなんなのか、も、
ほんと、ハラで分からせてもらえた。
(>自分の前にいる人が今、それ以外のどんな行動もとることができないということを、慈悲の心で理解しているからです。)

・・・と、こんなことを
前回の記事で書いた
Aさんとのお話で思い出したのです。

Aさんがカトリック教会の教えを語っても
どんなに強く絶対的な口調になったとしても
わたしの心は穏やかでした。

ほんと、裁きは対立しか生み出さないことなんだなぁと感じた。

相手の違う意見・こと・物・人をひっくるめて、認めること。
そこから何かがうまれて、
そして、この地球は完璧なのだとわたしは思う。

救世主が現れて、救ってくれる・・・かな

2015.01.21 20:35|思ったこと・気づいたこと
最近、世界で起こっている出来事に関して、
カトリック教会の教えを信じている方(Aさん)と
お話しすることがあってね、その時に

「もう一度イエス・キリストが地球に生まれ、
 すべてから救ってもらわないといけないな!」

と、Aさん、はっきりと強く言われました。

『救ってもらう』 という言葉と、
『イエス・キリスト』 ということが興味深く、
あれこれお話ししました。

『イエス・キリスト』 という存在は、とても相対的な存在だと思うのね。
キリスト教徒にとっては絶対的な存在だけど、
他宗教信者、特に、唯一神の宗教をストイックに信じている方にとっては、
イエス・キリストは唯の人間のひとり。
なので、どこまで影響を与えることができるのだろうか、と。
地球の 『すべて』 を、すべての人を、イエス・キリストは救えるのかなぁと。

そんなことを話していたら、Aさんは

「新約聖書には 『救世主はまた現れる』 と書いてあるんだ。
 だから、現れるはず。
 新約聖書は間違わないのだから」

と、言われました。
Aさんね、幼少の頃からカトリック教会の教えで育ったそうなので
Aさんにとっては、それが真実なのだと思う。
わたしにとっても 「『それがAさんの真実』 という真実」なのね。

それでね、わたしが思うとこなのだけど。

『救世主はまた現れる』 というのは、
自分の中の、神聖なる部分を目覚めさせ、
自分で自分を救う、ということだと思うの。

そう、『救世主』 とは、自分のことだと思う。

だってね、考えてみたら、
もし、誰かが現れて、他人が「救世主降臨!」としたとしても、
自分が 『救世主』 と思わないと、自分にとっては救世主ではないもの。

だから、地球上のすべての人にとっての
『救世主』 というただひとりの人間としての存在は、
どれだけ待ってても現れないんじゃないかなぁと思う。

それと、『救われる』 ということも、
ただボーっと何もしないで 『誰かに助けてもらう』 という
完全他力本願では、エネルギーは動いておらず、
なにも動きが無いんじゃないかな、と。

そもそも、なにを 『救われる』 としているのか、
それは本当に 『救われている』 状態なのか、
すべてにおいて、真に 『救われている』 状態なのか。

そのへんを自分なりにはっきりとさせ、
自分も行動していくことでエネルギーが動き、
周りも動いているのだと思う。

**************************************

・・・というのが、わたしの考えでした。

ま、なんでもいっか。

カトリック教会の信者さんは、
新約聖書にあるような救世主を待つのもいいし、
わたしみたいな考え方をする人は、そうしたらいいし。

きっと、それでバランスが取れているんだろうなーと
ふと、思いました。

大切なのは、外から得た情報にただ流されるのではなく、
自分に取り込み、腑に落ちるような、ハラで解釈する感覚を
(マインドやハートだけでなく、お腹で・身体で納得してる感覚)
得るのが重要なのかな、と。

あとね、
今回のAさんとの対話で思い出したことがありました。
わたしにとっては、あれは大きなことだったので、
次回書きます~。

潤いのある生活のおすすめ

2015.01.19 22:11|思ったこと・気づいたこと
昨日は、布を買いに大阪は梅田の阪急三番街へ行く用時があったので
寄ってきましたよ、大好きなお店フェニックス フラワー (Phoenix Flower)!

お花や植物を買う予定がなくても、通りかかると絶対寄ってしまうお店。
みなさまも通りかかったら、是非、店内に入ってみてください。
あのお店は、花の品揃えと色がツボを突くだけでなく、
鉢植えの植物が秀逸なの!
特に、お店の奥の角に置かれている(*昨日の時点)寄せ植え。
シンプルな器に、バランスの取れた植物が数種植えられていて、
土の隙間にはちゃんと苔が入れられてるのね。もう最高にステキ。
もし、わたしが日本にずっと住んでいるのなら、
あの寄せ植えのひとつは買ってたと思う。
わたしにとっては、見てるだけで、生活に潤いが出てきます。

でね、思ったの。
昔のわたしは、疲れたりしたら食べ物で補う傾向があったなーと。

みなさまは、いかがですか?
美味しそうなケーキや、良い香りを漂わせるお食事に
バーンとお金使ったりしてる?
日本だとあちこちに美味しい店があるし、てっとり早いしね。
しかも、テレビとかしょっちゅう食べ物特集組んでるし。

それも良いとほんと思う。食べてるとき幸せだし。

でね、そこにね、
ちょっとお花や植物などを入れてみるのもお勧めします☆

食べ物って、食べると消えちゃうけど、
お花や植物は、長く一緒に居てくれて、
見るたび、嗅ぐたび(お花で匂いがあるもの)に
幸せを分けてくれるのね。

みなさま、日常的に、お花を部屋に飾ったりしていますか?
していなかった方、一度試してみて~
お花との生活は、どんな感じがするか、感じてみてください。

これは、体験して、実際に身体と心で感じてみないと分からないと思う。

わたしにとっては、すごい潤いをもたらしてくれるのね。
植物、特にお花と一緒の空間での生活は
すごいエネルギーを分けてもらえて、かつ、
視覚から脳へと入ってくる情報が、
言葉では上手く表現できないのだけど
なんかすごい感じがするのね。
なにかを思い出させてくれるような。
私にとってなのだけど。
そして、癒しももたらしてくれます。

男性だと、「花はあまりにもフェミニンな感じがして・・・」という方も
おられるかもしれませんが。

こんな場合、お花を選んでください!!

確かにスイートピーとかは甘々で、男だったら苦手だろう、とわたしも思うよ。

最近の花屋での、わたしの男性へのおすすめは
グロリオサです。(こんな花です、クリックしてね)

わたしも大好きな花で、
グロリオサだと男性でもOKと思うのだけど、どうかな。
これ一本で試してみるのもよし、
ここに緑の葉っぱ系を店員さんに聞いて
(「なんか葉っぱ入れてください」と)
小さな束にして飾るのも、なお良しだと思う。

お花屋の店員さんも慣れていらっしゃるので、
「葉っぱ」とか言っても通じるんですよ!

お花屋さんの店頭には、小さな花束も手ごろな値段が売られているので
ほんと気軽にお花屋さんのちらりと覗いてみてください。

お住まいが自然の中、というシチュエーションだと
道の脇に咲いているお花をちょっと摘んで(このときにお花に挨拶してね☆)
おうちに連れて帰る、というのも良いですね。

最初っから 「花瓶を用意しないと・・・」とか
そんなこと考えないで、空いてるビンやボトルを使って、
ぽーんとテーブルの上に置いてみてください。
そこからきっと、なにか展開していくと思うので。

是非是非、お花との生活を試して、感じてみてくださいね☆

他人のアドバイスは、単にその人の意見で、メッセージかも

2015.01.12 21:20|思ったこと・気づいたこと
IH仲間とネットでやりとりしてた続きのことなんだけどね。

私、そのときに、自分のエゴからの声だとして
相手にちょっと言っちゃったの。
でも、それは、自分の視点からの見方であり、
自分の経験からきてることで、自分に当てはまることだ、と
気がついた。

『わたしに当てはまる』 のであって、
『あなたに当てはまる』 とは、限らないのね。

そして、気がついた。

『他人のアドバイスって、
 ただ単に、その人の意見であり、メッセージなだけ』 なのかも、と。

AさんとBさんとCさんが、わたしにアドバイスをくれたとしても
それは単に
・Aさんの意見
・Bさんの意見
・Cさんの意見
なだけで、わたしにとって当てはまるとは限らないなぁ、と。

なので、
Aさん/Bさん/Cさんから何か言われたとしても、
自分なりに考えて、当てはまらないと感じたら、
さっぱり捨てたらいい。
もしくは、欲しいと思ったとこだけ、もらって、後はサヨナラ。
それも、『もらう部分』 を、自分なりに解釈して、
『自分仕様』 に変換させて、吸収する。
言われたままの形で吸収しないようにする。

変にいちいち 「誰それさんが言ってたから、、、」 とか
「わたしにブロックがあるのかしら、、、」 とか
考えるのはしないほうがいいなぁと。

Aさんが言ってきたこと、というのは、
Aさんのフィルターが入ってて、
Aさんが経験したことに基づいています。

なので、もし、Aさんが経験したことと、
わたしが経験したことで、重なる部分があれば、
Aさんが話す内容に、
わたしも当てはまる可能性があるかもしれないけれど、
わたしが当てはまらない可能性もあり、で。
そうなったら、わたしとは関係の無いことになる。

しかも、Aさん目線なので、
Aさんが 「ともこの問題はこれだ」 と言ったとしても、
それは、Aさんにとって問題に見えるだけであって、
わたしにとっては、問題でないかもしれない。

もし、Bさんが 「ともこにとっては○○が良いわよ」 と言ったとしても、
それは、Bさんにとって、その状況下で○○が良いだけであって、
わたしにとっては、○○が合わないかもしれない。

もし、Cさんが 「ともこは◇◇しなさいよ」 と言ったとしても、
それは、Cさんにとって、過去に◇◇をしたら良かっただけで、
わたしにとっては、何の役も立たないかもしれない。

そう、他人がわたしに言うことは、
ただの意見であり、メッセージなだけで、
私に当てはまるとは限らないんだなぁ、と。
私にとっては関係が無いのかもしれない、、と気がつきました。

自分を信じて、自分で選択していく。

Yちゃん、余計なこと言っちゃってごめんね。
そして、ありがとう☆
気づかせてもらえることができました。

他人は、自分じゃ見えないような視点を与えてくれるけど、
結局は、自分の魂が感じていることを自分で選択していくんだな、と
しみじみ気づかせてもらえた経験でした。

あえて枠にはまって、そして、観察すること

2015.01.11 20:29|谷田先生講座
年末から年が明けて日々が経ち。
やっと落ち着いた感、、、というか、
頭の中にあることが出てきて
やっとスペースが空いてきたような感じがしています。

なんかね、年末から凄かったの。
私の内面の棚卸し総決算、みたいな感じだった。

いろんなものがおろされ、入れ替わり、整理されているような。
次から次へと、ものすごい数の気づき。
回転が速くて、気づいた瞬間「はい、次、行きまーす」ってな具合で、
気づいた瞬間から手放して、次に進む、という具合。覚えてられないのよ。。。

そんなお年始なある日。
なんかモヤモヤしててね、
「なんだろう、自己肯定感が低いのか?」とか思ったんだけど
それも完全にはスッキリせず。
なんだろう、なんだろう、、、と探ってたら、
ふと、「枠にはめてみよう!」と思い立った。

普段、「枠は外しましょう」とか「ルールは外しましょう」
「自由になりましょう」とか「創造は果てしなく」とか聞くけど、
あえて枠にはめてみたのね。

『私は、ここまでしかできません』 と自分を枠にはめてみた。

そしたらね、しばらくしたらスッキリしたの。
それで、ああ、そうか!と思った。
わたし、自分のことを過信してたんだ、と。

・まだまだできる
・もっとできるはず
など、自己過信的な思いがありました。

これしんどいんだよねぇ。
わたし、過去の行動に関しては、その時その時に
自分が出来る限りのことをしてきたと分かっているので、
『もっとできたはず』的な過去に対しての思い・後悔とかは無いのだけど
先の未来的なことに関しては、「もっとできるだろう」とか
自分を追い込んじゃってたよ。

いやー、うぬぼれもいいとこだな、と。
ほんとに『まだまだできるのか、わたし?』と自問しちゃったよ。

************************************
でね、『枠にはめる』ということでね。
谷田先生の陰陽五行講座のことを思い出したの。

わたし、人生がラクになったって書いたでしょ?
あれね、枠にはめたからだって気がついた。

人は五行のすべての要素を持ち合わせているけど、
ときに、あるひとつの要素が突出してることがあるのね。
私の場合は、『金』の要素だった。

そこで、「わたしは『金』の要素が強いから」と
『金の要素という枠』に自分をはめたのね。

だから、次のような

・湿気が大大大の苦手で、日本の夏は苦しい
・湿気が苦手なので、日本人なのに温泉が苦手
・頑固な気がある
・うっかり裁く気が出てしまうと、大岡越前な勢いになってしまう
・老けてみられる(冷静沈着なせいか?)
・痩せてきて、筋肉質っぽくなってきてる

・・・と、こんな、どうでもいいけど、
なんか気になってたことが気にならなくなった。
しょうがないかーって。金なのだから、と。

最近、特にちょっと気になりだしてたのが痩せてきてること。
体調はすっごい良いし、生理もちゃんと定期的にあるし、で、
脂肪が落ちてるだけなので、まったく心配してないんだけどね。
ただ、鍛えていないのに、筋肉質になりつつあるんですよ。
どうやらこれは金っぽいらしい。

しかもね、金の要素として、
・天食 (自然界のエネルギー)
・人食 (人と関わることで得ているエネルギー)
・地食 (物質化した食べ物)
をあげると、天食(自然界のエネルギー)を
取り入れやすいんだって。

これを教わったとき、すっごいラクになった。
胸のつかえが取れ「ああ、そうなのか!」って。

わたしね、うちから最寄り駅までお気に入りの場所があって、
そこは、通りに面した植え込みなんだけど、大きな木が何本かと、
その根元には綺麗な凛とした花が咲いててね、
細長い緑の葉っぱも、わさわさ植えられてるの。

そこが大好きでね。
そして、そこに隣接して、小さな小さな公園もある。
大きな木が何本かあって、落葉樹と常緑樹が植えられてて
秋には落葉樹がそれはとても美しい色を見せてくれてね。
今は冬だけど、常緑樹もあるし大好きなの。

駅までの道のりで、そんなお気に入りの場所を通り、
大きな木や凛とした花を見て、繋がっては、幸せ~になって、
エネルギーをもらってたのは、薄々感じてた。

で、それが、『天食』だったとはねぇ。
なんかね、これを知れて、ほんと救われた。

筋肉質になってきてることで、
元から強かった自分の中の男性性が強くなってるんじゃないか、、、とか
ほんとは気になってたのに、考えないようにしてたみたい。

去年からの私のテーマのひとつが女性性でね、
マインドは元から男性思考だとは分かってたので、
なんとか内面も外面も女性性アップ、、、とかしてきてたんだけど。

もういいか、と、手放せた。

だって、わたし、金だもの。
筋肉質でもしょうがない。
柔らかい女子でなくてもいいかーって。

そして、ここで、気がついた。

わたしは、わたしの理想女性像(柔らかい)を描き、
そこに自分を持っていこうとしてたのね。

それだと、自分じゃないのね。
『自分の理想』に当てはめただけ。

頑張ったけど、
自分の本質じゃないから無理だったんだ、と気がついた。
じゃあ、どうなんだ、と、言うと。

自分が持ってる素質から、自分が思う女性性を表現するということ。
これが女性性アップのために自分がすることなんだなぁ、と。

理想像を追いかけるのではなく、
足りないと思っているとこを補うのではなく、
自分が持っていることの中から、表現していくこと。

これにやっと気がつきました。

************************************

わたし、今まではどちらかというと、
枠が無いことが好きで、外してきてたんだけど、
今回、あえて『枠にはまってみる』ということで、
落ち着くこともある、と気づかせてもらえました。

大切なのは、
枠にはまって、そして、観察すること、なのかなぁと。

枠にはまって窮屈だったり、居心地が悪かったら、合ってないから外す。
枠にはまって居心地が良いのなら、そのままでも良いんじゃない、と。

最終的には、枠にはまってもOK、はまってなくてもOK、
そんな状態にたどりつけたらいいなーと思う。

だってね、
ほんとに自分の中で解決していることなら、
たとえ枠にはめたとしても、外したとしても、
痛くも痒くもなく、ただ「・・・ふーん、、、」と、
どっちでもOKになると思うから。

自分の中で解決していないから、気になるものだから、
枠にはめたり、外したり、はまってなかったりして、
なにかと反応するのだと思う。

枠にはめて、観察して。
枠をはずして、観察して。

そして、いつの日か、枠があってもなくてもOKになりますように☆

筋肉反射とセッションに関して、私が思うこと

年末からIH仲間と筋肉反射のことなどを
メールでやりとりしてて新年をまたぎ、
その新年の挨拶もせずに熱く語ってた、、、
ということに、今頃仲間に気づかせてもらったわたし。

どないや!熱いな、わたしたち!!と笑ってしまったのですが。

筋肉反射ね、私も使ってます。IHセッションしてます。

筋肉反射でね、私がよく聞くのは
「筋肉反射は潜在意識の声を聞けます」ということ。

そうでもあると思うのね。
でも、私がセッション中に一番しっくりくる感覚は
「クライアントさんの魂(本質)と繋がっている」という感覚。
クライアントさんの魂(本質)と交流している感じがしているのね。

潜在意識だとちょっと違う感じ。
クライアントさんの魂(本質)と繋がってる感じがしています。

そして、筋肉反射で得られる情報は、
そのセッション中に、そのテーマで、そのことに関して、
その瞬間に魂が伝えてきた、ということ。

なので、同じことを、時間が経ってから筋反射でたずねても
違う返事が返ってくる可能性もある、ということ。

筋反射で得られる情報は、その瞬間のものであり、
絶対的じゃないと思っています。

私にとっての筋反射は「道具」です。
クライアントさんの魂(本質)の声を聞くための道具。

チャネリングでセッションをなさっている方は、
チャネリングが「クライアントさんからの魂の声を聞く道具」というふうに。

でね、時々キネシ仲間と話題にあがるのは
「この筋反射は、どこまで信じられるのか?」みたいなこと。

もちろん、施術者はニュートラルな状態で、
スクリーンかのようにクライアントさんの魂の声を映し出していく・・・
というような大前提があってですね、その上の話なのだけど。

これねぇ、深くてねぇ。

でね、今回仲間と話してて、考えてたときに、
この間の谷田先生の経絡ストレッチを受講したときのことを
ふと思い出した。

ストレッチをするために先生がサポートに入ってくださってね、
私は先生を全面に信頼してて、委ねてるでしょ?
じゃあ、この信頼はどこから来てるのか、と。
なぜ、そこまで信頼してるのか、と。

これね、私の感覚から、としか言いようがない。
私の感覚から「私は先生を信頼してる」というのと
「信頼して大丈夫」という確信でしかない。

じゃあ、この私の確信は、どこから来ているのか。

もうね、これも、私の体感から、としか言いようがないなぁと。
『確信してる』という私の感覚がはっきりとあるのね。

例えば、なのだけど、あなたは親なりパートナーなり天使なりから
愛されている感覚はありますか?
なぜ、そう確信してるのかな?

その返事と同じようなことなのかな、と。

他人には自分の感覚を物理的には証明できないことなのだと思う。
そして、証明することでもないのもしれないなぁと。

自分が確信してたら、それでゴーなのだと思う。

そして、この確信なのだけど、
『繋がっている感』を持てていれば、得られやすいのかなぁと
思うのだけど、、、どうかな。

私にとっての『繋がっている感』というのは、
『大いなるひとつ』と繋がっている感覚です。

わたしもあなたも『大いなるひとつ』からきてるから、
そこと繋がっていたら、あなたもわたしも隔てているものはなく
『ひとつ』なのね。

なので、谷田先生が経絡ストレッチで
私のサポートをしてくださってるとき、
私の感覚的には『ひとつ』な感じ。
先生とは身体という物質で離れてなくて、
まるで融けたかのように融合してて、
経絡がのびる方向へ向かって、
一緒にダンスしてるような動いてる感じ。

その『ひとつ』の感覚が得られてるから、
信頼し、安全に感じ、
体感的にも確信が得られてるのかなぁと。

でね、この『体感的な確信』や『繋がってる感』なのですが、
・普段から、自分の身体と対話していますか?
・自分を丸ごと愛していますか?
・自分のやりたいことをしていますか?
この3つが出来ていれば、感じられるんじゃないかな、と
私は思うのだけど、どうかな。
うーん、私だけなのかなぁ。。。
もしかしたら、私だけなのかもしれないのかな。

************************************

そして、そんな筋肉反射を使って
クライアントさんの魂(本質)の声をきいて
セッションをしていくのですが。

これもね、
もし『お金は苦労しなければ得てはいけない』と伝えてきたのなら、
筋反射(魂が)でそれが正しいとしているのか確認し、
クライアントさんの顕在意識でも正しいのか確認し、
それで正しいとおっしゃるのなら、調整するかどうか確認し、
『調整しない』と出たなら、その瞬間は調整しないと捉える。

『お金は苦労しなければ得てはいけない』という考えを、
必要な人or時期などがあるだろうに
(例えば:そこで何かを学ぶ必要があるかもしれないだろうに)、
そう筋反射(魂)も伝えてきてるのに、
私がなぜ勝手に別な方向へと決められるのだろう、と思ってます。

『お金は苦労しなければ得てはいけない』という考えは
間違っている・とか・正しい・とか・良い・とか・悪い・とか、
そういう絶対的なことはないと思う。

すべては、必要な人・こと・もの・時期などがあるのだと思う。

私は目の前のクライアントさんの魂(筋反射)が
その時に必要なことを示してくれる、と設定してるから、
こう割り切れるのかな。

今の私はそんな感じで筋反射を使ってます。

・・・って、こんなふうにセッションをすすめることを
超ベテランプラティクショナーが聞いたら
「なにそれ?!ブロックも見分けられないの?」と思う人が
いるかもしれないけど、ブロックだと、
筋反射とってる腕から感覚が伝ってくるから分かるのね。

あと、一見正解に見える思い込みをクライアントさんがお持ちで、
そこに何かが潜んでる場合、情報収集をしてたら見えてきます。

でも、そこでも、また筋反射を取り、魂(本質)に聞き、
調整するかどうかを聞き、しないのであれば、しない。
必要なことしかしません。

それが、最高の状態をクライアントさんにもたらすことを知っているので。

今の私は、こんな感じで筋肉反射を使い、セッションをしています。
まぁ私のことだから、また違うこと言いだすのかもしれないけど(笑)

すべてのことは変化し続け、唯一変化の無いことは、
『変化し続けること』だと思うから。

人生がラクになった陰陽五行セミナー:応用編

2015.01.09 18:49|谷田先生講座
ちらりと話した後、延ばし延ばーしになっていた
谷田先生の陰陽五行セミナー:応用編のお話です。

すでに基礎編で、宇宙的深さがあったと思ったのに、
さらにそこからぐぐぐーーーっと深く入り、
自分で応用が利くように、
ちゃんと自分で使えるようにと
セミナー内容は展開されていました。

私ね、五行は自己流にしか勉強したことがなく、
しかも東洋医学に至っては、まったくの素人なのだけど、
谷田先生の説明は、聞いてて、ほんと分かりやすい。
難しそうなことを誰にでも分かるようにお話ししてくださるの。

受講生の私が言うのも変だけど、
先生は陰陽五行の世界を
本当にしっかりと掴んでいらっしゃるのだなぁ、と。
安定を感じるし、ブレがないもの。
だから、セミナー受けてても安心感があるし、すごい気持ち良い。

実際のケースをあげて、いろんな角度から見ての考察とか
セラピストだったらヨダレが出そうな内容でした。

応用編を受けるにあたって、
基礎編での内容を家で復習していたら
「なぜ金の要素で五主が『皮毛』なのか」が
どーうーしーてーも理解できなくてね。
考えても考えても分からず、最終的には
「えっと、、毛はケラチンやん?じゃあ髪とか爪はどうなのよ??」
と、いったい何考えてるのか分からない状態に。。。

そしたら、上手い具合に応用編のセミナー中に
五主の話が出てきてね、先生が説明してくださったのだけど!
聞いてたら私の中では解釈がどんどん進んで、
「うわ、私、一部を見て全体を見てなかった!!」と気がついた。

なんかね、あの瞬間に、突然いろんなことがリンクした。

そのうちのひとつが、
私の中のどこかで「身体からのアプローチは身体にしか効かない」
みたいな思い込みがあったことに気づかせてもらえたのね。
物理・生理・心理ですべては繋がっていて、切り離せないもの。
ということは、身体(物理)からのアプローチであったとしても、
心理には効くんだ、と。

いやー、私、勘違いしてたなーーと、すっごいスッキリした瞬間でした。
ものすごい気付きをさせてもらえた。

・・・で、こんな諸々の気付きを得て、
いろんな勘違いがスコーンと抜けたものだから、
肝心な「なぜ金の要素で五主が『皮毛』なのか」をすっかり忘れて、
後でまた先生に教えてもらったという、、、(ほんとすいません)

陰陽五行の講座でこんな気付きまで得られるとはねぇぇ。
ビックリしちゃったよ。

あとね、すっごい面白かったのが、
先生もブログにあげてくださってる
「ラベンダーの精油と五行の属性の金」のお話。
http://ameblo.jp/389navi/entry-11970911930.html

これね、文字で読むだけじゃなくて、
実際にセミナーで聞いて欲しい!!
すごかったよ。先生が最終的に説明してくださる前に
受講生に質問されるんだけど、これもよくてね、
自分でも考えるけど、たどりつけない。
で、話を聞いて、腑に落ちた瞬間といったら!!!
私、思わず拍手してたよ。
「BROVO!」・・・とは、口から出る瞬間に止められたけど、
危うく言いそうになったくらい、すごい感動した。

あ、そうそう。
天照大神のお話を五行にはめた考察も
目からウロコで、納得しながらすごいなーーと。

何がどう、と、お話ししたいとこなのだけど、
ここで書いちゃうと、セミナー行ったときの楽しみがほんと減っちゃうので
ごめんね、あえて書きません。

なので、興味をかき立てられたあなた!
陰陽五行セミナーに参加して、たっぷりと楽しまれてくださいませ☆

**********************************

それでですね、最後になったのですが。
この記事のタイトルにもつけた言葉:
『人生がラクになった陰陽五経セミナー』。

これは、基礎編:応用編の両方を受講して感じたのだけど、
ほんと、谷田先生の陰陽五行を学んだことにより、
私の人生ラクになった感じがする。

人は、五行のすべての要素を持ち合わせていて、
ときどき(?)その中のひとつの要素が突出している場合があるのだけど、
私は金の要素が、他の要素に比べると多いのね。

そうすると、正義感とか、冷静とか、決心が揺らがない、だとかが
心理的にはあるんだって。で、私もまさしくそうなの。

「決心が揺らがない」だなんて、聞こえが良さそうだけど、
度が過ぎると「頑固」なんだよね。

そう、私、むかーしすっごい頑固だった。
今でもまだちょっと残ってる、、、かもしれない。
かなり減ったんだけど、こだわるとこはこだわる癖がまだあるから。

頑固だと辛いんだなー。
しかも、そこにプライドが入ってくると、
ますます自分から折れづらくなってしまう。
分かってるのに中々止められない・外せないもどかしさ。

当時は「なんでや、、、」とか「またかよ、、、」と
落ち込んだりしてたんだけど
陰陽五行のことを知ってたら、
『私は金の要素が強いから、ま、しょうがないか』と
ラクになれてたんじゃないかなーと。

実際、今は知れて、ラクだから。

ということで。

陰陽五行を知ることは、私にとっては、
セラピストとして役に立つことも多いけど、
実際に生活をする上で、物の見方も変わるし
(易の三義とか、陰陽で見る5つの法則とか)
人生ラクになるし、対人関係もラクになる感じです。

陰陽五行を受講する動機として、変かと思っちゃうかも、だけど、
私は生き辛い方にもおすすめしたいかなぁと。

人生においての物の見方が変わると思うよ。

さて。こんな谷田先生の陰陽五行セミナーが気になりつつあるあなた。
1月31日に荻窪で基礎編がありますよ。

チェックしてみてくださいね。

すべての人がご自身の人生において納得されていますように☆

1月13日(火)午後のセッション枠、と、セッションのご案内

谷田先生の経絡ストレッチ:応用編の記事の続き
アップしたばかりなのですが!

セッションでのお部屋のレンタル代がお安い枠ができたので、
ご案内しまーす。

1月13日(火)の午後13時から
中之島のレンタルサロン
(最寄り駅:地下鉄四ツ橋線・肥後橋、他)での枠が空いています。

今回、お部屋のレンタル代は、
午前枠の方と半分ずつ、ということで1,000円となります。
ピンと来たあなた!いかがですか。

お会いできますことを楽しみにしています~♪

さて、最近よくおたずねされるのですが、
私がイタリアへ帰るのは、3月の中頃です。

まだはっきり帰る日は決まっていないのだけど、
セッションご希望日は、3月初旬までくらいの日
受け付けよう、と思っています。

いや~、時間が経つのは早い!
もう1月だもんね。残りも楽しませてもらいます~

セッションをご希望されている方へ。
以下が1月と2月のレンタルサロン空き日のご案内です。
ご参考になさってください☆

************************
レンタル代金:2.000円 (シェア:希望者がいれば、ですが/1.000円)
最寄り駅は、地下鉄四つ橋線:肥後橋駅、他
・1月21日(水)
・1月26日(月)
・2月 3日(火)
・2月 8日(日)
・2月13日(金)
・2月17日(火)
・2月20日(金)
・2月22日(日)
・2月23日(月)
・2月24日(火)
・2月25日(水)
・2月27日(金)


レンタル代金:平日3.000円。土日祝5.000円
最寄り駅は、地下鉄御堂筋線:中津駅
1月・2月とも、毎週火曜日以外、すべての日において空いているようです。
ですが、確認してみないと分からないので、
ご希望の日を第三まであげて私までメールをお送りくださいませ。


レンタル代金:3.300円
最寄り駅は、JR学研都市線:放出(はなてん)駅
上記日付に関係なく、
あなたのご希望の日を第三くらいまで書いて私へメールをお送りください☆
その後、レンタルルームへ空き状況を確認いたしますので。
(ここはメールでの問い合わせ式になっています)

************************

以上です。

もし、お知り合いにマッサージテーブルをお持ちの方で
お部屋をお借りできるのなら、私がそちらへ出向くこともできます。
その際は、交通費、
そして、もし電車での移動時間が往復一時間半を超える場合は
移動代として1.000円頂戴いたしますことをご了承ください。

セッション料金は、10.000円、
セッションでどんなことをしたのかのレポート付きです。

セッションで要する時間は、人によるのですが、
2時間半くらいから3時間はかかっています。
ときには、3時間半くらいかかる方も。
なので、お時間には余裕を持って来てくださると嬉しいです。

ご予約・ご質問・お問い合わせなどお気軽に
左側のメールフォームか
tomoko.it.IH@gmail.com
までお送りくださいね。

あなたにお会いできることを楽しみにしています~♪

経絡ストレッチ講座の続き:私の弱さと逃げと

2015.01.08 18:29|谷田先生講座
昨日、谷田先生の経絡ストレッチセミナー:応用編
「HOTな物はHOTなうちに」なぁんて思って、
アップしちゃったけど、昨日はまだ完全に
セミナー効果が統合されてなかった模様。
今になってマインドがはっきりしてきて
思い出したことがあるので、続きですー

昨日の記事でね、

『セミナー受講後は、私の内面をかき混ぜてもらえた感じでした。
いろんなことが浮き上がって、動いている感じ。』

と書いたのですが、なにが浮き上がっているのかは分からなかった。
でも、なーにーかーが浮上してきてるのだけは分かる。

底にへばりついてた何かが、
経絡ストレッチというタワシでこそぎ落とされ、
浮かび上がってきてる、そんな感じ。

感情は臓器にも溜まるとは聞いたことがあったけど、
経絡にも溜まってるんじゃないかなぁと。
なんかね、そういうのを体感させてもらった。
ほんと、『なんかよう分からんけど』って感じで
自分の内面が動いてる。

でね、三焦経のポーズを教わってたときに、

「腕と頭は床に並行。ポーズがつらくなってくると
 頭が上がってきて、逃げてくる」というふうに
先生が説明してくださって、(はっきり覚えてなくてごめんなさい)

私は『逃げる』という言葉が妙に気になってました。
いざ順番が回ってきて、サポートしてもらってポーズをとると、
先生に頭が上がってきてるのを何度も指摘され、
私としてはまったく逃げる気はなかったのに、
身体が勝手に逃げてると気づかせてもらえてね
「ああ、私、逃げてるなぁ」と。

辛い状態になると無意識が働いて『逃げる』と
今回はっきり体感させてもらました。
自分の弱さを見せてもらえて、ほんとに良かった。

先月末から「自分の内なることから逃げない」がテーマっぽくて
自分の弱さを見ることも改めてコミットしたとこだったので、
今回、こんなふうに自分の身体で体感させてもらえたのは
すごい収穫だった。

ああ、まだ逃げちゃうんだなーと。

顕在意識では逃げてるときの感覚は分かるけど、
無意識はね、なかなか気づけないし、体感もできないもの。

ほんと、先生には感謝だわ。

今回、こうやって体感させてもらえたから、
これからは、もっと真正面から自分の弱い面を見れる感じがし、
逃げない、と意識も新たにしっかりした感じ。

ひゃー!経絡ストレッチ、いろんなことを気づかせてくれる。
リリースだけじゃないねぇ。

さぁ、経絡ストレッチが気になりつつあるあなた!
2月1日に荻窪で基礎編がありますよ。
任脈から始まって、ガンガンとオープンにリリースしちゃってください☆
夕方にはゆるゆるどぅる~んとほっこりしてますから。

みなさまもどぅる~んの世界へようこそ。

ビタースイートに感じた経絡ストレッチセミナー:応用編

2015.01.07 22:11|谷田先生講座
谷田先生の『経絡ストレッチセミナー:応用編』を受けてきました!

年末に受講した『陰陽五行セミナー:応用編』について
ほんのちらりと話しただけで、まだシェアしてないのだけれども。
HOTな物はHOTなうちに、ということで、経絡ストレッチからシェアしまーす。

経絡ストレッチの応用編ね、受講しながら私が感じたのは
「応用編は、ビター・スイートだなー
 前に受けた基礎編は、スイートだったわ」と。

基礎編ね、若いような甘さな感じ(*個人的な感想)で
気持ち良いーエクスタシーな感じでね、

応用編も、トロける感じもあったし、
気持ちよかったのもあったんだけど、
大人向けな感じ。ビター・スイートに感じました。

応用編ね、基礎編からさらにぐぐっと入り込み、
ピンポイントな感じがしました。
いや、ピンポイントな感じに実際なっているのだけれども。
例えば、基礎編では『腎・膀胱のポーズ』が
応用編では『腎のポーズ』、『膀胱のポーズ』と別々になっていて、
ポーズとってるとガツンとくるんですよ、くるところは!

でもね、先生さすがだなーと思うのが、
ポーズを取ってるときに、サポートしてくださってて、
私が痛いと感じてるのを知ってるけれども、
同時に
私がどこまでOKを出しているのかを感じ取ってくださってて
待っててくださるんですよ。
絶対に無理なサポートはなさらない。
私のリズムで、私がのびたいところまで。
ちょっとずつのびていって、最後までぐーっとのびのびと。

正直、ストレッチ中の痛みより、その後の方がガツンときます(笑)。
ポーズをやり終え、崩した直後に「う゛ぉ~~」とか擬態語だか
なんだかよく分からん声が出てしまいます。
その後のヨガの屍のポーズでリラックスしてると、
どこに居るのか分からない状態に。。。
先生の「はい、戻ってきてください~」の声を聞いて
「あれ?今どこに居るんだっけ?そうだ、谷田先生の講座中、、、」
みたいな感じで、マインドが戻ってくる、という。

マインド、どこに行ってるんだろうね。
経絡の線上や臓器などいろんなとこに溜まってた
感情やもろもろが浮かび上がってきて、マインドも溶けてたのかな。

ストレッチ中の意識は、
経絡がのびてる線の先へ持っていってると
痛みが出てきても、その痛みは、
大きな意識の中の小さな点になっていて
気になるようで気にならない感じ。
そして、そうしている方がリリースしやすいです。

身体のどこそこが痛かったり、攣りそうだったりしても大丈夫。
逆にそうなった方がリリースも大きいそうですよ。
死にはせんだろう、と大きく構えて、
意識は経絡がのびてる先の方へ。
私は、どのポーズだったか覚えていないのだけど、
終わったあと、両足・両手に痺れた感覚が出てきてたけど
大丈夫だったよ。あ、腹部に攣った感もあったっけ。
でも、ほんと大丈夫。

セミナー受講後は、私の内面をかき混ぜてもらえた感じでした。
いろんなことが浮き上がって、動いている感じ。
自分ひとりじゃここまで出来なかったと思う。

谷田先生には本当に感謝しています☆

・・・と、なんかいろんなこと書きましたが、最後になって。
もしかしたら、経絡ストレッチ応用編がビタースイートな感じではなく、
私からスイートが抜け出てきてる状態で、
私がビターに(苦く)なってきてるだけなのかもしれん、と、思った、今。

先生、ごめん。
「講座をビタースイートに感じた」って言っちゃって。

講座じゃないわ。私がビターなんだわ。
甘みが抜けてきてるってどういうこと、、、(知りません)

最期のお別れと感情と

2015.01.02 10:08|思ったこと・気づいたこと

*************************************************
ブログを開いてくださって、ありがとう!

今日の記事は、新年早々の軽やかな感じに合わない
どよーーんとしてしまうかもしれない記事になってます~。

なので、せっかく来てくださったのだけど、
軽やかな状態を保ちたい方は、スルーしてくださったほうがいいかも、です。

ごめんね。 私は書きたかったので、書かせてもらいました☆
*************************************************





祖母の身体に会ってきました。
「魂が抜けた状態」という表現がありますが、
誰が作った言葉なんだろう。
ものすごく言い得て妙だと思う。
魂がない状態とはこのことかと体感させてもらえたほど
顔を見ても、祖母はもうそこに居ませんでした。

式が用意された会場では、まだ数人しかいない中に入ると
大好きな花・カサブランカの香りがふわりと鼻をかすめました。

花祭壇は上品でとても祖母に似合っており、
白い小菊ベースで、白い胡蝶蘭もいくつかあって、
大きな白いユリのカサブランカがあちらこちらにあり、
そこに祖母に良く似合っていた淡い赤紫や紫の
スイートピーなどの花が差し色で入っていました。

式が始まり、読経中、そんな花祭壇をぼーっと見つめていたら
耳元ではっきりと「ともちゃん」と
祖母のあの柔らかい丸い声が聞こえ(たような気がして)
はっとしました。そしてすぐに祖母の笑顔が浮かんできてね、
ああ、おばあちゃん、今は幸せだなー、と。

棺の中の祖母をお花で囲むときには
とめどなく湧き出てくる悲しみで
静けさを保ちながらお腹がしゃくりあげるほどの号泣でした。

火葬場に向かうバスの中で
どこからあんな悲しみが出てくるんだろうと思ったのですが
湧き出てくる感情は、止めようがないんですね。
出てくるまま号泣したせいか、その後は引きずった感もなく
時々さざ波のように寄せる悲しみ以外は、穏やかでした。

「もう大丈夫」だなんて書いておいて、
行ってきた祖母の肉体とのお別れですが、
いざとなると、大号泣で
(*今は大丈夫です、ありがとう☆)
「『死とはなにか』を分かってるのに」なんて思ったのだけど、
それは、湧き出る感情の前ではクソみたいな
取るに足らないことなのかなと思った。
それほど、底から湧き出る感情というのは
コントロールできない・しないものなのだなぁと。
きちんと感じきって、それから向き合うのだな、と。

もしここで、無理矢理マインドを働かせ
「『死とはなにか』を分かってるんだろ、自分!」と鞭を打つと、
・感情に蓋をしてしまう
・抑圧してしまう
・自分から(痛みから)逃げている
・変な達観視をする癖がついてしまう
などと、結局は後で向かいあわないといけないんですね。
私にとってのことなのだけど。

あとね、思ったのが、イタリアベースで生活している中、
日本滞在中に祖母とお別れすることができたのはほんとラッキーだった。
祖母からのギフトだと思う。

そして、ここ数年、毎年日本に来ていたので、祖母に会うことも増え、
祖母が私にしてくれたほどのことは出来なかったけど、
祖母の衣類にスナップボタンを縫ったり、
ラクそうな靴下を探したり、便利グッズを探したり。
私の検討外れな物でさえ喜んでくれて、
ままごと程度だったかもしれないけど、
幸せなときを過ごさせてもらえました。

そしてなにより、私が祖母を見送ることができたこと。
(祖母が私を、ではなく)
この宇宙からの計らいには、感謝しています。

普段、ブログでは、プライベートなことを
あまり書いていないような気がしたし、
こんな「自分があれしたこれした」などと書くのは
どうかなと思ったのだけど、
『確実な明日』というのは存在しないと思ったのね。

それは、年老いてるとか若いとか、
ご病気を持ってるとか健康とか、そんなことは関係無くて
どんな人にも同じだと思うの。
健康で若くても道を歩いてて事故死の可能性も無きにしも非ず、
みたいな感じで(不安要素を与えたいわけでなく、ただの例です)
『確実な未来』は存在しないと思った。

今この瞬間だけが確実で、やりたかったこと、やりたいこと
伝えたかったこと、伝えようと思ったことなどは
どんどんこなしていこう、と。
待っている状態なら、なぜ待っているのか・何を待っているのか。
そんなことをスッキリさせていこう、と。

みなさま、お付き合いくださってありがとう☆
みんなが送ってくださった愛とハグに支えてもらいました。
私、幸せです。
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

*Facebookしています。
アカウントはこちらで、
お友達申請ウエルカムです〜。

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
http://ameblo.jp/lalunadigiorno

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