やりたい→執着→今はバランス取れるように…?!

2014.07.20 19:12|思ったこと・気づいたこと
去年、日本へ行く際に
「絶対筋反射マスターコース受けたい!」と
鼻息荒くしてたんですよ。
幸いにも優しいキネシ仲間達は、
のんびりと受け止めてくれて(みんなありがと)
私の来日スケジュールの日に合わせてくれました。

今回ね、秋に日本行く予定で、
タロットと五行に関して習いたいーーーと
最初は鼻息荒かったんですよ。
でもちょっとしたら落ち着いてね。
「ま、私達の最高最善のタイミングに巡ってくるか」と
なんか腹の底から本気で思った。

今までも『全てはベストなタイミングに』という言葉は
理解してたと思ってたけど、それは『つもり』だったのかな、と。
今まではこう…体感的に説明すると、
頭の上空に言葉がテロップのように流れてきて
「そうそう」とそれ読んで気がつくような感じだったけど、
今回はね、内側から浸み出してきた感じ。

そしたら、今までの私はすっごいやりたいことがあったら
執着してたんだなーとあらためて実感。
いやもうほんとにね、費やすエネルギーはすごかったと思うわ。
「なにがなんでもやるでーーー」って感じ(ひゃー)

これは『全てはベストなタイミングでやってくる』ということを
私の中のどこかでちゃんと分かっていなかったのかな?とも
ちらりと思ったり。

だってさ、ちゃんと理解できてたら、
「私はなんとしてでもWS受講にこぎ着けるでー」
なんて『自分は』と思わないと思ってね。
その時できることをしたのなら、あとは任せたらいいので。

そして、私にとっては、
やりたいことの情熱は執着へと変化しやすいのだな、
と改めて知った。
なんかバランス悪いな。
情熱の炎は、海辺で落ち着いて焚く…くらいが
私には良さそう。

思ったんだけど、どちらかに偏ってたら、
バランスとるための中心軸を探すのに、
反対側にぐぐっといってみないといけないのかなーと。
それくらいでちょうど良い中心点が感じ取れるのかも。
(あくまでも私の場合です)

例えばなのだけど、
右肩でばかりカバンをぶら下げて持ってて体が歪んじゃった場合。
急にリュック背負っても「ほんとに体歪んでたのかしら?」と
感覚がいまいち得られないのと似たことで。
ここで、左肩でもカバンを持ってみて、
「ああ、変な体の使い方してたんだな」と気づける。

これに似てるのかなぁと。

情熱の炎がボボッと燃えてきたら、
ちと離れて海に浸かって眺める…
ってのが良さそうだなぁと
なんだかイメージトレーニングな
方向になってきました(笑)

でも、おかげで、
やっとバランスは取れるようになったのかも。
これからも観察は続けます。

さて。
しばらくフランスに行ってきます〜。
リヨンからもうちょい北に行った町で
ボブの旧友と会い、友人もボブと誕生日が近いので
お誕生日祝いしてきます。
そして、パリ経由なので、パリにも数日滞在します!
楽しんできます〜〜♪

みなさまも、どうぞ楽しい夏の日々を☆

救世主は現れる?

2014.07.17 23:40|思ったこと・気づいたこと
ボブと話をしてたら
「救世主は現れるのか?」という話になってね、

「某宗教では
 『救世主はまだ現れておらず、これから現れる』
 となってるよ」

とボブ。
これ、前から聞くんだけどね、
私としては、今の時代となってはいろいろ変わったし、
『救世主』として一人の人間が現れるというのは
ないんじゃないかなーと。

自分の選択していることを生きているので、
自分の人生は自分の責任であり、
そこに救いが必要なら、そういう選択をし、
自分自身が自分の救世主になるのだろう、と。

もし、誰かが
「私が『救世主』です。
 私の言うことさえ聞けば救われます」
なぁんて現れたとして、そんな風になっていったら、
その人が思う世界を作っているっぽくない?

きっとね、救世主じゃなくて、
ガイドみたいな人は現れると思う。
そして、アドバイスや意見を聞くようなことはあると思う。

でもそこでも、
「誰さんが言うからする」のではなく、自分の意思決定から。
行動としては同じことしてるようでも、違うと思う。

「誰さんが言うから」は、
『誰さん』の人生を生きてるような感じ。

「誰さんが言うのを聞いて、自分で『する』と決めた」は、
自分の意思が入ってるから、自分の物になってる。
これが重要だと思う。

ガイドみたいな方は現れると思うし、
すでにあちこち現れていると思います。
というか、日中あちこちで会ってると思う。
ずっと連絡とれる存在な人だけでなく、
一度しか会ったことない、
しかも、一瞬だけだった…
というような人でも、
その出会いとタイミングは完璧なのだから、
そこで得られた気づきなどは、
素晴らしいガイドなのだと思う。

…ということで。
魔法の杖を持った救世主という一人の人間は
現れないんじゃないかなぁ、と。

というか、救世主を待ったとこで、
救世主が現れる前に自分の生涯が終わる可能性もあるやん!
とボブと笑ってしまいました〜

以上、
救世主は、自分自身になるんだろうなぁ、という
ボブとの話からでした。

こんな考えをしたり

2014.07.14 23:20|思ったこと・気づいたこと
今年はまだうだるような暑さになっておらず、
過ごしやすいローマ郊外の夏です。
夜は、薄手の布団をしっかりかぶって寝てます〜。
ぐっすり熟睡。
こんな夏もいいなぁ。

さて。タイトルの件なのですが。
中東で起きていることに関して、なのです。

いろんな意見があって、最近もまた聞くのだけど、なんかね。
その意見でみんなどこ行きたいんだろう?という疑問が湧いて。
そして、私の中で向いて行きたい方向がはっきりしてきた感が
ありました。

中東に住んでいる友達もいるし、
中東に関係がある家族や友人や知人もいるし、
もう何年もいろんなことを見聞きしたりしてね。
結局思うのが、視点が違うと、認識が違うということ。
その人が『真実』と思っていることは、
別の立場の人にとっては『真実じゃない』となること。
でも、事実として『人が死んでる』ということ。

私は中東で生まれ育っておらず、間接的にしか関係ないから
こんなことを思うのかも、だけど、
きっとお互いがそれぞれの主張だけをしていたら、
和は生まれないと思った。
先祖が創り上げてくれたおかげで、
私達は今の生活をしているのだけど、
先祖の考えすらも引き継いで生活していると、
そのまま同じ生活(紛争)を続けることになるんじゃないかなーと。

ジーザスの生い立ちの映画を初めてみたとき、
「当時でもこんな争いがあったのか!」と驚いたのを覚えていますが、
そのジーザスが血を流して生涯を終えたとしても、
あの土地での紛争は終わらなかったわけで、
私達が認識(マインド)を変えない限り
紛争は終わらないのではないかな、と。

ここで。

じゃあ、私は何ができるのか、と考えるのですが。

その前に。話はちょっとそれるのですが、
ボブがね、不安や焦りやイライラを感じていると、
ボブのまわりになんかモヤモヤしているのが見えるのですが、
それを私は『灰色の雲』と呼んでいます。

この灰色の雲は、磁力みたいなのを放っててね、
他にもっと灰色の雲が集まっているところに
引き寄せられていくような性質を持ってる感じが私はしています。

そう、中東に行ったりもしてるんじゃないかなぁと。

なので、中東での紛争も、ある意味、
私たちの一部も影響していて、関係があるんだな、と。

じゃあ、私はどうしたいのか。

中東でも、お隣さんと和を保って欲しい。
=(イコール)
私もお隣さんと和を保っていこう。

と思い立ちました。

お隣さん、ということで、家族、ご近所さん、
生活を送る上で関わった方…と、
とてもシンプルな感じがするのですが、
さて、本当に全ての方と調和が保てていたのか、
と、じっくり探るとそうでもなく。

たとえ相手がどんなに荒れていても、
私は影響されず、落ち着いていること。
これを胸に刻み、実行しよう、と。
というのもね、つい影響されちゃいがちでねぇ、わたしってば。
ざわざわする傾向にあるんだな。
これからは、わたしは私、で
私から光を放つようにします(アファメーション)。

もしかしたら
「遠い国で、国同士の戦争やのに、うちの近所の人と
 仲良くすることが、どう関係あるの?」と
疑問がわくかもしれないのだけど、私の思うところはね、

『外国同士の戦争』となると、国という単位になりますが、
その実、『人』という単位のことだと思うね。

なので

『人』をみて、人と和をつくるようにする。

和、ということは、
相手と同意見でなくても、
自分の意見を表現しつつ、
違う意見、考え方があることを認め、
リスペクトするということだと、
私は思っています。

そして、たとえ遠い国のできごとであったとしても、
地球という一つの船(惑星)に一緒に乗ってるんだもんね。
「私、大阪におるし、北海道で起こってることは関係無いわ〜」と
思わないと思うのね。同じ日本だから、と。
これと同じで、同じ地球で生活してるのだから、ということで、
たとえ遠い国のことであっても、自分の周りから行動していけば、
波となって、なんらしかの波及はあると思う。

全てのことは、マクロの拡大版だし。

中東には、
私の中の一部を写しだしてくれたこと、
そして、灰色の雲を引き受けて活動してくれてることに
感謝してます。
これからは灰色の雲がなくなっていくよう
私は自分の周りから活動していきます。


…と、こんなこと考えてました。

毎日、どこそこで何人死んだ、殺された、破壊されたという
ニュースが流れ、さて、そこからどこへ向かえばいいのか、
という私の考えのまとめでした。


追記:
天使で有名なドリーン・バーチューさんが

When others see you at peace, they’re reminded of the value of tranquility – that is, you inspire them to be at peace.

とツイッターされていました。

私の意訳ですが:

あなたが平和の中にいるのを他の人が見たとき、
彼らは平穏であることの価値を見出すでしょう。
ーそれこそが、
あなたが、彼らに平和であることを触発させたのです。

適職とは

2014.07.07 02:42|思ったこと・気づいたこと
今日、お友達がメッセージをくれて、それを読んでたら、
ふと、適職についてまで考えてて…そして気がついた。

ねえ、『適性』職業って、どんなんだと思う?

今まで私が参加してきたWSの中には、
個人がオーガナイズしているものもあったのね。
その中にPさん(仮名)というオーガナイザーがいるのだけど。
Pさんね、一般的に見るとオーガナイザーに向いてない。

・マイペースで気がつかない。
・テキスト配るの忘れて、講師が取りに行って配ってたり。
・部屋の準備するにも、誰かと挨拶しておしゃべりしだしたら忘れてしまい、
 そのまま休憩室に行ってお茶を飲んでたり。
・その休憩室のお茶の準備も、自分のを確保したらば用意を忘れたり。

他にもいろいろあったのだけど、でもPさんはその仕事を愛してて
みんなにも愛されてるのをすごい感じた。
Pさん、自分で上記のこと気がついてるけど、無理して繕わないし、
周りのみんなも無理せずさりげなく支えてて。

なぁんかそういうのを思い出してね、、、
「あ、適職ってこれか!Pさんか!」と思った。

自分が向いてること、と、やりたいこと(仕事)は、
違うときがあると気がついた。

自分が向いてても、やりたいことじゃないと、してても苦しいときがある。

ある意味自分に向いてなくても、やりたいこと、魂が欲してやりたいことなら、
自然体でいれば、上手くやっていける。
そして、周りの人の成長にもなっているのだなぁと。

『Pさんはオーガナイザーに向いていない性格』とは、
ただの一般的見解のフィルター:
『きちんと計画して、物事を運ぶべき』という見方なだけ。

なので、その実、Pさんのゆるりとした運びのおかげで、みんなは
・『○○べき』と思ってけど、そうでなくても物事は上手くいくんだ
・みんなそれぞれ出来ることをしていったら、上手くいくんだ
・向いてない仕事でも、仕事を愛してたらこんなことになるんだ!

…などなど、いろんなことに気づかせてもらえた。

ということでですね。
一般的に向いていないとされるような仕事であっても、
魂がしたい、やりたいことであれば、
自然体で、自分を愛して、みんなを愛してやっていけば、
全て上手くいき、それこそが『適職』なのだなぁと。

逆に、
魂が欲していることを、
なんらかの理由付けをしてやらないということは、
自分だけでなく、周りのみんなの成長をも妨げているのだなぁ、と。

なんだかしみじみしちゃいました。

みなさん、魂が欲してることしてますか?
私も、これからますます幸せ〜と感じることをしていきます〜!

私の感情。誰の問題?

2014.07.02 23:50|ATIH
「あれ?シリーズだったっけ?」と自分でも思っちゃったほど
まだ続いてる『感情について』です、こんにちは。

というのもですね。
アレハンドロ・ホドロフスキー氏のツイートの一部(こちら)を読んでたら
ガツーンとフライパンで殴られたかのような感覚がありまして。
それは、

si no me amas no es mi problema, es tu problema.
(もし君が僕を愛していないとしても、それは私の問題ではなく、君の問題だ)


というツイートの一部でした。
ほんとそうですねぇ。これは凄い分かりやすいな、と。

 『あなたが』私を愛していない。
 ということは、『あなたの感情』であって。
 私の問題じゃない。

ということかな、と思う。

例えなのだけどね。
もし、大好きな人が「電話するね」って言ったのに、
いつまで経っても、どんだけ待っても電話がかかってこない…
もしそのとき私が
「電話するって言ったやん!(怒)」とか
「なんで電話してこないのよ〜(悲)」とか
「寂しいわー(寂)」とか感じたとしたら。

これらの私の感情は、大好きな人のせいですか?
大好きな人は「電話をしない」という一役を買ってるかもしれませんが、
そもそも私の感情は、私の問題なんですね
(正確には『問題』という言葉は的確じゃないのだけど)。

なぜ、そういう感情、怒りとか悲しみが出てきたのか、が
問題であって、大好きな人が電話してこなかったことが問題でなく。

だって、人によっては、
「電話してこない?こっちから電話したらいいやん」で、
終わる人いるしね(私だったら電話してそう〜)。

だから、なぜ、その状況でその感情が出たのか、が問題。
そして、感情というのは、その人の過去での経験が関係しています。
その多くは、育った環境(親など人や地域)がベースとなってて、
時々絡まっててややこしくなってることもあるのだけど。
そこを紐解くとスッキリします。

なんか、今回書いてることと前回と重複してるとこもあるのだろうと
思うのだけど、あのホドロフスキー氏のツイートは、
私にとってはガツンときたので、書きたい意欲がふつふつと。
それくらい、私にとっては「これだーー!!!」と
感情についての究極な体感でした。

ということで。
ここ最近は、ふとした自分の感情に
「あれ?なんでこんなこと思うのだろう?」
と探るのがブームになっています。
ホドロフスキー、ありがとう〜☆
もう、いつもより倍増でホドロフスキー大好き〜
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

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***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

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