IHコースを受けに行ってきます!

楽しみにしていたNYのIHコースに行ってきます〜
やっとマチルダに会えます!嬉しい。
他のIHプラティクショナーと会えるのも楽しみ。
そして、やっと受けられる典子さんのセッションも楽しみで、
お楽しみ盛りだくさんのNY滞在です。

思いっきり楽しんできます〜〜
みなさまもどうぞ楽しい春をお過ごしください☆

行ってきまーす!

気づきかた、といえるかな(私の場合)

2014.03.17 04:07|思ったこと・気づいたこと
20140316
(今日の空)

シリーズ化か?!ってな感じで、まだ
『マフィア関係のニュースを見てのボブと会話』からの話です、
こんにちは。

最初の記事では『聞かない選択をし、愛を持って伝える』という話を
していたのだけどね。

気がついた方もいると思うのだけど、
聞きたくない話が始まったのに、私は(以下抜粋コピペ)

>「あなたは『毎日』だって言うけど、毎日じゃないわ」
>という私の言葉から始まって、、、

と、「聞きたくない」という言葉が最初から出ず、別の言葉が口から出ています。

変じゃないですか?

これに気がついて、掘り下げる…
というのが、私の気づきかたのひとつです。

例えば、こんなとき。とある状況で誰かと話していて

・咄嗟に出てくる言葉が本当に欲しいこととは関係の無い言葉である
・会話が違う方向に流れていってる
・相手が理解していない

こんなとき、大抵なにかが隠れています。

咄嗟に出てきた言葉が、本当に欲しいこと(この場合、聞きたくない)と
脈絡の無いことを言っている場合、大抵の私の場合は、
私がまだ完全に手放せていないパターンが、この言葉を言わせています。

会話が違う方向に流れていったり、相手が理解していないときは、
はっきりと言えない、恐れ(傷つきたくない)みたいなのが隠れています。

ここを掘り下げるのね。
そしたら何か出てきます。時々豊作時の芋掘りのように
つらつらと連なって出てきますので、全部掘り出します〜

時々「おいおい、これと同じの前もあったよ」と思う時もあります。
最近思ったのだけど、何回か繰り返して全てを出し切る必要があるのかもなぁと。
小学校の時の算数のドリルと同じように、同じパターンを何度か学習したら、
完全に分かるようになるのかな、と。

でも、もしかしたら、私が『同じ』と思うだけで、
その実、別のパターンなのかもしれない。状況は常に違うから。

さて、私が咄嗟に言ったこの言葉、
>「あなたは『毎日』だって言うけど、毎日じゃないわ」
というのは、私の考えをボブに押し付けようとするパターンからでした。

ボブは大袈裟に表現する傾向があって
私は細かく表現するところがある(大雑把な性格なのですが!)。
私にとって80%は80%であり、100%じゃないのね。
でもボブにとっては100%になるときがあって。

ボブはボブであって、彼の考え方があるのに、
私が作り出した『聞かねばならぬ』世界から抜け出せていない自分への苛立ちが、
私の考え方をも押しつけようとした、という。

だから、紙に書いて表現するまで、彼の意見/考え方がある、
ということを上の方々は見せてくれたのかなぁと。

ATIH以来『全てのことは私の一部』というワークをしているのですが、
時々、まだ私の枠の中に入れようとしてしまいます(汗)。
ま、いっか。これから手放してもっと可能性を広げていきます〜

情報過多と憂いと

2014.03.16 03:50|思ったこと・気づいたこと
20140315
(今日の空)

昨日の続きでもあるのですが。
昨日ね、私が聞きたく無かった話というのは;
マフィア関係の人がどこぞで何人逮捕されたのか、
なんで逮捕されたのか、
何をしていたのか、などなどでした。

マフィア情報もたまに聞くのなら
「そうなんだ」と情報として処理するのですが、
こう頻繁に細かいことまで長い時間聞いていると
疲れてくるのです。

私が思うとこなのだけど、
ニュースとか時事問題とか、
どこで何か起こっているのか把握するのはいいけど、
それに振り回されるのはどうかなぁ、と。
(感情面とかね。憂いたり悲しんだり怒ったり。
 まぁそれも自分の中の何かの発見に繋がったりして
 良いこともあるのだろうけど、日々ずっとそんな状態なのはどうかなぁ)


知って、自分が出来ることがあればしたらいいし、
その情報が役に立つこともある。
でも、その情報に触れることで、
自分の中に怒りや憂いが出てくるのなら、
情報から距離を置くのも手だと思う。

特に、人の意見に感化されやすい方、
常に何かの心配をしてる方、
何かあればすぐカッカカッカしてる方。
なぜそうなるのか原因を探らないといけないかも、だけど、
とりあえず絶えず入ってくる情報から距離を置き、
自分軸をしっかり感じられるようにすると、安定してきます。

私は、新聞は見出しだけを読んだりする時も多々です。
だってね、例えばだけど、
マフィア関係の人がどこで何人逮捕されたか知ったって、
どんだけ薬物売りさばいてたか知ったって、
私に出来ることと言えば、
私が私であるように
自分が幸せだと感じられる毎日の生活を
いつも通りにしていくことに変わりないから。
そして、このことからちょっとずつ周りに影響を
与えられること知っています。

マフィアが地球上に存在することは事実だし、
それも私の世界の一部だけど、
そこにフォーカスしないこともできると思う。
そしてその選択をするのは、自分だと思う。

全ては私の世界の一部だと認めるけど、そこにフォーカスしない。
自分で自分の回りの情報は選択する。
そして自分が幸せだと感じられる毎日の生活を続けていく。

これだと思う。

入ってくる情報というのは、結構自分に影響を与えてるんじゃないかなーと
私は思ってます。
だから、テレビを点けっぱなしで何となしに見たり聞いたりというのは、
無意識の中にそんな情報も入ってるんじゃないかなぁと。

まぁそれも良いのだけどね~~

聞かねばならぬ、という私の思い込み

2014.03.15 04:29|思ったこと・気づいたこと
20130314
(今日の空)

今日、ボブと一緒にテレビのニュース番組を見ていたら、
「マフィア関係の人が何人逮捕された」というニュース。
これを聞いたボブは
「イタリアだけだよ、こんな毎日何人もの人が逮捕されてるのは!」
とまた言い出しました。

ほんとイタリアでマフィア関係の人が逮捕されてるのは多いのだけど、
これを聞く度にボブの演説が始まります。
それもね、私が一緒にニュース見てたら毎回。

ここ数年で、あまり聞きたくないようなことも、
特別な感情が湧くことなく、平静に
聞き流せるようになったんだけどね、
なんか今日は噛み付いてしまいました。
私の中でムクムクッと湧いてくるものがあったのです。

「あなたは『毎日』だって言うけど、毎日じゃないわ」
という私の言葉から始まって、、、ボブとの会話はあれこれと展開。

そこからいろいろと自分の内の発見があったのだけど、
中でも頭にランプ点灯したほどの発見は、
『私はまだ人の話は聞かなければならないと思っていた』こと!
まだ残ってたんだなぁ。

私は親に「人が話しているときは聞かなければなりません」と
言われて育ったせいか、人が話しているときは、
たとえその内容が私にとって嫌な内容であっても聞いてました。

でもね、ある日、気がついたんですよ。
私も『聞かない選択』ができるんだって。
聞きたくなかったら、聞かないで良いんですよ。
私が聞きたくないのだから。
私が自分を大切にしないと誰がしてくれるんだろう?と思ってね。
じゃあ、ただそれだけの理由でもいいやん、と。

これに気がついたときから、聞きたく無い話に関してボブには
「あなたが話したいという気持ちがあるのは分かるけど、
 私は聞きたくないのよ」と言うようにしてました。
でもね、これを言うと、角が立つ時があったんですよ。
角が立つ時と立たない時、何が違うのか?
それが今日分かりました!

愛が無かったのです。

前に「私は聞きたくない」と言って角が立ったときは、
私の状態が『もうこれ以上聞きたくないのよ』とか
『いい加減にしてよ』や『またかよー』的な
止めてくれよサインを出すだけで愛がちっとも無かった。
「あなたが話したい気持ちがあるのは分かるけど…」的な
ことも言ってて、思いやりをしたような気持ちを持ってたけど、
愛が無かったんだと思う。言い捨ててたような感じ。

今日「私はもうこれ以上聞きたくない」と言ったとき、
私は自分に余裕があったのを感じていて、落ち着いてました。
心からボブに「もし話したかったら他の人と話して」と
言ってました。

そしたらね、今日のボブの反応が今までとは全く無いものでした。
ボブも落ち着いていて、火花は飛んでいませんでした。
その後、ネットで何か検索してて、私がそばを通りかかったとき
「ねえねえ、きみがもう聞きたく無いのは分かるんだけどさ、、」
と笑いながらさっきの話の続きをしようとしてきたので
「そうそう、私は聞きたくないのよ(笑)」と笑って対応してました。
(そしたら「聞かないで良いよ、紙に書いたから読んでよ」だって!嫌だっての(笑)!)

愛が無かったんだと気がついたのもさながら、
自分が○○ねばならない、と思い込んでいると
やっぱりそうなるのだなぁ、と改めて感じました。

ボブのあの演説も「せっかく話してるのだから…」や
「聞いてあげないと…」みたいな思いが
自分にまだあったのは事実です。

聞きたくなかったら聞かなくて良い。
でも、それを伝える(席を外す)のは愛を込めて。

うーん、なるほどなぁ。

意識と気づきと、の補足

2014.03.13 04:55|思ったこと・気づいたこと
20140312
(今日の空)

昨日は、瞑想の話をちらりとして、話を閉じちゃったのだけど。
私が教わった瞑想のコツの部分で説明が足りなかったと気がついた。
後日になってごめんね(昨日のは訂正しました)。以下の

>呼吸に集中し、ゆ〜っくり吸って、ゆ〜っくり吐くのだけど、
>そのときに数を数えるのね。
>1ー2ー3ー4(吸って)1ー2ー3ー… みたいに。

この部分ですが、息を吸って、止めて、吐く、のね。
(『息を止める』と書いてなかった!)
そして、それぞれは同じ秒数にします。
ゆっくり4秒で吸ったのなら、
ゆっくり4秒止めて、
ゆっくり4秒かけて吐く。
そして、また息を吸う…
(吸うー止めるー吐くー吸う…)
とこんな感じです。

人によっては、息を吐いたあとも息を止めているそうです。
(吸うー止めるー吐くー止めるー吸う…)
いろんなやり方がありますから、
ご自身がしっくりくるやり方を選ぶといいですね。

でね、私は『瞑想』と言ったけど、
瞑想にこだわらなくても、それと同じように、
自分に戻ってくる…外の情報から切り離せるようなやり方だったら、
何でも良いと思う。

ちなみに、これも人生の師匠と慕ってる方から
教えてもらったことなのだけど、
ハト時計を用意して、一時間置きにポッポーと鳴くように設定します。
「ポッポー」が聞こえたら、自分がしてたことの手を止め、
目を閉じ、一分間ほど意識を自分の中に向け、
そして、またしていたことに戻る、と。

作業をしてたら意識は外に向いているじゃないですか。
これを自分の内に持ってくるのね。
この一分間は、自分と繋がることを意識してもいいし、
天使やユニバースに感謝してもいいし、とのこと。

これね、実際にやって感じてみて欲しいのですが、
私にとっては、自分の意識を観察できて良かったです。

いかに意識が外に向いているのか、
どれほど日常的に無意識の行動があるか、
どんなことが流れ作業になっているか、
時間の流れる早さ、が計り知れました。

今、この瞬間に、自分の意識はどこにあるのか。
何をしているのか、何を感じているのか。
意図して観察すると、気づきも得られやすくなると思います。

気づきを得たら、もうそこから新しいパターンが生まれるので…
いろんな可能性が生まれますね。

私も自分の意識を意図し、今、この瞬間を味わっていきます〜

意識と気づきと

2014.03.12 05:05|思ったこと・気づいたこと
20140311
(今日の空)

自分がIHのセッションを受けてても、
施術側であっても「これは気づきのセッションだなー」と
思うことがあります。

IHのセッションでは、経絡やオーラを整えたり
音叉を使ったりすることがあるのですが、
ただクライアントさんの気づきを促しただけのような
セッションもありました。
これこそ『クライアントさんの力が癒している』を
強く感じるセッションだったなぁ、と。

気づきがあれば、そこからもう癒しは始まっているんですね、
だから、気づきさえあれば、ある程度、
いや、かなり自分で自分が整えられると思っています。

なぜ気づきがあれば、そこから癒しが始まっているのか。
それは、そこから新しいパターンが生まれるから、です。

例えば、ずっと父親に愛してもらえなかったというクライアントさん(架空)。
掘り下げていくと、
父親は父親なりにクライアントさんを愛していたのだけど、
クライアントさんが想像していた『愛』とは違っていたので、
認識できていなかっただけ。愛されていたのです。

これに気づくと、
ずっと持っていた『父親に愛されていなかった』というパターンから

『父親の愛を認識していなかった』
『父親の愛の表現を認識する』
『父親に愛されていた』
というパターンが生まれています。

さらに『父親の愛の表現を認識する』というパターンから
『父親のコミュニケーション表現を認識する』というパターンも
生まれるかもしれません。

自分が気がついた点を観察していると、
新しいパターンもどんどん生まれてきます。

こうやってみていくと、ひとつの気づきからいろんなことも
癒されていく可能性があるのが見えますね。

さて、時々聞かれるのですが、
どうやって気づきを得るのか、ということ。

よくある答えで耳にタコもできてるかも、ですが、
今思いつくのは、、、やっぱり瞑想でしょうか。

なぜ瞑想なのか。
日常生活の中では、外から入ってくる情報が多過ぎて、
自分の中を見れないからだと思う。
だってね、目を開けてるだけで、視界(見てること)の情報入ってるしね。

そこから意識的に離れて、自分の中を見つめると決めて行為に入る。
それでやっと内観できるんじゃないかなぁと。

瞑想って難しいと捉えている方もいらっしゃるのですが、
瞑想もいろんな形があると思うのだけど、
簡単なのもあると思う。

でね、
 瞑想で目つぶってると、雑念が入ってきて…
 今日の晩ご飯何にしよう、とか…
正直言って、私もあります、こんなこと。
いいんですよ、入ってきたって。その度に自分に戻れば。

そんなときの私が教わったコツは、
呼吸に集中し、ゆ〜っくり吸って、止めて、ゆ〜っくり吐くのだけど、
そのときに数を数えるのね。
1ー2ー3ー4(吸って)1ー2ー3ー4(止めて)… みたいに。

息を吸って、止めて、吐く、のね。
そして、それぞれは同じ秒数にします。
ゆっくり4秒で吸ったのなら、
ゆっくり4秒止めて、
ゆっくり4秒かけて吐く。
そして、また息を吸う…
(吸うー止めるー吐くー吸う…)
とこんな感じです。

人によっては、息を吐いたあとも息を止めているそうです。
(吸うー止めるー吐くー止めるー吸う…)
いろんなやり方がありますから、
ご自身がしっくりくるやり方を選ぶといいですね。

瞑想にはいろんな形があるから、どんなのでもいいと思う。
呼吸してる間の数だけ数えて、その後数分の内観、とかでも良いと思う。
続けていったら、変化があると思うし。

大切なのは、できれば毎日、自分と向き合う時間をもうけること。
数分でもいいから、意識して、外から入ってくる情報を切って、
自分の中に入ること、だと思う。

…と、気づきの可能性のお話をしたかったのですが、
気がついたら瞑想の話をしていました〜。ははは、ま、いっか。

なぜ無料だと効果が薄い場合があるのか、など

2014.03.04 04:25|思ったこと・気づいたこと
20140303.jpg
(今日の空)

パソコンに向かってたボブが「たすけてー」と。
文書制作ソフトで文字打ち中で
思うように改行が出来ないらしい。

どれどれ…と見てみたら
『今までのヒーリングやセラピーの有無』
という質問の段落が変なふうになっていた。
修正してたら、うっかりそれに対する記入済みのボブの回答を
見てしまい、私が今までボブにしたセッションは入ってなかった。

「きみの練習台にはいつでもなるよ」「僕で練習しなよ」が
ボブの言葉だったしなー。あのセッションの数々は、
自分にとってはヒーリングやセラピーとは思っておらず、
私に対して『練習の場』を提供してると思ってたのかな、
と思った瞬間、「あ、これか…」と私の頭の中のランプ点灯。

それは
『なぜ無料で提供すると、効果が少ない場合があるのか』
ということに関して。

  IHに関して言うと、施術者が『何か』をしているわけでなく、
  クライアントさんの力とどこぞの叡智が働いているので、
  施術者とクライアントの関係で『無料』のセッションとなっても
  クライアントさんの筋反射がオッケーを出せば、
  顕在意識で気がつかなようなとこでもどんどん変化があり、
  クライアントさんが気がつかないだけで、効果はあります。
  まぁ効果があるのはIHだけじゃないだろうけどね。


すべてのケースに当てはまるわけじゃないだろうけど、
癒しなどで「お試し期間です〜。先着○○名様まで無料です」
というような広告でいらっしゃるクライアントさんの場合、
好奇心でいらっしゃる方が多いように思う。
無料だから試してみるか、というような思いがお強くて、
『今の自分の状況をなんとかしたい』という思いが弱い。

じゃあ、『状況を変えたい』という思いが少ないから
効果が無いのか、というと、そうでもないと思う。

マトリックス・エナジェティクス(ME)の創始者
リチャード博士がセミナー中の質問
『MEを信じていなくても効果はあるのか?』の回答の中で

「僕は足の具合が悪い仔猫を治したことがある。
 仔猫が『MEは効果があるのかな…どうなのかな…』と
 疑問に思ったと思うかい?MEを信じてた?まさか!
 MEが何かすら分かっていなかっただろう!
 僕だって何か分からないのだから』

と話していました。
足の具合が悪くてきちんと歩けなかった仔猫は、
リチャードがMEをしたあと、元気に歩き回り飛び跳ねていたそう。

この仔猫の話を思い出したら、
カギはクライアントの意識の状態なのかな、と。

私の想像ですが、仔猫は足を怪我しているとか
治りたいとか思っておらず、その上、
何とかしようと考えてなかったのでは?
ただ単にその状態(足の怪我)に『いた』だけなんだろうな、と。
そしてMEによって足の怪我の無い状態にシフトしただけなんだろう。

無料提供のクライアントさんの場合、
無料だから、などの思いを埋めることで終わってしまい、
効果が薄いのかなぁと。
(『エネルギー等価交換が無ければダメだ』という言葉もありますが)

無料のケースとはちょっと違うのですが、
時々「自分は来るつもりなかったけど、友人に言われてなんとなく来た」
というクライアントさんがいらして、効果がある方もいますが、
この場合は『状況を変えよう』とか思っていなかったけど、他に何も無く。
ただ単に『来た(ここにいる状態)』なのかなーと。
だからそこから別の状態にシフトしただけなのかな、と。
あの仔猫のような状態と似てますね。

なるほどなぁ。
何かをしなくて、ただそこにいる。
そしてそこからシフトし、新しいその場にいる。

きっと、次のシフト先、たどり着きたいようなとこが
明確にイメージできていれば、
こうしよう、あれしよう、などとしなくても、
すすっと移動できる。。のでしょうね。

私にとっては、新しい発見で、とても興味深いです。
なにかに使えないかな?!
プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
(*セッションのご予約はこちら
ご参照ください。

*Facebookしています。
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お友達申請ウエルカムです〜。

***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

アメブロにミラーブログ置きました。
読者登録など便利な機能があるので。
もしアメブロの方がご都合が良ければ
そちらでも宜しくお願いします。
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