ムダ=贅沢をひゃっほぅと出来てなかった…私の自己価値の話

2017.08.16 03:45|わたしの場合
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東京は恵の雨が降ってるそうですね!
ローマ郊外は暑いよ。。。うーん。
先週は酷暑だったから、あの日々より
格段に過ごしやすいのだけど、
酷暑の後に突然かなり涼しくなって
また急に暑くなったので、身体が
ついていっておらず、体調がいまいち。

のんびり過ごしてた…んだけどね。
なんか違和感がありました。

居心地が悪いんですよ。で、

「何もしなくていいじゃん。
 のんびりぐーたらな生活でいいじゃーん」

という思いも浮かんできて、
確かにそうだ、と思うものの
なーんか変だ、という思いも。

まるで自分に言い聞かせてるようだ、と
感じたんですよ。

なんか変だ、なんか変、、と
ザワザワしてたらね、ハッとした!
わたし、自己価値が低いわ!!

あの、ご説明しますとですね、

わたしにとって「のんびりする」ということは、
「無駄なことをする」
「無意味なことをする」
ということにも繋がっていてね、

じゃあ、無駄なこと・無意味なことって
わたしにとってなんだ?と自問したら
「贅沢」が出てきました。

無駄や無意味は、必要性がないから
わたしにとっては贅沢なんですよ。

…え?じゃあ、、、
贅沢=のんびりしてて居心地悪い自分って、、
贅沢しちゃいけないとか思ってる?!
あれ?「わたしは贅沢にふさわしくない」とか思ってる??
と気づいちゃってですね、もう悶絶ですよ!!
(今も書いてて恥ずかしさが湧いてなんともイヤハヤ)

自分で自分をそんな扱いしてただなんて。
わたし、自己価値が低いなーと思った。

で、自己価値が低いと思った理由がまだあって、
それは、自分がしたいことに対して
迷いが出たからでした。

ワークショップしたい、と少し前のブログに
書いてたじゃないですか。あ、書いてたんです、ハイ。
で、構想してたらめちゃ楽しくてね。
「あ、でもこれするならあれ入れないと…」とか
段々、超真面目モードになってきて
これするべき、ああやるべき、などと
「正しさ」でワークショップの内容を組み立てようとしてました。

そしたら、段々何が何だか分からなくなってきて
「わたしがこんなことしなくても…(誰かがしてるだろうし)」
とか思い始めちゃって。
どんどん自分が小さくなってました。

今、気づいて、振り返ってみると
あの自分は自己価値低くなってた、と思う。。。

確かにね、わたしが「こんなこと」しなくても
なんとかなると思うんですよ。地球は消滅しないし(大袈裟)。
でも、視点はそこじゃなくて。

わたしは、生きるということは芸術だなーと感じています。
人それぞれが、自分をどう表現していくか、が、
生きることだと思っています。

そこには間違いやダメとかはなくて
自分で在るか、ということ。
そこに美しさを感じるのね。

あと、思ったのが、
「結局ワークショップを一度も開催しなかったら、、
 構成したことや考えたことは無駄になる?」
などと、ここで「無駄」を考えてましたが(トホホ)
それは「役に立たない=無駄」と判断しただけで、
その実、構成中はすっごい楽しくて
ほんと文字通り「贅沢」な時間を過ごしてるわけですよ。
楽しいしね。

じゃあ、まぁいいか、と思った。
それにね、構成中に考えたことを
ブログでもアップしたら、もしかしたら、どなたかが
何かを感じ取ってくださるかもしれないなぁと。
それくらい自画自賛な面白いことを考えてます。ふふふ〜


…と、後ろ向きなことを書きましたが、
ワークショップのお問い合わせはいただいています(ありがとう〜!)。

いえね、こんな後ろ向きなわたしも見ていただけたら、と思ったんですよ。
時々「ともこさんでも落ち込むことあるんですか!」とか
「ブレることあるんですか!」と驚かれるから。ね?あるでしょう??

ワークショップはまだ構成中なので、
方向性がバシッとしたら、お知らせさせていただきますね。
遠方でもご希望があれば、喜んで行かせていただきます〜

あ。セッションも、ご案内ページは
まだアップしていないのですが受け付けております。
(この後、アップする…つもり…)

今期はいつまで日本に居るのか
全然見えていないのですが、
冬の間はいるんじゃないかなと思います、たぶん。

人生、生きてたら絶対楽しいことはあるから。
で、それは(望めば)毎日続くのよーー!
ラク〜に、みんなが自分を生きて
それぞれに自分を表現していけるのをわたしは想像しています。

よかったら、あなたの人生の一コマに
わたしと過ごす時間を入れてください〜

お会いできることを楽しみにしています!

人それぞれが自分で在り、表現していますように☆




勝手にドラマを作って罪悪感。ーわたしの話

2017.08.10 03:15|わたしの場合
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昨日、シングル親御さんが
好き勝手なことをしているのを見かけてザワッとし
「あ、わたしの内に何かある」と気がつきました。

わたしにとって、この反応はお知らせなのです。
このシーンに関してはお知らせの種類が
いくつかあって、今回は

「自分は好き勝手なことをしておらず、羨ましい」でした。

最近はボブから「ワガママ」のあだ名が付いてるくらい
好きなことしてるつもりだったから何だろうな〜と思いつつ
他にすることがあったので忘れてしまいました。

そしたら今朝。まだ5時前なのに目が覚めて、、
ハッとして、うわーーーと悶えたよ!!

目が覚めた理由は、外から聞こえる「カン…カン…」と
何か硬い物が金属にぶつかる音でした。そして

「うわ、腹立つ。やっぱりアレや!
 あかん、言わなあかんで、わたし!!」

と意識が自分に話し掛けてたもんだからビックリした。
ほんと驚いたけど、でも、目覚めた瞬間だから
自分の潜在意識から来てる物と分かってるので
納得せざるを得ないんですよ、、

実はですね、うちには大きいベランダがあり
今年になってカラスが時々来るようになって
大きな声で「クワーーッ!クワーーッ!」と鳴くんですよ。
それが気に入らないボブは、数日前にCDだかDVDだかを
ベランダの背の高い金具の柵に何枚もつけたのですが、
風が吹くと柵に当たってカン・カン・カーン…カーン…と
甲高い音が聞こえてくる。
あと、光の乱反射もあってチカチカしてるし
ふとした瞬間に刺すような強い光が部屋の中に入ってくる。

わたしにとって甲高い音と強い光は苦手中の苦手。
でもボブが望むのなら…せっかく苦労して?付けたし…などと
勝手に思い込み、
「意識にあがってこないように、見ないふり・気づかないふり」を
してましたーーー!!!

いやもう、本当は分かってた、、自分は居心地悪いって。
体感的には感知してたけど、
マインドで抑圧させ、意識せずに我慢してました。
だから「我慢してる」とは気付けてなかったのね。

「ボブは苦労したんだから」とマインドで体感を抑圧させて、
「意識にあがってこないように、見ないふり・気づかないふり」をして
「無いこと」にしてたから、そりゃ気付けないなーと。

この一連に気がついて
「うわーー、何やってたんだ、わたし!!」と悶えつつ、
起きたボブにすぐ伝えました。
音が気になって寝られない、光も刺すようで痛いと。
わたしは普段から音と光に対して敏感なことは
ボブにもアピールしてたので、この点はすぐ分かってくれました。
(*普段からパートナーとのコミュニケーションは大事ですよ〜)

で、カラス避けを外すことに同意してくれたんだけどね、、
わたし、ボブは怒ると思ったんですよ。
「せっかく設置したのに」とか(設置するのに手こずってたから)。
でもね、怒らなかった。

そして、外すボブの姿を見てたら、、
これまた外すのに少々手こずってるのを見て、
罪悪感が湧いてきました。
「せっかく苦労して設置したのに外してもらってる」とか。
でもね、部屋に入ってきたボブはケロっとしてるんですよ。
爽やかで会話してもサラッと軽い。
外したことに対してなーんも思ってない。

あれれ??ちょっと、わたし!!
勝手にドラマ作ってるんじゃないか、、?!と笑えてきた。

「せっかく設置したのに」と思ったのもわたし。
「苦労したのに」と思ったのもわたし。
でも、実際に行動した本人は、なーんとも思っていない。

…うはっ!可笑しすぎる〜〜!!

でね、罪悪感について、はっきり感じたこと。
これは、自分が自分を責めてるだけだなーと。

例え他人に責められたって、自分が受け入れなかったら
そこから罪悪感は湧いてこない。
「自分が」他人から責められることを受け入れて
「自分が」自分を責めて、罪悪感を感じる。

だから、罪悪感って、
勝手な自分の想像で、自分を責めてるだけだと思った。

生きてたら自分を責めるようなことも
出てくるかもしれない。
その時は、とことん罪悪感と付き合って、
サヨナラしたらいいと思う。

わたしね、罪悪感って
なんだか自分をじわじわ殺してるようだと思った。
ザクザク切りつけてるみたいな感じ。
もうしたくないなぁと。

だから、罪悪感が湧いて、
自分もそこに同意するなら、
とことん付き合って、手放す。

「自分が」自分を責めてるということは、
自分が止めれば終わります。

あと、たまにあるのですが、
「罪悪感を持ちつつ、
 しちゃいけない(と自分で思ってる)ことしてる」のは、
「自分を責めて罪(しちゃいけないことをした)を帳消し」して
罪悪感をそんなふうに使って楽しんでるのかも…ですよ。

「しちゃいけない、でも、したい・やめられない。
 じゃあ罪悪感を感じて、やめられない自分を正当化させよう」
みたいな感じでね、
「自分はちゃんと罪悪感感じてるんだから、いいでしょ」と。
でもそれって、誰に「だからいいでしょ?」と許可をもらってるのかな?
なんで許可をもらってるのかな?


罪悪感。まだ持っていたいと感じたのなら、
持っててもいいんじゃないか、と思う。

でも、もう要らない、と思ったら
「ま、いいじゃん」と、どんな自分でも認めてみてね。
責めてしまう自分(罪悪感を持ったままの自分)すら
「ま、いいじゃん」と!!

深刻にならずに、
遊び心と一緒に!リラックスで〜〜

楽しい8月を☆


エネルギーのダダ漏れ警報機

2017.08.06 02:11|わたしの場合
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昨日友人といろいろ話してて、流れで

「わたしは、エネルギーのだだ漏れをやめたい。
 変なとこで使ってるから、
 もう自分のやりたいことで使いたい。」

と話してました。
ほんと、変なとこでまだエネルギー使ってます。

例えば「頑張っちゃう」とか。
「一旦始めると余りすぎるほどエネルギー注ぐ(暴走?)」
「変な気を使う」とか。

で、友人にエネルギーのダダ漏れ警報機は動作する?
と聞かれたんですね。

友人は
「ダダ漏れ警報機は頭痛になってサインする。
 げっそりしてるかもね」
と話してくれたので、つい、
「警報機、もっと前に鳴らそう!!」
なぁんて言っちゃいましたが、
後になって気がついたけど
そんなこと言うわたしが
以前はぶっ倒れるまで気づかなかったんだから、
どんな口が言うてるねん、と思った…(ゴメン)

で、今でもエネルギーのダダ漏れ警報機のアラームに
すぐには気づかないんだけど、
段々気がつくことまでの時間が早くなりました。

きっと、人によってダダ漏れ警報機のアラーム(サイン)は
違うと思います。友人は頭痛だったしね。
わたしの場合は、ハッとします。

なんて言うかな、、
意識に膜みたいなのがあって
そこにチクっと小さな針が刺さるようなような感じ。
で、刺さった感覚でハッとする。
時々は、針じゃなくて
フライパンで頭を殴られるような感覚で
ガツーンとくるときもありますが。

でね、気づく時と、気づかない時と
何が違うのか、と思い返してみたら、
意識の状態が違う。

気づく時は、
自分の内や身体にリラックス感がある。
そして、周りが見えないほど嵌まり込んで行動していない。

一方、気が付かない時は、
緊張してたなーと思う。
周りが全然見えてなくて、
その時自分がしてることに完全に嵌ってた。
だから、エネルギー・ダダ漏れ警報機が鳴ってても
ちっとも気付けなかったんだろうな、と。

で、気づく時ってね、
意識の状態は広いです。
自分という個にもあり、全体にもあって
そして、意識と行動との間に
微妙な隙間がある感じ。
そこにスルリと滑り込んで気づく…というか、
そこで警報機アラームが鳴り響いてるというか。

むむー。
感覚を言葉に変換しているので
伝わるかどうか分からないんだけど、
表現してみました、、、

なんしかね。

何事もリラックスして行動してると
エネルギーの無駄使いに気づくと思う。
で、自分の居たいように居心地良いように
その場に居られる(在る)んだよね。

リラックス、リラックス。


それにしても、、、
いや〜〜、昔はぶっ倒れて寝込むようなことしてたので
わたし変わったな〜と思った。
あの、わたしだけじゃなくて
誰でも変わるんですよね。

前からいろいろ自分でワークを試してましたが
ここ数ヶ月は特に自分に対して実験ワークしてます。
途中、うっかり遊び心を忘れて
「わたしマゾっ気あったっけ?!」って思ったくらい
自分の奥深くを見てはクラクラしたり
そんな自分にウケて笑えたりして、
いろいろ面白いこともあったし、
整ったことも多かったです。

ブログでもシェアしたくてぽつぽつ書いてますが
生でみんなに会いたいなーと思ってます。
個人セッションだけでなくて、
「こんなワークをわたしはしてる。
 こんな考え方があるよ」と
直接会って、エネルギーででも感じ取ってもらいたいなぁと。

わたしがずーっと思ってたのは、
ひとりひとりが、自分で自分を整えられることに気付いて欲しいな〜と。
輝きを放って欲しいということでした。
みんなめちゃくちゃ凄い輝きを持ってるもん。
持っていない人なんていないもの。

あの、バランスが整っても
また崩れるのは普通なことなんですよね。
わたしも崩れます。
で、またバランスを取り戻せばいいんですよ。

そもそものところで、
永遠に同じ状態は保っていられないし
わたしたちは変容する生き物なんですね。
だからバランスが崩れるのは普通なこと。

大切なのは、バランスを取り戻すことであり、
バランスを保つことではないかも、と思います。

でね、
以前のわたしと今のわたし、
何が違うのかな、、と見つめててね
ふと思ったのが、
今のわたしは自分の方向性が掴めてること、かなと。

別の表現をすると「自分の方位磁石」を
ちゃんと掴んでる感じ。

方位磁石があるとね、
夜空に月も無く、星も出てない真っ暗闇の中でも
どっちに行ったらいいか方向が分かるじゃないですか。
そんな感じかなと思う。

みんなそれぞれ自分の内に方位磁石をちゃんと持ってる。
もし「え?私は分かんない〜」と感じたのなら、
ただ、忘れちゃっただけ。
それをちゃんと思い出して
体感出来るような形にすると
日々ラクに楽しくなるかな〜と思います。
迷ったりしても方位磁石で方向を合わせて
そちらに向けばいいだけだから。

みんなで「自分の方位磁石を手にする」ことが
出来てたら楽しそう〜と、
今ちらりと考えてなんだかワクワクしています。
面白そう!

どうかな。

「自分の方位磁石を掴もう!」に興味あるかな?
なんか思いつきで書いてますが、
面白そうなので、形(ワークショップ)に
してみようかなと思ってます。

ふふふ〜
どうなるかなーー!

人を責めていい?! 喧嘩してもいい! 調和が乱れてもいい。~わたしの場合

2017.07.31 04:02|わたしの場合
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今月はいろんな人に会いました。
そのお一人がボブの何十年来の付き合いの友人Lさん。
Lさんは、わたしの知らないむかーしのボブを知っててね、
ボブとLさんが一緒に居る風景を見てると
まるで戦いを一緒に潜り抜けたような戦友仲間のように見えてきます。

さて、先週Lさんとボブとわたしの三人で
一緒にお茶をした時のこと。
なんの話をしてたのか思い出せないんだけど、
Lさんに突然スイッチが入ったかのように
急にボブを責め始めたんですよ。
そしたらその勢いに乗ったかのように
ボブもLさんに言い返す。
わたしは突然の展開に呆然としてしまい

「なんか槍が飛んでるのが見えるんですけど…!
 というか、なんでわたしはこの二人の間に座ってるんだ?!
 あ、ちょっと待って。前にもこんなシーンあったような…」

と、ワーワー言ってる二人に挟まれて座りながら
「前にもこんなことあったような…」と思い返すと、
あったんですよ!!しかも一回だけじゃない。

いや〜、凄いわこの二人。
過去に何度かお互い責め合ってた。
わたしが目撃しただけで「何度か」あったのだから
わたしが知らないところでもあるかもしれない。
そして、いつも、いつの間にか仲直りしてるのよね。

凄いなーと思いつつも、
この二人に挟まれるように座ってたわたしは
槍が飛んでるのが見えるし
居心地悪いしで、もう。。。

で、居心地悪いわーと思ってたら
ハッとしたんですよ。

あれ?
わたしが責められてるわけじゃないのに居心地悪い??
なんで?人を責めるのはしちゃいけないことだから?
本当か?この二人は責め合っててもお互いを想い合ってるよ?
だからいつも後はサラリとして仲良いけど。

…と気が付いてですね!!ガツーンときた。
フライパンで殴られたかと思った!

いやもう、そもそものところで
「責める」ってなんだ?と思ったんですよ。

Lさんが責める(言ってる)こと聞いても
ボブが責める(言ってる)こと聞いても
両方ともの言ってたことは、
わたしの視点とは違うから、
わたしは理解が出来なかったんですね。

で、気が付いたんですよ。

「責める」という行為は

「あなたは、こんな間違ったことした」
「あなたは、こんなダメなとこがある」と伝えることかな、と思うんだけど、

でも、これって、

「あなたは(私から見て)、こんな間違った(と私が思う)ことした」
「あなたは(私から見て)、こんなダメ(と私が思う)とこがある」

ということだな、と。
結局は「自分が思ってること」なんだって気が付いた。
自分の意見なんですよね。
自分が思う正しさとかを言ってるんですよ。


で、ここで思った。
「責められる」ということは、どういうことだろうって。

「責められる」ということで、受け身じゃないですか。
これって、
自分が受け取らない(認めない)と
責められた、ということにならない(自分はそう思わない)んじゃないか、と。

で、受け取った(認めた、自覚があった)としても、
言った人の思い、例えば悪意とか怒りや不満まで
受け取る必要無いんだよね。

例えばね、もしわたしが

「ともこさんって短気ね!」

と言われたとしたら、
自分で短気だと思わないと

「そう?あなたはそう思う?」

で、終わりです。
「あなたの意見をわたしに伝えてくれたのね、
 あなたの意見は聞きました、
 でもわたしはそうかな?と疑問に思う」
ということで。

そしてもし自分で短気だと自覚してると(ええ、してます)

「そうなのよ!わたし短気」

で、終わりです。
相手の不満とか怒りは受け取らない。
それは、相手の物だから。
だから、居心地は悪くならないし、
そうよね〜と、ただの同意で終わる。


…と、気が付いてね。

するとさ、あれ?と思ったの。
喧嘩してもいいじゃんって。
(*「口喧嘩」ね)

喧嘩って、お互いがお互いに
「私はこう思ってるのに、なんであんたはそんなことしてるのよ!!」
ということをただ激しく言い合ってるだけかも…と。

あ、これって、お互いが自己主張してるだけなんだ、と思った。

わたしね、喧嘩が苦手だったんですよ。
「調和を保つ」が幼い頃から身に染み込んじゃってて
昔は意識しないところでも勝手に保とうとしてたくらい。
調和が乱れるくらいなら自分が我慢してでも
その場を丸く納めようとか。

いや〜〜、わたし、喧嘩についてちゃんと分かってなかった。
喧嘩ってただの自己主張なのかも。
自分が思うことをそれぞれが表現してるだけなんだ。

なぁんだ。そうか。

調和が乱れるのもさ、
ただそれぞれが、もっと居心地が良くなるように
自己主張してるだけなんだね。

ということは、
「調和が乱れるから」と、
自分が我慢しちゃうのは
自分の居心地が悪いままだから、
調和が取れていない…という
逆なことをしてたんだ!と気づきました。

いやはや。ボブとLさんに挟まれて座っててよかった。
面白いことに気づきました。

え?ボブとLさんの責め合いはどうなったのかって?
もちろん、即、落ち着きましたよ。
一通り言い合ったあと、別の話題になり、
その後すぐにLさん

「そういえば、いつうちに遊びに来るの!
 8月、来る?」

と誘ってくれてたし、
この数日後、一緒に食事もしたしね。
仲良しです。

ほんと、責め合ったっていいし、
喧嘩したっていい。
調和が乱れてもいい。

恐れてることをちゃんと見たら
本当の姿が見えるなーと思った出来事でした。



言われたことが分からない!

2017.03.05 23:40|わたしの場合
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この間、友人達と集まる会があり、
数年ぶりに会えた懐かしい友人もいて
ものすごく充実した楽しい時間を過ごしました。

そこでは新しい出会いもあり、
ほぼみんな、何らしかの形で
ヒーリングに関わっています。

でね、わたしは音叉を持って行ってたので、
新しく出会った方にご紹介する機会があったんですよ。
そこで、質問されました。

「これは、何に使うんですか?」

厳密には、アラン・セールスの神の音音叉を
指差されて質問されたのだけど、
わたし、この言葉を聞いた瞬間
頭の中が真っ白になりました。

 ええーー?!何??今、何て言われた?!
 『何に使うのか?』って聞かれたってこと?!
 ヒーリング・セッションに使うって相手は知ってるのに
 その上で『何に使うのか?』って、、、
 なにこの質問!!え?何を聞かれたの、わたし!

頭の中はフル回転するものの、
質問が分からないんですね。

相手が言ったことが分からない。

言われたことが理解できないから、
答えようがないんですよ。
何か浮かんでくるかな、と
自分の内を傍観したものの
頭の中は真っ白の画面がどーーんとあり、
何も浮かんでこないんですね。
ものすごく不思議な感覚でした。
そして、しばらく沈黙の後に…

「ごめんなさい、質問がざっくりしてて
 答えが出てこなくてね、えっと、、」

とだけ言えて、再び、うーーん…

そこで相手の方がまた質問。

「何に必要ですか?どんな時に必要ですか?…(ベラベラ)…」

 えっ…?!
 『何に、どんな時に必要か?』って聞かれた?!
 そりゃセッションですがな!ええっと、、え?

と、頭の中がぐるぐるしてしまい、
その後に相手が話してくださってる内容も理解できませんでした。

相手の方は、神の音音叉を指差して質問くださったのですが、
アランの神の音音叉はとても万能というか、
いろんなケースに使うんですね。
それが「何に必要」なのかって?!この質問なに??と
わたしの中で咄嗟に理解出来なくて。

でも「必要」という言葉に、わたしの頭の中の何かが反応し
そこから、他に持っていたブレイン音叉の話をまずさせてもらって、、
という具合に話を展開し、神の音音叉に関しては
いろんなケースで使うこと、そして
筋反射を使って音叉を選んでいるので
「こういう時に必要」という決まりはない、ということを
お話しました。

でね、この後、ずっと考えてたんですよ。
わたしはなんで「(神の音音叉を)何に使うのか」という質問を
理解出来なかったんだろうって。

そしたら気がついたのが、わたしにとって、
音叉はセッションの中で使うことがごく当たり前だったんだ、と。

例えなんだけどね;

日本でね、ご飯食べます〜となって、
テーブルの上に箸が置いてあっても、そこに疑問を持たない。
で、もし、誰か(日本人)が箸を指差して
「これ何に使うの?」と言ったら
「ご飯食べるためですやん!何を言うてるのん!
 なんでそんな当たり前なことを何で聞くの?」と
わたしは思うとおもう。

「これで、食事をひとくち大にして口に運ぶのよ」
などという説明が咄嗟に出てこないほど、
わたしの中では
食卓上にあるお箸はご飯を食べるときの当たり前の道具で、
それがみんなにとっても当たり前になってる、
そう勝手に無意識で思い込んでた、と気がついたのです。

これが、音叉でも同じようになってたなぁ、と。
特に神の音音叉は「こんなときに、これが必要」という絶対的な枠がなく
(神の音音叉はこんな時に使える、というのはありますが、こんな時に絶対必要という枠は、わたしは感じないのです)
ほんと沢山のことに使える。
わたしにとって、セッションに音叉があって当たり前、
疑問を持たないほどの道具になってた、と気がつきました。

無意識での捉え方、思い込みってすごいなぁと。

で、このことを友人に話したら、

>お互いが当たり前に思ってる事のギャップが大きい時の会話って、
>ビックリするような突っ込みがきたりするんで、思わずフリーズするよね。

>そういった意味でも、本当に各々自分の世界で生きてるんだな、って、
>改めてつくづく思う今日この頃です。


と話してくれて、まさしくそうだなぁと。

《本当に各々自分の世界で生きている》

普段は、自分は「自分の世界で」生きている、ということに
意識があまりない、気がついていないから、

自分の物の見方・考え方(自分の世界)が、
みんなの世界でもある、と
無意識で設定されてると感じます。

だから、ややもすると、

自分の物の見方・考え方をしていない人と話してて
相手が理解出来ないと、変だと思ったり、
ヘタしたら、馬鹿にしたり見下したり。

これって、、井の中の蛙状態だなぁと。

「自分の世界」って、
自分の物の見方・考え方しかできないから
めちゃ狭いんですよね。
というのも「自分の物の見方・考え方」は、
自分が経験したことでしか成り立ってないから。

「相手(他人)の世界」は
自分とは違う見方・考え方を見せてくれる。
え?そんな角度から見れるんだ?!
そんな考え方・展開ができるんだ!という発見がある。

なので、相手の言ったことが分からなくても
「相手が何を言わんとしているのだろう?」と
相手をもっと知ろうとしたり、
相手の物の見方をしてみようとしたり、
「自分の言葉に変換すると、どう表現できるのだろう?」と
自分とすり合わせてみたり。

すると、自分の世界が広がると感じます。
ああ、そんな物の見方が出来るんだなぁと。


今回の音叉の質問は、ビックリ体験でした。
あんなに頭が真っ白になった体験は新鮮だったな〜
そして、わたしの思い込みにも気づいて
わたしにとって、音叉はどういう物であるのか、と
体感しました。
音叉はわたしの日常にあって当たり前みたいになってるんだな。
フリーズするくらいの思いもよらない質問、
考え方は、わたしの世界をどんどん広げてくれます。

あなたはどんな世界で生きていますか?
よかったら、わたしにも見せてくださいね☆

自分勝手な「脳内自動変換機」は「自分が責められてると思いたい変換機」。

2017.01.26 00:36|わたしの場合
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以前、ボブから「もうカーテンは洗ったんだよね?」と
質問されたことに対し、
わたしが勝手な解釈をして、
「まだ洗ってないのか!何してるねん!!」
と、責められたと感じたことがあったのですが。
(※ボブは本当にただ質問しただけ・会話なだけでした)

また勝手な解釈をしてて、ハッとしました。

今日はボブとわたしと私の母とイケアに行ったんですけどね。
私の母はマイペースなところがあるので
一緒に買い物に行って、
一緒に同じ物を見てても、
視界に気になる物が入ってきたら即そちらへ行って、
またそこから違う所へ行って…と
気がついたら母がどこに居るのか分からないことが
しょっちゅうあるのです。

今日のイケアでも同じことになり、
何度か繰り返した後、
まだ延々といろんな物をみている母を見たボブは
わたしに対して

「まただよ!あなたの母はいつまで物を見てんだ!!」

と怒りを露わにして言ったのです。
そしたらわたし、とっさに言い訳をしたくなって
口を開きそうになったんだけど、
でも瞬時になんか変だと気がついた。

え?なに?なんか変…と
自分が感じているのが「何なのか」を
観察してたら、ハッとしたんですよ!

わたしね、ボブに「あなたの母」と言われて

「あなたの母」
  ↓
「あなた」
  ↓
「わたし」

って勝手に変換させてました!!
「わたし」に文句言ってると勝手に思っちゃってた。

なんか愕然としたんですけどね、
こんな超自分勝手な脳内自動変換を
無意識でしょっちゅうやってると気がついた。

今回はボブが「あなたの」という言葉を
使ってくれたから気がつけたのですが、
他にもやってるんですよ。

例えばね、
ボブが日本人全般に対して不満を言ったときは
「わたしの中にある同じ部分」に文句を言われたと
勝手に感じてしまい、結果、瞬時に
「わたしに」文句を言ってると思っちゃってたんですね。
無意識に。

ええ、わたしの勝手な解釈です。
ボブはわたしには文句言ってませんから。
というのも、彼がわたしに文句を言うときは
いつも「あなたは」とはっきり言ってくるからです。

いやーー、わたしの勝手な無意識での解釈っぷりにはビックリした。

ここに気がついたら、すぅっと落ち着いたのですが
今回もうひとつ気がついたのが、
「人に対して不満を言っていい」
「怒ってもいい」ということ。

あ、不満を言っていいし
怒ってもいいと前から思ってたのですが、
今回、目からウロコだったのが

「相手の文句言って即行機嫌直して相手に親しく仲良くしていい」

ということでした。
ボブのいいなぁすごいなぁと思うところのひとつが
彼の瞬間沸騰&瞬間冷却ぐあいなのですが、
その場でガガッと怒りを表現し
スーッと冷めて、けろっとしてるんですね。
まるで何事も無かったかのように。
で、すっきりして、別のことでケタケタ笑ったりしてるのです。

ということを、今回も目の当たりにし、

「人(わたしの母)の不満を怒り露わにして言った後で
 その人(わたしの母)と冗談言ったりして笑ってもいい」

と気がついた!!
わたし、何か知らんけど、ダメだと思ってましたーーー!
もうほんとビックリした。

あともうひとつ、ボブを観察してて気がついたんだけど、
ボブはわたしの母の「行動」について不満を言っただけであり
「わたしの母」に不満を言ったわけじゃないんだよね。

しかも

その行動に対しての不満は
「自分(ボブ)が希望するように物事が運んでいない」という
「自分(ボブ)の不満」なわけですよ。

…分かりづらいかな??
えっとね、今回のことでいうと、

「まただよ!あなたの母はいつまで物を見てんだ!!」
というボブの不満は

「おいらはもっとサクサクっとスムーズに回りたいのに
 回れていない。不満です」

ということを表現してたんですね。
なので、実際に、母がわたしたちと合流し
もう母の興味をひく物が無くなって
サクサクと回れていると、
機嫌もよくなり、母とも冗談を言って笑っているという。

だから、

母の行動は、ボブの中で怒りが入った
単なるスイッチなだけ。
「自分(ボブ)の中にタネがある」のです。

他人の行動から
自分の中になにかが湧き上がってくるということは、
他人が悪い(他人のせい)ではなく
「自分の中にザラザラしたことがある」だけなんですね。

あ。

自分が悪いわけでもないですよーー
自分のせいでもないですから。

ただ「そういう感情が出てきている」だけで
居心地が良くないのであれば、
自分の中を見つめて整えたらいいだけのこと。

そして、整えたら、即、その相手とも
仲良くしていいし、笑い合ってもいい。

なんかさ、、わたしってば勝手に自分を責めて
仲良くしたりしちゃいけないとか、無意識に思ってました。。

うわーー、なんでやーー!
もうビックリするわ。
自分で自分の責めっぷりには!

ボブの瞬間沸騰&瞬間冷却ぶりと
母のマイペースぶりと純粋さは
いつもわたしの中をまざまざと写し出してくれます。
うーーん。まだなんかありそうやな。
次回を乞うご期待?!

【続】今日も「面倒臭い」発言、そして「ひとでなし」について教えてもらった!

2016.11.25 00:40|わたしの場合
20161124.jpeg

今日、家に帰って

「ただいま〜。
 今日一日どうだった?どんな楽しいことしてたの?」

とボブに聞いたら、
もじもじしながら笑みを浮かべてました。

「えっ!そんな楽しいことしてたん?!何?」

なんか楽しそうだったので、どんな面白いことしてたんだろうと
超楽しみにして聞いたらね、、、

「昨日教えてもらった写真の編集が分からないんだよー」

ですって、奥さん!!どないや!
わたしゃビックリしたがな。

「え?!あなたメモ取ってたやん!」
「それがさ、メモ通りにしたのに小窓が開かないんだよ」
「どないや!面倒臭いな〜」
「あはは〜〜」
「あはは〜」

と、今日もボブ(夫)に「面倒臭い」発言をしても
やっぱり二人で笑ってました。
そして、わたしもボブも落ち着いてる。

これね、ひと昔前までは、こうは行かなかった。

昨日の記事にも書いたのだけど
ボブの反応は

「僕は君のために沢山のことをしているのに!
 なんでこんなことで面倒臭いと言う/思うの?)」

という言葉を怒りと共に表現してたのです。
すると、わたしは

申し訳ない、罪悪感、期待に応えなければ、
わたしも同等に同じことをしなければならない、
夫の願いは叶えなければならない、
夫を粗末に扱ってはいけない

などという思いや信念が瞬時に出てきてたんですね。
で、何も言えなくなって、言われた/お願いされたことを
やりたくなくても、わたしのすべての感情を抑圧して黙ってしてた…という。

すっごい自分に無理をさせてました。
自分に嘘ついてた。
出てきてた感情を無視して。

今はそれを止めて、
自分の感情やふと出てくる思いを拾ってます。
で、見るの。ああ、わたしそんなこと感じたんだ〜って。
そして認める。

その繰り返しをしています。

そうするとね、自分は何が嫌で
何が好きなのか、楽しいのか、もっと分かるようになります。

セッションでお会いする方で
「自分は何が好きなのか分からなくなりました」
「してて楽しいことが何か分からなくなりました」
とお話しくださる方も多いのだけど、それは
ほんとは嫌なのに、自分(の内なる声)を無視して
無理やりさせてる事が多すぎて、
「好き」が分からなくなってるのね。
「好き」への感度が鈍っちゃってる。

なので、瞬時に湧いてくる自分の感覚を見逃さない。
ちゃんと拾ってあげる。見る。認める。

で、お薦めしたいのが「いい人は止める」こと。

いつまでも「良い子」ではいられないのね。
キャサリンも言ってたけど、
ほんと、良い子ではいつづけられない。
自分が壊れちゃう。

でね、昨日の記事で
「わたしは人で無し(な面がある)」と認めた、と
書いたのですが。

そこで、同じくIHプラクティショナーの
NY在住しんちゃん

人でなしとは"人で無し:人の価値観で生きていない"と言う事で、周りの意見よりより深く自分の内側の神様の声を聞いているのかも知れませんね。

と教えてくれました。
ほんまやな〜〜。
そういう見方がある!と目からウロコでした。

ね?こういう視点だと「ひとでなし」も
くるっと引っくり返って、なんだか楽しい生き方なような感じ。

わたしは「自分は人で無し(な面がある)」と認めました。
なんかジタバタしちゃって中々認められなかったけど、
一旦認めると、ラクよ〜〜

よかったら、あなたもどうぞ「 Teamひとでなし」へ♡


追記:NY在住しんちゃんのブログはこちらです。
NY ゲイヒーラー物語
http://ameblo.jp/lomiyoganyny/
しんちゃんね、ハートがオープンでいつも自由を感じます。
でね、セクシャリティーに関しては達人!
セックスでなんか気になってたら、
しんちゃんのブログを見てみてね。


夫に「それ面倒臭い」発言(わたしの場合)

2016.11.24 01:14|わたしの場合
20161123.jpg

わたしね、同じことを同じ人に何十回もお話するのが苦手です。
数回だと全然苦じゃないのだけどね、
それが10回くらいになると段々苦手になってくる。

そんなわたし。
今日もボブにパソコンでの写真の編集作業を
「やって欲しい」とお願いされたのですが
「あなた、メモとったらこれから自分で出来るから、メモ取ってよ」
と言いました。

写真の編集作業ね、ここ数日連日でお願いされてます。
特に今回は同じ写真を何度も作業するように言われて嫌になってきた。
で、口頭でも何度か説明したの。こうするのよって。
でも、あかんのですわ。
口頭だけじゃ覚えられないみたい。
なのでメモ取るように言ったら「そうやな!」と
今後は自分でやる気満々。

「こうしてこうして…」
「ふむふむ(メモ)」
「じゃあ、自分でやってみて」
「え…(ポカーン)」

どないや!と思ったものの
メモを見つつ、ボブは出来るようになったので

「良かったわ〜。何度も同じこと言うの面倒臭いねん。
 写真の編集も、面倒臭いねん〜〜」

と、わたしゃポロリと発言してしまいました。
そしたら笑ってたボブの表情がみるみるうちにこわばり

「なんでだよ!僕は君のために沢山のことをしてるってのに!
 (なんでこんな写真編集だけで面倒臭いと言うの?)」と。

なので、わたしが思うことをすべて言いました。

「そうね、あなたはわたしに沢山のことをしてくれてるわ。
 ありがとう。感謝してる。
 でも、わたしはそんな人やねん。自分勝手なん。
 それに、同じこと何度も言うのはわたしの苦手なことだって
 あなたも知ってるでしょう?
 その写真の編集も、同じ写真を何度もしてきてもう面倒臭いねん〜、ははは」

そしたら、ボブもつられて笑って

「あははは〜〜、きみって人はまったく!」

最後は二人揃って笑ってました。
で、思ったのがね。

「わたしって、ひとでなし(な面がある)」と
さっさと認めたらラクやなぁと。

なんかね、自分は人で無しって嫌な感じしない?!
わたしはそう思っちゃって、なかなか認められなかった。
どんなに酷い人間やねん…とかも思ったりして。

でもね、
やっぱりわたしの中にはそんな面があるんだなーと思った。
だから、ええぃっと「人で無しな(面がある)自分」を見た。
認めました。そしたらなんかラクになった!
ふぅ〜っとパンパンに張った風船から空気が抜けた感じ。

後から気がついたのだけど
きっと自分のことを見張ってたんだろうな、と。
「いい人でいるように」「良い人な行動をするように」って。

そこを「わたしは人で無し(な面がある)から」と認めたので
良い人でいるように自分を見張る(気を張る)必要がなくなったから
ラクになれたのだと思う。

あとね、

やっぱり自分が心地良くあることが一番だなぁ、と。
心地良くいると、余裕が出てくるんですね。
なので、嫌なことに遭遇しても
「嫌です」と冷静に言える余裕がある。

これが、余裕がないと
「怒り」で「嫌だ」と表現しちゃうんだよね。

「なんでやねん!またかよ!」
「なんで自分でしないのよ!」
「なんで覚えられないのよ!」

なぁんてね。

なので、まずは、自分の心地良いこと・悪いことを
ちゃんと感じて知ること。

そして、自分が心地良い状態でいることが大切だな、と。

あのね、

もし、ずーっと心地悪いことをしてきて
急にそれを止めたら、パートナーや家族から
あれこれ言われるかもしれないけど、
それは当たり前なのね。

だって、今までの状態から急に変わったのだから。
誰にでも起こりうる化学反応みたいなもの。
わたしもボブに何度もあれこれ言われました。

でもそれもいつかは過ぎることだから、
「自分の居心地良さ」を
「自分に正直に」いることを大切に。

すると自分に余裕が出てくるし、
なにより、
自分が自分勝手でいることにOKが出せると
他人が自分勝手でいることにもOKが出せるんですね。

自分に優しくなると
他人にも優しくなれる。

きっとこういうことなんだろうなぁ。

プロフィール

ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
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日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
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お会いできることを楽しみにしてます。

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