欲望は悪いことではなく原動力にもなるエネルギー

2017.08.19 03:22|思ったこと・気づいたこと
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昨日、友人と欲望について話してました。
でね、つくづく欲望ってエネルギーだなぁと思ったんですよ。

ややもすると、
欲望は悪いことみたいな扱いもされるようですが
わたしは

「欲望」を
どうとらえて
どう使って
どう表現していくか

…だと思う。

欲望はエネルギーだから
上手く使うと
いろんなことを創りだせると思うのね。

なのに「欲望はダメなこと」と思っちゃって
無理矢理抑えつけようとすると
エネルギーは出ていけなくなって
変な具合になってしまうことも。
(ここから変な執着が生まれてしまい
 苦しみになるのかな、とわたしは感じています)

欲望を、信仰心などで消したり、
抑えられたりすることができる人もいると思う。

でも、ただの抑えだと
抑圧になってて「圧」がかかってるから、
あとで、その「圧」が反動して
爆発しちゃうこともあるのね。

あの、一方向に力がかかると、
反対方向にも力がかかるんですよ。
動きはいつも対になっているから。
なので
無理矢理抑え付ける(下)と
爆発(上)にもなりえる、という。

わたしね、
欲望は「火」に似てると思う。

火を上手いこと使ったら
暖をとったり
食べ物を煮たり焼いたり
ガラス細工や刀を形作ったりもできる。

でも

火の扱いを間違ったら
ヤケドしたり火事になるわけで。

こういうことは、
火を使いながら(欲望を実際に表現していきながら)
分かることもあるんだろうなぁと感じています。

だからね、実際にしていく。

え?どうやったらいいのか分からん??
だから悶々としてるんやん!って?!

あの、

これはわたしが思うところなんだけど、
欲望はエネルギーだから流れるじゃないですか。
だから、どういう回路を作ろうか、と見ていく。
ダイレクトにドーーンといくのもあるし、
カーブをかけてクネクネいくのもある。

例えばね、食欲でいくと
食べたい物をとにかく「食べる」というのもあるし、
食べる時の雰囲気を変えて「食べる+環境」というのもありますね。
食器を変える、キャンドルを灯す、音楽をかける、とか。

同じ欲望でも、
自分はその欲望のどの面…例えば食欲でいくと

・見た目、食事の盛り付けや食器の美しさ、場所など
・食感、触感、嗅覚的なこと
・経験を積みたい(食レポを書くのが好き)
・特定の味/国の料理を極めたい

というのような感じで、
その欲望のどの面を展開してくか、を
見ていくと面白いと思うのです。
そして、そこを表現していき、
欲望エネルギーを流していくのね。
すると楽しいし。

友人が言ってくれた言葉で
わたしも共感したのが

「欲望こそがマニフェステーションのエネルギー」

これ、ほんとそうだと思う。

欲望って
自分の中にあることを外へ現す原動力になるなぁと。
そして、そこには美しさもあると思うんですよ。

自分の中の想像性が発揮される。
自分の輝きも放たれると感じるんですね。

欲望はエネルギー。
ダメなことや悪いことじゃないよ。

火を使って、
暖をとったり調理をしたり
製鉄で道具を作ったり
ガラス細工で美を生み出したり
するように、
欲望も使っていこう〜〜

時々ヤケドしたって大丈夫。
火(欲望)の扱い方を学んだだけだから。

そうやって火(欲望)のマスターに
なっていくのだと思います。

わたしも火(欲望)のマスターになりますー!


ケンカの後が「スッキリ!」「モヤモヤ…」「傷ついた」の違い

2017.08.08 04:33|思ったこと・気づいたこと
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今日はボブと細々した買い物のために
いろんな店に寄りました。
日用雑貨の店、スーパー、生鮮食品店、
銀行、修理&部品販売店などなど。
そしたらね、店員と客がケンカしてるのを
行く店・行く店で3回見かけたんですよ。
しかもそのうちの一つはかなり激しかったです。

3回目に見かけたときは、
長い行列に並んでいたときで
ボブが珍しいね、と話しかけてきました。

「今日は珍しいね!また(ケンカ)だ」
「ほんとね〜。今日は満月だからかな(イタリアは時差で今日)」
「そうなんだ?月の影響は大きいからな〜」

と話してたら、前に並んでいたお嬢さんが

「今日は、夕方に月食もあるよ」
「そうだった!」

すると、もう一つ前に並んでいたマダムが

「満月と月食の2つだもの!
 月の影響は凄くあるでしょうね」

とそこへ、そのもう一つ前に並んでいた紳士が

「暑いしね〜〜。
 暑さも響いてくるよ、、訳分からなくなるんじゃない?」

と、どんどんいろんな人が入ってきて
みんなでいろいろ話してました。
おかげで長い列の待ち時間も楽しかった〜


でね、今日のケンカを見て思ったのが、

ケンカの後に感じることは
「スッキリする」
「モヤモヤする」
「傷つく」など、
種類があるんじゃないかな、と。

これを読んでくださってるあなたも
経験ありませんかね?

パートナーとケンカした後、
・スッキリして仲直りまでした
・言いたいこと言ったような気もしないではないけど、
 なーんかモヤモヤ残ってる…
・傷ついた!!

というようなこと。

これね、何が違うと思う??

わたしが思ったのはね、
「本音を言ったかどうか」かな、と。

今日見かけた一番激しかったケンカで
聞こえてきた会話は

店員
「今、掃除をしてるからそこ通るなって。
 あんたに何回言ったら分かるんだよ。
 これで4回目(言ってるん)だぜ??」


「ここ掃除してるのは分かってるわよ!
 なによ、その態度!!
 あなた、それでも店員なの?!」

でした。これ、お互いが
「自分を分かって欲しい」
みたいなことを言ってるんですよね。
でも、本音を言ってない。
自分が感じてることを言っていない。

で、何度か同じ会話を繰り返し、
お互いの怒りも激しくなって、客が言い放ったのが

「こっちは客なんだから、大切にしなさいよ!!」

これを聞いて、やっと本音が出たと思いました。
これって、

「私を大切にしなさいよ!」

って言ってるんですね。
自分を大切にしてもらえていないと感じて、怒ってた。

これが「怒りは仮面だから、その下の本音を見る必要がある」
ということだなーと。

ケンカをするときに、こんな本音を出してると
ケンカの後にスッキリする。
で、時には仲直りもできる、と。
(*仲直りは相手の都合があるから
  いつもラブラブ仲直りが待ってるとは限らないと思うけど)

そして、
「言いたいことは言ったような気がするけど
 なんかモヤモヤ残ってる…」というのは、
本音まで指先が届いた程度で、あと一歩だった、という感じ。
もっと、その奥にある自分が感じてることを見極める必要があるかな。

で、「傷ついた!!」というのは
本音を言ってない、と感じます。
上っ面のところだけでケンカしてたかな、と。
さっきの店員と客のように
「その態度は何よ」みたいな言葉は
まさしくそれで、この場合は
「その態度を見て、自分はどう思うのか、自分が何を感じるのか」
を見る必要がある。

例えば
「そういう態度をとられると、
 大切に扱ってもらっていないと感じ、辛い」みたいな。

で、ここまで本音を言って、相手から何かしてもらえる、
相手が変わる…とか期待しない方がいいと思う。
上でも書いたように、相手の行動は相手の都合があるから。

ちなみに、今日見た激しいケンカで客の
「こっちは客なんだから、大切にしなさいよ!」と
言った後の店員の反応は、客?だからどうだってんだ??という
態度でした。

ケンカはときにはお互いの怒りがものすごく爆発し
売り言葉に買い言葉などもありますね。
なので、それに乗っちゃうと、
訳の分からない会話になったり
ズレたことを言い出すこともある。

自分は本音を言えたとしても、
相手は言わないこともあるし
本音ににたどり着くまでに傷ついてる場合もある。
なので、相手の変化に期待しない。
そもそものところで、相手の行動は相手の都合があり
相手が決めることだから。


今日はケンカを3つ見て、
「ケンカもアート(芸術)だな〜」と思いました。

湧き上がってくるような怒りを感じ
爆発するエネルギーに乗せる言葉を瞬時に選び
身体を使ってまで表現する。

相手から発されるエネルギーに影響を受ける場合もあり
そこで変化する自分エネルギー。
そこからまた形造られる怒り。
発散されるエネルギー。

…で、これは自分自身との関係でも
当てはまるかな?と思った。

自分のすべての面と
本音で付き合えているか。

自分のどこかを嫌ったりして
自分の一面の都合の良さで、
他の一面を追い払っていないか、とか。

あーら、どうかしらーー、わたし!

今宵は満月。
しかも、太陽と地球と月が一直線に並びます。

天体のエネルギーの助けも貰って
自分とのケンカ、見ますー。

想像力は、007がドラゴンを連れてやってくるし、ピンチからも救ってくれる

2017.08.02 04:17|思ったこと・気づいたこと
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時々、夕暮れ時頃に
窓から子どたちが遊んでいる声が
聞こえてくることがあります。

ワーワー…
キャーーー!アハハ〜

笑い声がこれまた可愛いのです。
時々しか聞こえないので、
お友達が遊びに来てる時なのかな、と
聞こえる声を楽しみにしています。

でね、昨日、聞こえてきたのは

「007(ジェームス・ボンドのことね)が
 息止めてやって来るーー」

という男の子の声で、わたしは思わず
007は息止めて登場するんかい!
と心の中で突っ込んでしまったほどで、
そしてその直後に聞こえたのが

「ドラゴン連れてやって来るー!」

でした。

…ちょっと、世界中の皆さん。聞きました?
007がドラゴンを従えてやって来るんですってよ?

洗練されたスーツに身を包み、
超ハイテクなテクノロジーを使いこなす
ジェームス・ボンド。
そんな彼がドラゴンを連れて登場するやなんて、、
あり得るんかいな、男子よ!

と思った瞬間、ハッとしたんですよ。

うわ、わたし、限界設定してる!って。
自分で自分の想像/創造を限定させてると
気がついた。

わたしにとっての007は現代的なんですね。
で、ドラゴンは中性的に捉えていました。
だから、わたしの中では007とドラゴンは
結びつかなかったんですよ。
なので子供が
「007がドラゴンを連れてやって来る」
と言うのを聞き、瞬間的に
「変だ」→「あり得るのかな?」と思ってしまいました。

あちゃー。疑問を持った瞬間に
存在する可能性はぐぐっと下がる、
もしくは、消えちゃうのよね。

これは、
想像(イマジネーション
創造(クリエイティビティ
が広がる可能性が閉じることにも繋がってると感じます。

なので!
想像力&創造力を豊かにしたい場合、
子供のような遊び心で
「あり得るんかいな!」ってことも
心の眼で見ていくことが大切なのです。

ほら、小さい時にごっこ遊びしたじゃないですか?
お気に入りのアニメやキャラクターなどで
「ぼくは○○の役ー」
「わたしは□□の役する」という感じで、
勝手にストーリーとか作っちゃって。

時には、エアー道具とかも作り出して
見えない敵と戦ったりしてね。

そんなノリが大切でね、
しかも、こういうのって
実はものすごく大切で役に立つんですよ。

自分が危機に直面したときに助けてくれる。

「うわー、やばい!どうしよ?!」
という時に、解決策が勝手に瞬間的に
ポップアップしてくるんですよ。

(うーーん、、わたしが言いたいこと伝わってるかな、、)

あの、実際に体験すると「これか!」と
体感してもらえるんだけど、例えばね。

「ちょっ、どうしよ?!」というピンチな時って
どうしようか、と、頭で考えちゃうじゃないですか。
(もしかしたら頭真っ白になってフリーズする場合もあるかも、ですが。わたしタマにある…

で、こういう時って、普段から論理的な考え方をしがちとか
自分の考えが正しいと思い込んでたりすると、
解決策を今までの経験で積んだことの中、
いわゆる記憶の中から探そうとしてる場合が多いと感じます。

ところが、想像力が鍛えられてる場合だと
なんかよう分からんけど…という場合で、
突拍子もないようなことがポーンと浮かんでくるんですね。

わたしにとって、この例え話になっているのが
ギリシャ神話での
ペルセウスがメデューサを退治した時の話です。

メデューサは、見る物を石にしてしまう力を持っていました。
なので、
ペルセウスは、鏡のように磨かれた盾を見ながら
(メデューサを直接見ないようにして)
メデューサを退治したのです。


という話です。
盾ってね、防具・守る物という考えが
ずっとあったのですが、
攻撃道具としても使えるんだ!と目からウロコでした。
しかも、鏡として使うなんてね。

想像に関しては、
アルベルト・アインシュタインも

「Imagination is more important than knowledge.
 想像(想像力)は知識よりも重要である」


と言ってますね。
あのアインシュタインがこういうほどの
想像・想像力の素晴らしさってどれだけなの?!と
ものすごく興味があります。

自分の想像がもっと豊かになると…
どんなことがあるんだろう?!

あなたはどうですか?
 
 
 

死刑がダメなのではなく「死刑はダメだと思っているわたし」がズレてた

2017.07.29 03:40|思ったこと・気づいたこと
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夏ですねー!
いかがお過ごしですか。

ここしばらくは、
遠方からイタリアに来てた家族同然の人と会ったり
ボブのお誕生日があったり
ちょくちょく波打ち際を歩きに海へ行ったり。
海はやっぱりいいな〜。大好きです。

トップの写真は、今日の海です。
今朝は風がきつく、雲もありました。
先週行った時は雲一つ無いほどの青空だったの。
その時の写真はこちら
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空の青さは大好きです。
どこまでも青い。
海を見てると、地球の大きさとか
「ひとつ」なんだな〜とか。
いろんなことが浮かんできます。

さてところで。
ナポリの話をしてて、途中なのですが
今は違う話をしたいので、ナポリはまた気が向いたときに…
(気侭で話が飛んでスイマセン)


なんかね、最近、自分の内が根こそぎ掻き混ざっている感じがあり
物事の見方、考え方が変容してます。

例えば、
昨日あったことなんだけどね。

うちの区域に森っぽい所があるのですが
そこが火事になり原因は放火でした。
大規模な火事になり、話題になって

「放火する奴なんて、死刑にすればいい!」
「首に紐をひっかけて吊るしてやればいいんだ!」

云々と知人が言ったんですよ。
聞こえた瞬間は、なんか言うてはるわーと思ったのですが、
わたしの内がザワッとした。

落ち着かない。

なに、このザワッと感?
何が落ち着かないんだろう。
死刑に関して?
凶暴性?
攻撃性?

…いや、違うわ。なんか違う、、
と自分の内を見てたらですね、ハッとした。

わたしは、この知人を丸ごと認めてなかったなー、と。

知人が言ったことって、

「死刑を認める」
「死刑を妥当と思う」
「死刑を求める」
「死刑を望む」
「死刑の細部を表現する」
「憎しみを声高々に表現する」

ということで、これらって
わたしが認識していないことだったんですね。
なので、
わたしの中には存在していないことだった。

わたしにとって死刑とは
「してはいけないこと」でした。
だから、それを望むなんてもってのほかだったし
まして「首に紐をひっかけて…」などと聞くのは
物騒でしかないし、
しかも憎しみを声高々に表現するなんて!!

いや〜…。でもさ、
知人から凶暴性を感じ、物騒なこと言わはるわーと
一瞬うっとおしさを感じたわたしですが、
このわたしが感じたこの「鬱陶しい」もよくよく見つめると
「腹立つ」であり、憎しみも混じってたな、と。

あら、いやだ。わたしと知人は同じじゃん。
わたしはただ外に向けて表現しなかっただけ。

で、この「腹立つ」ってね、
なんで腹が立つのかというと

「しちゃいけないことなのに
 なんであんたはしろ!って言うのよ」

だったんですね。で、もっとはっきりさせると

「(わたしは)しちゃいけないこと(と思ってる)のに
 なんであなたはしろ!と言うのよ」

なんですよ。自分の考えを押し付けてる。
で、今までのわたしは知人の中の「わたしが合意してる部分だけ」を
認めてたなーと気が付いた。

知人を丸ごと認めてなかったよ、、、


ここでのポイントは
「死刑はしてもいい、したらダメ」という観点ではない、ということです。

「自分がタブーと思ってることを
 してもいいと思ってる人を認める」です。

でね、究極なことを言うと

「自分がタブーとしていることを
 してもいいと思う」

の境地にいけたら
どーんと何かが自分の内でひっくり返るんだけどね。

正直なところ、死刑に関しては
今のわたしは「してもいいじゃん」とまだ完全には言えないです。
「そういうこともあるね」程度。
でも、自分の中でなにか枠が外れた感じがあります。


今回は、死刑が題材で気が付いたのですが、
自分がタブーとしていること
例えば、

・仕事に関して
・親の介護
・子供の世話
・パートナーとの関係性

とかでのタブーを
「してもいいじゃん」と思えると
ほんと変わってくる。
例えば具体的に言うと
「親の介護を放棄するのはタブー」を
放棄してもいいじゃんって思う、とか。

あの、実際に放棄を勧めてるわけでなく、
自分の中に「親の介護を放棄したらダメだ」という
思いはありませんか?という話なんですね。
(放棄したかったらしてもいいと思います)

「親の介護を放棄したらダメだ」
と思いながら介護をするのと
「親の介護を放棄してもいい」
と思いながら介護をするのとでは
同じことをしてても全然違いますから。

自分が認識していることだけで
自分の世界=生きてる範囲が創られてるから。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


死刑が悪いのではなく
死刑は悪いと思っているわたしがズレてました。

死刑にしちゃえと言う人を認めていなかったこと、が
わたしの内のバランスを崩していました。

自分がしちゃダメと思ってたことをまぁあるよねと認めると
自分の内のドス黒い部分も認められた感じがあります。
何がどうと言葉では表現できないのだけど、
自分の内のスペースが広がった感覚がある。

死刑に関しては、自分の中で大きなテーマだったので
「死刑してもいいじゃん」と思ってみるのは
大きなチャレンジでした。
ひゃー、ちと苦しかった。

さあ、次いきます。
(まだあるんかい!)


夫婦間で上手くいくには「妻は夫に甘える」「夫は妻とコミュニケーションをとる」ことも一つかな

2017.07.10 04:10|思ったこと・気づいたこと
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この間のナポリで出会った人と過ごしてた時に
夫婦間のことで思うことがありました。

わたしの周りの男性は
離婚歴がある人も沢山いらして、
その後、再婚している方も多いです。

で、再婚した男性のほとんどは
再婚してから家事をし始めたそうで、
なぜ初婚時に家事をしていなかったのかというのが

「何をしても当時の妻は文句を言ってたから」
「どうやっても当時の妻は怒ってたから」

だから、家事はしなかったそう。

家事をしたことがない男性は
お家のことは、どうしたらいいか分からないんですよね。
男一人暮らしの時は適当にしてたけど、
パートナーと暮らすようになったら状況が変わって
妻が家のことをするようになって。
で、大変そうな妻を見て、夫なりに思うことをするのだけど
妻としては…特に普段から忙しくて完璧主義を持ってる妻は
自分の中に段取りがあるので、そこを乱されるのでイライラしてしまう。

例えば、夫が食器を洗ったんだけど
食器の裏側を洗ってなくてベトベトしてる。
しかも油がグラスの足の部分にも残ってて、
すべてを洗い直すはめになっちゃって。
でも、夫は「洗ってやったぞー」みたいな顔して
ソファーにのけぞっていると、
疲れてる妻は泣きたくなるか、怒りになっちゃってもう、、

こうなるとさ、妻が文句を言いたくなったり
怒っちゃう気持ちも理解できるんですよ。
(あ、頷いてる人、いるでしょ?!)
でも同時に、洗ったのに妻に怒られて
悲しくなった・腹立った夫の気持ちもわかる。

まぁ落ち着いて。
自分なりの夫と妻の関係を、
時間を遡って見て欲しいなぁと思います。

妻の場合ね、
普段から「家事」と「仕事(子供の世話、親の介護なども含む)」を
(完璧に)両立させそうとしてませんか?
自分で何でもしようとしてませんか?
自分でした方が早いと思ってませんか?
夫とコミュニケーション(ボディタッチ含む)をしていますか?
夫に甘えることはできますか?
「見たらすること分かるだろ?空気読めよ」と夫に対して思ってませんか?
家事は「夫に手伝ってもらう」という意識はありませんか?

夫の場合ね、
仕事に時間を取られすぎてませんか?
妻とコミュニケーション(ボディタッチ含む)をしていますか?
妻と話すのは面倒臭いと思ってませんか?
妻が怒るくらいなら黙ろうと思ってませんか?
妻への愛情表現を日常的にしていますか?
言わなくても妻は分かってくれているという思いはありませんか?
家事は「手伝う」という意識はありませんか?

…どうかな?

当てはまっちゃった方、いるんじゃないかな〜
特に完璧主義を持ってる奥さん!
仕事(子供の世話、親の介護など在宅でのこと含む)と
家事を両立させようとする意識は捨てていいよ〜
そもそものところで「仕事と家事を両立させている」って
どんな状態のことですか?自分でちゃんと掴めてる?
で、それは、本当に現実的に可能なこと?
その状態で、あなたは気持ちに余裕があって幸せですか?

一番大切なこと、を思い出して欲しいなぁと思います。
「パートナーと一緒に生活しよう」と思った気持ち、ね。
仕事と家庭の両立のために結婚したわけじゃないと思うんですよ。

で、自分で何でもしない。
自分でした方が早くても、してもらう。
じゃないとさ、いつまで経っても「自分が」しちゃってるんですよ。

あの、甘えるってどういうことか掴めてますか?
わたしね、「自分で出来ることをしてもらう」のが
甘えることだと思うんですよ。

夫にしてもらうと、
いつもより時間がめちゃくちゃかかるかもしれない。
もしかしたら自分がし直さないといけないかもしれない。
でも、そんな「(ある意味)損」する勇気を持って、してもらうのね。

で、最初はめちゃくちゃでも
「夫が行動してくれた」ことに対して、
「ありがとう」「嬉しい♪」とちゃんと表現するんですね。
まずは「してくれたことが嬉しい」と伝える。
行動してくれたんだもの!!

その後で
「あなたがしてくれたのは嬉しい!
 でね、ここがこうなってたら、超最高に幸せになる〜♪」
という感じで、して欲しい方向性を伝える。

ポイントは「ダメ出しをしない」「でも…を言わない」こと。
ちょっとずつ、ひとつずつ、して欲しい方向を伝えるのね。
これを繰り返すと、大抵の場合(夫が覚えていられたら)、
妻の意向を組んでくれます。
夫も妻が喜んでくれるのは嬉しいのですから。

あのね、
「(状況などを)見たらすること分かるだろ」
という考えは通用しないです。

というのも、
妻が「見たらすること」と思ったこと、と
夫が「見たらすること」と思ったことは、違うから。

だから、ちゃんと伝える必要があるのね。
「これをして」という具合に。

夫は、何をしたらいいのか分からない場合が多い。
でも妻をラクにさせたいと思って手を出したら
妻に「そうじゃないのよ!」と怒られて、
夫は怒られるくらいならもうしないでおこう…となってしまう。

このパターンが多いです。

ああ、もったいない!とわたしは思うんですよ。
もうちょっとコミュニケーションがあったら、
状況は変わったのに、、と。
だって、夫は「妻にラクになって欲しい」という
愛からの行動だったもの。

なので、コミュニケーションをとる。
普段からコミュニケーションは取れていますか?

再婚してから家事をするようになった旦那さんが
奥さんといるところを拝見していると
例えば、食事時では奥さんが旦那さんに
指示してる場合が多いんですよ。
「あなた、サラダを持ってきて」
「このお皿下げて〜」
という具合に、妻が夫へ、して欲しいことをはっきりと伝えてる。
時には、例えばサラダだと
「サラダにはソースをかけて。
 ソースは、オリーブオイルがこれくらいで…云々」と
細かく伝えてるんですね。
これくらいするんですよ。
すると、夫もすることが分かる。
そして、食事の後は、各自がすることがはっきりしてました。
例えば、妻は残った食事を冷蔵庫に入れ、
夫は食器の処理をしている。

ここまではっきりしてるとラクだなぁと。
家事ってね、お互いが住んでいるお家のことじゃないですか。
なので、妻だけの仕事ではないと思うんですね。
だから夫に「手伝ってもらう」という意識はちょっとズレてるかも、と思うのです。
二人で住んでいる家のことなので、
お互いでクリエイトしていくことだと思うから。

そして、コミュニケーションに関してですが、
「話す」言葉のコミュニケーションもだけど、
「相手の目を見る」視線を交わすコミュニケーションと
「ボディタッチ」身体に触れるコミュニケーションも
大切です。

朝起きた時とか、寝る前は
ちゃんとお互い目を見て「おはよう・おやすみ」言ってますか?

ボディタッチは、頻繁にセッ クスしようとかでなく(それでもいいですが)
例えば台所で料理してる相手の背中に手を置いて「味見させて〜」とか。
ちょっと触れることを沢山増やしてみるとか、ね。

ほんと、ちょっとしたことが
仲をスムーズにさせてくれるのです。

旦那さんへ思うことがあって、仕事が忙しいというも分かるんですよ。
でも、妻とのコミュニケーションはとって欲しいなーと思います。

生活する時間帯が違う場合もあると思うのですが、
最低限を決めて、必ず視線を交わすコミュニケーションをして欲しいです。
妻は、自分の人生のパートナーとして一緒に生きているのですから。
もし、面倒臭いとか思ってしまうのであれば、
「自分にとっての妻とは何か?」を自問して頂きたいです。

「言わなくても分かってくれている」というのは
幻想ですよー、特に旦那さん!
もし相手が分かってくれているのなら、それは「たまたま」です。
「くじに当たった」みたいなラッキーなことです。

「言わなくても分かってくれている」は
「言わないと分からない」ですから。

あとね、日本は愛情表現をあまりしない文化で
お互いへの「今日も綺麗だね」「あなた格好良い〜」という
言葉は頻繁に交わされていないようですが、
これね、実は秘訣だと思ってる。

なんて言ったらいいだろ、スパイス的な役目があるんですよね。
日常生活にほんの少しかけるだけで、
お互いの関係が引き締まってくる。

あと、パートナーが綺麗・格好良くなってきますから。
ほんとに。言葉の魔法って凄い力がありますよ。

だから
「今日のその服似合ってる!いいじゃん」とか
「今日のあなた、いつもより格好良い!」みたいに
日常的に褒めるんですね。
すると、本当に美しく・格好良くなってきますから!

状況を変えるにはエネルギーと時間が必要かもしれないけど
いつかは「変える一歩」を始めないと、
いつまで経っても変化は始まらないです。

奥さん、夫に甘えてね。
自分で何でもしてしまわない。
夫にも活躍する場を渡してください。
男性の創造する力・作り出す力も相当なものですよ〜

旦那さん、妻とコミュニケーションしてくださいね。
メールとかじゃなくて、妻の目を見てコミュニケーションしてね。
そして時には褒めてくださいな。
え?褒め方が分からない??
じゃあね、奥さんを観察してみて。
ほら、似合う服来てるでしょ?
「その服似合うね」とか
「色の組み合わせ上手いね」とか。
他にはね、食事はどう?美味しい?
でしょう〜〜!そのまま伝えるの。
「ご飯美味しい〜。ありがとう」って。
普段褒め言葉を言ってないと
最初は超ハードルが高いと感じるかも、ですが
なーんてことないです。
ほんと最初だけだから。
2秒の勇気が必要なだけ。

些細なことがきっかけで
大きな変化がやってくるので
どうか自分のために、一歩を初めてくださいね。

お家がますます居心地の良いものでありますよう☆


やりたいことだと勘違いしてしまう「自分に合ってること」の落とし穴。

2017.07.08 05:07|思ったこと・気づいたこと
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ナポリから帰ってきました!
誕生日を迎えました。
沢山の暖かいメッセージをありがとうございます。

今日は朝からのんびりと過ごし、
あなたの暖かさにホクホクしてとても嬉しくて、
そして、太陽が地球の周りをまた一周したんだな〜
などとも思ったりして、とても感慨深い日を過ごしてます。

わたしの近況話としてはね。
今、強烈に感じているのは、
変わり目の時期だ、ということです。

いろーんなことをひとつずつ
丁寧に見ていってる日々です。
その中でも、とことん見てることは、
「自分が本当にやりたいこと」。

この間もお友達と
「合っていること」「やりたいこと」「好きなこと」
って、それぞれ違うねと話してました。

自分に合ってるけど好きじゃない、とか。
合ってて好きだけどやりたくない、とか。

例えば、わたしの場合だと、
ご老人のお世話をするのは向いてると言われること多くて、
させていただくのも好きだけど、
でも、今はそれを仕事(給料を貰う体制)でしたいとは思わない。

でね。この「自分に合ってる」ってのが
(わたしにとっては)クセものなんですよ。

自分に合ってるから、
してるとエネルギー交換されてるのもスムーズに感じるし、
居心地良いから、満たされしまうんですよね。

で、この満たされ感から
「好きなことなんだ」「やりたい」などと思っちゃう。

でも厳密にはズレてるんですよ。
だから途中からなんか苦しくなってくる。
「本当にしたいこと」とはズレてるから、
魂が叫んでくるというか。

で、ここでちゃんとこの苦しさを見ればいいのですが、
「まぁいいじゃん」「面倒臭い〜」となって「気のせいかな?」
などと誤魔化しちゃうとズルズルドロドロになってくる。
自分で自分を正当化させるために
ポジティブ思考が発動してくるんですね。

「あそこには自分の居場所があるでしょ?」
「楽しいでしょ?」
「求められてるじゃん?」
「感謝も届いてるじゃん!」

ってな感じでね。
でもこれらは、事実を捻じ曲げてるなーと気がついた。

事実は「わたしはなんだか苦しい」んだもの。

苦しいのに、
・居場所を手放す恐れ
・次の場所が見つからない恐れ
・感謝してくれてる人を裏切る(と勝手に思い込んでる)恐れ
そして何よりも
先がまったく見えていないことからの恐れが出て
苦しさを捻じ曲げてたなぁと。

で、この苦しさをちゃんと見ないと
後でまた出てくるんですよね。
これは、解消されるまで、何度も出てくる。

恐れは勇気を与えてくれる材料なので、
うまく使えばいいんだ、と思うんですよ。

「恐れ」を恐れない。
「勇気を与えてくれる道具」として使う。

すると、
「合っていること」「やりたいこと」「好きなこと」
がガッチリ組み合っていることを見つけるんだろう、と
感じています。

…と、こんなことも考えてた日々で、
お誕生日も迎えた今日この頃でした!

今は自己リトリート期間中な感じです。

表面上は混乱してるようで
すべてがドドーーンと出ているようで、
わたしは内に入って、内から整理していて…
あ、そのうちフッと抜けるな、という感覚があります。

ふふふ。抜けたら、何を選択してるのかな?!

あなたもどうぞステキな7月を☆

Happy July!!




自分のコミュニケーション能力の問題から見えた、表現方法と文化の違いと自分の扱いへの気づき。

2017.06.30 03:52|思ったこと・気づいたこと
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以前、グループで作業をしている時に
日程を決めないといけなくなってね。

A案は、わたしにとっては大丈夫だけど
B案は、わたしは嫌だと思った。

一瞬「B案にも合わせようかな…」という思いが
頭をよぎったけど、でも、
それはわたしにとっては無理をすることだと感じたので
やっぱり嫌だ、と。

で、最初は、このままどうなるか見守ろうと思ったの。
そして、もしB案が通ったのなら、その後で
わたしはグループを抜けさせてもらおうと思った。

というのも、以前にも、このグループで日程を決めることがあり
「この日はしたいことがあるので、この後の別の日に…云々」
と伝えていたのに、
思いっきり、わたしのしたいことがある日と被った日程になったから。
今回も伝えてもダメだと思った。

そのことを友人と話してたら

「ともこさんのコミュニケーション・スキルの問題だ」と指摘してもらってね。

「嫌だ、じゃなくて、無理です、と伝えるの」と。

これがものすっごく目からウロコでね。
そうかーー、と。

で、自分の内をとことん見ることになった。
「無理です」と言わないといけないから。
「無理だ」と自分が感じるほど、したくないのか?と
自問し始めた。

自分は
何が本当にしたいのか、
何が本当に大切なことなのか、
何かを手放すことになってまで、それをしたいのか?

それを「したい」と表現するのでなく、
「絶対それをします」と言い切れるほど
わたしは本当にしたいのか?

そして、他のことを
「嫌だ」でなく「できない」とまで感じるのか?

…と、自分の内をとことん見つめた。
見つめてたら、他のことまで浮き上がってきて
勇気も要ったくらい、めちゃいろんな事に向き合うはめになった。
なにかを選択するということは、
他の選択肢を手放すことでもあるしね。

そんなこんなでとことん向き合ったら、スッキリしたし、

「A案だと、喜んでご一緒しますが
 B案だと、わたしは無理です。ごめんね」

と前もって伝えました。
グループを抜けてまでも、
提案Bの日程は自分の中でやりたいことがあったから。

そしたらね、面白いことが起こった!
提案Cが出てきたんですよ!!
まったく違う日程。
いやーー、人生何が起こるか分からない。


でね、今回、友人が

「コミュニケーション・スキルの問題だ」

と指摘してくれて、気がついたことは他にもありました。
それは、文化の違いと、自分の扱い。

まずは、気がついた文化の違いから。


日本でもね、相手を汲むことは
コミュニケーションをスムーズにする上で大切なこと、
じゃないですか。

でもね、例えば、

同じ日本の中でも「亭主関白」という言葉があるように
夫が妻・子供にまで対して、強い態度を示したりすることがある。
妻や子供の都合は、大袈裟に言うと、どうでもよくなったりね。
これは、夫の父親がそうであると、
それを見て育っているので、同じような態度を取ることがある。
(*皆が皆、そうではないです)
で、ここには悪気はないのね。
自分にとっては「それが当たり前で普通なこと」なのだから。
それしか知らないもの。

なので、ここで大切なことは

「亭主関白な旦那が悪い」とか
「威張る上司が悪い」とか
「押し付けてくる同僚が悪い」などと
被害者意識に陥らないこと。
そして、
「自分はどうしたいのか」をはっきりさせる。
相手に振り回されない。

自分の境界線をしっかりさせるんですね。

これも友人に指摘されてハッとしたんですが、
わたしの中で一緒くたになってたなぁと。
相手を自分の中に取り入れちゃって、混ざってた。
で、相手のしたいように従ってたんですね。

でも「相手は相手」なんですよ。
「自分は自分」で。

たとえグループで作業していて、
調和をもって作業したいと思ったとしても、
「自己犠牲」してまでは、調和ではないですから。
自己犠牲は、自分の中ですでに不調和になってる状態だもの。

なので、
自分の境界線を持って、自分でいること。
まずは自分の中で、自分自身が丸ごと調和であること。
この大切さをものすごく感じました。

文化から受ける影響は、
本人が気がつかないと変わらないから。
文化が悪いわけでなく、まして
そこに悪意があるわけでなく、
文化がその人柄にまで影響しているだけなので、
その人が悪いとかじゃないのね。
もうしょうがない。
だから、自分は「自分である」ことが大切で
それだけだなぁと。


あともうひとつ気がついたことは、
「自分で自分をどう扱っているか、それに伴う行動」です。

わたしね、いつも自分の代わりは在ると思ってるんですよ。
自分は唯一無二な存在だけど、でも、
自分が抜けても、誰か他の人が入って世界は回っていく、と。

でもね、

これと、
自分で自分の価値を認めて、自分を大切に扱っていくことは
違うんだ、と改めて気づいた。

話は変わるんだけど、
以前、自分の都合が悪くて
「チームワークだから、誰かひとりだけ(わたし)の都合で
 全体を変えることはできないと思うのですが」
と言ったことを覚えてるんだけど、
でも、よく考えてみたら、わたしはいつも
《誰かひとりだけの都合で全体を変えること》はしてたんですよ。
で、その《誰かひとり》ってのが、いつもわたし以外の他人。

わたし以外の他人に対しては出来てたのに、
自分に対しては出来ないのか??と強烈な疑問が、、、

ハイ。自分で自分のことを完全には認めてなかったなーと気付いた…

他人のことも大切で、
他人を認めて大切に扱うほど、
自分のことを大切に扱ってなかった。

「あなたは唯一無二で、わたしはいくらでも代わりがいるから」
みたいになってた。だから
「あなたの都合は絶対で、わたしはどうでもいいです」って感じでね、
勝手に自分に無理させて、その結果、
「もうヤダ。わたしの代わりはいくらでもいるでしょ?サヨナラ」
ってなってたかも、、、

わーー、面倒臭い人だ、わたし!!

自分で自分のことも唯一無二だと思うのなら、
そんな態度・行動をとっていく必要がある。
でないと、ただ思っているだけになるので
「思考(アイデア)」止まりになってる。

実現までもっていくには、行動(態度)が必要だな、と。

こんなことを思いました。

でね、もし自分の都合を「はっきりと」言って
「できない」「無理です」と伝えて、
グループを離れることになったのなら、
それはそれで好い事だと思うのね。

自分と波長が合う人と出会うチャンスや
自分のことを大切だと思ってくれる人と出会うチャンスへの
道へと導いてくれてることだと思うから。

それに、今までの自分と違う行動をとったのなら
周りの環境が変わってくるのは自然なことですから。

ー ー ー ー ー ー ー

家族や会社で、自分は大切にされていないと感じる?
対等に扱われていないと感じる?

まずは、自分で自分を大切に扱ってあげる。
対等な態度を自分が相手に対してとる。

それらをちゃんと行動する。

そして、思うことをはっきりと伝えること。
育った環境、文化の違いなどもあるから、
「したい」とか「嫌だ」では、
他人に伝わらないことがあるもの。
なので「します」「できない」「無理です」と
はっきりと伝える。

それで失うことがあったとしても、
得られることへの道も開いたのだから、
それでいい〜〜

自分の境界線をはっきりさせて
自分は自分でいる。
他人に振り回されない。

皆が、自分で自分のことを認めて
自分を大切に扱っていますことを〜!


さて、わたしはナポリに行ってきます。
あなたもどうぞ素敵なホリディを☆

後編(お金):「好きなことにお金を使いたい」のに…

2017.06.05 04:35|思ったこと・気づいたこと
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前の記事の続きです。
今回はお金に関して。

ズバリ。

お金が好きな人、手を挙げてーーー!



…どう?

お金が好きな人は、堂々と手を挙げられたかしら??
本当はお金が好きなのに、躊躇したりしなかった?

お金が好きな人も、苦手な人も、
ちょっと考えてみて欲しいです。

「自分にとって、お金とは何?」

お金って何ですか?
自分の内をとことん見てみて。
どんなことだっていいので、
ふと湧いた思いがあるのなら、
ちゃんと認めてあげてね。
否定しないで欲しいです。
自分を否定していることにも繋がるから。


では、どんどんいきます。
次の質問〜。特にお金が苦手な方へ。

「もし、物々交換の世界に居るとしたら、どうですか?」

自分が持ってる物、もしくは、
自分が出来ることに対して、何かと交換する…
という世界だったら居心地はどうですか?

どう?居心地は変わってくる?良い?悪い?

じゃあね、

「お金」と「自分が持ってる物・出来る事」の違いは何ですか?

どう違うかしら?

今、わたしたちが生きてる世界では
「お金」でいろんな物・事が手に入る。
そして、物々交換の世界では「自分が持ってる物・出来る事」で、
いろんな物・事が手に入る。

…あれ??似てる…?!同じとも言えるかも。
微妙な違いはわたしも感じます。
でも今は、それをちょっと横に置いて、
「どちらも同じように物/事と交換できる」にフォーカスしますね。


お金ってね、わたしは「便利な変換ツール」と感じています。

例えば、カフェに行って、500円玉を一枚出すと
コーヒーと変換できる、というような。

物々交換だとね、わたしの場合、
その場でヒーリング・セッションをさせていただいて、
コーヒーと変換してもらう…という感じじゃないですか?
もしくは、
農家さんだったら、お家から自分が栽培したお米を持ち歩いて
カフェに行って、何合かのお米とコーヒーを交換する、とか。

こういう交換も楽しいけど、まどろっこしい時もありますね。
その点、お金はいろんな場面でいろんな物・事に
変換できる道具だとわたしは思う。

ではここで。

今度は「お金を受け取れているか?」

あなたは、お金を受け取れていますか?
誰かがポーンと札束を差し出してくれたら
受け取れますか?

日本は、お金は汚いもの、とか
お金のことを話すのは露骨だ、
エゲツない、という風習があるように感じます。

特にね、癒しとか人生・太古の智慧の伝授とかで
人様のお役に立つ、ということになると
なぜだか「清貧であれ」みたいな感じになって
お金が受け取れない方も多くいるように感じます。

あの、これに関しては、いろんな考え方があると思うんですね。

例えば
「お金を払ってでも、これ(この仕事)をしたい!」
と本気で思うときもあると思うんですよ。
それをすることを考えると自分の魂が振えるほどで、
身体の全細胞がエネルギーで満ちてくる。
こういうときは、お金以外の「なにか」と
やりとりしていると思うんですね。

これを自分が思う仕事で
「清貧であれ」という方向性でも感じますか?

魂が振えるほどのことをしていると
経済的な辛さとかそれほど感じないんですね。
他人が何と言おうと自分の魂は
満たされていますから。

なので、もし、なにか引っかかるのなら、
自分の内を見てみて欲しいなぁ、と。

自分の行動に置いて、
提供していることと
受領することのバランスが取れていないと
疲労が出てくることがあります。
すると、
やりたいことをしているのに
疲労が激しくて、
止めちゃったりすることがあるんですね。

なので、ここで、エネルギー交換の
バランスを取る必要があると思うんですよ。

わたしが感じるのは
癒しやボディワーク、
教えることなどを仕事にしている方に
アンパランスな傾向が見られるかなぁ、と。
で、結局止めちゃう方もいらしてね。

前回の記事で
「自分の叡智」に対するお金との交換、と
表現したのだけど、
たとえ「自分が」勉強して学んだとしても、
その叡智は「自分の」物ですかね??
そして「自分の」物を誰かに伝えているのかな?

わたしは、自分の物じゃないと感じるんですね。
「誰か」特定の物でもなく
みんな共有というか、宇宙の智慧というような。

なので、宇宙の智慧を知ったのなら
それを共有していくこと(教えることなども)は
素晴らしいと思うのです。

だから、臆することなく
どんどん活動して欲しいとわたしは思います。

そして、エネルギー交換をして欲しい。
上記で「お金って何?」ということで、
いろんなことに「変換・交換できる」と表現しましたが、
そういう点でみると、
結局はお金もエネルギーだなと感じるんですよ。

でも、もし、自分がお金との関係がクリアでないなら…
例えば、小さいときに親から「お金は汚い物」などと
教えられていたら、それが根付いてしまってるんですね。
なので「自分にとってお金は何なのか」を
しっかり見ていく必要があります。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

さて。次の質問、

「自分にお金を使えますか?」

「自分のためだけ、
 遊び・無駄なことに、お金を使えますか?」

どうですか?
必要なこと、には、まだ使えるんですよね。
役に立つこと、とか。

でも、遊び・無駄なことに対して、
まして「自分のためだけ」ですから!
お金使える?

自分のためだけには使えない…と感じた場合、
「私(僕/俺)だけ幸せになってもいい」って
言ってみてください。

…言えるかな?
ざわっとする?何かひっかかる?

違和感を感じるときは
「お母さんを幸せにできなかった」
というような罪悪感が潜んでるときがあります。
「お母さんを助けられなかった」
「お父さんは大変だもの」とか。

もう大丈夫だから。
あなたは幸せになってもいいのね。
「自分だけ」幸せでも大丈夫なの。
だから、自分が幸せになる許可を
自分に出してあげてください。

でね、自分にお金を使うこと、ですが、
今まで「自分に無駄なこと」でお金を使ったことがない場合、
デパ地下とか、前から気になってたお店で、
以前から食べてみたかったけど、
なーんか買えなかったというようなのをひとつ、
自分に買ってあげてみてください☆
きっとこれだと馴染みやすいと思う。

あのね、お金ってね、
必要な時には、必要な分だけ
なんかよう分からんけど、回ってくるんですよ。

今までそんなことありませんでしたか?

車検に出さないと行けなくて、
でもお金が足りない…と思ってたら
おばあちゃんからお小遣いもらった、とか。

そんなのがあるんですよ!

で、自分が本当にしたいこと、
自分が満たされることにお金を使っていると
なんかよう分からんけど、お金はちゃんといつも手元にある。
お金使ってるのに!

で、もし、お金がどんどん減ってる…という場合、
「本当に自分が満たされることに使っているか?」ということなんですね。

刺激を得るためだけに使っていないか?ということ。

例えば、
仕事でストレスまみれになって
超疲れてお腹ペコペコなときに
カップ麺とか食べたくなるときないですか?
これは、刺激を求めてるんですね。
でも、自分は食べたいと思っているから
自分がしたいこと、と思っちゃうのだけど、
それはダミー(偽の姿)なんですよ。
そもそものところの
「そのストレスまみれの超疲れるようなこと」で
満たされていないんですね。
なので、そこを見る必要がある。

これと同じで、例えば、
芸能人のようにハワイでバカンスを過ごしたいと思って
ハワイに行って買い物して海にも行ってアクティブに過ごして、
SNSでも写真シェアして、コメント沢山もらって華やいだけど
なんか違う…と感じていたら、
その実、本当にしたかったのは、温泉に行ってボーッとしたかった、とか。

これが、
刺激のためにお金を使っているのか、
自分が満たされるためにお金を使っているのか、の違いなのです。

心地良い疲労じゃない「疲労」や
「なんか違う…」という変な違和感があるときは、
自分が満たされていないときかな、と思います。

でね、お金の使い方で言いたいのは、
最初からお金が上手く使えるわけじゃないです!
使える人もいるだろうけどね、
お金の使い方が今までよく分かっていなかった場合は、
無駄遣いすることもいっぱいあると思う。
何を隠そう、わたしがそうでした!!

欲しいと思って買ったのに
「本当は」欲しくなかった、とか。

これは、幼い頃に買いたかったけど買えなくて、
その時の気持ちだけが欲しいと思ってただけでした。
で、買ったはいいが「物」が欲しかったわけじゃないから、
「物」は最終的にはゴミになっちゃったのね。。
でも、こういう状況でも自分にOKを出しました。
幼い私が満たされたのだから、と。
これを何回か繰り返すとね、感覚的に分かるようになりました。
ああ、これは記憶/感覚が買いたがってるんだな、って。

なので、無駄使いして当たり前。
エネルギーを回しているんだ、という感覚で
お金と仲良くなる気持ちを持ち、
お金を使う勇気、
自分がしたいことへお金を使って欲しいなぁと
願っています。

あなたは価値があるのですから!


さて。わたしは、スロベニアにしばらく滞在してきます。
キャサリンのクラスに参加してきます!

そう、ロンドンのキャサリンのクラスから帰ってきたばかりだけどね、
今度は、スロベニアで違うクラスが開催されるので
そちらに参加してきます。
楽しんできますーー!

あなたも素敵な初夏を〜!



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ロン&ドロシー来日、2017年10月開催
「ワンネスのハートの目覚め」ワークショップ


日程:2017年10月8日〜13日  
  (チェックイン:10月7日 
   チェックアウト:10月13日)

講師:ロン・ラプラス&ドロシー・ウォリス 

料金:305,000円       
  (7泊分の宿泊・食事が含まれています) 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ロンもドロシーも、ドランヴァロ・ メルキゼデクが創立した
スクール・オブ・リメンバリングの認定講師であり、
ATIH ワークショップの認定講師でもあります。

彼らはATIHが誕生するときから関わっており、
100名を超えるATIHティーチャーを
トレーニングする手助けもしてきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして今。
こんなハートに関するベテラン 講師のお二人が
ハートに入ることはできても、
居続けることが難しい方がいることに気づき、
「ハートの統合されたフィールドに居続けられるように」と
新しく創ったワークショップが

"Awakening the Heart of Oneness"
「ワンネスのハートの目覚め」です。


ロン&ドロシーと共に
ワンネスへ還る旅路を体験しませんか。

日本語通訳も素晴らしい方をお迎えします。
日高 奈津子(ひだか なつこ)さんです。
国内外でスピリチュアルな世界の通訳として活躍されています。
彼女は、講師が話していることの言葉だけでなく、
エネルギーそのものも伝えてくれ、ほんと素晴らしいです。

ワークショップの内容は、こちらのページをご参照ください。
ご案内はこちらのページに掲載しています。

ご質問やお話ししてみたい…など、なんでも
わたくし tomoko.it.IH@gmail.com
もしくは、澤田とも子さん tomoko13ih☆yahoo.com まで。
澤田とも子さんのブログはこちらです!

私たち全員 - ロン・ドロシー・なつこさん・とも子さん、と共に
あなたとワンネスの旅路をご一緒出来ることを楽しみにしています!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



前編:「好きなことで稼ぎたい」のに…

2017.06.04 04:27|思ったこと・気づいたこと
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この間、メッセージを頂戴しました。
ロンドン滞在中だったので、
お返事をスマホでちまちま文字打ちしてたら、
話を端折り過ぎそうになってね、
「こりゃアカン、後で書き直そう」と保存した…
つもりが、送信されてました(汗)

そしたら、中途半端な返事にも暖かいお返事をくださって
「もし、返信が他の方にも役立ちそうなら、ブログに書いてくださっても」
とシェアの許可を頂戴したので、今日はそのお話をさせてください。
きっと他にも似た方がいらっしゃると感じるので。
(シェアの許可をありがとう!!)

さて。
頂戴したメッセージの内容は

「好きなことで稼ぎたかったはずなのにできていない」
「好きなこと(興味あるイベント参加など)をできる状態になりたい」

ということでした。

Wさん(仮名)は講座開催をすることもあります。
ご自身が得た叡智をお教えして、収入を得ているんですね。
でも、講座を低すぎる値段設定にしてしまったり、
ほかのメニューを高すぎる値段設定にしてしまったり。
そんなことになってしまって、
好きなことで稼ぎたかったのにできてない、とのこと。
そして、好きなことをやれていない…
例えば、イベントに参加したいと思うも、
参加できるまでになっていないとのこと。

こういう状況の要因は、個人で色々あるのだけど、
ざっくり大きくいうと

・自己価値
・自己信頼
・自分の叡智に対するお金との交換(*ここではあえて「自分」と表現しますね)
・自分とお金との関係
・自分にお金を使うこと

などが関係していると感じます。
(今回は、自己信頼などに関してのお話で、
 次回にお金に関してお話をしますね)

さて。

話はちょっと飛ぶのですが、

最近のわたしの周りの傾向として
「新しい癖を作っていく」方向をとっている方が多いです。

キネシオロジーセッションを受けることを長く頻繁に続けると、
ややもすると「原因探しの旅」みたいにもなり得るかな、と
感じたことが、以前ありました。

でね、最近では、その旅はお休みする方が増えていて
「新しい癖作りの行動をする」方向になっています。

わたしが感じるところはね、
原因探しって、キリがない部分があると思う。
探そうと思えば、いつまでも掘り下げることができる。
だって、いろんなことが関係しているのですから。

原因を探すことが必要な時はあるんですね。
でも、もうずーっとそういうことをしてきたり、
もしくは、なんか違うかなぁと感じ始めたのであれば、
方向性を変えてみてもいいかな、と思う。

例えば、今までの古い癖が抜けたところは、
ポカンと穴が空いてるような状態かな、と思うんですね。
なので、そこに新しい癖を入れるの。
自分で新しい癖を作ってね。
そして、その新しい癖を行動付けていく。
そうしないとね、古い行動癖が抜けても
新しい行動癖がないと、どうしたらいいか
分からない状態なのかしら?と感じています。

で、ここには想像性があるんですね。
「新しい行動をする」のだもの!
いろんなことが生まれ出てきます。
そこからいろんな展開もある。

…と、こんな話をしていると
「新しい行動をすることに苦手意識がある」
と話してくださる方もいるんだけどね、

ちょっと立ち止まってみて。

そして、落ち着いて、ゆったりとして、
息を自然なまま整えてください。

で、もう一度自分に問うてみて。

「本当に自分は新しい行動をするのが苦手なのか?」って。

「以前の自分と、今の自分は同じなのか?」

「本当に、今の自分は、そこまで苦手なのか?」

「今、この瞬間の自分はどうしたいのか?」


あのね、感情と感覚は違います。
これを同じことと認識していると、
何かの感覚があるときに、そこに同化して、
「自分は今その感情がある」と勘違いしちゃうのね。

違うの。ただ「感覚がある」という時がある。
なので、見極めないといけないの。

「あれ?新しい行動を考えると…
 ざわっとする感覚もあるような感じがするけど、
 なんか違う感覚もある。
 え??本当に自分は、苦手なのか??」

と、こんな感じで、自分の内に、感覚に、問うて欲しいです。

以前のあなたと、今この瞬間のあなたは違うんですよね。
だから、違うことを感じて当たり前なの。
毎晩、寝る度に新しいあなたに生まれ変わってます。

いや、毎瞬毎瞬、自分は新しいのよね。
なのに、自分で「以前の自分」の記憶を引きずってるだけ。
そこに気づいて欲しいなぁと思います。

特に、ずーっと特定の方法で調整してたのなら、
新しい方法を取り入れるのもいいと思います。

あの、今までしてきたことが間違ってたわけでは決してないですよ。
それは必要なプロセスだったのだから。
ただ、ずっと同じことをしてきて、今、自分が思うようになれていないのなら、
方向性を変える必要があるかな、ということなのです。

自分を信じてあげて欲しいです。
ほんとに、ものすごい変容を遂げられるのだから。
ただ、方法が合ってなかっただけなの。

そして、

自分に許可を出してあげて欲しい。
「その行動をとる」こと
「自分がしたいこと、好きなことをする」ことに対して。

自分を赦してあげて欲しい。
「今まで出来てなかった」ことに対して。

他人に対しても許すことができればいいけど、
究極な話、その人を許さなくてもいいと、わたしは思う。
無理な時もあると思うんですよ。
ただ「自分だけは」赦してあげて欲しいです。
今までそうやって、
「自分に足枷(あしかせ)をかけてきた」ことに対して。
誰かとの関係が原因で、そこに捉われているということは、
自分は自由じゃないんですよね。

自分の人生だもの。自由であって欲しいと思います。
自分の思うようにシナリオを書き、
行動していく必要があるのね。
「誰かがなんとかしてくれる」なぁんてことはないですよ〜

自分で自分の価値を認め
自分で自分を信頼する。

ねえねえ、自分の価値を知ってる?

マザーアース(母なる大地)の価値はどのくらいだと思う?
ファーザースカイ(父なる天)の価値はどのくらい?

わたしたちって、母なる大地・父なる天と
同じ価値があるんですね。同等なのです。
それくらい大きいんですよ。

それを感じて、思い出してもらえたらなぁと
切に願います。

そして、

「自分が好きなこと、したいことができる」
「自分が思うように行動できる」

ということを思い出して欲しいと願っています。
あなたには、その力があるのですから。

自分の中の光を思い出してね。





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ロン&ドロシー来日、2017年10月開催
「ワンネスのハートの目覚め」ワークショップ


日程:2017年10月8日〜13日  
  (チェックイン:10月7日 
   チェックアウト:10月13日)

講師:ロン・ラプラス&ドロシー・ウォリス 

料金:305,000円       
  (7泊分の宿泊・食事が含まれています) 
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ロンもドロシーも、ドランヴァロ・ メルキゼデクが創立した
スクール・オブ・リメンバリングの認定講師であり、
ATIH ワークショップの認定講師でもあります。

彼らはATIHが誕生するときから関わっており、
100名を超えるATIHティーチャーを
トレーニングする手助けもしてきました。
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そして今。
こんなハートに関するベテラン 講師のお二人が
ハートに入ることはできても、
居続けることが難しい方がいることに気づき、
「ハートの統合されたフィールドに居続けられるように」と
新しく創ったワークショップが

"Awakening the Heart of Oneness"
「ワンネスのハートの目覚め」です。


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日本語通訳も素晴らしい方をお迎えします。
日高 奈津子(ひだか なつこ)さんです。
国内外でスピリチュアルな世界の通訳として活躍されています。
彼女は、講師が話していることの言葉だけでなく、
エネルギーそのものも伝えてくれ、ほんと素晴らしいです。

ワークショップの内容は、こちらのページをご参照ください。
ご案内はこちらのページに掲載しています。

ご質問やお話ししてみたい…など、なんでも
わたくし tomoko.it.IH@gmail.com
もしくは、澤田とも子さん tomoko13ih☆yahoo.com まで。
澤田とも子さんのブログはこちらです!

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個であるからユニティを感じる?

2017.05.12 22:15|思ったこと・気づいたこと
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もしかしたら、わたしの周りだけかも知れないけど
よく「ユニティ」とか「ワンネス」という言葉を聞きます。
わたしもそれは大事だと思うし、そこだとも思うのね。

でも、実は、わたしの中では「個」がテーマでもありました。

個の存在であること。
個の存在でいること。

ここ数日、折に触れて「個」について思い出すことがあり、
いろんなことが繋がって行き、落ち着いたところが

個であるから、ユニティを感じるんだ、ということ。

考えてみて!
「個」の感覚があるから、ユニティを感じられるんだもの。

「個」の感覚がなかったら、
どうやったらそれをユニティだと感じられる、分かるんだろう?と思ったの。
個としての分離の意識を感じたから、ユニティを感じたときに、その違いから
ユニティだ、と認識できると思った。

わたしたちは、比較することで認知できることが沢山あるから、
個の感覚があったからこそ、全体の美しさを知られる部分があると思う。

だから「個」であることを楽しむ。
個人で肉体を持って生きてゆき、感じ取り、個を知る。
そしたら、同時にユニティに近づいているのだなぁと。

そもそものところ、
わたしたちは大いなるひとつから、ここに生まれてきて、
「私」と認識する、身体の個の存在を持ってるじゃないですか。
この存在の仕組みが
ユニティと個の美しい表現がされていると思うのです。

個(人間)として生まれてきて、
個(人間)が集まることでユニティになる。

ユニティは英語表記だと UNITY となり、関連する言葉もいくつかありますね。
UNIT は、それ自身で完全な単一体という意味
UNITE は、一体にする、合体させる
UNION は、二つ以上のものを一つに結合すること、合体

こうみると、言葉自体の「ひとつ」ですら、
それに関連する他の言葉にも
一体にする、とか、二つ以上のものを一つに結合する、という意味も
関連しているということが分かります。

だからね、こう見てるとね、、、

人間として、今ここで「私」として存在し
皆でお互いに近づいていくと
ユニティにいけるんだな〜と感じるのです。
なんだ!今のままでいいじゃん、と。

でね、これね、マインドだけで理解しようとしても難しいと思う。
ハートでも理解すると、しっくり自分の中におちてくるのね。

マインドだけでも足りない。
ハートだけでも足りない。
マインドとハートが仲良くなって、
「個」の存在の自分でありつつ
「ユニティ」の存在でもある。

これを感じられたら、ものすごく生きやすくて楽しいと思います。

今ね、これらを体感できるようなワークショップ開催に向けて
素晴らしい講師を迎え、もうひとりの「ともこさん」と
通訳の「なつこさん」と一緒に準備をしているところです。
最高な体験になるだろうな〜と超ワクワクしています。
もうしばらくしたらご案内できると思うので楽しみにしててくださいね。

個の存在でありながら、ユニティの存在でもある。
わたしたちは、皆誰しもがそうです〜!

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ともこ

Author:ともこ
お会いできたみなさま、
ありがとうございました。
また2017年10月に大阪に行きます。
あなたにお会いできますこと、
再会できることを楽しみにしています〜!
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ご参照ください。

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***************
日本とイタリアを行ったり来たり。
筋肉反射を使ってセッションするインテグレート・ヒーリング(Integrated Healing)をしています。
お問い合わせなど、お気軽に、ここの下にある【メールフォーム】からか、
tomoko.it.IH@gmail.comまで、メールをお送りください。

お会いできることを楽しみにしてます。

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